Chapter18.2 -絶望と希望の狭間1-

荷物のつめこみが済んで、バックドアを閉めようとしたそのとき、ノクトの視界の端っこで、アラネアがもうスピードで走り抜けるのが見えた。

あ!

ノクトとプロンプトは同時に声を上げた。

アラネアは、颯爽と、車両用ゲートのとなりにある通用口目指して駆け出している。ちょうど、難民キャンプのほうから数人のハンターが戻ってくるところだった。アラネアは、ハンターたちを押しのけるようにして、外に出た。押しのけられたハンターたちは、アラネアの勢いに、あっけに取られるばかりだ。

「おい、そいつを捕まえてくれ!」

ノクトは叫びながら慌てて通用口のほうにかけていった。そばにたっていた衛兵は興味がなさそうに、ちらっと視線を送っただけだ。ハンターのうちのひとりが慌てて、アラネアの後を追う。

ノクトとプロンプトも、通用口から外へ出た。

むわっ・・・と、なんともいえない篭った空気を感じた。臭いも・・・ひどい。ひしめき合ったキャンプは、よほど衛生状態が悪いのだろう。

アラネアの姿はもう見えない。それを追ってくれているハンターの背中がかろうじて見えて、2人はそのあとを追った。テントの間を縫うように進む。テントの脇でたむろしてる人や、テントから飛び出してきた人たちが驚いて、2人をよける。こどもたちは面白そうに、後を追ってきた・・・。

ノクトは、テントからできた女性にぶつかった。

「わ、わりぃ」

危うく倒れそうだった女性を支えて、それから先に進もうとする。

「待って!」

女性はノクトの手を引いた。

「女の子を探しているんじゃ、ないですか?」

「え・・・どうだけど、知ってるの?」

プロンプトも足を止める。

「ああ、やっぱり。ちょっと待ってくださいね。今、中で姉が授乳をしているの・・・終わったら呼びますから」

と言って、女性はテントへ戻った。

ノクトとプロンプトは、顔を見合わせた。ここに・・・アラネアがいるってことか?

「オレ・・・ちょっと、さっきの人を探してくるよ。悪いし」

「そうだな。頼むわ」

プロンプトはハンターが走り去っていた方向に、向かっていった。

ノクトはしばらく、テントの外でたたずんでいた。ものめずらしそうに、難民のこどもたちがノクトの回りに群がる。新入りのハンターだぜ。ちょっと年がいった子どもたちは、噂している。そのうち、片目の軍曹に絞られるぜ・・・けけけけ。

ノクトは、笑をこらえながら、わざと、ぎっと、きつい目をいかにも悪ガキそうな一団に向けた。子どもたちは、ぴたっと噂話をやめて、一瞬こわばった顔をし、それから、そそくさと離れていった。

「お待たせしました・・・どうぞ」

先ほどの女性がテントからちょっとだけ顔を出して、ノクトを招き入れた。ノクトは身をかがんで、小さなテントに入った。

テントの中は・・・むっと、ミルクの臭いがした。授乳といっていたから・・・赤ん坊の臭いかもしれない。小さなテントの中に、ここ住む人たちのありったけの生活の品が詰め込まれ、荷物の合間に、人が座っている感じだ。手前に座っていた男の子と女の子が珍しいそうにノクトの顔を見る。二人とも青白い・・・闇の時代のこどもたちだ。

「ほら、ハンターさんを通しなさい」

先ほどの女性は母親なのだろう。こどもたを乱暴に左右に押しのける。ノクトは、悪いな、と少しだけ頭を下げてその間を通った。その先に、アラネアが目をきらきらさせて隣に座る女性を覗き込んでいるのが見える。フードをかぶって軽く顔を隠している女性は、その腕に赤ん坊を抱えていた。乳をもらって満足したのだろう。すやすやと眠っている。アラネアはその赤ん坊を夢中で見ているのだ。

「あ、タルコット!」

「あ、じゃねぇ。ダメだろ、勝手に飛び出して・・・」

ノクトは眠っている赤ん坊に気を使って、声を低くしなければならなかった。

「赤ちゃんだよ!」

案の定、アラネアはまったく聞いている様子がない。

「お前・・・もっと小さな声でしゃべろ。起きちゃうだろ」

「ふふ。大丈夫ですよ。この子、一度眠ったらなかなか、起きないの」

若い母親はおかしそうに言う。ノクトはどきっとした。その笑った顔が、少しルーナに似ていると思った。

「アラネア、さ、行くぞ。ちゃんと礼を言え」

「うん!ダーニャ、ありがとう!」

若い母親は、どういたしまして、と笑顔を向ける。それから赤ん坊の手を、アラネアに振って見せる。アラネアは、きゃっ と嬉しそうに手を振り返した。

テントから出て、アラネアはノクトに手を引かれて道を戻った。

「なんで、飛び出したんだ?あの赤ん坊が見たかったのか?」

「ううん・・・」

と、アラネアは思い出したように

「ルーナかと思ったんだ。でも、違ったね」

「ああ・・・確かに似ていたな」

ルーナよりは、かなり若いだろう・・・しかし、最後に見たルーナとちょうど同じくらいだという意味では、ノクトの中に抱くルーナの姿に近い。あんなふうに赤ん坊を抱いて・・・そういう道も、あったはずなんだ。

ノクトは胸が締め付けられた。しかし、それを振り払うように顔を上げた。

「アラネア。ルーナはここにいないぞ」

「そうなのか」

「ああ、まだ、この先、遠いところにいる。だから迎えに行くんだ」

「わかった!」

アラネアは目をきらきらさせて、ノクトを見た。

もしかすると、ルーナも同じように赤ん坊を抱いていると・・・期待しているのかもしれない。

「あーちゃん!」

プロンプトが通用口で待っていた。笑いながら手を振っている。

「さっきのハンターは?」

「うん、無事会えたよ。お礼いっといた」

「ありがとな」

「あーちゃん、何で走ってたの?」

プロンプトがアラネアの顔を覗き込む。

ノクトは近くにいる兵士を気にしながら、小声で

「ルーナに似た女性を見たんだ」

と教えた。

「え、それって・・・?」

「いや、違う。別人だ」

「ダーニャって言うんだよ!」

アラネアが自慢げに教える。

「そうかぁ。へえ、オレも見たかったなぁ」

いてっ 

なぜかプロンプトはノクトに頭を小突かれた・・・。


二人はそのままアラネアを車に乗せてしまうことにした。もう、これ以上、どこにも行かないうちに・・・。プロンプトを車に残し、ノクトは、最後に事務所に顔を出した。リカルドの姿はもうなかったが、デイジーが待ち構えていた。

「よかった!あーちゃん、見つかったのね」

「ああ。最後まで騒がせたな」

「ふふ。いいのよ。寂しくなるわ」

笑いながら、協会支給の無線機を渡す。

「事情は聞いていると思うけど・・・通信にはこれを使ってね」

「ああ、わかった。あんたはどうするんだ?」

「しばらく、ここに残るわ。この状態じゃ、とても戻れない」

そして、オルティシエに送ったときのように、目を潤ませながら、ノクトを見た。

「気をつけてね・・・」

「わかってる」

デイジーはノクトについて、見送りに出てきた。ノクトは、今朝、プロンプトと話しておいたとおり、運転席へ乗り込む。無線機はプロンプトに渡した。プロンプトが後部座席でアラネアとすわり、ナビゲーターをすることになる。

「気をつけてよ・・・アクセルとブレーキ、踏み間違えないでね?!」

「わーってるよ。バカにすんな」

「もう、こわいよ、人が多いところは!!!ねえ、ちょっとキャンプを出るまでオレが運転しない?」

「うるせーっての」

ノクトは、エンジンをかける。口では強気だが、手には汗をかいている。慎重にアクセルを踏み込んだ。

心臓がばくばく打っていたが、何食わぬ顔で車両用のゲートにつける。衛兵は、ほとんど待たずにゲートを空けた。早く追い出したいような顔をしている。

ノクトは難民キャンプを左手にみながら、その脇を静かに通り過ぎた。その先は、砂埃にかすんだ道路が、山に飲まれるまで続いて見える。見渡す限りの荒野に、かろうじて識別できる線路と並行している。

「ノクト、運転平気?」

「ああ・・・しばらく見晴らしもいいしな。問題ないわ」

そろそろ、運転の勘も取り戻さないといけないしな

「とりあえずは、50km地点まで、線路沿いに進むわ」

「了解!」

プロンプトが、地図を広げているのがミラー越しに見えた。アラネアは・・・窓に張り付いて外の様子に釘付けだ。数㎞に及ぶ難民キャンプのテント、と、そこからあぶれた人々がひしめき合う・・・。

それも、10kmもすぎれば、ようやくまばらになった。

「やっと難民キャンプを抜けたな・・・」

ノクトは、ほっとしてアクセルを強く踏み込んだ。ここからは、ほとんど人気のない通りだ。道の状態が悪いからそれほどスピードは出せないが、2時間もすれば目的の地点に到着するだろう。

ジープは順調に進んだ。時折、線路を歩くあらたな難民の一群と出くわした。元気のあるものは、荷物を背負ったり、こどもの手を引いたりしていた。時折、群れからはぐれた人が、弱った足取りで、頼りなく線路の上を歩いているのも見かけた。それから・・・線路沿いに横たわり、動かない人影も・・・。

プロンプトは、ショックを受けているのか、時折深刻な顔をして、祈るような仕草をした。アラネアは、まったく頓着した様子がない・・・あ!と言って物珍しそうに指を差して見せたのは、がけに寄りかかったまま白骨化した死体だった・・・。

「あ、うん・・・そうだね」

プロンプトは答えに困っていた。

こりゃ、アラネアよりプロンプトの方が堪えているな・・・ノクトは苦笑した。あの闇の世界を野外で生き抜いたアラネアにとっては、生死はより身近で、凄惨な光景も日常の一部なのかもしれなかった。

「そろそろだな・・・」

ノクトはプロンプトの気を紛らわせてやろうと、明るく声をかけた。メーターを見れば、ほぼ50km付近まで来ている。

「そうだね・・・うん、電波もまだ来ているみたい」

「ためしに通信してみてくれ」

「わかった」

プロンプトは無線機にを口にあて

ーえ、えーー。こちら、調査チームのプロンプト。ケルカノ支部、どうぞ

ーはーい。デイジーよ。よかった。そろそろかなって思ってたの

「あーちゃん、デイジーだよ!」

アラネアはぱっと、嬉しそうな顔を向け、

「なに?デイジーどこ?!」

「この機械でお話しできるんだよ。ほら、あーちゃんも話して」

「デイジー!あーちゃんだよー!」

ーふふふ。聞こえてるわよ。いま、そちらはどの辺?

ーもうすぐ、50kmに到着。はじめの1基を設置しまーす

ー了解。設置完了後にまた、連絡してね

ノクトはミラー越しにそのやり取りを見て、笑った。プロンプトの気分も、晴れたようだ。

「プロンプト、あっちの高台にするか」

線路をはさんで向こう側に、小高い丘が見えた。ノクトは、線路に車を進入させて、なるべく近くに車を寄せた。

2人は車を降りて、始めの1基を降ろした。かろうじて、ひとりで担げるくらいだったので、ノクトが肩にかついだ。プロンプトは、抜け目なくカメラを持ち出して、シャッターを切り始めた。

「かっこいい、ノクト!」

「なにがだよ!次はお前が背負えよ!」

「はいはーい」

アラネアははやばやと丘を登って、上から嬉しそうに手を振った。

「あーちゃん、一人で行かないで!!」

プロンプトが慌てて後を追う。

車の引渡しとアラネアの騒ぎで出発が遅れたので、太陽ははやくも西に傾いていた。ノクトは、もとは美しい丘であったはずの、土がむき出しの斜面をゆっくりと登る。丘を登りきると、その向こうは見渡す限りの裸の畝が、延々と続いて見える。ところどころに、朽ちた建物が見える・・・あそこにみえる窪地は、もとは沼地だろうか。かろうじて、黒々とした闇の時代の植物か、地面を這っていた。とりあえず、この近辺に危険はなさそうだ・・・

「ここでいいだろう」

ノクトは、持ち出した簡易の掘削機で支柱を立てるための孔を掘る。ガソリンを動力とした器械だが・・・揺れる反動を体で押さえつけるように地面に押しあてないと、効率的に掘削ができない。慣れるまで、骨が折れた。ノクトとプロンプトは短時間で交代しながら、なんとか1基めの掘削を終えた。

「こりゃ、きついわ・・・」

2人は汗だくになりながら、そばの地面に身を乗り出した。

「あはははは。2人ともヘロヘロ!」

アラネアが、腹を抱えて笑っていた。

「あーちゃん、おやつにしようよ。そっちの荷物とって・・・」

「いいよー!」

アラネア一人が元気いっぱいだ。ここは、いろいろと言いつけて働かせるに限る。出ないと、飽きてどこかに飛び出してしまいそうだ。

アラネアはおやつと飲み物の入ったバスケットを乱暴に引きずってプロンプトのところまできた。デイジーの差し入れで、手作りのクッキーと水筒が入っていた。ひとつずつを取り出してプロンプトに渡す。

「ありがとう~」

プロンプトが頭をなでてやると、相変わらず嬉しそうだ。それから、そのすぐ傍で伸びているノクトのところにもかごを持ってきてくれた。

「ほら、ノクトもどうぞ!」

「ああ、サンキュー・・・」

3人はなかよくおやつにありついた。

「しっかし、今日はもうこれ以上設置はしたくないな・・・」

「だね・・・っていうか、これ、かなり重労働。あの報酬安すぎない?!しかも後払いだし」

まあ、後払いじゃ、もともと受け取れもしないが。

元気を取り戻した3人は、アラネアにも協力させて、はじめの中継器を孔に降ろした。中継器の周囲を土で生めて、それから、アラネアとプロンプトを後ろに下がらせ、起動スイッチを押す。

ぐういいいいいいん・・・

起動を確認してノクトもすぐに後ろへ下がった。

自律式の中継器は、すぐに掘削モードとなり、激しく自転した。内部の、地熱発電用の感熱器が地中深く潜っていっているのだろう。・・・数十分はかかったろうか。ようやく回転が止まり、しゅーーーっという音とともに、アンテナが開く。最後に、起動完了の青のランプが灯った。

「うまくいったか」

プロンプトは、ためしに無線機の受信状態を見た。

「いいね!さっきより電波強くなった!」

そして、1回目の報告を開始する。

ーこちら、調査班プロンプト。1基目の設置成功。どうぞ

ーこちら、ケルカノ支部。成功おめでとう!順調だな

どこか馬鹿にしたようにケラケラ笑っているのは、リカルドだろう。

ー周辺の状況はどうだ?

ーなーんにもないよ。見渡す限り地面だけ。古い建物がいくつか見えるかなぁ・・・でも、工場か何か?

ーそうかい。ご苦労さん。上にも報告しておくぜ。今日はどうするんだ?

ーもう、くたくたなので、その辺でキャンプしまーす

ーおい、油断するなよ。

リカルドの声が急に厳しくなった。

ーたどり着いた難民たちが、あちこちで魔道兵がさまよっているのを目撃している。なるべく身を隠せる場所を探して交代で寝ろ

プロンプトがリカルドの勢いに急にかしこまって、

ーわ、わかりました!

と返事をしていた。無線をきる直前、あちらがわから、また、馬鹿にするような笑い声が入る・・・

「さて、今日は疲れたし、キャンプできそうな場所を探してそこで車を停めよう」

「さんせーい!」

プロンプトとアラネアがが威勢よく手をあげた。

「ノクト、運転、交代しよっか?」

「いや、いい感じで勘が戻ってきたからな、もう少し運転しておきたい。明日は頼むわ」

「そ、わかった。」

車を再び動かす。ここまで、まだ危険を感じることはなかったが、リカルドの忠告どおり、できれば、めだたないところで一夜を過ごしたい・・・車を隠せるようなところ。工場跡地か・・・もしくは岩陰か。ノクトは、行く先に目を凝らした。

そのとき・・・

あ!!!!!

アラネアが突然大きな声を出した。再び、線路の上を行く人の姿が見えたのだ。一人だ。

「・・・こどもじゃない?」

体の大きさは・・・アラネアより少し大きいくらいか。明らかにふらつく足取りで、車がとおりすぎるのにも反応しなかった・・・。

「大丈夫かな・・・」

プロンプトは心配そうに振り向いた。ここから、キャンプまでは50km以上ある・・・

ノクトは、バックミラーごしにちらっとそのこどもの後姿を見た。

こんな連中が、まだ、続くんだろうな・・・

あ!!!!!

アラネアがもう一度、声を上げた。あ!あ!あ!!!と激しく、騒いで訴える。

「なんだ?」

ノクトは、前の道の窪みに気を取られながら、気のない様子で聞き返した。

「倒れた!!!!」

「え、ほんと?あーちゃん?」

プロンプトも驚いて振り向く。

「おい、プロンプト!協会のほうへ、連絡してくれ」

「うん、わかった」

といったときだろう・・・ノクトは道の窪みをよけるために車のスピードを落とした。バンっ という大きな音がして、右後部の扉が開いた。

「あーちゃん!!!!」

プロンプトの叫び声。

「なんだ?!」

あわてて、ブレーキを踏む。

振り向けば、アラネアの姿が後部座席から消えていた。その向こうを、線路のほうに一目散に走るアラネアの姿・・・

プロンプトもあわててその後を追おうとした。

「まて、車で追いかけたほうが早い!!」

プロンプトははっとして、車のドアを閉めた。

ノクトは、ちっ と大きな舌打ちをして、車をUターンさせた。慎重にアクセルを踏んで、ゆっくりと追いかける。アラネアは、すぐに線路の上に上がり、そこからまた全力疾走をしていた。車は追いついてその横を通る。

運転席側の窓を開けて、ノクトは叫ぶ。

「アラネア!止まれ!!」

しかし、真剣な顔をしたアラネアは、まったく反応しない。まっすぐに目標まで走り続ける。そして、アラネアと併走する車のノクトたちにも、線路の真ん中で倒れている子どもの姿が見えてきた。

アラネアは、そのままこどものそばに駆け寄る。

ノクトは、その少し手前で車を停めた。停めたとたん、プロンプトが、車を飛び出してアラネアの元へ走った。

「ねえ、大丈夫?」

アラネアはほとんど意識ないように見えるこどもに、話しかけている。プロンプトは、こどもの頭を起こして、持っていたボトルの水を口に持っていった。こどもは、意識があるのかないのか、虚ろな目をして、それでも、水を少し飲んだようだった。その腕も足も、今にも折れてしまうほどに細く、体は、何かの布を巻きつけたままのボロ一枚。足ははだしで、ノクトのほうからは、血だらけの足の裏がよく見えた。

これでは・・・50kmも持つまい。ノクトは一瞬、目を伏せる。

「・・・車に乗せろ。キャンプまで連れて行こう」

ノクトが言うと、アラネアはうれしそうな顔をして、うん!と答えた。

アラネアとプロンプトに支えられるようにして、こどもは車の後部座席に横たわった。

アラネアは、興味津々こどもの顔を覗き込み、盛んに話しかける。名前、なんていうの?どこからきたの?ひとりなの・・・話しかけるが、こどもは、まったく反応がなかった。

ミラー越しに、プロンプトが、絶望的な眼差しを子どもにむけているのが見えた。キャンプまでたどり着いても、はたして助かるのかどうか・・・ノクトも、気分が重い。アラネアひとりだけが、まるで、新しい友達を見つけたような上機嫌でいる。

できれば・・・キャンプまでは持ってくれ。アラネアの目の前で死なないでくれ・・・

ノクトは祈るような気持ちだった。

今にも日が暮れようというころ、ノクトたちは、ようやく難民キャンプへ戻ってきた。あらかじめ無線で連絡を受けていた協会は、難民キャンプの入り口に医療チームを待機させてくれた。ノクトは医療チームの脇に車を停めて、後ろを振り返る。暗くなりかけた車内では、プロンプトの腕に力なく身を預けている子どもが、まだ息があるのかさえもわからなかった。

後部座席の扉が空いて、医療班の腕章をつけた女性が手を伸ばす。プロンプトは、こわごわとこどもを受け渡した。女性は、軽々とその子どもを抱き上げて、足早に医療テントのほうへ向かっていった。

「死んだのかな?」

アラネアがぽつりと言う。その声は、淡々としている。

「そんなこと・・・」

プロンプトは言葉に詰まる。ノクトは、プロンプトに代わって答えた。

「手当てを受けるんだ。どうなるか・・・わからないさ」

さあ、行くぞ。

ノクトはプロンプトを気遣ってその肩をたたくと、再びエンジンをかけ、もときたゲートを目指して車を進めた。協会の手配で今夜は、ハンター用の寄宿舎に泊まることになっていた。ノクトは、どっと疲れが出るのを感じて、慎重にアクセルを踏み込んだ。










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