Chapter18.1 -罪と罰-


そして、2日後、ノクトたちは、いよいよオルティシエを発った。

ノクトとプロンプトは、トラヴィスの用意したバックパックを背負う。アラネアも、いっちょまえに、こども用のバックパックを背負った。ノクトは、徒歩になった場合アラネアに必要な物資を、アラネア本人に背負わせて見た。いざとなれば歩かせなければならない。アラネアの腕力と、体力も、ケルカノまでに見極めたいと思った。周囲の心配をよそに、アラネアは軽々と持ち上げる。そして、デイジーに貰った、探検隊風の茶色い帽子が非常に気に入ったようで、何度も何度も帽子のつばを撫でて、にやにやと笑った。

デイジーはケルカノまでの道案内と、荷物の運搬を手伝ってくれることになった。バックパックのほかに、ノクトたちの追加の荷物は、プラスチックコンテナに2箱。それから、協会から託された支援物資は、クッション性のある透明な包装紙にくるまれて、総重量50kgになる。デイジーも、女性とは思えない力を見せて、涼しい顔で積荷をボートへ運び入れる。ノクトとプロンプトは情けない顔をちらっと見合わせた。

ボートは、そっと水上都市オルティシエの岸辺を離れて、陸地を目指した。そこで用意されたトラクターに乗せて、ケルカノに向かうことになる。

「幸運をな!」

見送りに来ていたヴォーグが右手を上げた。ノクトとプロンプトは、黙って、自分たちも右手を少しかざして応じた。アラネアは、嬉しそうにはしゃぎながら手を振る。

「ヴォークううううう、バイバイ!!」

平穏な日々を過ごしたオルティシエ街並みが、見る見るうちに遠のいていった。 プロンプトは、名残惜しそうに、カメラを向けて盛んにシャッターを切る。

「やっぱり、素敵な街だったよねぇ・・・オルティシエ。また来たいなぁ」

「くりゃいいだろ、好きなだけ」

あはは、とプロンプトは照れ隠しに笑った。

「そうだよね!」

「そうよ、何度でも来てよ」

デイジーも、はしゃぐアラネアに気を配りながら、二人の会話に加わっていた。

やがて、対岸の船着場が近づいてきた。いよいよ、大陸に入る。向こう岸は、なんとなく茶色く煙った空気が渦巻いているように見える。忙しそうに行きかう人々。呆然とした様子で彷徨う、薄汚れた服の人たちの姿も、少数ながら見えた。難民だろうか・・・。

こちらから見る限りは、建物は海上都市と同じような、美しいタイルの壁を見せている。その姿は、10年前とあまり変わらないようにも見える。しかし・・・取り巻く空気が明らかに重い。

ボートは手馴れた船頭に操られて、静かに船着場寄せられた。待ち受けていた男は、協会の関係者のようだ。デイジーと見知ったように挨拶を交わし、荷物運びに手を貸す。

ここからトラクターにゆれること1時間でケルカノにつく。大型のトラクターには、ノクトたちの荷物のほかに、支援物資らしきものも乗せられていた。

「こっちは、協会のほうへ運んでくれ」

「わかったわ」

男から積荷の指示を一通り聞いて、デイジーは慣れた様子で運転席へ乗り込んだ。ノクトたちは、荷台だ。

「結構、揺れるからね。ちゃんと座ってるのよ」

「はーい!」

アラネアの代わりにプロンプトがかわいらしく返事をした。デイジーは、くすっと笑って、そして、エンジンをかけた。トラクターのエンジンは、古いせいなのか、のろのろとした動きの割りに酷い轟音を立てていた。途中から道が悪くなって、荷台がしょっちゅう飛び跳ねる。

「いた、いたっ」

プロンプトは尻を打つだびに、悲鳴を上げる。

「ごめんねー、しっかり掴まって、なんとか体を固定してくれる?」

「あああ!大丈夫だ!」

ノクトは強がりをいったが、どう、ヘリにしがみついても、跳ね上がって尻を打たねばならない・・・ついつい、うめき声がもれる。アラネアはちゃっかりノクトのひざの上に抱かれているので、その分の体重も衝撃に加わる。本人は、跳ね上がるたびにはしゃいでいるだけで済むが・・・

こりゃ・・・何日かは尻が痛ぇな・・・

間もなく、平らの道に出たのか、揺れはマシになってきた。二人はほっと胸をなでおろした。

アコルド国境の町の路上には、汚れた服をまとい、目がうつろな、いかにも難民と思われる人々が行きかう。時折通り過ぎる広場には、難民のものなのだろう、テントが無数にひしめき合っているのが見えた。そして、盛んに行きかう軍の車両。巡回している兵隊の姿も見える。それから、必死にあっちにいったりこっちにいったり、難民の相手をしているのはハンターたちだろうか・・・。

「ここは・・・まだ、マシなほうなのよ。この待ちの東のほうにはね、もう5年以上前の早い時期にたどり着いた難民たちが町を作っていて、それで最近入ってきた難民の手当ても、彼らが対応してくれている。ケルカノまで行くと、こちらに通して貰えなかった難民たちが、荒野に溢れかえってるって話だわ」

デイジーは轟音に負けない声を張り上げて、説明した。

間もなく、厳重に閉鎖線が引かれたケルカノへの出口が見えてきた。鉄線の向こうに霞んで見えるのが、旧ケルカノ駅の駅舎だろう。その周囲を、装甲車が何台も並び、物々しい雰囲気になっている。10年前の、のどかな田舎駅とは、まったく様相が変わってしまっていた。

重々しい鉄格子の扉の前で、数台の車が開門を待っている。順番に回ってきた憲兵に、デイジーが協会の許可証を見せる。間もなく門が開いて、順番に車両が外に出る。

ついに、ノクトたちはケルカノに入った。

銃を構えた兵隊たちの間を、トラクターは通り過ぎた。アラネアは、荷台の柵に張り付いて外の様子をじっと眺めている。はじめてみる装甲車に圧倒されているんだろうか。さきほどから言葉少なだ。

「まず、協会のほうへ寄らせて貰うわね」

「ああ、そうしてくれ」

いくつかの装甲車の脇を通り過ぎて、駅舎の向こう側に出た・・・ノクトたちは、あっと、息をのんだ。 荒れ果てて、茶色くむき出しの大地が、見渡す限り続いている。そこを、駅舎から半径1kmほとを、軍の管理区域として切り取られたように広い空間が確保され、その境界は厳重に柵が張られ、兵隊が取り巻いている。柵のその先は、延々と続く、難民の群れー

「これは・・・」

「想像していた以上ね・・・」

 デイジーはトラクターを駅舎から少し離れた場所にあるプレハブの建物に寄せて、そしてエンジンを切る。

「ここよ。手伝ってもらっていいかしら」

「もちろん!」

プロンプトが威勢よく立ち上がって、ハンター協会へ運び込む物資を持ち上げた。協会の事務所からも、ノクトたちの到着に気が付いて、人が出てきた。

「助かった、待ってたよ」

屈強なハンターたちが砂埃と汗にまみれ、疲労を浮かべた顔でぞろぞろ続く。

顔見知りが、何人かデイジーに声をかけていた。

「今回は、そんなに量が多くないのよ」

「かまわないさ・・・薬類はこれだな」

現状を聞かれた一人が、まったくひどいもんだ・・・と低い声を漏らす。

「キャンプの医療テントのほうでは、遺体の運び出しだけでも人手が足りていない・・・雨季の前になんとかしないと、疫病が流行るぞ」

「政府はまだ、医療チームの増援をしぶってるの?」

「それどころが、増援された軍の大半は、騒ぎを起こしそうな連中に銃を向けにくるだけさ・・・名目上、ハンター協会の要請に応じたって体を見せればいいんだろう」

ノクトとプロンプトは黙々と荷物運びを手伝いながら、絶望に打ちひしがれそうなハンターたちの暗い声を聞いていた。

・・・想像以上に、酷いな

ハンターたちがこぞって政府の悪口をいい、ノクトたちに協力的なのが納得できる。

ルシスの支援の話が、うまくいくといいが・・・

あるいは、ルシス暫定政府が正式に支援を表明すれば、アコルドも体裁を保って支援を増強する以外にないだろう。しかし・・・今は2国間協議の前・・・相手の面子をつぶすようなことを、表立ってはできないかもしれない。

今頃、自分がルシスにいれば・・・政府から暫定の文字が消えて、もっと有利に圧力をかけられたのだろうか・・・

ノクトは首を振る。今、ここいるオレにできないことが、なぜルシス国内にとどまってできる?王室の威厳など、10年も昔の幻だ・・・

ノクトは、荷物運びを終えて、協会の中に入った。プロンプトはアラネアの傍にいると言って外に残った。アラネアが、さっきから笑いもせずに沈黙したまま、境界線上の柵に張り付いて難民キャンプを眺めていた。

「リー、紹介するわね、こちらが、タルコットさんよ。例の調査を引き受けてくださった・・・」

デイジーが事務所の責任者らしき男に、ノクトを紹介した。この男・・・軍人上がりだろうか。いかにも強靭な体に、大きな古傷をいくつも抱えている。左目は・・・刀傷で潰れていた。歳は、それほどノクトと変わらないようにも見える。

「おう、例のタルコットね」

男は、そらくすでにノクトの正体を知らされているんだろう。ニヤっと、唇の端だけをもちげて笑った。

「オレは、リカルド。ふうん・・・」

と値踏みするようにノクトを眺める。

「随分上品な体つきだな・・・あんたそれでこの先を進めんのか?」

「そのつもりだ」

ノクトはむっとして答えた。

「悪い悪い、別に説教するつもりはないんだ。まあ、この先に進むなら、あんたの命はあんたの責任さ・・・それも運命なんだろ」

潰れたほうの目が笑うと般若のように恐ろしいゆがみ方をする。その傷の下に、得体の知れない何ものかの別の瞳が隠れていそうだった。

「気にしないでね。リーは、口が悪いけど、頼りになるから」

「デイジー、入れ込むなよ。悪いがこいつは短命だよ。また生きて顔を拝めたら、ぼうずにしてやるよ」

リカルドは悪態をつきながら、ぼうずにしても惜しくなさそうなぼさぼさの頭をかきむしった。

今度はデイジーの方がむっとした様子で、リーに殴りかかりそうな勢いだったので、ノクトが首を振って見せた。気にするな。デイジーは不満そうに、しかし、何も言わずに引き下がった。

「じゃあ、タルなんだか・・・こっちも忙しいんで、さっさと軍の司令部までまわってしまおう」

「ああ、頼む」

悪態はつくし、顔は傷のせいで恐ろしい様相だ。しかし、ノクトは、わかりやすい悪くない男だ、と感じる。およそ、この屈強の男は、ノクトが想像もできない戦闘を潜り抜けたのだろう・・・

協会のプレハブをでると、アラネアはまだ、柵に張り付いて向こうの様子を見ていた。柵のすぐ向こうには、誰かの泣き声や、叫び声や、怒鳴る声が響いている。プロンプトはアラネアの背中ごしに、ためらいながらカメラを構えていた。

「おい、あんた、なんたって王の盾を連れてこなかった?」

リカルドはノクトのそばでささやくように言った。

「どうかしてるぜ・・・この先は地獄だ。あんな、あおっちょろいのとガキがあんたの従者か」

「ふたりは従者じゃない。旅の仲間だ」

「仲間?!」

リカルドは素っ頓狂な声を出して、信じられないといった顔でノクトを見る。

「日が戻ってから、奇妙なことばかり起こるな。お友達ご一行で、ご遊学かい。王の盾があんたの傍を離れるはずがないだろ。死んだのか」

「ぴんぴんしてるさ。ああ見えて、他にも仕事があってな。オレのお守りまで手が回らないんだ」

リカルドは、一瞬、え?という顔をして、それから野太い声で笑った。

「ははは!あんた意外と面白いな」

「そりゃどーも」

ノクトの冗談がよほど気に入ったのか、リカルドは機嫌がよくなって、鼻歌を歌いながら軍の指令所へ案内した。

「あんたは黙って、こっちに任せなよ」

「ああ、頼むわ」

リカルドはふふんと、鼻で笑って、そして軍の詰め所となっている駅舎に入った。中はすっかり改造されており、改札は取り除かれて、底に、受付のようなカウンターがこしらえてあった。

「よう、ご苦労だな」

リカルドはでかい態度で受付に声をかける。相手の兵隊は、いかにも嫌そうな顔をして、警戒した様子で二人に対峙した。

「・・・ご機嫌だな軍曹。今日はなんの嫌がらせをしにきたんだ?」

「よせよ、人聞きの悪い。あんたらお上が安値で払い下げた仕事を、こちらのタルコットさんが広い心で引き受けてくれたんだよ。例の調査の件だ。さっさと約束の物資を渡してもらおうか」

ふん、・・・と兵隊は憮然とした態度で、リガルトから書類を受け取ると、もう内容はわかっているはずなのに、わざと時間をかけてその書面を眺める。

「・・・分かってると思うが、車両も中継装置もアコルド市民の血税がかかってる高額な資材だ。帰還できなくてもかまわんが、まさか1基も設置できずにお陀仏ってのだけは勘弁してもらおう」

ニヤニヤわらいながら、兵はノクトを見る。

「心配すんな。くたばる前に墓標がわりに使わせてもらうわ」

ノクトは軽く切り替えした。

がははははははは。リガルトが豪快に笑う。

「いいセンスだろ、こいつ?」

兵隊は、嫌味を切り返されて、苦虫をつぶしたような顔をする。いかにも、いつでも誰かを不愉快にするために力を注いでいるっといった様子だ。

ごほんっ と気を取り直して、承認印を押すと、

「では、良い旅を」

と、皮肉たっぷりに紙を付き返した。

「あんたも、はやく水上の家に帰れることを祈ってるよ」

ノクトはもはや余裕の笑みを浮かべて書面を受け取ると、リガルトに続いて駅舎を出た。

「おい、あんまり煽るなよ」

駅舎をでて、すぐにリガルトが囁く。

「行き過ぎたか?」

「いや・・・絶妙だったぜ」

くくくくく。リガルトは思い出し笑いを懸命にこらえる。

「さあ、あっちで車をいただくとしよう」

リガルトが指差すほうに、軍の車が何台も並んでいた。駐車場の端にたつ、管理事務の小さな建物に入り、やはり横柄な態度の兵隊に書面を渡す。兵は、不必要にじろじろとノクトたちを眺めたあと、ようやく二人を先導して車両まで案内した。

「念を押すが本物資はアコルド政府からの提供物資である。所有権は政府にある。その目的に異なることが判明すれば厳重の処分の対象となる」

「じゃあ、おまえ、行ってきたらどうだ?」

リカルドはあきらかに格下の兵隊に、荒々しい態度でせまった。兵隊は、一瞬でひるんで、口ごもっていた。ノクトは、かえってこの若い兵隊が気の毒に思って、苦笑した。

積荷を二人で確認すると・・・おかしい。書面に記載がある物資のうち、武器・弾薬が、明らかに詰み込まれていない。

「おい・・・約束の品がそろってないぜ」

リカルドが怖い顔をして、若い兵隊に迫る。兵隊は、震えた手で不足品に丸をつけた書面をうけとって、あわてて詰め所のほうへ引き返していった。

ノクトはリカルドのそばにたって、そっと囁いた。

「・・・提供しないつもりか」

「かもな」

若い兵隊は、まもなく上官らしき横柄な男を伴って戻ってきた。

「やれやれ・・・何か文句でもあるのか。こっちは忙しいんだが」

「冗談はよせ!」

リカルドが間をおかずに一喝したので、上官と若い兵隊の2人は、意表を突かれ、びくっと体を震わせた。

「こんな安値で命のかかる仕事を押し付けやがって。約束のひとつも全うに守れねえのか。契約は契約だ。その目で書面を確かめたらどうだ?」

上官はぐっと、一瞬言葉に詰まったが、すぐに強い口調で

「武器なんざ、ハンターは普段手馴れた得物があるだろうが。何をいまさら欲しがる」

と言い放った。

「ふざけるなよ!」

わざとなのか、本気なのか、リカルドは突然、上官の胸倉をつかんだ。これにはノクトも驚いて目を見張った。

案の定、傍にいた若い兵隊は、警告の笛を豪快に吹き鳴らして、銃をリカルドに向けた。胸倉をつかまれた上官は真っ青な顔をしている。

おい、任せろっていったよな・・・騒ぎを起こしてどうするつもりだ?!

しかし、ノクトは、割って入ることもできず、状況を見ていることしかできない。そうこうするうちに、騒ぎを聞きつけた兵が、あっちこちから集まってくる。

「契約だといってるんだ・・・こんな単純なことが理解できないか?こんな緊急時に横流ししてくだらない小銭を稼ぐ暇があんなら、あの外に出て、中継器のひとつでも自分でおったててきたらどうだ?よほど国に貢献できるぜ?」

リカルドのその潰れた片目が眼前で凄むと、なかなかの迫力がある・・・ひねり挙げられた男は、震えて言葉が出ない。

しかし、周囲をすでに10数人の兵隊に囲まれて、その銃口はリカルドの額を狙っている。

どうすりゃいいんだ・・・もう、止められねぇぞ

「何の騒ぎだ」

その時、兵の間を割って、入ってくる者があった。

「おい、銃を下げろ。それから・・・リカルド、お前も手を放せ」

兵隊たちは、おとなしくその声にしたがって銃を下げた。リカルドも、その様子を確認して、つるし上げていた男を放す。男は、身の潔白を示すかのように、激しく咳き込んだ後、自分の上官に敬礼をしてみせた。

ノクトも銃口が降りて、ようやく緊張から開放された。手に酷い汗をかいている。そして、声の主のほうを見る。

「よう、グスタフ。今日は登場が早かったな」

リカルドは馴れ馴れしく、そう呼びかけた。

ノクトは、はっとして、その顔を見た。グスタフも、またノクトを見て、驚いた顔をしていた。しかし、すぐに表情を平静に戻して、先ほどの男のほうを見ると、「また、書類の不備か?」と聞いた。

「いえ・・・物資の準備が・・・少し食い違いがありまして」

「では、すぐに食い違いを正せ」

男は一礼して慌ててその場を去った。

「他のものは持ち場にもどれ。毎日あきもせず、この狂人にのせられるな、あほどもが!」

他の兵隊も、クモの子をちらすように、持ち場に戻っていった。

グスタフはやっかいなことになったと、明らかに迷惑そうな顔を見せて、それから、2,3歩ノクトのほうへ近寄る。

「まさか、あんたか、正気なのか?」

「オレもさっき同じことを聞いたばかりだ」

リカルドが、ニヤニヤして言う。先ほど激昂して見せたのは、やはり、やらせだったようである。

「おい、リー。お前もな、いったい何人の部下を処分させりゃ、気が済むんだ。軍も人手不足だ。横流しくらいで騒ぎを起こすな。オレのところへ素直にもってこい」

「いや、あの男新入りだろ?挨拶がてら警告しといたほうがいいと思ってな。けち臭いことやったら、オレがくびを掻っ切るってね」

リカルドの言うことは、どこまで本気かわからない。

グスタフもリカルドには手を焼いているという風だ。まだ何かいいたそうだが、無駄だと思ったらしい、激しくかぶりを振って自分で取消すような仕草をした。

「ーもう、いい。この男を借りるぞ」

「おう、どうぞ。お前ら知り合いなんだな。意外に顔が広いな、タル・・・なんとかも」

グスタフは、ニヤニヤしなジープに寄りかかってるリカルドを置いて、この10年で建造されたと思われる強固なタワーのほうへ向かった。ちょうど駅舎の前を4つのタワーが建ち、4つのタワーを支柱として、巨大な天蓋がかかっている。天蓋の下には敷き詰められた照明。シガイ対策の設備なのだろうか・・タワーの各階層には、狙撃用の開口があって、そこから大型の銃器がのぞいている。・

グスタフは振り向かずにタワーの入り口に向かった。ノクトはその背中を追いかけた。

タワーの入り口に入る。入り口はすぐにエレベーターになっていた。グスタフは、沈黙したまま、ノクトが乗り込むと自分のIDカードをかざし、エレベーターを起動させた。

エレベータは、モニターを見ると最上階を目指して上っているようだ。

電子音がして、扉が開く。ノクトは驚いた。エレベータの前は部屋ではなく小さな踊り場がついて外部とつながっていた。その踊り場は、先ほど見上げた天蓋の上に続いている。上から見ると、金属の太い綱が幾重にも編んで作られており、その上にこの巨大な装置を起動させるためのものだろう、中央には避雷針のようなものが幾重にも突き出ていて、不思議なモニュメントを作っていた。グスタフは黙ったまま天蓋の上を進んだ。そして、モニュメントの向こう側の見晴らしのよいところを選んで、何気なく腰を下した。

そこからは、難民キャンプとそのさきの荒野が見渡せた。うっすらと続く古い線路の先は山肌に飲み込まれて消える。その、線路の上を、遠くから、ぽつり、ぽつり、歩いていくる人の姿がわかる。

ノクトは、グスタフの傍に腰を下す。

「どういうことだ?」

グスタフの声は戸惑っているように聞こえる。

「サルヴァンの行方が分かった」

ノクトは、静かに告げた。

グスタフは明らかに驚いた顔をして見せた。

「まさか、神凪は・・・」

「生存の確証はまだないが・・・しかし、可能性は高い」

ノクトは、目に自信をにじませて、グスタフを見た。グスタフはとても信じられない、といった様子で、ノクトの自信ありげな表情を眺めていた。

「では今回の依頼は・・・いや、聞かぬほうがいいな」

それから、考えをめぐらせるように少し沈黙する。

「・・・どこへ行くつもりかは聞かないが・・・この先に、生き残った集落があるとは思えないぞ。それでも行くのか?」

ノクトは、余裕のある笑みを浮べた。

「ああ、行くわ。それに、生き残った集落があるって、確信もあるんでな」

グスタフは、さらに驚いて目を見開く。

「バカな」

「あんたは、この外の世界がみんな壊滅してるって、思いたがってるみたいだな」

グスタフは明らかに動揺して頭を振り、そして、ノクトから目をそらすようにうつむいた。

何かを言い出せなくて、迷っているような深いため息・・・

「・・・オレにも、探しに行きたい人はいるんだ」

「行けばいいだろ」

すかさず、ノクトは答える。

「くそ・・・」

グスタフは悔しそうに呻いた。

「あんたは、どうかしてる・・・この闇の中で・・・ただ、すべてが破壊されていったのを見なかったのか?闇の中では敵も味方もない・・・命があるものが、ただ殺される。ただの破壊と、死、だ。アコルドの内陸でさえ、多くの地域が地獄に変わった。世界が終わるところを見せ付けられたんだ。この先は・・・地獄だ。歩いてくる連中を見ろ・・・人間て様相じゃない。命があっても、もう魂が抜けてしまった顔をしてる」

「今日も良く晴れてるな」

ノクトはグスタフの声を遮るように言った。高くなってきた太陽を見上げ、まぶしそうに手で遮る。

「暑くてだるいわ・・・けど、あんたは、まだ、闇の中にいるみたいだな」

くくくく・・・グスタフは自嘲気味に笑う。

「あの光が、希望だって言いたいのか。闇の中で見なくて済んだものが、明るみに出ただけかもしれないぜ・・・」

それから、なんとなくしらけた空気が二人の間に横たわって、しばらく沈黙が続いた。二人の下から、忙しく動き回るハンターたちと、難民の悲痛な呻きだの不満だのの雑多な音が立ち上ってくる。

「どうして、・・・あんたは信じられるんだ?」

グスタフは足元をのぞきながら、つぶやく。

「家族が・・・いたんだ。帝都にな」

そして、投げやりに、「オレは、帝国のスパイだ」と続けた。

「まあ、珍しくもない・・・このアコルドには、やまほどスパイが送り込まれている・・・軍だけじゃない、政治家も、実業家もいる。ほとんどはお互いのことを知らない。知らずに監視し合ってる・・・時々、馬鹿げた気分になる。ほとんとは、アコルドの市民の多くが帝国のスパイで、間抜けな騙しあいをしてるだけなんじゃないかってな。そいつらが・・・今は善良な市民て顔をして、忠誠を誓った皇帝などきれいさっぱり忘れてるのさ。故郷のことなんか、思い出さないほうが幸せってもんだ」

ノクトは黙って聞いていた。不思議と驚かなかった。帝国のスパイ・・・ルシスもやまほどいたんだろうな。しかし、今となっては、それに何の意味があるんだ?

「帝国は壊滅的だ・・・因果応報だな。同情の余地はない。俺達は独裁者に支配されながら、しっかりとうまみも吸ってきた。オレは自分の人生の無意味さをのろいながら、罰せられるようにここで難民の相手をしている。いわば、オレが世界の破滅に手を貸して、こしらえた難民たちだ。笑えない冗談だ・・・」

グスタフの目は虚ろだった。彼自身が語った難民の姿そのものように。虚ろに、なんの意思も感じられないその目を、線路の消え行く先に向けていた。今、本当の自分は、その線路の上をさまよっているとでも言いたげだ。

まったく・・・だるいわ

ノクトは、退屈したように大きなあくびをひとつした。そして、軽い調子で

「悪いな。オレは頭が悪くてな。罪とか罰とかよくわかんねぇわ」

といって、立ち上がる。

「優秀な側近がこれまで取り繕ってきたんだが、今は、頼りの側近たちもいないんでね。正直、あんたの懺悔にありがたいお言葉も思いつかねぇし」

それから、グスタフと同じ方向を見た。彼とはまったく違う眼差しで。確信に満ちたその目は、山肌に消える道がその先に続くのを見ていていた。

「死んだふりがしてたいなら、そうしてろ。だが、まだ、息があるんだったら、でくの坊になってる兵を、全うに働かせろ。その方が、オレが早く道をつくれる」

そして、もう話は済んだと言わんばかりに、ノクトはエレベータのほうへ戻ろうとグスタフに背中を向けた。

「おい・・・オレのIDがなければエレベータは動かないぞ」

グスタフは力なく呟いた。

「じゃあ、さっさとしろ。先を急いでいるんだ」

ノクトは強い口調で言った。

「オレは、これからテネブラエまで道を作る。もし、その先、帝都までの道があんたに必要なら、自分で道を作れ」

グスタフは、驚いて顔を上げた。

「おい、立てよ!」

「ああ・・・わかった」

と言いながら、ようやく、のろのろと立ち上がる。

「王様は、人使いが荒いな・・・」

なぜかグスタフは、うれしそうににやけながら、ノクトの言うままに、エレベータに向かっていった。


グスタフとノクトがジープの前まで戻ると、はやくも不足していた武器と弾薬が積み込まれている最中であった。リカルドは満足そうにその様子を眺めており、二人に気がつくと愛想よく笑って見せた。

最後にジープのバックドアが勢いよく閉められて、引渡しは完了となった。

「おう、ご苦労さん」

リカルドは運転席に乗り込み、ノクトは助手席に乗り込んだ。そして車をハンター協会の詰め所まで移動する。通り過ぎる兵隊たちがみな、ノクトたちを睨み付けていた。

「お見送りどうも!」

リカルドはわざわざ皮肉を振りまいて通り過ぎた。そのまま、ジープをトラクターの脇に横付けする。

アラネアとプロンプトは、まだ柵のところに張り付いていた。

「プロンプト、アラネア!荷物を積み込んで出発するぞ」

信用はしてるが、ノクトの正体を知る人間が多すぎる。早いところ、キャンプを抜けた方が無難だ。

プロンプトは、手を振って呼びかけに応え、アラネアに声をかけていたが、アラネアは動く気配がない。プロンプトは諦めてひとりでトラクターまでやってきた。

「アラネアは、大丈夫か?」

「ずっと、話しかけても答えてくれなくてさ…荷物運んだら、また呼びに行くね」

プロンプトは不安に表情を曇らせながら、トラクターの荷物を運んだ。

「うわ、こんなもの支給してくれたの?!」

ジープの荷台をあけてプロンプトが驚く

先ほど詰め込まれた武器は、対装甲車用のロケットランチャーだ…弾は2発。

おいおい…戦争でもしてこいっていうのか

ノクトが呆れていると、リカルドがニヤニヤしながら背後から近づき

「最新型だぜ。大盤振る舞いだよな?うまくあてれば、飛行艇くらい撃ち落とせる」

と笑った。

あははは、と、プロンプトは愛想笑いを返した。

「こっちは…中継器?意外と小型だね」

そして、いち、に、さんと数え上げる。

「全部で6機か。あれ、依頼は5つじゃなかったっけ?」

「ひとつは予備だ」

ノクトは説明する。

「だか、うまくいったら6つ目も頼むよ。」

とリカルドは身を乗り出す。

「他の依頼はどうでもいいが、こいつだけは、協会でも利用させてもらうからな」

言いながら、リカルドは愛おしそうに、今は降りたたまれて四角い箱に見える中継器のひとつを撫でる。

「理論上は、半径50キロまで電波を中継できる。この基地に大型の電波塔があってこいつは半径100キロまで電波をどばしてる。始めのひとつ目は100キロ付近で設置する。それ以降は50キロごとだが、あくまでも理論上の話だ。実際には地形の影響を受ける。できるだけ高台を選べ。そして、無線で受信状況を確認してダメなら場所を変える」

「うわ…めんどくさそう…」

「とてつもなく面倒だね!でなきゃ、あいつらが自分でやるんだよ」

「しかし、なるべく遠くまで通信を可能にするには、ギリギリのところを狙って設置したほうがいいな…」

ノクトは誰にともなく言ったが、

「そうとも!」

リカルドはバンっと、勢いよくノクトの背中を叩いた。

「頼もしいねぇ、タルなんとか!」

「もう・・・タルでいいわ・・・」

ノクトは、だるそうに言った。

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