chapter18.6-雲行き-

その日は、荒野でのはじめての夜となった。昨日、見定めておいた次の中継器のポイント近く、高架下の少し入り組んだところに車を乗り入れて、その隣にテントを張った。

無線でケルカノ支部に連絡を入れると、何度か聞いたことのある男性ハンターの声が返って来た。
-今夜は次のポイント近くで野営する。今のところ、危険はない
-了解です。お気をつけて

会話はできたが、音は弱い。この辺りが次のポイントとしては、ギリギリの線だろう。

今日は朝、昼とまともに食事もして来たし、夜は物資を節約して簡単な食事にする。燃やす材料が近場で見つからず、焚き火を起こすのは諦めた。簡易コンロで最低限のお湯だけ沸かして、ホットココアを作った。それから持って来たパンと干し肉とリンゴ。埋葬にかなりの体力を使ったので物足りなさを感じるが、これにも慣れていかないと行けない。物資のリストを眺めながら、ノクトは唸る。

「いよいよ、荒野の旅かぁ。もう、戻ることもないかな?」
「どうかな。線路からはもうすぐ離れるが、道路を進んでくる難民もいるだろうし」
ノクトは当然のように言った。プロンプトはしみじみとして
「なんか、ノクトから焦りが消えたよね」
「なんだよ、それ…」
「だって、キャンプ来た時は、ちょっとイライラしてたもん。ねー、あーちゃん?」
ん?と、アラネアは、パンをかじりながら首をかしげる。
ノクトは、苦い顔をして、誤魔化すように地図に顔をうずめた。
「明日は朝からあの崖下に中継器の設置だな。線路沿いにいけるのはユセロ地方の境までだ。その先、線路から分かれて山岳地帯を通ってテネブラエへ通じている…そういや、難民の男がこの道を通ったって行ってたな。帝都にも通じてる軍用道路らしいが…」

と、モゼフが地図上に記した、ブランシェル駅のあたりから伸びる点線をプロンプトに見せた。

「軍用道路?地図に載ってないんだ?」

「一般市民には隠されていたらしい」

「内陸を通って、テネブラエに近づけそうだね」

「ああ。だが、普段は封鎖されていたらしいから、通れるかどうか、だな」

「分かれ道で考えようよ。道の状態とかさ。使った形跡にある道の方が安全かも。あと、迷ったらさぁ、最後はあーちゃんの勘!」

プロンプトは、にかー、と笑ってアラネアの頭を撫でた。アラネアは、よくわからないが、なんだか褒められた気がして、にかー、と笑い返した。
ノクトは聞かなかったふりをして、
「直接距離を考えれば、ブランシェル駅で軍用道路に入ったほうが近いかもな」
結局2人は、分かれ道までは結論を保留にした。この先、何があるかわからないし、地図だけを見てあーだこーだと議論しても仕方ない。

ふああ、とプロンプトが大きなあくびをする。
「プロンプト、先にアラネアと寝ろ。オレが夜番に立つ。まだ、20時すぎだし…5時間たったら交代にするか」
「了解〜」
プロンプトは、もう、すぐにでも眠れると言った様子で、アラネアとテントに入った。2人の寝息が聞こえるのに、数分とかからなかった。
焚き火もなく、暗がりの中で座っていると、ノクトも眠ってしまいそうだ。しかし、灯りをつけて電力を消費するのももったいない気がする。
ちょっとあたりを見回ってみるか…
ノクトは上着を羽織り、剣と、軍から支給された小銃も装着した。今夜は月が出て、目が慣れれば灯りをつけなくても歩けそうだった。

崖に寄り添うように立つ線路の高架下を離れ、なだらかに海まで続く畝の方へ出てみる。ポツポツと、低い木がかろうじて生えているのが見えるが、他に生き物の気配はない。ふと、空を見上げた。月の明かりで霞んではいるが…満天の星だ。

明日も晴れるな…

それから、眠気覚ましに、地面に落ちた枯れ木などを拾い始めた。10年前はちょっとした木立だったろう。よく見れば、乾燥した枝が散乱している。これで火でも起こしてみるか。

そう思って身を屈めた時だ。風に乗って、遠くの方から、獣の咆哮のような音が聞こえた。途端に緊張が走り、ノクトは周囲に目を凝らす。月があるとは言え…高架のあたりは陰で見えないし、海側も、なだらかな地面の曲線がかろうじて見分けられるだけだ。

また、咆哮。しかし、いまいち、方角がはっきりしない…かなりの距離に思えるが。

ノクトは、念のため物音を立てないよう慎重に歩きながら、テントまで戻った。中を覗くと、2人はすやすやと寝息を立てており、異常はなかった。

咆哮は、その後も断続的に続いた。

深夜を回って、ビビビッと小さな電子音がテントの中で短く響いた。プロンプトは律儀に腕時計のアラームをセットしていたらしい。間も無くごそごそとテントからはい出してきた。

「おはよう…ってまだ深夜か。よく寝たあ~。交代するからノクトも寝てよ」
「ああ…」
と、ノクトは周囲を気にするそぶりを見せる。今は咆哮は聞こえない…
「実は、夜中近くになって、断続的に変な音が聞こえるんだ」
「変な音?」
「獣の唸り声のような…かなり遠くから音が風に乗って来てる感じなんだが」
ふーん…
2人は沈黙してしばし耳をすませた。時折、柔らかな風が、高架の足場を軋ませる音がしたが、咆哮は聞こえなかった。
「また、そのうち聞こえるかな?」
「もし、音が近づいてくるようだったら、起こせよ」
「わかった」
ノクトはテントへ入ろうと、椅子から立ち上がった。振り向きざまに見ると、プロンプトはルシス国外では電波の繋がらないスマホを取り出してイヤホンを装着していた。内部に記憶した音楽でも聞こうと言うのだろう…

おい、咆哮はどうした?
ノクトは突っ込もうかと思ったが、まえの咆哮からしばらく時間がたっていて、もうこれ以上聞こえない気もした。結局、黙ってそのままテントへ入った。

朝早く、テントの外から賑やかな声が聞こえる。パチパチと爆ぜる音…火を起こしたのか。プロンプトとアラネアが朝飯でも用意しているんだろう。
用意ができるまで、もう少し寝かせてもらおう…ノクトは寝袋に深く潜り込む。
しかし、間も無くしてテントの入り口のジッパーを開ける音がして、続いてアラネアの大きな声が響く。
「ごはんできたよー!」

うーん… まだ早すぎないか?ノクトは腕時計を見る。7時か…諦めて体を起こす。

外は昨夜の予想通り、よく晴れていた。まだ柔らかい朝の光が、高架下にも差し込んでいた。ケルカノの寄宿舎では、一晩中ハンター達の出入りがあって眠りが浅かったが、昨日は静かなテントの中でよく眠れた。
ノクトは大きく伸びをして、焚き火の前の椅子に腰掛ける。

「おはよー!よく眠れた?」
「ああ…よく寝たわ。薪、集めたのか?ありがとな」
「うん。ノクトも少し集めててくれたじゃない。あとは、あーちゃんが朝からすごく頑張ってさ」
へへへ。アラネアは得意になって鼻をこする。

おかげで真っ当な朝食にありつけた。ひんやりする朝の空気の中で、具沢山のスープは、体に染みた。今日も、中継器の設置から始まる。体力を使う一日になるだろう。

「そういや、あの後、変な音は聞こえたか?」
「ううん。あ!…途中まで音楽聴いてたからわからなかった…」
ごめーん、えへへ。プロンプトは、ぺろっと舌を出して頭を掻いた。
だろうと思ったが…
「ま、何事もなかったみたいだから、いいけど。ちょっとは周囲に気を配ってないと見張りにならないぞ」
「面目ない!今夜は気をつけます!」

プロンプトの調子のよさがアラネアに似てきたのは気のせいだろうか…

と言っても、事実、昨日は平和な夜だったのだ。リカルドの忠告に従い見張りは立てたものの、正直拍子抜けだったのはいなめない。魔道兵の残骸も…それほどの数ではないのだろう。昨夜の咆哮も、大型の野獣とは限らない。もしかすると、谷間に反響した風の音だったのかもしれない。

食事を終えて、ノクトたちは、いよいよ中継器の設置に取り掛かった。魔道兵をどこまで警戒するべきかは迷ったが、しかし、一度破壊されると、その先に設置した中継器がすべて機能しなくなる。慎重に越したことはないだろう。

先日の経験が生きていて、3人は自然と役割分担ができていた。めざす崖のせり出した部分に、アラネアが今日も一番乗りで這い登った。1つめのポイントより険しい崖で、はるか高架の上までつづいていたから、今度はつり下げて上から下ろすことはできない。下から引き上げるしかない。アラネアに続いてプロンプトも苦労して上に這い登った。2人がロープを渡して、それを岩に引っ掛ける。まずは掘削機をロープで結び、逆側からノクトが紐を引くことで反対側のロープが掘削機を引き上げる。ロープを引っ張るほうがかなりの重労働だ…

「おい、アラネア!」

ノクトは乱暴に呼びかけた。

「おまえ、降りて手伝え!」

「お、おう」

アラネアは素直にするすると崖を降りてきて、ーはあ、すごいよねぇ、とプロンプトは感心するーノクトが汗をたらしながら引いているロープに、自分もしがみついた。アラネアの戦力は絶大であった。ノクトひとりでは苦労していたのが、アラネアが一緒にロープを引くと、するすると掘削機が持ち上がる。

「オーライ、オーライ!」

プロンプトが崖の中腹から声を上げる。岩場の途中まで引き上げられて、そこからプロンプトが掘削機を踊場となっている場所まで引き上げるのがまた、一苦労だった。

「こ、腰にきそうっ…」

プロンプトは泣き言を言いながら、なんとか掘削機を引き上げた。

「きつそうだな…プロンプト、交代するか?」

掘削機より中継器の方が重いのだ。その時、アラネアがきょとんとしながら、

「あーちゃん、ひとりで引けるぞ?」

と言った。

ノクトは、一瞬、耳を疑うが、しかし、良く見れば、汗だくのノクトと違って、アラネアはまったく涼しい顔をしていた。

「ひとりで?」

ふふん。アラネアは鼻を鳴らす。

ノクトは、半信半疑で、中継器を縄で固定した後、試しにアラネアに引かせてみた。

アラネアは表情も変えずに、ロープを引いた。大人がようやくひとりで担げる重さの中継器は、するすると上がっていく…

ノクトは、あっけに取られながらも、慌てて中継器を追うように崖を登った。はじめに、足場になるところにプロンプトが杭を打ち込んでくれていたので、なんとか中継器に追いついた。

見るとプロンプトが、飛び出さんばかりに目を見開いて、アラネアの怪力を見つめていた。

「おい、いいから、中継器を上げるぞ!!」

ノクトは、踊場に這い上がって、プロンプトに声をかける。

2人は、汗だくになりながら、あがってきた中継器が岩場に衝突しないよう、骨を追って引き上げた。

「おう、アラネア、もういいぞ」

なんとか引き上げて、アラネアに声をかけると、まったく涼しい顔のまま、アラネアはおうっと返事をして下から手を振っていた。上の男2人は汗だくだ…

「マジで?!あーちゃん、マジで?!」

プロンプトは裏返った声をあげながら、何度もアラネアの方を見た。

「いいから、まずは、設置してしまうぞ」

ノクトは、掘削機を、崖に斜めに向けて押し付けた。

ごごごごご…

掘削機は酷い振動を起こしながら、崖に孔をあけていく。振動に合わせて、ノクトたちがたっている足場の岩も激しく揺れるのが気になった…

「ね、これ、やばくない…崩れるんじゃ」

プロンプトは青くなりながら、足場の揺れるのを見ていた。

「中継器が起動できれば問題ないはずだ…」

ノクトは強引に掘削を続けた。掘削機の扱いにもだいぶ慣れた。この間まで交代しなければしんどかったが、ノクトは一人で必要な孔をあけ切った。これも、埋葬のために散々掘削機を使った成果だろうか…

「よし、できたぞ」

ノクトとプロンプトは2人掛りで中継器を、やや斜めにこさえた孔に差し込む。踊場が狭かったので、起動させる前に掘削機を降ろす必要があった。ロープで再び掘削機を結びつけ、同じ要領で岩場にぶら下げる。アラネアは要領を得て、ロープを少しずつ緩めて、掘削機を下ろしにかかる。今度は、プロンプトが先に崖下に降りて、アラネアが降ろす掘削機を無事に受け止めた。

上々だな

ノクトは、掘削機が無事に降り立ったのを見届けて、中継器の起動ボタンを押した。

ががががが…

中継器が激しく自転する。…その時、ノクトが立っていた岩場がぐらっと大きく傾いた。

やべ…!!!

ノクトは慌てて、岸壁に打ち付けておいた杭に飛びついた。と、同時に、足場にしていた岩場が崩れていく… 下にいたアラネアたちも、慌てて崖から遠ざかるのが見えた。大きな岩は、そのまま、崖下に落下して、大きな音ををたてていくつかに割れた。

中継器は幸い、感熱器がすでに地中深く突き刺さっているのだろう。斜めに崖に突き刺した格好で安定していた。

間一髪だったな…

ノクトは、大きくため息をつきながら、杭をたどるように崖を降りた。

「危なかったぁ…」

プロンプトがアラネアをかばう様にして、がけ下にしゃがみこんでいた。

「ケガはないか?」

「こっちは大丈夫。ノクトは?」

「ああ、大丈夫だ」

3人は、斜めに突き刺さった中継器を眺める。中継器はやがて自転をやめて、その傘を開いた。青いランプが灯るのが、ここからも見えた。

「うまくいったみたいだな」

ノクトは無線機のスイッチを入れてみた。問題ない。電波も、昨夜報告したときより強くなっていた。

ーこちら調査班、どうぞ。

ー…こちら、ケルカノ支部。あ、ちょっとそのまま待機を!!

無線機の向こうから慌てた声が聞こえた。しかし、次の応答がなかなか来なかった。

「どうしたの?」

プロンプトがロープを片付けながら、無線機を覗き込む。

「さあ?なんか、慌しい感じだったが…」

ロープと掘削機を担いで車に戻る。しばらく返事がないので、そのままテントの片づけをはじめて、出発の準備をする。今日はこれから、次のポイントまで移動するつもりだ。

車を動かすか、というときになって、無線にまた連絡が入った。

ーこちらケルカノ支部、リカルドだ

その声は、いま、駆けつけたというように少し息が上がっていた。

ーこちら調査班、タルコットだ。先ほど2基目の中継器を設置。そちらは…どうかしたか?

ーおう、ごくろうさん!

リカルドはいつものような、陽気で、そして偉そうな調子だった。ノクトは少しほっとした。

ー調査班の今日の予定は?

ーああ、これから次のポイントへ進む。今のところ、周囲の状況に問題はない。昨夜、野獣の鳴き声のようなものを聞いたが…

ー野獣?

ーいや、確証はない。もしかしたら、ただの、風の音かもしれない

ーただの風かもしれないが、ただの風ではないかもしれない。油断はするな

リカルドは少しばかり語気が強くなった。

ー…それより、何かあったのか?先ほど、慌てた様子だったぞ

ーそれなんだがな…

リカルドの声が急に低くなった。

ー実はな、いい知らせと悪い知らせがあるぜ。どちらを先に聞きたい?

ーいいから、話せよ

けけけけけ、とリカルドは、いつもの嫌味の笑いを漏らした。が、その直後に、急に真剣な声に変わった。

ー時間もないので単刀直入に言おう。もう、何があってもケルカノに戻るな。

ノクトの顔が険しくなって、そして、息を呑んだ。

ー昨夜遅くの知らせだ。まだ、はっきりとしねぇが…どうやら、カメリアが拘束されたぜ

ーそれは…

ー正式な発表はまだなにもねぇよ。だがな、うわさによるとスパイ容疑だそうだ。しかも、今朝からヴォーグも任意で事情聴取を受けているらしい…まあ、さすがに、こちらは政府にはいろいろ貸しもあるもんでね。ヴォーグのやつは、簡単には拘束できないと踏んでいるが、協会へのあからさまな圧力だろうな

ノクトは沈黙した。圧力…それは、つまり、ルシスの協力者への圧力と言うことか。そして、カメリアとヴォーグが目をつけられたということは…ノクトがオルティシエに入ったことを、政府がつかんだということなのだろう。

ーまさか、カメリアは…

ーあんまり、心配すんな。よほどのことはできんよ。あいつらもな、一応、建前がある。帝国の独裁者のようには、好き勝手はできんさ。だがな、ルシスから入ったというハンターの身元を調べてる。いずれこっちにも調査がくるだろう…だから、ややこしいことになりたくなけりゃ、戻らないことだ。今のところ、オレはグスタフを抑えている…まあ、いろいろとやつの弱みも握っているんでね

ノクトはグスタフの告白のことを思い出していた。

ーグスタフは…帝国時代からあんたの知り合いか?

ー…ん?もしかして、やつは、お前にゲロったか?

かかかかかか。リカルドが陽気に笑う。

ーいま、事務所はオレ一人だよ。ま、安心しろ

と、補足して。

ーお前も、結構、男に好かれるタイプだな。やつがやけに協力的になったと思ったら、お前のせいか。…グスタフが上の連中を説得してな。軍が活動領域を広げる。名目は国防上の問題てことになってる。難民からも魔導兵の目撃情報が上がってるから、うまく利用させてもらった。だからな、今度、誰かぶっ倒れたところに遭遇したらこっちに連絡しろ。理由をつけて軍を出動させる。お前は戻るなよ。

ー…わかった。

ノクトは重いため息をついた。カメリアの拘束…ヴォーグも、無事だといいが。自分に政治的な意図はなかったとはいえ、それは現アコルド政府には通用しない言い訳だろう。いや、むしろ、二国間協議に向けて、積極的に利用するつもりなのかもしれない…

ー落ち込みなさんな!

けけけけけけ。リカルドがまた陽気に笑う。

ーいい知らせのほうも聞いておけよ。もうすぐ、ルシスのハンター協会から、支援部隊の第一陣が到着する。早ければ、今日の夕方だ


え! とノクトは驚きの声を上げていた。

ーそうか…それは、よかった!

ノクトは、ほっとしていた。ケルカノの、そしてこの近辺の状況にも、きっと改善されるだろう。グラディオや、イグニスもいるのだろうか?


ーやつらに何か言付けはあるか?

ーいや…ない。これより次のポイントに進む。報告はいつもどおりで問題ないか?

ーああ…でもな、こちらの応答がなかったら、そのまま進め。いずれ、ここもガザ入れだ

ーわかった

無線は切れた。

横で聞いていたプロンプトは、不安な顔をしていた。

「カメリアさんが…」

「ああ…」

しかし、前へ進む以外にはない。

「プロンプト、次のポイントへ行くぞ」

「…わかった」

プロンプトも、すぐに覚悟を決めて、うなづいた。


次のポイントは、カルタナティカ駅周辺と決めていた。駅周辺の調査は軍の依頼にも含まれている。駅やヤンガの言っていた工場の近くにまだ生存者がいる可能性が高い。その場合は、支援物資を下ろして、ケルカノに救援を依頼すればいいだろう。ルシスからの部隊もいれば、手が回るはずだ…


今朝はノクトが運転に回った。
深夜から起きていたプロンプトは、後部座席で大きなあくびをしていた。
「しばらく道沿いだし、次のポイントまで寝ておけよ」
「そうだねぇ…」
プロンプトは座席にもたれかかって、軽く目を閉じながら
「ルシスからの支援部隊かぁ。イグニスやグラディオもくるのかな?この間話した時は何も言ってなかったけど」
「どうだかな。国内の復興もあるし、あいつらは来ない気がするが」
「でも、ノクトがいるじゃん。連れ戻しに来たりして?」
「それはねーわ。来ても帰らねえしな」
「でもさぁ、ルーナ様に無事会えたら、ルシスに連れて帰るんでしょ?」
ノクトは、返答に困って黙った。
「え?!違うの?!」
プロンプトが驚いて、運転席まで身を乗り出す。
「違うも違わないも…まだ、何も考えてねぇよ。今は…とにかく、ルーナに会ってからゆっくり考えるさ」
へえええ…
プロンプトは腑に落ちないといった様子で、しぶしぶ後部座席に戻った。

道路沿いはがらんとして人影はまるでない。時折、廃屋と、朽ち果てた車両が目につくくらいだ。先ほどまで晴れていた空は、進む先に大きな黒々とした雲が見える。もう少しで降り出すかな… 天候が悪くなると、中継器の設置は難しいかもしれない。

アラネアは、ご機嫌な様子で、さっきから鼻歌を歌っている。デタラメな節なのか、難民キャンプで教わったのだろうか、ノクトには聴いたことのないメロディだ。


「あのさぁ…」

寝ていたかと思っていたプロンプトが、また、口を開く。

「もし、もしだよ?」

と言いかけて、プロンプトは黙る。

「なんだよ?」

「あ、いやー、やめておこうっかな…」

プロンプトは誤魔化すように自分も鼻歌を歌った。これは、ノクトにも聞き覚えのある曲だった。

「なんだよ、気になるだろ。言え」

「え?あ?うーん…」

プロンプトはさらに誤魔化そうと、アラネアの方を向き、お昼ゴハン何がいいかなぁ?などと、わざとらしく話しかける。

「おい!言えって!」

ノクトはイライラして言った。

プロンプトはビクッとして、上目遣いに、ミラーに映ったノクトの怖い目を見返した。

「その…大したことじゃないんだけどさ。赤ちゃん、連れてる人、いたでしょ?」

「医療班のか?名前は聞かなかったが」

「違うよ、その前。あーちゃんが、ルーナ様と間違えて追いかけた方」

「ダーニャだ!」

アラネアが嬉しそうに叫ぶ。

「そうそう、その人。あの時さあ、ちょっと、想像しちゃったんだよね。ルーナ様に、もしかして、こどもがいるんじゃないかって…」

ん?

ノクトは、自分の見た夢のことを思い出し、そしてその何が問題なのかと、しばし、頭が混乱した。プロンプトの意図に気がつくまでに、一瞬の空白があったように思う。


ああ、そういことか…


そりゃ、10年もたってりゃ、年齢的に考えても何も不自然ではない…ルーナが、どこかで家庭を持ったとしても。

ノクトはルーナが別の誰かと家族を作っているところをイメージしようとして、しばし考えこんだ。
「ごめん!ただの想像だからさっ」
プロンプトは慌てて、フォロする。
「ルーナ、赤ちゃんかいるの?!」
アラネアは追い討ちをかけるように、目をキラキラさせて言った。
「ち、違うよ、あーちゃん!ただの、想像なんだから!」
「なんだ、違うのかー」
アラネアは残念そうだ。
「ありえなくはないだろ」
ノクトは、なるべく平静を装って言った。
「10年もたってりゃ、おかしかないさ。でも…なんでかな。まあ、ないわ」
「え…と。」
プロンプトがなんとも反応に困っていた。
「ないと思うわ。なんとなくな。うまく説明できないが…そういう、誰かで代わりになるって気が、全くしない」

オレも、ルーナもな…

神凪と、真王という神話に導かれた二人だからだろうか?幼くして引き離されて、それでいていつでもつながっていた二人だからだろうか?ルーナと自分の関係は、男と女と言う関係性では簡単に説明できない不思議なものがあった…もっと、深く、そして静かだが、強い…

と言っても、他人にどうこうと説明できる気がしない。自分の思い込みと言われればそうかもしれない。

「あー… そうだよね」
案の定、プロンプトは、棒読みに返答する。
「だが、仮に、ほんとに他にいい奴がいて、幸せに暮らしてるんだったら、文句はないけどな」
と言ってしまってから、ノクトは、自分の言葉がどこまで真実だろうかと、内心ドキドキしていた。しかし、プロンプトは、大層感心して
「ノクト、いまのカッコいい!!」
と顔を上気させる。
「うん!カッコいいな!」
アラネアも同調した。ノクトは苦笑した。

「そろそろカルタナティカじゃないか?」
ノクトは話題を変えようと、少し早いのを知りつつ、辺りに注意を向ける。
「雲が怪しい。降り出す前に、次の中継器を設置してしまいたいな」
「ほんとだねー」
うまい具合に、プロンプトも窓を覗き込むようにして空を見上げていた。
「電波は、まだ十分強いかな。どうする?」

「そうだな…あまり手前で設置するのもな。駅の真下なら、多少の雨でも作業できそうだが」

「じゃあ、右手に鉱山が見えるまでは直進ね。懐かしいな…あの鉱山。いま、どうなってんだろ」

「腕試しに入ってみるか?」

二人は沈黙した。

「わりい、いまのなし」

ノクトは、潔く取り下げた。

「だよねえ?!」

なにせ、10年前、4人そろっていてあれだけ苦労させられたエリアだ。野獣があのときから増えているか減っているか…わからないが、無用に近づかないほうがよいだろう。

そうこうしているうちに、ついに雨が降り出してきた。ノクトはワイパーを回しながら、車のスピードを落とした。視界が多少悪いというのと、道のぬかるみに気をつけたからだ。とにかく、この車は命綱だ。下手をこいて、破損したらつまらない。

「運転かわろうか?」

プロンプトが心配して声をかける。少し、むっとして、

「いや、雨の運転も慣れておきたいからな」

と答えて、やや、アクセルを踏み込んだ。

しかし、黒々とした雲は瞬く間に広がって、雨はどんどん強くなっていった。激しくフロントガラスに大粒の雨が打ちつける。ノクトは、意地をはるのはやめて、スピードを落とした。

「こりゃ、すごいな…」

スコールのようになってきて、視界が一団と悪くなる。

「通り雨っぽいよね。おさまるまで、車止めない?」

あんまりスピードを落とすと、ガソリンの効率も悪いよな…

ノクトは、すぐ先に廃屋を見つけた。工場のあとなのか、がらんと広いトタン屋根の建物の入り口が大きく開いていた。ノクトは、ゆっくりとハンドルを切って、車を屋根の下に止めた。

ちょうどその時、雷鳴が鳴り響き、外が一瞬まばゆくなる。

「うわ…雷!!って久しぶりだな!」

振り向くと、アラネアが驚いて固まっているのが見えた。

「あーちゃん、大丈夫だよ!」

プロンプトは笑って、アラネアを抱きしめた。

「なんだ?なんなんだ?!」

アラネアはきょろきょろと外を見上げようとする。

「どこから光がでてるんだ?」

アラネアは車から降りようと、ドアに手をかける。

「まあ、ちょっとまて、この建物が安全か見るから…」

といって、ノクトは車を出た。

トタン屋根は穴あきだが、およそ雨風はしのいでいるようだ。ところどころ雨漏りはしているものの、この屋根の下で焚き火くらいは起こせそうだ。下は、コンクリートの上に砂が積みあがっている。隅っこに廃材が多少落ちているくらいで、広い空間だった。アラネアが走り回るのにもちょうどよい。向こう側の端っこに古い大型の機械が見える…が、何の機械かはよくわからない。

まあ、危険はなさそうだな。

「おう、大丈夫そうだ。でていいぞ」

やったー!という顔をして、アラネアは車を飛び出してきた。案の定、まず目指したのは古い機械のところだ。ノクトは、機械が動き出して危険がないかどうか、アラネアについて見に行った。何かの動力機だが、さび付いてちっとも動く気配がない。

プロンプトは、早くもキャンプ用のコンロを組み立てて、昼食の支度にとりかかっていた。

「おなかすいた。雨宿りの間に、ごはんにしようよ」

「そうだな」

ノクトも、外の激しい雨の様子に、しばらくは動く気になれなかった。












0コメント

  • 1000 / 1000