Chapter18.7-ケスティーノの悪魔-

昼食を終えても、雨の勢いは弱まらなかった。今朝集めておいた薪で焚き火を起こし暖をとったが、この旅ではじめての寒さだ。空気がひんやりとして、地味に体温を奪われる。3人はオルティシエで手に入れておいた防寒具を身にまとった。

薪も残り少ない。
移動をするか、いっそのこと、ここで一晩すごすつもりで、テントを張ってしまうか。

「移動して…雨宿りできる場所が見つからなかったら、ちょっとしんどいね。雨の中でテント立てるのかぁ…グラディオはうまく張ってたけど、ビショビショになりそうだなぁ」
「カタルティナカまであと少しなんだけどな、…でも、この雨じゃ、周辺の調査も難しいか…」
2人は半ば諦めモードで、外の激しい雨を眺める。

難民キャンプも大変だろう…テントが行き渡ってないというし。ルシスの支援部隊は、遅れずにたどり着くだろうか…。

アラネアは、地面の砂をなぞって、絵を描いて遊んでいた。防寒具は、暑がって途中で脱いでしまった。

プロンプトは退屈しのぎに、夢中で絵を描くアラネアの姿や、降りしきる雨の景色を写真に収めていた。やめろよ、と言ったのに、だるそうにコーヒーを飲むノクトにもカメラを向けた。

ノクトも、退屈して、無駄に建物の入り口辺りをウロウロしては、遠くの空を眺める。遠くの空が明るくなってくれば、雨も間も無く上がるだろうが… 今のところ黒々とした雲が広がっているだけだ。

今日はこのまま足止めか。全く距離が稼げなかったな…ま、それも仕方がない…

もうテントを張るか…
と、ノクトが言いかけた時だ。

雷とは違う地響きのような、低い音が遠くから聞こえてきた。
ノクトと、プロンプトは同時に顔を上げた。

「今の…」
「しっ!」
2人は耳をすます。

ぐおお…ん…

激しい雨音にほとんどかき消されそうだったが、確かに聞こえる。

なんだ…?昨夜の咆哮と同じか?

プロンプトも同じことを思ったのだろう。強張った顔をノクトに向ける。

「なんか…聞こえるよね?」
「移動するか…」

2人は、そそくさと椅子やコンロなどを片付けはじめた。アラネアは、些細な音など雨の中では耳に届がない様子で、古い機械のそばで砂に絵を描き続けていた。

低い音は、しばらく途絶えた。
音の主は、遠のいたのだろうか。2人は時々、片付けの手を止めては、天井を見上げるようにして耳を澄ました。

「聞こえなくなったね」
「そうだな…」
「どうする?やっぱ、移動する?」
外を見ると、先ほどよりはいくらか雨が弱まったように見えた。でかけるには、ちょうどいいかもしれない。
その時、突然、間近に咆哮が鳴り響いた。あまりにも大きな音のために、雷鳴のようでもあった。しかし、明らかに巨大な生き物の気配。咆哮に引き続き、荒い息遣いが、聞こえてくる。

夢中になって絵を描いていたアラネアも、はっと顔を上げた。3人は息を凝らすように、じっとしている。あまりに、気配が近く、不用意に動くのが躊躇われた。

ドシ、ドシ、ドシ…

重たい足音が建物の裏手を移動していく…車のそばにたつノクトの背後から…プロンプトの立つ建物の中央に移り…そして、端っこにしゃがみ込んだままのアラネアの方へ。

ノクトはゆっくりと動いて、車のドアを静かに開けた。ノクトが手招きして、プロンプトが足音を忍ばせながら運転席に滑り込む。ノクトは後部座席のドアも開けて、今度はアラネアを手招きする。

ゆっくり…こい。
口を大きく動かして、身振りで伝える。アラネアは、野生動物のそれのように、警戒を全身で表していた。毛は逆立ち、目はギラギラと光り、口は牙をむき出しになっていた。四つ這いになって、車の方へ進もうと前へ出る…

ボガッ…!!!

突然、大きな音とともに、アラネアの背後の壁が崩れて横に吹き飛んだ。この建物に収まりきれない巨大な野獣の顔が壁の穴から覗き込み、牙を向け唸る。

ぐあああああああああああああああ!!!


その息の荒さでアラネアの髪が波打ったほどだ。

「アラネア!!走れ!!!」
ノクトが叫ぶのと、アラネアが駆け出すのと、野獣が腕を差し込んでその爪を振り下ろしたのと、そしてプロンプトが銃を発砲したのとが同時であった。
プロンプトの銃弾は、野獣の指先にあたり、やつが一瞬だけ怯んだ隙に、アラネアは驚くスピードで後部座席に飛び込んだ。ノクトもその後に乗り込む、のと同時に車が走り出す。

激しい咆哮が続き、その巨体が、建物を破壊しながら車を追いかけてくる…

「2人とも捕まってよぉっ!」
プロンプトは、アクセルを全開に踏みこんだ。道がぬかるんでスリップしそうになるのをハンドルさばきで、立て直す。後部座席にいたアラネアもノクトも、座席下の溝に身を伏せてかろうじて衝撃をこらえた。でなければ、車外に放り出されてしまいそうだ。

咆哮は続いた。しかも、その距離は、縮まっていくように思えた。薄暗い雨の中を猛烈な勢いで、追いかけてくる。

「まずい!追いつかれるぞ!!」

ノクトは叫んだ。

「車を止めろ!反撃する!」

「あれを?!無茶でしょ?!」

プロンプトは必死にハンドルを左右にさばき、岩や、廃屋の障害物を縫うように走って相手を引き離そうとしていた。しかし、あの巨体だ…障害物を破壊しながら構わず直進してくる。


「プロンプト!!このままじゃ、車ごとやられるぞ!」
「待って!!先にトンネルがある!!」

暗がりの中、進む先の岩肌に確かに、トンネルらしきものが見える。暗くて中がどこまで続くのかはわからないが、あそこなら、あの巨体は入り込めないだろう。

プロンプトは、もう、何も言わずに目標にひたすら集中していた。トンネルまでの直線には入って、アクセルをめいいっぱい踏み込む。車はぐんぐんスピードを上げた。

あの先が、行き止まりなら、車ごと大破だぞ…

しかし、すぐ後ろに巨体が差し迫っている。ノクトは口をつぐみ、アラネアを守るようにしっかりと抱き抱えた。

頼んだぜ、プロンプト…

やがてトンネルに入ったのだろう。車内が真っ暗になり、そして、急ブレーキの音が響く。
キーーーーーー!!!!

車体がガタガタと左右に揺れて、そして、止まった。タイヤの焦げ臭い臭いと、トンネルの外で激しくぶち当たる音、唸り声。地響きがして、天井からパラパラと砂が落ちてくる音がする。

やがて、その音も遠のいた。

逃げ切ったか…

ノクトは、抱きしめていたアラネアの顔を見た。アラネアは、もう警戒を解いて人間らしい顔で、にんまりとノクトに笑いかけた。

こいつは大丈夫そうだな…


ノクトは体を起こして、運転席を覗き込んだ。
「おい、大丈夫か?」
プロンプトは、ハンドルにもたれかかるようにしていたが
「うん、なんとか…」
声は、大丈夫そうだった。

「ヤバかったな…助かったよ、プロンプト」
ノクトは、すっかり脱力しているプロンプトの肩を叩く。
「ほんとヤバかった…オレ死んだと思った。久しぶりに」
「だな」
プロンプトの運転技術は大したもんだ。もし自分だったら、助からなかっただろう…
ノクトもこの危機を乗り切ったのが信じられない気持ちだった。

しかし、10年前は、こんなことが日常茶飯事だったな。
バカじゃねぇか…10年前のオレら…ノクトは自分に呆れてみせる。

「ねえ、電波どう?」
プロンプトはようやく、我に返った。
「あれ、ヤバイよね。報告したほうがいいよ」
「そうだな…」
ノクトは、とっさに背中のズボンに差し込んでいた無線機を取り出して電波を見た。奥まっているせいか、電波はかなり弱かった。
ーこちら調査班
ーは…だ…、…ど
応答はあったが、声がほとんど聞き取れない。

「ダメだな。電波が弱すぎる」
「そうかー。でも、今日はもう、外でないよね?」

プロンプトの目は、いつになくすわっていた。今日はもう、いかなる冒険もかんべん、といった顔だ。

「…そうだな。念のため、このトンネルの中を探索しとくか」
「探索…」

プロンプトはがっくりとうなだれる。

「オレ、とりあえず、コーヒー飲みたい…」

「じゃあ、オレひとりで見てくるわ」

ノクトは車の外に出た。

「あーちゃんも行く!」

アラネアも続いて車を飛び出した。

「え?!オレ、一人残るの?!」

プロンプトも慌てて車を飛び出した。

「車で休んでろよ」

「それ、ひどくない?!」

プロンプトは、泣きそうな顔をして追いかけてくる。ノクトは、内心おかしくて笑いそうになるが、顔はしんらんぷりをして、どんどんトンネルの奥へと進んだ。アラネアは、まったく怖がる様子もなく、ノクトのすぐ隣をご機嫌に歩いていた。

「アラネア、あんまり前に出るなよ」

「お?」

「また、さっきみたいなやつが潜んでるかもしれないからな」

「ん?誰もいないぞ?」

アラネアは首をかしげる…ノクトはその様子を見て、もしかするとこの先に生き物の気配はないのかもしれない、と思う。アラネアの勘の方が、自分より鋭いかもしれないと、思い始めていた。

トンネルは、壁や天井の痛みが激しくところどころ崩壊しているが、あきらかに車両用の道だった。ノクトは警戒しながら先へ進んだ。相変わらず、プロンプトは閉鎖的な空間は苦手らしく、アラネアの後ろにしがみつかんばかりについてくる。

「やだな…地下の探索を思い出しちゃうよ…」

「地下ってほどじゃないだろ。すぐそこに出口も見えるんだし」

「そうだけどさぁ」

ノクトは、10年前の旅、地下洞窟の探索のプロンプトの様子を思い出して、笑った。

「お前、かわんないな。相変わらず、暗いところが苦手なのか。この10年どうしてたんだ?」

「同じ暗くたってさ、狭いところと外では別だよぉ。やだわぁ、こういう狭いとこ…お化けとかでてきそうじゃん?」

おばけって…

ノクトは苦笑する。散々、シガイや、巨大な野獣と戦ってきて、お化けが怖いか。

プロンプトの心配はよそに、トンネルの内部に、特に動くものの気配はなかった。ひたすらまっすぐに続くトンネルの終わりは、天井が崩壊してほとんど埋まりかかっているところに、かろうじて、向こう側が見えるくらいの隙間が通っていた。体を押し込めば通れそうだが…向こう側は、沼地のようだ。

ノクトとプロンプトはかわるがわる隙間から向こう側を覗き込んだ。

「これ…もしかして」

「ああ…カスティーナ鉱山だ」

雨で霞んでいるが、沼地の向こうに、かろうじて、鉱山の巨大な掘削機が見える。

あの、苦しい旅の、鉱山での記憶は特に苦しかった。イグニスが目を失い、ノクトはルーナを失った喪失感に囚われ、グラディオはノクトに真の王になることを迫った… 

「あんとき、つらかったねぇ…」

プロンプトが遠い目をして言う。

「そうだな…」

そのとき、どん!!! という、地響きがした。ノクトたちに緊張が走った。地響きは、鉱山の中心のほうから聞こえた。隙間からのぞくと、霧の向こうに巨体の影が見えた。巨体は、そのまま、鉱山の奥のほうへと消えた…

「ここが、やつの住処ってことか…」

「だね…」

とりあえず、この隙間をこえて大型の生き物がトンネルに入ることはないだろう。ノクトたちは、安堵して車まで戻った。

雨は弱まったが、まだ降り続いていた。カルタナティカ駅はすぐ目と鼻の先だが、少なくとも、雨があがるまでここから出るのは得策ではない。あの、いわば鉱山の主といえる巨大な野獣の動向も、見極めなければならい。

ノクトたちはトンネルの中にテントを張った。野獣が火に反応したかもしれないので、火をおこすのは躊躇われた。夕飯は、火を使わずに済むものにした。

明日どうするか… 鉱山の主の動向がわからないことにはどうにもできない。

「晴れたら…車を置いて駅の様子を見てくるという手もあるな」

「そうねぇ。車よりは目立たないかも」

あまりいい考えも浮かばないまま、二人は考えるのをやめた。

夕方になって雨はようやく小雨と言えるほどに弱まった。

あいつが昼間動く野獣なら、夜のうちに駅の様子を調べるのもありかもしれないな… 

しかし、今朝の中継器の設置と、午後の逃走劇で、一行はすっかりくたびれていた。やることもないので、ノクトは19時過ぎにアラネアとテントに入った。そして、気がついたら寝入っていた。


ノクト…ノクト…

遠慮がちに呼ぶ声が聞こえた気がした。

ルーナじゃないな…ノクトはそう思って、あまり気にも留めなかった。


ぐおおおおおおおおおお

遠くで咆哮が聞こえて、ようやくノクトの意識が戻った。


始めに目に入ったのは、暗い…テントの天井だ。

あれ… 

アラネアが眠そうで、寝かせるつもりで…自分も寝てしまったか。

アラネアは、となりで、寝袋から腕をはみ出して大きく口をあけて寝息を立てていた。

テントの外は、わずかに明るい。キャンプ用のランタンをともしているのだろう。

今、何時だ?

ノクトは時計を見た。まだ、夜中の12時前だ。

寝袋から這い出して、テントの入り口のチャックを開ける。見ると、プロンプトが椅子に腰掛けたまま、うつらうつらと舟をこいでいる。

「プロンプト」

ノクトは静かに声をかける。

あっ…

びくっとしてプロンプトは顔を上げた。

「ごめん、寝てた!!」

「いや、オレのほうが悪い。さっき起こしたんじゃないのか?こっちがすっかり寝入ってた」

「うん、すごくよく寝てたからさぁ…でも、ほんのちょっと前だよ」

ノクトは、大きく伸びをして見せて、眠気をふるい落とした。

「交代しよう。ほら、テントに入れよ」

「うん、ありがとう」

プロンプトは半ば、寝ぼけながら、テントに入った。

あの逃走劇でよほど消耗しただろうに…自分の方が先に寝入ったのは誤算だったな。ノクトは反省する。

先ほどまでプロンプトが座っていた椅子に、腰掛ける。寝起きのとき、聞いたような気がした咆哮は…夢だったろうか。プロンプトは何も気がついていなかったようだが。

ノクトは耳を澄ました。よく眠って、頭は冴えていた。

音は…静かだ。そういえば、と、トンネルの出口のほうへ行ってみた。やはり…雨は上がっている。雲はまだ、空にもくもくと敷き詰められていて、月は、雲の向こうにかろうじて光が見える。

駅まで…行って見るか。

ノクトは、外の様子を伺う。ケスティーノの主は、あれほどの巨体だ。動きがあればよほど目立つはずだ。いま、これだけ静かなのは、やつもまた寝入っているということだろう。

ノクトは、車から父の剣と、軍支給の小銃を持ち出して、恐る恐るトンネルから出た。

鉱山から見て、左になるはずだ…ノクトは鉱山の山肌にそって慎重に進む。荒れた大地の上に、巨大な野獣に破壊された後が、ここかしこに確認できる。

すぐに線路の高架が見えてきて、その先に、駅らしき構造物も確認できた。

こんなに近かったのか…

雨の中、車を猛スピードで走らせてきたから、駅には気がつかなかった。見れば、駅まで上がる非常用の階段も、すぐそこだ。

そして、駅舎の影に…わずかな光。

始めは月明かりの反射かと思ったが、目を凝らしてみると…間違いない。小さな人工的な光が、ちらちら駅舎の向こうを移動している。

人がいるのか…

ノクトは慎重にあたりの気配に注意を向けながら、非常階段へ進んだ。ここから見上げると、駅の床の隙間から、さきほどの光がよりはっきりと、見える。

難民だろうか…魔道兵ではないと思うが。

念のため、警戒をして、足音を立てずにしずかに階段を上がる。途中、中継器の設置場所にちょうどいいような崖の迫り出した部分も見つけた。しかし、あんな大きな音を立てる掘削では、ケスティーノの主の気を引くのは間違いないだろう…この近辺での設置は難しいな、と思う。

駅に近づくにつれ、複数の人の話し声も聞こえてきた。あの野獣を警戒しているのか、周囲を気にかけているのか、低い声で静かに話していた。

男の声だな。なにか、もめているようにも聞こえるが…

ノクトは話の内容を聞き取ろうと耳を澄ました。

ー…生存者がいるかもしれない

ー正気か?あそこへ近づくなんて…

二人の男が、同じ問答を繰り返している。ノクトたちを探しに行こうとしているらしいが、悪意は感じない。

ノクトは、やや安心して、そのまま階段を上がった。

話をしていた男たちは、階段をあがる音に気がついたのか、急に話を止めて黙った。ノクトも、脅かさないようにと思ってわざと足音をたてたのだが、上で警戒している気配を感じた。

階段を上がりきると、はたして、コンテナの陰から二人の男が警戒してこちらをのぞきこんでいるのが見えた。二人とも中年の、見たところ、人のよさそうな農夫のような印象だ。男たちの様子は、彼らが胸元にさげている小型のライトのせいでよく見えていた。

警戒の仕方が完全に素人だな… 

「そこに、誰かいるか?」

ノクトは、声をかける。男たちは、顔を見合わせて、コンテナの陰からそろそろと出てきた。しかし、距離を置いたまま立ち止まる。

「顔を…見せてもらっていいか?」

男の一人がおそるおそるライトをノクトのほうへ向ける。ノクトはまぶしそうに目を細めながら、じっとしていた。

「ハンターのタルコット・ハスタだ」

と、ノクトが名乗った途端、二人はわっ と嬉しそうに寄ってきた。

「ハンターか!!助かった!!!」

「ああ、神の助けだな!!」

「あんたたちは…」

「シャンアールの集落から来たんだ…ちょっとこっちへ来てくれ」

ノクトは男たちに案内されて、カルタナティカの駅舎のほうへ進んだ。

これは…

線路とホームとに無数のテントがひしめき合っている…そして、向こうのほうには何頭かの馬と、馬に引かせたのだろう荷馬車が見えた。ちらほらと起きて外にいる者もいたが、おそらく、みな寝静まっているのだろう…全体の人数はよくわからない。

「集団で避難してきたのか」

「ああ、そうなんだ。ここへたどり着いたのは3日前なんだが…」

「リーダーは誰だ?話がしたい」

男二人はちょっと顔を見合わせて…

「起こしてくるか…夜回りの交代までまだ少しあるが」

ああ、呼んでくる。

もう一人の男が、テントのほうへ駆けて行った。

「わりぃな。こっちも連れがいて、やつが起きだす前に戻らないといけないんだ」

「カスティーナの悪魔だろ…昨日追いかけられているところを見てたよ。あんたら、よく逃げ切ったな…」

男の顔に恐怖が見えた。

「あの野獣…いつも鉱山の外で活動してるのか?」

「ああ、昼間になると鉱山を抜けてくる。夜の間は鉱山の中なんだが…しかし、昨日は、夜中に何度も吼えて、おちおち寝ていられなかった」

昨夜聞いた咆哮はこれだったか…

「あんなのが棲みついているって知ってたら、違うルートを選んだんだが…」

「棲みついたのは最近だろうな。数ヶ月前、このあたりから出発したって難民がケルカノにいたんだが、野獣の話はしていなかった」

「あんたケルカノから来たのか!アコルドは、やはり、無事なんだな!!」

男は、希望に満ちた目でノクトを見た。

そのとき、先ほどの男が、少年か…青年か、その境だと言う感じの、色白で綺麗な顔立ちした男を連れてきた。ノクトは驚いて彼の顔を見た。

「待たせたね。こちらが、この集団を率いてくださっている…イヴァン・バンアール伯爵だ」

「イヴァン様、こちらはハンターのタルコット・ハスタさんです」

伯爵か…わけぇな…

イヴァンは若いながら、動じない、指導者らしい態度でノクトに握手を求めた。

「イヴァンです。タルコットさん、救援に来ていただいて感謝いたします」

ノクトはやや、困惑しながら握手に応じた。

「年は…いくつだ?」

「もうすぐ、16になります…私の領地では成人の年ですが、何か?」

イヴァンは明らかにむっとした様子だった。

「イヴァン様はご領主のお父上に託されて、避難する集団を導いてくださってるんだ」

男は慌てた様子で補足した。

「なるほど。で、父親のほうはどうしたんだ?」

「父は、領地に残っています。どうしても領地を離れたがらない者も、体が弱く移動に耐えられない者もいましたので」

「…それは、たいした領主だな。親父さんに敬意を示そう」

ノクトはまじめな顔をして胸に拳をあてた。それで、イヴァンも気持ちが治まったようだった。軽く目を伏せて、頭を下げる。

「ありがとうございます…貴方は、ご出身はどちらですか?もしやご貴族の血筋の方では」

えっ とノクトは冷や汗をかき、

「いや…あちこち転々としているハンターさ」

と誤魔化した。

あんまり、王族っぽいとか言われたことはないんだがな…

ましてや、帝国の貴族とルシスの王族では、随分と文化風習が異なるような気がしていたのだ。目の前のイヴァンは、貴族らしく、年の割には横柄な態度だが、いわゆる帝国の貴族と聞いて、これまで持っていた印象とは全く違っていた。有事のせいかもしれないが、装いも派手なところはない。帝国貴族にも、中には全うなやつもいるもんだな、と、ノクトは考えを改めた。

「イヴァン様、ここでは寒い。駅舎へ」

「そうだね」

イヴァンは男たちに促されて、おそらく、見回りなどの拠点としているのだろう。駅舎の一画へと向かった。

「悪いんだが、ローランたちも起こしてきてくれ。一緒にタルコットさんの話を聞いて欲しい」

わかりました、と言って、男たちは方々に人を呼びに言った。

他の者たちの到着を待つ間、ノクトはイヴァンに領地のことを聞いた。イヴァンは、正当な貴族の後継者らしく自分の領地の歴史に通じていた。スカープ地方のはずれ、内陸に広がるバンアール領は、250年前、アコルドの併合の際に、それまでの戦果が認められ、時の皇帝ドルナ3世より授かった。よほど古い歴史だ。時がたつにつれてその領地は徐々に縮小されたが、イドラ皇帝がルシスとの戦争を始めたあとは、さらに軍事転用のために領地が接収されたようだ。

「250年前に領地を授かった際、領地のほとんどは荒野だったそうです。それでもこの土地を愛し、領民たちと開拓をして、徐々に豊かになりました。なかでも、見渡す限り広がる葡萄畑が見事だったようで。私が生まれる随分前に接収されてしまったため、父は今でも、その風景を私に見せたかったと悔しそうに言います」

闇が訪れた後は、治安上の理由から、さらに限られた土地に領民を避難さぜるを得なかった。150年ほどまえに敵の奇襲から守るため、断崖の上に造ったシャンアール城と城下町があった。平和な時代は風光明媚な場所として有名であったのだが、この場所がまさにシガイから領民を守ることになった。

「それでも…領民の数は10年前の半数にも足りません」

イヴァンは、すでに領主そのものであるかのように、口惜しそうに言った。

「それで…夜が明けて、また領地を復興させるチャンスが来たのだろう」

ノクトは励ますように言う。

「ええ…みな、希望に燃えていました。それが、領地を捨てて避難することになるとは…」

「何があったんだ?」

「魔道兵です」

イヴァンは深刻な顔をしていた。

「夜が明けてから、すぐに領地の状況調査にあたらせたのです。その調査隊が、帝都方面から荒野を行軍する魔道兵の一群を目撃したのです」

「魔道兵の一群?!何者がそれを…」

「わかりません…あるいは、何者でもないかもしれません。魔道兵たちは一様にどこか破損しており、統率がとれているようには見えなかったそうです。ですが…なぜか、およそ同じ方向に進んでいたのです。その先は、いずれシャンアールに到達すると…」

イヴァンは、若さに似合わない苦悩をにじませて、深いため息をついた。

「イドラ皇帝は、各地の領邦軍の縮小を強いました。威力のある重機・戦闘機は、領邦軍では装備できなくなり…今の我らには大した武器もありません。…兵力も、全うな訓練をうけて戦力になるのは…実質的に数十程度かと。一方、魔道兵の数は少なくとも数千はくだらない…」

「それで避難を?」

「悩みました…領地の外もどれだけ安全かはわかりません。しかし、数日前に突如として、城のラジオがハンター協会の電波を傍受したので…それで、アコルドがどうやら無事らしいとわかり、女子ども、若者を中心に、ケルカノを目指すことにしたのです。私は、ケルカノまで無事領民を届けたら、応援を要請して領地に戻るつもりです」

そこまで話して、イヴァンは急に下を向いて、暗い顔をした。

「しかし…私は重大な判断ミスを…」

言葉は弱弱しくなり、それまでの威厳のある態度から、様子が変わった。

「…カルタナティカ駅が見えてきたとき、そこまで、あまり大きな危険もなかったものですから…護衛につけていた者たちを早々と領地へ帰したのです。ここからケルカノまでもう、いくらもありません。戦力がなくともたどり着けると思いました…しかし、まさかあのような野獣がいるとは…私は、領民たちを危険にさらすことに…」

自分の自信過剰によって引き起こした事態に、後悔しているのだろう。年相応に、自分の力不足に不安を感じている様子もわかる。

偉そうなガキだと思っていたが…それも、自分の役割を引き受けたがこそか…

ノクトは、今の自分がとても、イヴァンに偉そうなことを言える立場ではない、と思いながらも、

「心配だったんだろ、親父さんが」

と慰めた。

そのとき、がやがやと複数の人間が駅舎へ入ってきた。その途端、イヴァンはまた、さっと背筋を伸ばして、もとの威厳ある顔つきに戻った。

ノクトは頭が下がる思いがした。

入ってきたのは男女の若者だ。年齢は…男の方が、イヴァンよりはもう少し上に見えた。長身で、そこそこ鍛えているんだろう。腕の筋肉はなかなか立派だ。女はイヴァンと同じ年頃か。体は細身だが、何か格闘技をしているような、隙のない身のこなしだ。信頼の置ける仲間、イヴァンの側近…というところだろう。熟練の兵隊を帰してしまった後では、彼らが唯一の戦力らしかった。

彼らは一通り、野獣についてこれまで分かったことを教えてくれた。

昼間に観察したところからすると、おそらく、大型のベヒーモスの一種だろう。それにしては、ノクトがこれまで見たものの中でも特段に大きい。動きを見ていると、目があまり利いていないらしい…その分、音と臭いに敏感に反応しているように見える。高架の上にはあまり関心のあるそぶりは見せていないが…大きな音を立てたり、火を燃やすことは躊躇われた。巨体と言ってもさすがに高架の上にはまず届かないが、その足場に攻撃でもされたらひとたまりもないだろう…

「野獣に気がついたのが、ここで野営をした始めの晩だったのです」

ローランと呼ばれた青年が説明する。

「…このまま線路を進むべきか悩みました。進んでいる途中で気配に気がつかれ、高架が攻撃でもされたら…もう、一貫のおわりです」

「でも、物資ももうすぐ底を尽くし、ここにとどまっていても解決しないわ」

少女のほうは、フィリアと言った。

「ケルカノから応援は呼べますか?」

イヴァンがノクトに聞いた。

「ここでは電波が弱くて無線が使えない。中継器を設置すればおそらく問題ないが…設置するにはものすごい音が出てしまう」

「では、応援が呼べるところまで、タルコットさんに行っていただいては…夜間に、ひとりで線路を進む分には、やつにも気づかれずにいけるのでは…」

「そうだな…」

ノクトは黙った。ルシスの支援部隊が到着していれば、多少戦力のあるものを派遣してもらえるかもしれない。軍隊のほうは、すぐに動くだろうか?

できれば軍隊のほうには鉢合わせしたくないもんだな…グスタフが協力をしてくれているといっても、妙なことになりそうだ。

「いっそのこと、討伐してしまえばいいんじゃない?頭数も増えたんだし。ハンターももうひとりいるんでしょう?」

フィリアはなかなか結論を出さない一行に、短気になっていた。

強気な女だな…ノクトは苦笑する。

「少し連れとも相談させてくれ。物資だが、いくらか積んでいるから提供できる。あと、これが近距離なら機能するはずだ」

と、ノクトは持ってきていた無線機を渡した。

「もうひとつを連れが持ってる。これでお互い連絡を取ろう」

一行は腰を浮かせかかった。が、イヴァンが、

「タルコットさん、もうひとつだけ聞きたいことが…」

と言い出した。

「今、アコルドの情勢はいかがですか?今つれている領民の安全ももちろんですが…領地に残った者たちが心配です。すぐに、軍隊を出動させてくれるでしょうか」

ノクトは、なんとも答えられずに黙った。

「…まず、ケルカノだがな。国境は封鎖されている。大量の難民が押しよせて、対応できていないんだ」

え…

若い3人は、失望の声を上げた。

「聞いたところによると、昨日ルシスのハンター協会から支援部隊が到着したらしい。それで少しは状況が改善するとは思うが…今、ケルカノは難民があふれかえって物資もなにもかも不足している。魔道兵や野獣からは身を守れると思うが…十分な支援が受けられるかどうか…」

「我々も…入国できないと?」

ノクトは難しい顔して唸った。

「アコルド政府は、帝国貴族は優遇していると聞いている。自分の身分を利用して、国境警備の軍に働きかければ…あるいは…。しかし、どうかな。領民すべてを入国させられるかはわからんな」

イヴァンは、嬉しそうな顔はしなかった。

「まさか自分ひとり入国するわけには…まして、大量の難民を差し置いて、自分の領民だけを優遇するよう計らうのは…騎士道に反します」

随分ご立派じゃないか。あまりにも潔い公平心は、若さゆえだろうか。この非常時に、領民のためにうまく立ち回ってもいいとは思うが。しかし、ノクトには、その単純なほどの正義感がほほえましかった。

「その状態で、軍の出動要請は…」

イヴァンは絶望的な顔をする。

「わからんよ。軍人も人だ。みな一様ではない。働きかけ次第で協力者も得られるかもしれない。他にも、ハンターたちで協力できるものもいるかもしれないしな」

しかし、相手は数千にものぼる魔道兵…撃退しようと思えばかなりの戦力が必要だろう。

ノクトもあまり気休めは言えない。

オレが駆けつけたところで、なんとかなるものでもないな…せいぜい、グスタフを口説いてみるか。

「…保証はできないが、軍に知り合いがいる。無線が通じたら、そいつと話をしてみよう」

はっ とイヴァンは顔を上げて、キラキラした目を向けた。

「本当ですか!ありがとうございます!」

おっと…

気がついたら、外が白み始めていた。ノクトは慌てて、椅子から腰を上げた。やつが目覚める前に、車まで戻らないと…

イヴァンは引き止めたことをわびて、ノクトを駅舎から送り出した。ひとり駅舎を出ると、空は東から白み始めていた。その時ー

ぐおおおおおおおおおおおおおおおお…

鉱山から、目覚めを知らせる咆哮が鳴り響く。

しまった…

ノクトが慌てて階段を駆け下りようとしたが、フィリアが追いかけてきて、それを止めた。

「あの…無線で誰かが呼びかけてますけど」

渡しておいた無線を持ってくる。無線機からは必死なプロンプトの声が聞こえてきた。

ーノクト!!ノクト!!聞こえてるなら返事して!!

しまったな…

ノクトはちらっとフィリアをみやりながら無線を受け取った。

ープロンプト。こちら、タルコットだ。黙って出てきて悪かったな

ーよ、よかったー!!!

大げさに深呼吸する音が聞こえてくる。

ー驚いたよ、ぜんぜん姿が見えないんだもの!今、どこにいるの?!

ーそれがな…駅にいるんだ。夜の間に戻るつもりだったが、やつがお目覚めのようだな…

ー駅?!

ノクトは、駅で避難する一行と出会ったことを伝えた。

ー今、下手にやつに見つかったら高架がやばいことになる…夜までこちらで待つつもりだが、いいか?

ーわかった。こっちは、トンネルにいれば大丈夫だと思うから…

チラッと見やると、フィリアは遠慮して、ノクトから離れたところで様子を伺っていた。ノクトはこれからの対応についてプロンプトに相談した。

ーどう思う?無線で連絡できるところまで戻るか…

ーといっても、車は動かせないでしょう?無線もすぐに応答があるとは限らないよね。昨日のリカルドの話だとさ…

ーそうだな…

二人は黙った。

ーそういえばさぁ…

と、プロンプトが沈黙を破る。

ーあれがあるよね?

ーあれ?

ーロケットランチャー

あ! とノクトは声を上げた。

そういや、軍がやたらと威力のある武器を提供したんだっけ…

ーあいつでやれるか?

ー命中できれば、いくらあの巨体でも致命傷だと思うよ。なにせ、飛行艇も打ち落とせるって言ってたじゃん?

ーそうだな…

ノクトの脳裏に、作戦が浮かぶ。

ートンネルのあの先の…隙間から

ーそうだね。臭いで誘えるなら、焚き火を起こして引き付けて…

ーよし、それで行こう。今夜、必要な人員をつれてそちらに戻る。そして明日の朝決行だな。

ー了解!じゃあ、今日はあーちゃんとのんびりしてるから

ー何かあれば、連絡しろよ

ノクトは無線を切った。

空はすっかり明るくなっていた。テントから、こどもや女性がぽつぽつと姿を現していた。

ノクトは明るい顔でフィリアのところまで戻った。

「いい案が浮かんだ。すぐに作戦会議だ」

二人は再び駅舎に戻った。


ノクトは、その日一日を、ターゲットの動向の観察に費やす。イヴァンが貸してくれた双眼鏡でのぞくと、この高い場所からは、鉱山の内部の状況が良く見えた。鉱山の主は、日が高くなってしばらく、鉱山の中をうろうろとしているのが見えた。餌をあさっているらしい… あそこにはまだ、他の野獣も生息していて、やつの胃袋を満たせるのだろう。しかし、しばらくして、鉱山を這い上がってくる様子が見えた。そして、周囲をうかがうようなそぶりを見せる…

鉱山を出て、トンネルのあるあたりに降りていった…ノクトはヒヤッとした。しかし、見ていると何事もないように鉱山から離れていく姿が見えた。ほっと胸をなでおろす。

アラネアは怖がっていないだろうか… いや、プロンプトのほうかな。

見ていると、不思議なことに、やつはあまり鉱山から離れようとはしない…その巨体は、ノクトの視界から外れないあたりを、あっちへいったり、こっちへいったりしていた。ちょっと双眼鏡を動かしてみると、昨日、あの巨体に破壊された工場跡地も良く見えた。

ちらっとテントのほうを見やる。アラネア同様遊び盛りの子どもたちがたくさんいたが、ああも、恐ろしげな野獣が目に入ると、さすがに怖がって大人しくしていた。女性たちは不安な様子でこどもたちを抱きかかえている。ハンターの救援があったことは、集団全体に伝わったらしく、ノクトに向かってありがたく手を合わせているものもあった。

さきほど聞いた話では、集団はざっと300人ほどだ。そのうち、8割が女子どもで、老人を除くと、16を超える男はイヴァンを含めて、30人程度…しかし、イヴァンとその側近を除けば、ほとんど戦闘経験のない農夫たちだ。

若干16歳でこの集団を率いる領主の息子は、実際たいしたものだと思った。

オレなんて、たかだか3人のダチを連れてただけだもんな。

イヴァンは、討伐作戦を提案してからノクトに絶大の信頼を寄せていた。ノクトの方がやや気後れするぐらいに。ローランは、主の判断であれば特に問題ないという感じだったが、フィリアは、物いいたげな難しい顔をして黙っていた。あのプロンプトからの無線連絡のことで、何か感づかれただろうか…

しかし、結局はノクトの提案どおりに、今夜、ローランとフィリアがノクトについてトンネルまでくることになった。イヴァンははじめ、フィリアが討伐に参加することをしぶったが、フィリアが怒りに声を上げた。

「あなたはここを最後まで率いる責任があるのよ?今、男だとか女だとか言ってる場合じゃないでしょう?ほかに戦闘経験のある人間がいて?!」

フィリアは相当に自信をにじませていた。

最後にはイヴァンは折れて、フィリアの同行を許可した。

作戦はこうだ。

夜になり、鉱山の主が寝床に入ったら、ノクトたちはトンネルに移動する。

明日の朝、やつが目覚めるところを狙って、トンネルのすぐ出た先で、火をおこす。ノクト、ローランは外のどこか身を隠せる場所で待機。プロンプトは、トンネルの隙間からロケットランチャーを構える。フィリアは、トンネルの中でプロンプトのバックアップ。フィリアは弓の使い手なのだ。しかも、得物は、弓と言うのにはいささか大物で、機械仕掛けで威力がありそうなボーガンだった。

万が一、焚き火でやつを引き付けられなければ、ノクトが囮になってやつを引き付ける… バックアップするローランは、ハーバスという、ブーメラン式の不思議な武器を扱う。見たところ、大型の分厚い鎌のような形をしている。

「これ、戻ってくるのか?」

ノクトが不思議そうに聞くと、ローランは笑って、

「かなりの衝撃ですからね。衝突した場合の力も計算して投げ打ちますが、たいてい、僕の手元まで戻りますよ」

と、自信ありげだった。

ロケットランチャーの弾は2発。ぎりぎりまで引き付ける必要がある。

うまくすれば、一発でやつの脳天を破壊できるはずだ…

もし、運悪くまだ息があったら、ノクトとローランで止めを刺す。

いけるだろ…

若者の手前、スマートに片付いてくれることを願わずにいられない。


夕方近く、それぞれに仮眠を取った。イヴァンはノクトのために、自分のテントを使わせてくれた。グラディオのコールマンテントと違って、貴族のそれは、どことなく高級感のただよう光沢のある垂れ幕を使っていた。寝袋…とは、もはや言えない。手織りの高級な布が、袋式ではあるが、ゆったりとくつろげる広さに作られている。

これが、貴族仕様か…

どこどなくいい香りがする。ノクトは、感心して眠りについた。

「タルコットさん」

ん… ノクトは、体をゆすられた感じがして、目を覚ました。外はすっかり暗くなっていた。テントを覗き込んでいるのは、ローランだ。

「悪い、寝過ごしたか…」

「いえ、自分も今起きたところです」

ローランが気を遣わせまいと、殊勝なことを言う。ノクトは腕時計を見た。予定の時刻を多少過ぎていた。

「やつの様子はどうだ?」

「すっかり静かになりました。出るのにちょうど良いと思います」

テントを出ると、イヴァンと、明らかにいらいらした様子のフィリアが待っていた。

「待たせたな…」

ノクトはフィリアの様子に苦笑しながら、二人に声をかけた。

それから無線を手にする。

ープロンプト。こちらタルコット。そろそろ、そちらに向かうぞ

ーラジャー!こっちも今静かだから、大丈夫だと思う。気をつけてね!

ノクトを先頭にして、フィリア、ローランの順に、非常階段を慎重に下りた。心配そうなイヴァンは、いつまでも3人を最上階から見送っていた。

外は静かだった。昨日と違い、雲もまばらで月明かりがよく届く。非常階段を降りきって、ノクトは、慎重に二人を誘導する。二人とも、若いが、駆け出しのハンターぐらいには動けるように見えた。周りの気配に神経を尖らせながら、音を足せずにスムーズにノクトについてくる。やつもすっかり寝入っているらしい… 何事もなく、トンネルの入り口まで来る。

トンネルに入ると、すぐに、テントの側のランタンの光が見えた。アラネアが、黙ったまま、嬉しそうに飛び跳ねて手を振っているのが見えた。

「おかえりー!」

プロンプトも声を抑え気味に、出迎える。手短にお互いを紹介して、それから明日の下見に取り掛かった。ロケットランチャーはすでに、トンネルの先に設置されていた。

「ばっちりでしょ?」

「ああ。明日は頼むわ」

ローランと、ノクトは、トンネルの隙間から外へ出て、外の様子を下見する。少し先の沼地で夜行性の野獣の気配がした…あまり動き回って騒がれるとまずい。そそくさと、近場の様子だけ確認して二人はトンネルに戻った。

「どうだった?」

「ああ。岩場にうまいこと隠れそうだ。ただ…その先の地面はかなりぬかるんでるな。火をおこすのは一苦労だぞ」

「大丈夫。予備のガソリンをちょっと染み込ませれば、臭いが出る程度には燃えるよ」

フィリアとノーランは、ノクトとプロンプトの会話を感心した様子で聞き入っていた。

およその下見が終わって、燃やす材料を探しに鉱山の外へでることになった。目立たないために、少人数でいきたい、と思ったノクトは、はじめローランを誘ったが、フィリアが納得いかないといった様子で、今度こそ自分が、と言って譲らなかった。

役回り的に、明日の作戦でトンネルの外にでるローランは、自分より危険な仕事だろうというのが不満らしかった。

ノクトは内心苦笑しながら、フィリアをつれていくことに同意した。

フィリアはその自信なだけあって、確かに危なげない身のこなしをする。身軽で足音をまったくたてずに移動して、月明かりの中で燃やす材料を目ざとく見つけた。彼女のおかけで、鉱山からさほど離れない場所に、昔、材木置き場か何かであったのだろう…朽ちかけた材木がたくさん見つかったので、二人はそれを抱えられるだけ持って、帰路についた。

トンネルの入り口が見えてきたとき、後ろからついてきていたフィリアは、唐突に、

「あの…」

と、ノクトに声をかけた。それまで、できるだけ気配を消そうと一言も発していなかったのに。

ノクトは、不思議そうに振り返った。

フィリアは、思いつめたような顔をして、うつむきがちに目を合わせないようにしている。

「あなた…ハンターではありませんね。ノクティス・ルシス・チュラム… ルシス王」

ノクトは、なんとなく予想もついていたのであまり驚きもせず、しかし、彼女の若さでよく自分が分かったものだと感心した。

「なぜ、そう思うんだ?」

ノクトは、好奇心を持って聞いた。

「それは…その、あなたの持つ剣が…」

なぜだか彼女は動揺していた。そして、

「…いえ、聞かなかったことにして下さい。私の思い違いです」

と、自分で発言を撤回して、それ以上何かを聞かれるのを恐れるように、先にトンネルに入っていった。

なんだ…?てっきり敵国の人間として責めるつもりでいたのかと思ったが。

何か理由がありそうだ。しかし、態度を明らかにできないのは、彼女が、帝国貴族の臣下であることにも関係しているのかもしれない。

触れないでおくか…

ノクトは、欲張って抱えてきた材木を肩に背負いなおして、彼女に続いてトンネルに入った。


一行は翌朝の作戦に向けて、眠れぬ夜をすごした。夜明けまではすることもないので、交代で仮眠をとることにしたが、若者二人は自分たちが夜番をするといって譲らなかったので、ノクトとプロンプトはありがたくテントに入った。しかし、二人とも興奮でなかなか寝付けないでいた。アラネアはいつもどおり、すぐに寝息が聞こえてきたが…

「ノクト…起きてる?」

プロンプトが遠慮がちに声をかける。

「ああ。夕方仮眠もとってきたし…実際寝付けないな」

「そうなんだ。実はオレも、昼間外にも出られなくてひまでさー、昼寝してたんだよね」

プロンプトはテントの外の二人に気を使いながら低い声のまま、しかし、寝袋から上半身を出してノクトのほうを向いた。

「作戦がうまくいったらさぁ、どうする?」

「そうだな。とりあえず、中継器を立てるだろ」

「それは、わかってるよ。その後の行き先だって」

ノクトはしばし沈黙した。

「魔道兵の行軍が気になるか?」

「…そうねぇ。前に、ノクトがいってた軍用道路?領地の近くまで行くと思ってさ…まあ、なんとなく気になって」

「そうだな…」

理想的に軍が出動要請を受けるとして、それでもすぐに出動とはならないだろうし…はたして、行軍はいまどのあたりに到達しているか…

「応援がくるまで、助太刀くらいしてくるか…」

なんとなく、プロンプトが期待しているだろうことを、ノクトは言ってみる。

「そうする?!」

プロンプトは嬉しそうだった。

お前も、ほんと人がいいよな…

ノクトは苦笑していた。


テントの二人は結局、つらつらと話を続けて、夜明け前に少し目を閉じていたものの、二人ともどこまで寝ていたかは判然としない。それでも、若者二人の志は尊重できただろう。空が白み始めたとき、ローランがテントを覗き込んで、遠慮がちに小さな声をかけたが、ノクトとプロンプトはほとんど同時に反応していた。

二人が起きだしたので、アラネアもすぐに目を覚ましてしまった。

一行は、緊張する中で、簡単にパンと水だけを胃に流し込んだ。(アラネアは果物も食べていた)そして、そそくさと、トンネルの終点へ移動する。

トンネルの終点、くずれた隙間から外をうかがうと、沼地は静かだった。ノクトがまず外に出て様子をうかがい、手招きをしてローランもでた。二人は、中にいるプロンプトとフィリアから材木を受け取って、トンネルをでてすぐのところに、まずは岩をいくつか並べ、ぬれた地面に触れないようにして、その上に材木を並べた。

プロンプトは最後にガソリンを染み込ませた古布をよこした。直接触れないように棒切れで挟み込むようにして、材木の下に押し込む。

外はいよいよ明るくなってきた。ノクトとローランは、昨日確認したトンネルの出口の上のほう、岩場が迫り出している場所にそれぞれ身を隠した。

もうすぐだろう…やつの朝の咆哮が聞こえたら、プロンプトが薪に銃弾を打ち込み、着荷する手はずになっている。うまくすれば、鉱山の主はすぐに焦げ臭い臭いに気がついて、ここにおびき出されるだろう…

一同は、朝の咆哮を待った。

日が昇りきって、鉱山の窪みにも朝日を差し込んだ。その時、まっていた咆哮が鳴り響く。

ぐおおおおおおおおおお…

ノクトたちのところから、霧の向こうに巨体が起き上がるのが見えた。

ぱああああんっ!

発砲音が鉱山中になり響いた。つづいて、ぼおん!!! という爆発音とともに、ガソリンが着火して、積み上げた材木が燃え上がる。

霧の向こうの巨体の影が、あきらかに異変に反応して、こちらを振り向こうとしているのが見えた…

よし…

ーターゲット、こちらに気がついた。くるぞ。ぎりぎりまで引き付けろ

ノクトは無線で呼びかける。

ー了解!

プロンプトの声がすぐに返ってきた。

ぐおおおおおおおおお…

咆哮とともに、思い足音が鳴り響き、こちらに近づいてくる。朝日の中で、霧が少しずつ晴れていった。その巨体が、霧の中かあら明らかになった。鉱山の主は、目をぎらぎらさせ、明らかに興奮した様子でこちらにせまってきた。

ぐおおおおおおおおお…

沼地の岩や木々を押しのけながら、ものすごい勢いで、駆けてくる… 

あのままの勢いでは、トンネルの出口に激突するのでは…

ノクトの背中にも緊張が走った。

ープロンプト、ぎりぎりまで粘れよ!

ーわ、わかってるよ!

明らかにびびっているプロンプトの声が返ってきた。

どうする?トンネルに激突する前に、オレが一度足を止めるか?!

ノクトは迷う。


ケスティーノの悪魔は狂ったように叫び声を上げながら、巨大な掘削機の影から姿を現した。木材ははやくも燃えつきようとしていたが、その焦げ臭いにおいはあたりに充満していた。沼地に足を入れてから、野獣は少し警戒したようなそぶりを見せ、ゆっくりと焚き火のほうに近づいた。

野獣は沼地の中ほどまで来て、足を止めた。木材はすっかり炭になり、今は炎はなく、煙だけがかろうじて立ち上っている。

まずいな…

しかし、やつは臭いは気になると見えて、少しずつ、燃えカスのほうへ近づいた。ぐるぐると喉を鳴らしながら、ゆっくりと近づいてくる。

よし…いい感じだ

ープロンプト

ーうん、見えてるよ

焚き火までの距離…あと数メートル。やつは立ち止まって、その鼻先を、焚き火のほうへ近づけた…

ぴゅう… 

という音が響いて、そして、次の瞬間、野獣の頭の辺りに激しい爆発の煙が立ち上った。

やったか!!

巨体が後ろに大きく傾いていくのが見える。…しかし、倒れるかと思ったところで、巨体はしっかりと後ろ足で体を支えた。煙が風で流れ、野獣の右目上の頭の分が吹き飛んでいるのが見えた。

しかし、野獣は息を止めていない…

ープロンプト、もう1発!

ーすぐ!

ぴゅう… 煙の尾が孤を描くようによろめいた巨獣の頭めがけてとんだ。ケスティーナの悪魔はよろつく右手で、ロケット弾を防いだ。ロケット弾は右手にあたり爆発を起こす。巨獣の、大きな右手の指とつめが、爆発の衝撃ではじけ飛ぶのが見えた。

つづいて、フィリアのボーガンの矢が、巨獣の胸元めがけて複数飛んでいくのが見えた。

ボス、ボス…

鈍く低い音が響いて、矢が肉体にのめり込んだことを知らせた。

「ローラン!!行くぞ!」

ノクトが叫んで岩陰から飛び出すと、ローランも同時に飛び足していた。ノクトより先にローランのハーバスが空中に孤を描いた。彼が自信ありげに笑った理由がわかる。鎌は、その形がわからないほど、高速の回転をしていてほとんど円に見えた。ヒューン、と空気を切る音を鳴り響かせながら、巨獣の首もとめがけて飛んでいった。まるでなんの抵抗もないように、スパッとその首が大きくえぐれ、ハーバスそのものは孤を描いて主人のほうへ戻ってきた。

巨獣はさらによろめいて、片腕となった左前足を地面につく。ノクトは、そこへ飛び上がって、残った左前足に切りかかった。

うがあああああああああああ

という苦しそうな声が上がって、野獣は前のめりに体制を崩した。その頭をめがけて、もう一度、ボーガンの矢が飛んできた。

ズドズドズド…

今度はさきほどよりも重い音が響いた。頭蓋骨をつらぬき、やつの脳天に矢が刺さる音だろう…

野獣はそのまま、沼地に頭から倒れこんだ。

やったか…

ぐうううううう…

苦しそうなうめき声が沼地の底から響く。

そして、黒い大きな巨体は、動きを止めた。


終わったな…

ノクトは、なぜか、胸が少し苦しかった。この巨大な野獣は、苦しい闇の10年をどのように生き抜いたのだろうか… 大型の野獣がほとんど死に絶えたルシスの光景を思い出していた。ようやく現れた太陽。人と同じように、この野獣も、太陽を待ち望み、希望を感じたのだろうか…

ローランは息を切らせながらノクトの側に駆け寄ってきた。

「やりましたね、タルコットさん!!!」

彼の声は高揚していた。

「ああ、よくやったな、ローラン」

ノクトは、笑顔を向けて、若人の背中を叩いた。















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