Chapter18.3-絶望と希望の狭間2ー

ノクトは運転を続けていた。だいぶ慣れたものだ。ところどころ、電柱が傾いてせり出したり、アスファルトがひび割れた場所だけ気をつければ、なかなか快適に進める。時折、乾いた地面から砂埃が上がる。

ミラー越しに後部座席を見ると、ご機嫌なアラネアがひとりで座っていた。
ノクトは一瞬、違和感を覚えるが、すぐに運転に集中する。
突然、アラネアが、嬉しそうに、あ!!と声をあげた。
「今度はなんだよ?」
と、ノクトが振り向いた瞬間、ぶおん!!と大きな音がして、左後部のドアが吹き飛んだ。アラネアの姿もない。

アラネア?!
ノクトは、慌てた。
その時、もう一度、ぶおん!!という激しい音がして、アラネアがあり得ないスピードで車に飛び込んだ。顔はにこにこして、そして、手には、やせ細った難民のこどもを抱えている。生きているのか死んでいるのかわからないその子どもは、アラネアの腕の中でぐったりしていた。

おい、お前…

ノクトが言いかけたとき、また、ボン!!という激しい音がして、今度は右のドアが吹き飛び、アラネアは難民のこどもを後部座席に残したまま、あり得ないスピードで外へ飛び出して言った。
ドアを2枚失って、車の中に容赦なく風が吹き込む。
くそっ!
ノクトの中にメラメラと対抗心が湧いて、アクセルを緩めるものか、と思う。

ぶおん!! 轟音とともにアラネアが戻る。別の難民のこどもを抱えて。

ぶおん!!こどもを残して消える。
ぶおん!!また新たなこどもを抱えてもどる。

ぶおん!ぶおん!ぶおん!ぶおん!
どんどんそのスピードが速くなって、後部座席は、マネキンのように表情もなく、なされるままに積み上げられる子どもだらけになる。
アラネアは、こどもたちに埋もれて満足そうに笑っている…

やめろって!!

ノクトは、ベッドから勢いよく起き上がって、危うく、上段のベッドに頭をぶつけるところであった。宿舎には、人の気配がなく、がらん、としており、破れかけて申し訳なさ程度に垂れ下がったカーテンから、高くなった日の光が差し込んでいた。
アラネアたちが寝ていたはずの隣のベッドも…空だ。

よく見ると宿舎の入り口近くにベッドには、一人だけ誰かがうつ伏せになっているのが見えた。見覚えのある屈強な体つき…リカルドか?

ノクトは遠慮がちに背中に近づいた。背中が、深い呼吸の度に上下している。眠っているのか…

その時、
「随分早い帰りだったな?」
不意をついてリカルドがしゃべった。こちらに向けた顔は、相変わらず嫌味にニヤケていた。
「オレをボウズにしたくなったのか?」
「よしてくれ…」
ノクトは冗談に付き合う気分になれなくて、彼の横を通り過ぎた。
「不貞腐れるな。王様らしい人道支援に感謝するぜ」
ガハハハハハ。
「今日はもう戻らない。先を急ぐからな」
「そうかい?じゃあ、目の前でガキがぶっ倒れたら、せいぜい目をつぶって通りぬけるんだな」
ガハハハハハハ…

ノクトはいらっとして、乱暴に扉を開け放ち、外へ出た。

今日も線路沿いに、無限に続くような、細い列が見えた。みな暗い顔して、うんざりするような、絶望感を醸し出している。キリがない難民たち…こんな状態があと数ヶ月は続くのだろう。いや、もしかすると数年かー

はやく、ここを抜けなければ…


出発を急ごうとアラネアたちの姿を探した。昨日動した分のガソリンも補給が必要だ。
協会の事務所に顔を出すと、あ、と言って、中にいたハンターがノクトの顔を見た。
「あんたの連れなら、キャンプの炊き出しに行ってるよ」
「こどももか?」
「ああ、くっついて行ったみたいだな」

だいたいの場所を教えてもらって、ノクトは炊き出しの場所へ向かった。通用口で、協会が発行したIDを見せる。兵は興味なさそうに、ちらっと見ただけで、扉を開ける。出て行くぶんには、なんの問題もないのだろう。

炊き出しの場所は、医療班の大型テントとは、難民テントの群れを挟んで反対側、もっと荒野のほうに離れたところにあった。軍の装甲車が見え、人々が行列をなしている。あの辺りだろう、と見当をつける。
「通してくれ」
ノクトは、IDカードを掲げながら、人々の間を割って進んだ。こんな行列終わるまで炊き出しを手伝っていたら、日が暮れるぞ。はやく二人を見つけないと…

「おい、押すな!!」
怒鳴り声がして、ノクトはドキッとした。しかし、自分に対してではない。列の先の方で、中年の男2人が小競り合いを始めていた。
周りには軍もハンターの関係者も見当たらなかった。

くっそ…
そうこうするうちに、男たちの言い合いは激しくなっていく。お互いを小突きはじめた。そばにいる女性たちが、巻き添えになるのではと、悲鳴をあげた。
ノクトは観念して小競り合いの方へ向かった。

「おい、お前ら!!すぐにやめろ、やめなきゃ、列の外に引きずりだすぞ!!!」
男たちの背後に迫りながら、ノクトは大声を張り上げた。手前の男は、ちらっとノクトを振り返った。酒でも飲んでいるのか、赤い顔をしている。その時、向こう側にいた男が拳を振り上げるのが見えた。ノクトは、慌てて、手前の男の服を引っ張る。男はよろめいて横に傾いたが、その横顔を拳がかすめてそして、正面に身を乗り出した格好の、ノクトの顔に…

がーーんっ と激しい衝激を感じて、ノクトは真うしろに倒れる。倒れぎわ、殴った男が驚いた顔をして、みるみる血の気が引いていくのがわかった。黄色い悲鳴があがり、そばにいた人々が逃げていく。ノクトは背中から地面に落ちた。

さすがに騒ぎに気がついた兵隊が2人ほど駆け寄って、男たちに銃を向けた。悲鳴がさらに大きくなった。

「よせ!!」
兵隊たちを制するように腕を上げてノクトは、立ち上がった。少し口を切ったが大したパンチではなかった。乏しい食料と、蓄積する疲労で男たちも力が出ないのだ。

「いいから銃を下ろせ!!」
ノクトは、ハンター協会のIDをかざしながら、もう一度兵隊に呼びかける。問題の男たちも、真っ青な顔をして立ち尽くしているだけだ。2人の兵隊は、ようやく警戒を解いて、2人の男たちに列を外れるように身振りした。男たちは、しぶしぶ列を離れて、そして、力なくがっくりと地面の上に座り込んだ。

「勘弁してくれ…こどもたちが飯を待ってんだ…」殴りかかった男が、打ちひしがれて、両手で顔を覆った。

「2人とも、もう一度並び直せ」
ノクトは服の砂埃を払いながら、冷たく言い放つ。
「冗談だろ?!いつも、最後尾まで配給がもたないんだよ!」
ノクトは、がっと、男の襟首を掴んだ。
「知ったことか!お前らのしたことを考えろ!!」
男たちはちらりと、もといた列のほうを見た。列はもとの形を戻しつつあったが、人々は不安に身を寄せ合い、絶望は色濃くなっていた。そして、誰もが苛立っている…この、長い配給の列に。うんざりするような日々に。

2人の男は、静かになり、ぐったりと頭を垂れた。

「いいさ…オレは。はやくくたばったほうが、よほど役に立つ。今じゃ、ただの穀潰しだ…生きてる価値がねえ」
殴られそうだった男の方は、虚ろな目をして、力なく呟いた。しかし、殴りかかった男は、慌てて首を振り、ノクトの足にしがみついた。
「頼むよ、あんた!!俺の分はいいから、息子たちの分だけなんとかしてくれないか!!オレが悪かったよ!こんなやつに挑発されちまって!!こどもが4人待ってるんだよ!男ばかり!みんな、もう何日も真っ当に食ってないんだ!!」
その目は必死だった。

「落ち着け!!」
と言っては見たものの、延々と続く行列を見て、ノクトも気が遠くなりそうだった。

「えへへへ…こども4人?本当かよ?こんなご時世にお盛んなことだな。女房はどうした?シガイに食われたか?」

赤ら顔の男は不気味に笑い続けていた…明らかに酒臭い。

「きさまっ!!嘘じゃねぇぞ!!疑うんだったら、テントまで見に来い!!」

「テントか…オレにはテントもねぇ…ガキと老いぼれが優先だからな…。そのうち、雨季が来たら毎日雨曝しさ…こんなことなら、オレも、こうるさい女房とこどもを連れてくるんだったよ…」
男ははじめ、へらへらと笑っていたが…しばらくして、さめざめと泣き始めた。
「女房と…子ども…」

おいおいおいおい…男は涙と鼻水を垂らしながら、地面に額をこすりつけた。

「おい、あんた…」

殴りかかった方の男も、急に気の毒になったのか、それ以上言葉がなかった。


やれやれ…ノクトはため息をつく。
「ちょっとここで、待て。分けてもらえるか、頼んでやる」
と言いながら、ノクトは、自分の朝食にありつける気がしなかった。

空腹が人をイライラさせるのだろう・・・。いくら物資が足りないと言っても、オルティシエでは飢えている人間はいなかった。もう少しなんとかならいものか…


ノクトは再び、人をかけ分けながら、配給の場所へ近づいていった。助かった。その先で食べ物を配っているハンターの中に、デイジーの姿が見えた。ノクトは、右手をあげてデイジーに合図すると、食べ物を配給するハンターたちに混じって、彼女のそばまでいった。

「おはよう。昨夜は大変だったわね。よく眠れた?」

「ああ、おかげさまで・・・」

それから、いいにくそうに、小さな声で

「実はあっちで分けありの連中がいるんだが、彼らの食べ物をもらっていってもいいか?」

と耳打ちした。

デイジーは、えっ と驚いた顔をして、それから、ノクトを配給の車両の後ろに引っ張っていった。

「どういうこと?」

「いや・・・すぐそこで小競り合いをやった連中なんだが・・・兵隊ににらまれて列を外されたんだ。こどもが腹をすかして待っているらしい・・・この行列じゃ、配給が足りなくなるんじゃないかと心配で・・・」

ノクトはもごもごと説明する。

「あのね」

とデイジーはまじめな顔をして、ノクトに向き合った。

「わかるでしょ、この状況。よく聞いてね。危険なのよ、個人的に肩入れするのは」

「肩入れって大げさな…」

「ちっとも大げさじゃない」

デイジーはびしっと、言い切る。

「ここでは、些細なことが命取りよ。絶対に、個人の持ち物を施さない。一部の個人を優遇しない。これを守らないと・・・あなた自身を危険にさらすことになる。物資は十分にないのよ。軍隊が戦車で睨みを利かせていなかったら、恐ろしい奪い合いが起きる・・・誰もが生き残るのに必死なの」

ノクトは、何も言えなかった。それから、自分の浅はかな考えを恥じるように、

「わかったよ。悪かったな」

と言って、配給所を離れた。デイジーが、少し不安な様子でそれを見送った。


まいったな・・・

あそこまで釘を刺されては、自分の手持ちの物資を分け与えるわけにも行くまい・・・しかし、待っていろと言った手前、あの男たちに何もしないわけには・・・。


ノクトはいい考えも浮かばないまま、力なく座り込む二人の男の前まで戻っていった。男たちは期待のまなざしでノクトを見たが、彼が手ぶらなことに気がついて、意気消沈した。

「悪いな・・・先輩ハンターに叱られちまった。誰かを優遇するのは厳禁だそうだ」

男たちは、悲しそうに首を振る。

「で・・・まあ、そこでそうしたいならそうしてろ。オレがかわりに列に並ぶわ」

ノクトはそう言って、行列の最後尾のほうへ進んでいった。見れば、列の後ろへ行くほど、老人、怪我をしたもの、弱った子どもを抱えた母親・・・すぐに身動きの取れない弱いものが多かった。みな、絶望的な気分で、行列が進むのを待っている。

ノクトは、最後尾の松葉杖をついた男の後ろにつき、のろのろと動きの遅い行列を眺めながら、腰を下ろした。

やれやれ・・・今日はこれでつぶれたな。

「よう。あんた、ハンターじゃないのかい?」

松葉杖の男・・・みるからにボロをまとって、がりがりになった右足をかばうようにして立っていた。伸びきった髭、頭は怪我をしたまま血が固まっているのが見える。

「ああ・・・ハンターでも順番待ちさ」

「見てたよ、あっちで小競り合いをとめてたろ」

「正確には・・・止められなくて、こんなことになってる」

くくく・・・男は、思わず、笑った。

「あんた面白いね。この退屈な行列が少しは楽しめそうだよ」

「そりゃ、よかったわ。・・・ところで、その頭の傷はいいのか?医療テントに行けば手当てしてもらえると思うが・・・」

「バカいっちゃいけない。もう、血は止まってる。あそこは・・・助かる連中が行く場所じゃないよ。行くのは、もうほとんど助からないって連中さ。オレはこう見えてもまだ死ぬつもりはなくてね。せっかく日が昇ったんだぜ・・・これから太陽を楽しもうってのに。土に入るのはごめんだね」

「言えてるわ」

今度はノクトが笑った。

そのとき、行列の向こう側から、のろのろと先ほどの二人の男が近づいてきた。二人は沈黙したまま、ノクトの後ろに座った。

「おい、あんた・・・こどもが心配しているんじゃないか。あとでテントまで持っていってやるぞ」

ノクトは子持ちのほうに声をかけた。

「いや・・・上のやつが、もうでかいんでな。今年で15になる・・・オレは、ジノヴァ。あんたは・・・タルコットさんか」

ジノヴァが、ノクトの胸に下げた身分証を見て言った。

「こっちは、ヤンガって言うらしい・・・ま、さっき聞いたんだけどよ」

と、自分といざこざを起こした男を指していった。

「そりゃいいや、オレも名乗らせてくれ」

と、松葉杖をついた男は身を乗り出した。

「モゼフさ、よろしくな相棒」

モゼフはよろめきながら、ノクト、それから、ジノヴァとヤンガにも手を差し出して、しっかりと握手をした。

「・・・あんた、いや、タルコットさん、さっきはすまなかったよ」

「いいさ」

ノクトは笑った。

「危うく、難民キャンプを追い出されるか・・・悪くすれば、撃ち殺されるところだった」

「・・・まさか」

「まさかじゃねぇよ」

と、先ほどまでだまっていたヤンガが口を開き、「3日前に騒ぎを起こして、撃ち殺されたやつがいる・・・」

ノクトは、息を呑んだ。

「ま・・・この状況だ。軍がぴりぴりしてもおかしくねぇよ」

モゼフは飄々と言う。

「一度、暴動が起きれば、手がつけられないからな」

「しかし・・・いつまで続くんだ」

ジノヴァはまた、頭を抱えた。

「こどもたちだけでも、アコルドに入国できないのか・・・」

「泣き言はよせよ。ガキだけでもここにどんだけいるんだっての」

モゼフの言うことはなかなか冷たい。

「あんたは独り身か?」

ノクトは、聞いてみた。

「ああ、おかげさまでな。闇が来る前にも後にも気楽な独り身。天涯孤独。おかげで、身内が死んで落ち込むってこともねぇな」

ははははは。乾いた笑いを添える。

「あんたはどうなんだい?」

と、聞き返されて、ノクトはどきっとする。

「この人は子どもをつれてたよ。なあ?」

ジノヴァは、同士を見るような目で、ノクトを見た。

「まあ・・・」

ノクトは口よどんだ。やっぱり親子に見えるんだな・・・。軽いショックを受ける。

列はそのとき、少しだけ前進した。奇妙な一行はゆっくりと腰を上げて、少しだけ移動してまた腰を下ろす。

「ところで、あんたら・・・どっから来たんだ?オレは、これから、テネブラエ近辺まで調査に出る予定なんだ」

えええ?? と3人が同時に驚いた声を上げる。

「なんたって、そんなとこまで?あそこまでは、延々と続く荒野と廃墟だぜ」

モゼフが見てきたように言う。

「といったって、あんたたちは、生きてここまでたどり着いただろ。まだ、生きてる連中もいるはずだ」

男たちは顔を見合わせた。

「オレは…トルノから来た。カルタナティカのちょっと向こうだ」

はじめに話し始めたのはヤンガだ。

「小さな武器工場があってな・・・そこが要塞みたいになってた。10年前、闇が来たとき…あそこだけは自前の発電設備を持ってて光が途絶えなかったんだ。あの時は、帝国軍もまだ詰めてたしな。何年かして、近隣の町がつぎつぎとやられて、生き延びた住民がどっと工場目指して押し寄せた。仕切ってた将校が、はじめは渋ったが、シガイに囲まれて住民が恐怖で暴徒化しそうだった。最後には工場を開放して、住民の避難を誘導した。ま、帝国軍人にしてはまっとうなほうだったんだろう」

「なんだよ、随分安全なところにいたんじゃねぇか」

モゼフが口を挟んだ。

「安全じゃねぇよ。よかったのははじめだけだ」

ヤンガは怒ったように言った。

「戦車まで繰り出して、物資を補給しに出た部隊はほとんど帰ってこなかった。時がたつにつれてどんどん、武装兵の数は減っていくし、工場の備蓄なんてあっというまになくなった。将校は気がついたら、精鋭部隊とどっかにとんずら。あとは地獄さ… 結局残された武器を手にとって一般人が危険を承知で食料の確保に出かけなけりゃならなかった。あの辺、もともと荒れた土地だ。すぐに食料の奪い合いがはじまったよ…シガイに殺されるか、飢えた人間に殺されるか、だ」

ごくり。真剣な目をして聞き入っていたジノヴァがつばを飲み込む。

「よく、10年生き延びたな…」

「自分でも信じらんねぇな…これで、生き延びたと言えればな…」

それから、また、鼻をすする。

「最後にはもう工場にいられなくなって…とにかく、アコルドを目指そうって話になって、出てきたときは数十人一緒だった。女房もこどももな。あの線路を絶望の行進だ…シガイの気配のない場所を選んで、身を隠しながら進む…ついていけないものは置いていくしかない…シガイの群れにぶち当たったらもう散り散りだ。オレは、数日岩場の陰に隠れてやり過ごした…しかし、気がついたら誰もいなくなっていた。先に進んだのか…みんなやられちまったのかわからねぇ。工場を出たのは数ヶ月前のことだが…ここにたどり着いたのは今のところオレだけだ」

4人の間に重い空気が横たわり、それぞれが、思い出したように大きく息を吸った。絶望の行進…生き残ったのはただ一人…。生き残ったとしても、その絶望の記憶は彼を蝕み続けている…。

「おれぁ、まだ幸運だったんだな」

今度はジルヴァが遠慮がちに口を開いた。

「オレは、マルロ村から来たんだ。ここから南西に10数kmの小さな村だ。といっても、前はその隣の集落に住んでたんだが、闇が来た後、数年でうちの集落も襲撃されてな。集落の人間は散り散りになった。オレはマルロ村に知り合いがいたもんで、そこへ避難したんだ」

「そんな小さな村、軍の基地でも近くにあったのか?」

モゼフが興味津々に聞く。

「いや、ハンターは数人いたんだがな。その村は地形のせいなのか、不思議とシガイがあまり近寄ってこなかったんだ。村の人間は、村の守り神に守られてるって言ってたよ」

けっ

モゼフがいかにも馬鹿にしたように鼻で笑った。ノクトの脳裏には、ふと、この10年目だった被害がほとんどなかったというフラン地区の話が思い出されていた。

「もしかして…その村に、古いお堂がなかったか?あるいは…古代から伝わる、石像とか」

「そういえば、古いお堂があったな。村の文化遺産だとかで、よそ者は中に入れてくれなったよ」

「なんだよ、それ?何か秘密があるのかい?!」

モゼフが興味津々身を乗り出して、ノクトの傍による。酷くくさい息が顔にかかって、ノクトは、さりげなく身を引いた。

「いや、似たような話を聞いたことがあっただけだ。シガイの被害を不思議と受けない集落の話だ。古い信仰によって守られているって話だ」

ふーん、とつまらなそうに唸る。モゼフにとっては期待はずれだったらしい。

「それで…あんたは、なんでその安全な村からこっちに移ってきたんだ?」

ヤンガが訝しげに聞いた。

「ここより、その村の方がマシに聞こえるけどな」

「帝国軍の残党だよ。いきなり、武器を持って襲撃してきやがった。ひと月前のことさ。俺達はわけもわからずに命からがら、村を逃げ出してきた。幸い、村人の数人とひとりのハンターと一緒だった。ハンターは勇敢にシガイと戦い、安全な道を探して俺達を導いてくれた。夜が明けた時は、神様はまだいるんだと感謝せずにいられなかったよ…あの夜明けを俺は一生忘れないだろうさ」

「帝国軍か…本当にろくでもねぇな。物資を奪うのが目的か」

ヤンガは怒りに声が震えていた。

「だろうな。ま、あいつらも生き残るのに必死なんだろ」

モゼフは相変わらず、淡々としている。

「その一緒だったハンターは、いまはどこに?」

ノクトは、その村の話を聞いてみたいと思った。

「ああ…その人は、夜があけてから分かれたんだ。村に戻ると言ってたよ。無事だといいんだが」

「そうか…」

ノクトは当てが外れて少しがっかりした。しかし、その村が、例の古い信仰と関係がある可能性は高いだろう。もしかすると似たような集落が、各地に残っているかもしれない。

「念のため、詳しい場所を教えてくれないか」

「ああ、いいよ」

ノクトは、急いでジープまで行って、荷物から地図を取って戻った。焦ることはない。列はほとんど進んでいなかった。

ジノヴァが自分の記憶を頼りにおよその場所に印をつける。続いて、ヤンガにも、おおよそのもとの避難所となっていた基地の場所の印をつけてもらった。

「で、あんたはどっからきたんだ?」

ノクトは、モゼフに地図を渡しながら聞く。

「オレかい?オレはあっちをふらふら、こっちをふらふら」

そして、ニヤっと笑いながら地図の上にいくつかの印をつける。カルタナティカ駅…その隣のちょうど線路のU字の先端にあるブランシェル駅…そこから西にまっすぐ…ユセロ地方の内陸?

「ここは…?山岳地帯じゃないのか」

「小さな盆地だな。ここからまっすぐ、帝都まで道が続いている。あんまり知られてねぇぜ…なんせ、軍事専用の道路だからな」

あーあ、と、モゼフはあきらめたように頭を掻いて

「悪いね。あんたら嫌いな帝国軍ってやつよ。オレは軍人と言うより技術屋だがね」

と観念したように笑った。

ヤンガとジノヴァは一瞬顔を強張らせたが、しかし、目の前の、今はただの浮浪者の男をマジマジと見ても、もはや憎しみはわかないようだった。

「まあ、過去は過去さ。水に流してやってくれよ」

モゼフは自分で調子よく言って、笑った。

「じゃあ、ここにあったのはやはり軍の関係施設か?」

「ああ、研究所だよ。といっても、他の部署ほどやばいことはやってなかった。まっとうに、戦車や飛行艇の改良をな。ひそかに試作品を作ってテストさせる、そんな場所さ。でなきゃ、生きてないさ。魔道兵とシガイを研究してたやつらは、みんな、やられちまったらしいぜ」

「なるほど。飛行艇か何かで近くまできたのか?」

「ところがどっこい、そんな優雅にはすまなかったんだよなぁ」

へへへへ。その笑い声はどことなく悲哀に満ちて情けない。

「あのさぁ、あんたらにいっておきたいのは、武器なんてもんは、この世の終わりには何の意味もねぇ。研究所には、実際、試作品の飛行艇も戦車もあったさ。そんなもの、食えないんだよ。食えなきゃ意味がないんだよ。武器なんぞ振りかざして偉くいられるのは平和なときだけさ。食い物がないのに、力なんぞ何の意味があるね。人里はなれた研究所はあっというまにシガイに囲まれてな。備蓄された武器も物資も、たかが知れてる。結末は見えてるんだよ。頭のいいテストパイロットたちはすぐに適切な判断して、自分たちだけ離脱していったぜ」

聞いていたジノヴァとヤンガは、圧倒されて黙っていた。

「それで、あんたはどうやってここへ?」

ノクトは聞いた。

「ああ…試作中の装甲車を動かしてな。転々と、近くの集落を回ったが、どこもダメだった。飢えって言うのは、人を狂わすな。俺は何だって食ったぜ…」

ぐふふふふふ。モゼフは不気味に笑う。

聞かないほうがいいな…という空気が、3人の中にあって、みな押し黙っていた。

「そのうち、燃料が尽きて…もうそこで死んじまっても良かったんだが。悪運が強いって言うんだろうな。トラックで避難する一団に出くわしたのさ。リーダーは気前のいいハンターでさ。もう、人の様相をしていなかったと思うが、俺を拾ってトラックに載せてくれた。中には、おびえた女、子どもばかりでな。だが、残念なことに、そのトラックは、ここまではたどり着けなかった。」

あ…と、ノクトは、思わず声を出した。

「ブランシェルでキャンプを張ることになったんだ。駅舎はまだ残っていたぜ。その周囲に手分けして火を焚いてな。トラックに豚みたいに詰め込まれて、みんな疲れきってたからな…」

誰もその先を聞きたいとは思わなかったが、モゼフは続けた。

「シガイの群れがな、突如現れた。ハンターは少なくとも3人はいたと思うが、あっという間にやられちまってな。ひとりが慌ててトラックを動かした。女、子どもの半数はトラックに飛び乗れたと思ったぜ。俺は、シガイに脚をやられて、見送るしかなかった…がな。その後だ…大勢のせたそのトラックは、でかいシガイに追突されて、線路の高架から落ちていった…のったもんも残されたもんも地獄だったのさ」

「あんた…よく生き残ったな」

ヤンガが驚愕していった。

「おお、あんたもな、相棒。お互い、死神に見放されたんだろ」

といって、モゼフは笑う。

「あんた、ここには、いつきた?」

ノクトが聞いた。

「古いぜ、もう5年になる」

ヤンガとジノヴァには衝撃だったようだ。順番待ちをすれば、いずれアコルドに入れる…2人にはそんな期待があったのだろう。

「5年か…ずっとキャンプに?」

「そうだよ。まあ、住めば都さ。足をやられたときは絶望したがね。今となってはこいつのおかげで、テントにも入れてもらったし、食い物にもありつける。ああ、悪いが、オレ今日は2回目の食事で並んでんだよ」

うけけけけけ。

悪びれた様子もなく言う。しかし、ヤンガもジノヴァも、まったく腹が立たないようだ。

なかなか、したたかなようだな。ノクトは、思わず笑みを浮べた。

「なんだよ」

「いや、あんた、たいしたもんだわ」

話をしているうちに、行列は少しずつ前へ進んでいた。日はもう高くなって、昼にも遅い時間となってきた。

「腹減ったな…」

ノクトは思わずつぶやいていた。

「タルコットさん、あっちで食ってきなよ。俺らを気にしなくていいよ」

ジノヴァは申し訳なさそうな顔をして、フェンスの向こうのハンター協会の事務所のほうを差していた。

「いや…いいさ。あんたらと並んで腹をすかせるのも面白い経験だしな」

「あんた、変わってるね!」

かかかかか。モゼフは愉快そうに笑う。ヤンガも、ジノヴァも、つられて笑っていた。一通り、自分たちの武勇伝と苦しい記憶を語って、気心が知れたのかもしれなかった。ノクトは、なぜか満足している自分を見出していた。今朝はあんなに焦っていたのにな。こんな風に、まるで前に進むことができず、同じ場所で一日が終わるのも、悪くはないのかもしれない。

一番遠くに見える道が、実は一番真実に近い…そんな言葉だったろうか。ノクトは、たかだか数日前に別れたばかりの、クオルテの言葉を懐かしく思い出していた。


















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