Chapter17.12-つながる道-


「おい!あんたら大丈夫か!」

運よく、手漕ぎボートが、右手から近づいてきた。個人の小さな釣り船のようだ。

助かった・・・

「ああ、大丈夫だ。引き上げて貰えるか」

アラネアは一通り泣いてすっきりしたのか、もう落ち着いていた。ノクトに体を押し上げて貰って、まずボートに乗り込む。ルシスに向かうからと着せた、コジャレたフレアパンツが悪かったようだ。パンツはすっかり海水を吸って重くなっていた。

続いて、ノクトもボートに乗り込む。

プロンプトがリーウェイホテルの前で、どこからか調達してきたタオルを持って待ち構えていた。顔は真っ青だったか、アラネアが今はもう元気になって手を振ったので、すっかり安堵した表情に変わった。

「あーちゃん!!!もう!!!心臓が止まりそうだったよ!!」

プロンプトは泣きながら濡れたアラネアの服を脱がせ、全身を拭いた。

「このタオル・・・どうしたんだ?」

「そこのホテルのリネン室から・・・ちょっとカビ臭いけど、綺麗だと思うよ」

ちょうどその時、バタバタと慌てた足音が聞こえてきて、リーウェイホテルの裏手から、ヴォーグともう一人、ハンターらしく男が姿を現した。

「よかった!無事か!!」

ヴォーグはすぐにアラネアの姿を認めた。

随分早いな・・・ とノクトが不思議に思ってみると、彼は持っていた小型の無線機を口元に持っていき

「トラヴィス!こどもの無事は確認した。こちらで保護しているぞ!」

と伝えていた。

「トラヴィスと繋がってるのか?」

ノクトはとりあえずズボンだけを履いて、ヴォーグの元へ駆け寄る。

「ああ、話すか?」

無線機の向こうから、泣きそうなトラヴィスの声が聞こえてくる。

-アラネアちゃん、そちらにいるんですよね!よ、よかった・・・!!!

海上でアラネアがいないことに気がついだのだろう。

そりゃ、焦るわな・・・

「こちら、タルコットだ。悪かったなトラヴィス。あいつ、水門の手前で飛び降りやがったんだ。あんたは今どの辺に?」

-ええ、こちらはかなり沖合いに出てまして・・・もしや海上で落下したと思うって近辺を捜索していたんです。すぐに、戻りますので

「いや、その必要はない。そのままルシスへ向かってくれ」

-え、でも・・・

「・・・アラネアは大丈夫だ。こちらで引き受ける。・・・悪かったなトラヴィス。手間かけさせちまって」

無線機の向こうのトラヴィスと、そして周囲で聞いていた者たちは、沈黙して、ノクトの言葉に耳を傾けていた。

「あんたの到着が遅れるとルシスのほうでも心配するだろ。予定通りレスタルムに向かって欲しい。そして、状況を伝えてくれ。それから・・・そのまま、今度はルシスのために働いてくれ。オレは、まだしばらく戻れない。あんたに頼めると、ありがたい」

無線機の向こうで、感極まるような、震えた声が聞こえた。

-・・・はい、わかりました。お任せください!

「頼んだぞ」

-はい!陛下も・・・どうぞ御武運を。

「ああ、ありがとう」

そしてノクトは何食わぬ顔で、ヴォーグに無線機を返した。ヴォーグは、何かを悟ったような顔をして、しかし何も言わなかった。


まったく、さっき来たばかりの水路を、またすぐに引き返すとは・・・

アラネアは、タオルにくるまれたままプロンプトに抱かれている。ニコニコと嬉しそうに、甘えた様子でプロンプトにしがみついていた。

ノクトは、眉毛をひそめて不快感を表した。快晴のおかげでさほど冷えは感じないが・・・尻が濡れていて冷たい。

「うー、パンツがつめてぇ・・・」

「ノクト、せっかくなら全裸で泳げばよかったのにね」

「ぜってー、ヤダ」

プロンプトが、もう、すっかりくつろいだ様子で笑う。この先がどうなるかはわからないが、それでも、ノクトの決断にとても喜んでいる様子だった。

ボートを操っていた若いハンターも、釣られて笑っていた。

ヴォーグの顔も穏やかだ。

「まあ、無事でなによりだ。協会のほうに防災無線の連絡が入ったときには、冷や汗をかいたがな」

「悪かったな、そっちも手間をかけさせて」

「いや、オレはちょうどあんたを探していたのさ。しかし・・・こどもがいるとなると、難しいか」

「なんの話だ?」

ノクトは身を乗り出した。

「アコルド政府から依頼が入ったんだよ。スカープから、ウルワート地方の被害状況の調査、および、無線中継器の設置。軍からは、無線機、武器、弾薬、物資、および車両が提供される・・・」

一瞬の沈黙。そしてー

「えええ!?」

ノクトとプロンプトは、同時に大きな声を上げる。そして、二人で顔を見合わせ、それから、不思議そうにしているアラネアのほうを見る。

導かれる・・・

ノクトは信じられないような気持ちでアラネアを見ていた。アラネアは、泳ぎ疲れたのだろう。とろんと、気持ちよさそうにプロンプトの胸に顔をうずめて、今にも眠ってしまいそうだ。

ノクトは真剣な顔でヴォーグに向き直った。

「その話、受けさせてくれ!!詳しい話を聞きたい!」

「しかし・・・その子をどうするつもりなんだ?」

「連れて行くつもりだ」

ノクトの声には迷いがなかった。

ヴォーグは、驚いて少し黙ったが、すぐに思い直したのか、頷いて見せた。

「・・・事情がありそうだな。あとで詳しい話をしよう。落ち着いてから、あとで協会のほうへ来てくれ」

「わかった。感謝する」

宿の近くまで来たところで、血相を抱えたデイジーに出くわした。一連の騒ぎを聞きつけたのだろう。

「あーちゃん、大丈夫なの?!」

眠ってぐったりとしていたアラネアに駆け寄る。

「大丈夫、眠ってるだけだよ」

プロンプトがウィンクして、そして、自分の肩に載っているアラネアの安穏な寝顔を、デイジーのほうに向けた。デイジーは、あっ、と安堵した顔をして、そして涙ぐんでいた。

「デイジー、すまんが、アラネアの服を調達できるか?ボートに積んでみんな持ってかれちまって」

「うん、大丈夫。すぐにもってくるわ」

デイジーは、元気に飛び出していった。

ノクトとプロンプトは、アラネアを抱えて、部屋へ入った。アラネアはよく眠っていたので、そのままベッドに寝かしつけた。裸だが、まあ、毛布をかけておけば風邪は引かないだろう。

二人はアラネアを囲んで、はああああっと安堵のため息をつく。

「疲れたね・・・」

「そうだな」

しばし、ぐったりとその場にベッドの端に腰掛けて、早朝からの出来事を思い返してみた。

「・・・なんだったんだかな」

アラネアの処遇を考えあぐね、プロンプトとやりあったり、あの手この手で説得までしたんだが・・・こうなってみると、すべてがバカらしく思える。

ふふふ。プロンプトが隣で笑った。

「なんだよ」

「ううん。なんかさぁ、オレら、あーちゃんには振り回されっぱなしだけどさぁ、これが導かれてるってことなのかな、って」

「・・・どうせ導くなら、もっと手間かけずに頼むわ」

と、ノクトはアラネアの寝顔に言い聞かせる。

「そりゃ、無理でしょー!これからも、まだまだあるよ、きっと」

「だな」

「でも・・・」

と、プロンプトは今度はノクトのほうを向いて、潤んだ目を向けた。

「・・・ありがとう、ノクト」

ノクトは、照れて全うに顔が見れなかったので、ベッドから立ち上がって、濡れた服を着替えた。

「そういや、あれ、もう言うなよ?」

「あれ?」

「死んだとしても、家族といたかったってあれだ・・・死んだら意味がねぇだろ。一緒にいるなら、一緒に生き残るまでだ」

照れているのか、服を調えたまま、背中を向けている。

プロンプトはまた泣き出しそうになりながら、しかし、涙をこらえて、その背中に笑って見せた。

「うん、そうだね!」

ノクトはちょっとだけ振り返って、アラネアの寝顔を見た。

「オレは・・・」

・・・コイツに感謝したい気分だわ

「え、なに?」

「いや、なんでもない。あと、頼んでいいか。デイジーが来るしな」

「うん、いいよ。ハンター協会へ行くんだよね」

「ああ、なんとしてもあの依頼、ものにする」

ノクトは、また気分を入れ替えて、新しい緊張感とともに、ハンター協会へ向かった。これで、忘却の地が、ぐっと近づいた・・・車が手に入れば、1日かそこらの行程だろう。アラネアを連れて行くのもずっと容易になる。

協会へつくと、さっそく奥の事務所に通された。

早いな・・・とヴォークは呆れ顔で迎えいれた。

「ちょっと、奥で二人で話そう」

事務所のさらに奥に通される。取調室のような小さな部屋だ。大きな窓から広場が見下ろせるので、さほど圧迫感はない。二人は机に向かい合わせに座った。

「狭くて悪いな。周囲の耳が気になると思ってな」

「ああ、助かるわ」

ヴォーグは、机の上に依頼の詳細が記載された文書を広げた。

「言っておくが、アコルド政府がこちらによこす仕事は、汚れ仕事だ。自分の軍を動かすより安上がりだと判断して、めんどうで危険な仕事をこっちに投げてくる。今回も、物資の提供はあるが、面倒で危険極まりない実地調査と、無線中継器の設置がセットになっている」

「無線中継器ってのは・・・」

「簡易な中継器で地熱で発電する仕組みになっている。自立的に起動して、今の無線で網羅していない地域まで電波を飛ばせるようになる。ただ・・・地熱を利用するために、それなりに地面を掘削する必要がある。あとは、自動で、地底1kmまで発電用の支柱が延びる仕組みにはなってるんだが。かなりの重労働だぞ。設置場所の選定もそれなりに必要だしな」

「時間はかかりそうだが・・・それを設置すればこっちも無線機で連絡できる範囲が広がるんだな?」

「そうだ。中継器を設定したら無線で報告を入れる。その際に、周辺地域の実地調査の結果も報告することになっている。アコルド政府の要請している調査項目としては、周辺地域の難民の動向、都市機能の有無、それから、危害を及ぼす可能性のあるものならなんでも報告対象だな」

「彷徨える魔道兵とか、か?」

「帝国の残党とかもな。他にも、義務のひとつに、機能している都市の行政とアコルド政府をつなぐこと、とある」

「そんな都市・・・残っているのか?」

「わからんさ。だが、アコルド政府は、いち早く帝国内部に残る有力者とつながりたいんだろう。だいたい、調査区域がアコルドの外だ・・・今まで国境の難民の支援さえ重い腰だったのに、妙だと思わないか」

ノクトは顔をしかめて、しばし黙った。

「・・・アコルドが亡命貴族と手を組んで、ニフルの支配権を得ようとしている?」

「考えられるシナリオだな」

ヴォーグは、しかし、ふっと不敵な笑みを浮かべて

「協会も、この機会を利用させて貰うさ。こっちは、ルシスの協会とも繋がれたしな。政府よりさきに、他にもハンターの拠点が生き残っているなら、連携したい。かろうじて生き残ったこの世界では、ハンター協会が果たす役割は小さくない・・・どうだ協力して貰えるか?」

ヴァーグの強い覚悟の目が、ノクトを貫くように見つめていた。

「協力はしたい。だが・・・実は、この調査区域外に目的地がある。調査を終えたら、そのまま車と物資を譲り受けたい・・・それでも構わないか?」

「問題ないさ」

と、ヴォーグは笑って、書面の最後のほうに書かれた注意書きを見せた。

-調査終了後は、政府提供の物資は原則返却する。しかし、、不可抗力により現状復帰が不可能な場合、もしくは調査員が帰還不可能となった場合、ハンター協会はアコルド政府に物資の返却を保証しない。

「やっこさん、そもそも、ハンターが無事に戻れるって思ってねぇんだよ。まったく、オレらの命は安く見られているな。始めの捨石で、うまいこと足場を作ったら、今度は軍を派遣するつもりなんだろう」

こっちでうまく報告しとくから心配するな。ヴォーグは請け負った。

「こどものことも、別件の依頼ということで処理をしておく。アコルド政府も、この危険な業務に当たって、ハンター協会で必要な仕事も並行することには合意している」

「助かるわ。何かなら何まで悪いな」

「いや、いいんだ。あんたの目的は知らないが・・・旅の成功を祈るよ」

ヴォーグは書類を整えてまとめると、ファイルに差し込んでノクトの目の前に置いた。

「・・・オレの目的を聞かないのか」

「聞いて欲しいなら聞くがね。オレは・・・お父上に借りがあるんだよ」

ヴォーグはそう言って、懐かしむように微笑んだ。

「オヤジを知ってるのか?」

「恐ろしく昔のことだよ。40年前、アコルドでどえらい水害があってな・・・ま、あんたの年代だと知らないだろう。多くのハンターが救命に向かったが、2次的に起きた災害で命を落とした。オレの父親もな。レギス陛下はその時、アコルドに立ち寄っていたんだ。オレは父を探して、危うく2次災害に巻き壊れるところを、陛下に救われた。陛下のご一行は、この災害の救援活動に大変貢献されたんだ。お忍びだったからな。この事実を知っているのはわずかな人間だ」

ノクトに、若かりしころの父とその旅の仲間の、輝くような力強い姿が、見えるようだった。シド、ウィスカム、クレイラス・・・きっとノクトたちの旅のように、賑やかで、いや、それよりももっと、ぶっとんでいたのかもしれない。

アコルドに来ていたとは聞いていたが・・・

「今更だが・・・惜しい方を亡くされた。あの王都の襲撃、今思い返して悔しさが込み上げる。どうか・・・無理をするなよ。命さえあれば何度でも挑戦できる。時には引き返すのも勇気だ・・・道を焦るな」

ヴァーグは改まった様子で、ノクトを見た。わが子を見る父親のような目だった。見た目若々しく見えるが、今の話からすると、レギスの年齢に近いのかもしれなかった。

「ああ・・・ありがとな。胸に刻んでおくわ」

ノクトは、軽く自分のこぶしを胸に押し当てて見せた。

ケルカノまでは、ハンター協会が水路と、陸路(物資搬送用のトラクターらしい)の移動手段を用意してくれることになった。ケルカノについたら、軍の司令部にいき、物資を受け取る・・・その際は注意が必要になる。ノクトの正体もそうだが、こどもは連れて行かないほうが無難だろう。現地の有力なハンターが付き添ってくれるので、万が一いちゃもんをつけられたら彼に任せればいい。

「トラヴィスの用意した物資はそのまま持っていくといい。車がいつどうなるかわからないからな。軍の車両は、積み込む資材からして大型の車両・・・おそらくジープかオフロード対応の小型トラックになると思う。自分の荷物もかなり載せられるはずだ。徒歩では持ちきれなかったもの・・・衣服などは持って行くといい。こども分の物資は軍にはさすがに要求できないから、食料も含め自身で用意してくれ。それから協会で用意する支援物資も積んでもらう。どこぞに支援が必要な集落が生き残っているとも限らないからな。多くは詰めないが・・・応急用だ」

「わかった。必要なら支援物資をそこでおろせばいいんだな」

「ああ、判断は任せる。そして支援が必要なら協会へ報告が欲しい。無線機は協会が軍とは別に渡しておく・・・軍の無線機には気をつけたほうがいい。車の中もな。ケルカノから離れればさすがに機能しないと思うが・・・以前支給されたものに盗聴器が見つかってな」

「えぐいな・・・」

「厳重抗議はしたが、やっこさん、単なる事故だと相手にもしない。なんだかんだ理由をつけて、故障したとか言って、廃棄しろ」

「おい、いいのか?」

「いいさ。あっちもこっちも似たようなもんだ。騙しあいでね。物資の提供だけ受けたあとは、こっちのものさ」

ヴォーグは、いたずらっぽく笑った。

出発は2日後と決まった。それまでに追加する物資を準備し、体調を整える。結局、依頼をこなしながら進むと、忘却の地までは3日はかかりそうだったが・・・それでも、車が手に入ることは強みだ。何かあっても簡単に引き返さなくても済むだろう。それに、ケルカノと無線で連絡をつけながら進めることも心強い。

オヤジ・・・ありがとな。

ノクトは自分の胸の傷を軽く抑えながら、しばし、父のことを思った。










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