Chapter17.11-アラネアの選択-

さて・・・プロンプトと合意はできた。どうやってアラネアに話すか・・・

ノクトは、その夜、ぐるぐると考えが巡って寝付けなかった。

アラネアのことだ・・・こちらが堅苦しく構えたところでわかるともかぎらないし、以外と、軽いノリで話したほうがいいのかも知れない。

ノクトは、脳内でシュミレーションしてみる。

明日、晴れていれば、デイジーの家まで迎えにいったあとに3人で、アラネアの好きなところへ行こう。そうだな。アラネアに釣りでもさせてやるか・・・いや、壊されそうだ。やめておこう。第一、あいつは素もぐりで捕ってしまう・・・。

アラネアの好きなこと・・・絵を描き始めたらほとんど話はできないな。また、3人一緒の絵を描かれるとますます話しづらい・・・そうだ。トラヴィスと、ルシスの話を振ってみるのはどうか。その絵を描かせてみる。いいよな、トラヴィス。うん!トラヴィス大好き!・・・って大概、アラネアなら答えるだろう。ルシスもいいよな。お前の生まれたところだ。前の前のお母さんと、お父さんと、住んでいたところに昔の友達か、兄弟がいるかもしれないぞ・・・これは、いや残酷か。村ごと全滅してしまったところもあるって聞くし・・・。

うだうだ回りくどい話があいつに通じるもんか!

ノクトは自分で自分をののしる。

ストレートに話したらどうだ。そうだ。そのままストレートに。フラン地区へ向かう前に約束させたみたいに。それだったら、あいつは、深刻さを受け取るはずだ・・・。一緒にはつれていけない。危険だからだ・・・お前に死んで貰っては困る・・・通じるだろうか?

アラネアは、死を理解しているだろうか。親の死を語るときも、何の悲壮感もなかった。あのとき見た映像が本当にあいつの記憶ならば、それは相当に恐ろしい記憶だったはずだ。心に深く傷を残すような・・・

悲しみに鈍感のように見えるのは、その傷のせいなのか?

ノクトは、ドキドキと鼓動が早くなって、そしてうっすら目を開けてみた。そうだ・・・今夜はここにはアラネアはいないんだっけ・・・。もう一度目を閉じる。

そういや・・・あいつ、こどもの癖に、泣いたところを見たことがないな。

こどもらしく、いや、それ以上に、わがままもいうし、地団駄も踏むし、大声も上げるし、わめくし・・・しかし、そうだ。怒られても、痛い思いをしても、こどもらしくわんわん泣いたところを見たことがない。

ノクトは、またも鼓動が早くなる。

あいつ・・・ただ、元気に見えて、ここへ来て、人間らしくなってきて・・・面倒ばかりかけるが、心のうちに問題があるなんて、思っても見なかった。そういえば、オルティシエについてすぐのころ、トラビスが心配していたっけ・・・あの子は支援が必要だって。野生児として育てば普通の人間の社会に戻すのに支援が必要だろう。読み書きもまともにできないだろうしな・・・ノクトはその程度に思っていた。

戦災孤児か・・・きっと、アラネアみたいなガキが、この世界にたくさんいるんだろうな・・・

オレは・・・何をしてるんだ

ノクトは、自分で問うておきながら、すぐにそれを打ち消した。

今のオレは・・・悪いが、オレはルーナを・・・ただそれだけだ。

それからルーナを思い出そうとする。その手に、もう少しで自分の手が触れる。そういうところまで来た。すべてがただの幻か、絶望と思われていたところから、彼女の存在が感じられるところまで・・・。

わるい、アラネア・・・オレをその先に進ませてくれ・・・・。

ノクトは、まぶたが熱くなるのを感じながら、眠りについた。


「ノクトー!!」

はっとして、ノクトは目を開ける。すぐ目の前に、アラネアの満面の笑みがあった。

「あれ・・・お前、もう戻って?」

「お帰りー!」

「あーちゃん、ただいまーっていうんだよ!」

「あー、そうだった。ただいまー!」

そして、まだ、横になっているノクトのうえに覆いかぶさり、ぎゅううっとその体を抱きしめる。

「ふふ、あーちゃんはノクトが大好きなのね」

と、キッチンから顔を出したのはデイジーだった。あ、名前・・・知られてんのか。

「ああ、世話かけたな」

「いいのよ。ごめんね、はやくから。あーちゃんがやっぱり寂しがっちゃってさ。夜寝るときまでは、仲良くやってたんだけど」

「アラネア、迷惑かけたのか?」

「あーちゃんはいい子だっだよ。ねー?」

「そうよ、いい子だったわ。お手伝いいっぱいしてくれたもんね」

デイジーはにこにこ答えて、それからキッチンへと消えた。いい感じにプロンプトと朝食を用意してくれているらしい。

「おう、アラネア、どけ。着替えるからな」

「おう」

アラネアの答え方が、なんか自分に似ている気がする・・・天然と思ったが、まさか自分の口調を真似ているんだろうか。ノクトはなんだか、心苦しくなる。

着替えてキッチンへ入ると、朝食はできあがっていた。うきうきと機嫌のいいプロンプトが、デイジーとしっしょに盛り付けをしていた。マッシュポテトと、トルティーヤ、魚のフリットまである。朝から豪勢だ。

「おはよう、ノクト!」

「お、お・・・」

プロンプトにも声をかけられて、ノクトはやや、戸惑って、ちらちらとデイジーを見た。

「ああ、ごめんね、ノクティス陛下。あーちゃんが、昨夜話してくれたもんだから私も知っちゃって・・・。もっと早く聞いてたら協力したのに。ルシスっていったら、ハンターの一大拠点じゃない?昔はルシス王家からハンター協会への支援も手厚かったし・・・古くからやってるハンターで、ルシスを目の敵にしてる人なんていないわよ。ニフルを拠点としてたハンターとしてもね」

「そうなのか」

「そうよ。知らなかった?レギス陛下だって、相当のご支援をしてくださったわよ。ハンターは稼ぎはいいけど、怪我や死亡事故も多い・・・遺族への支援なんて、とてもルシスの寄付なしではやってけなかったて聞いてる」

ふーん・・・それは聞いていなかったな。あんなにイグニスに山ほどのレポートを読ませられていたのに、ハンター協会に関係するものが混じっていただろうか?それとも、それはオヤジ個人の支援だったのか。

「・・・ま、だからこそ、アコルド政府は、ハンター協会がいまいち気に食わないんだけどね・・・特に、ルシス暫定政府がコンタクトを取ってきてからは露骨。カメリアさんはそれなりにハンター協会にもよくしてくれたけど・・・マルコはダメね。安値で動かせる傭兵かなにか、勘違いしてるんじゃないかしら?難民支援だって、国境安全保障の一環じゃない?それを長いことハンター任せだったのがおかしいのよ。まあ、ようやく軍も増援されたようだけど・・・過剰に武装させてるのが気味が悪いわ。支援するつもり・・・あるのかしら?」

デイジーはズバズバと小気味よく、ダメだしをしていた。他人の話を聞いている分にはいいが、この調子で、オレもダメだしされそうだな・・・とノクトは冷や汗をかく。

「さー、食べよう!せっかくの朝食がさめちゃうからさぁ」

プロンプトに言われて、デイジーのダメだしも区切りが付いた。4人はテーブルを囲んでにぎやかに朝食をとった。アラネアは、昨日一日がどんなだったか、ノクトに話さずにはいられなかった。にらんだとおり、午後もはやくにプロンプトは二人に合流したらしい。あいにくの天気だ。3人はどこかで大人しく過ごしたのかと思いきや・・・

「大きな船に乗ったんだぞ!!」

とアラネアは興奮気味に話した。

「雨の日にしか船が出ない珍しい漁があるのよ。たまたま知り合いにその漁船の元締めがいてね」

とデイジーが続ける。それで、3人は雨の空の下、漁船に乗り込んで、珍しい漁を見学したとのことだ。

プロンプトが誇らしげに写真を見せる。荒波の中に、大型の魚を捕らえて、大勢の漁夫が引き上げる姿が映っている。ゆれる船の中で大はしゃぎしながら必死に船にしがみつくアラネアの姿もあった。

・・・よくやるよ。

ノクトは、苦笑しながらそれらの写真を眺めた。

「で、今朝の魚はこのときのおこぼれでもらってきたんだよねー」

プロンプトも嬉しそうだ。

ノクトは・・・もし、この場所がアラネアが気に入っているなら、オルティシエに残れるよう考えないといけないな、と思った。もしかすると、ルシスにはいい思い出がないかもしれない・・・。

「で、二人は今日はどうするの?もし必要なら、今日もあーちゃん見てるけど?」

ノクトは少し考えて・・・

「今日は、いいわ。たまには3人で出かけようと思ってな」

と言った。

「そう。わかった。じゃあ、いい休日をね!明日も必要なら声をかけて頂戴」

「ああ、助かるわ」

デイジーは、そっと立ち上がると、そういえば、と何かを思い出した顔した。

「・・・悪いんだけど、陛下、そこまで送って貰えない?」

えっ、とノクトとプロンプトは同時に驚いた声を出した。

デイジーの目を見てみると・・・何かわけありで話がしたそうだった。ノクトは、じゃあ、そこまで送ってくるわ。と言って、彼女のあとに続いた。もちろん、プロンプトの非難めいた視線を背中に感じながら。

「悪いわね」

外に出て、すぐにデイジーが詫びる。

「いいさ。しかし、何かあるのか?」

「ちょっと貴方に見て貰いたいものがあってね。すぐそこなんだけど、いいかしら?」

「ああ、構わない」

デイジーは先ほどとは打って変わって、どこか沈んでいるようだった。二人は言葉少なに、目的の場所まで歩いた。そこは、宿から程近い路地だった。今は使われていない黒っぽい建物の壁に、びっしりとロウ石で絵が描かれている。アラネアが描いたのだろう。昨日の雨で少し流れてはいるが・・・ひさしのおかげで、おおよその線はわかる。

「これ、昨日、あーちゃんが描いたの」

壁一面に壮大に描かれた絵を、ノクトは端からじっくりと眺めていった。

絵のタッチはいつもの絵に見える。ダイナミックな、古代壁画のような力強い線。描かれているのは・・・はじめは、なんだろう?野生の獣の群れか。そのすぐ足元で、たくさんの人々が横たわっている・・・。その隣は、1匹の大きな獣と、小さなこども怪獣。周りを、シガイだろうか・・・なにか、得体の知れないおどろおどろしいものが囲っている。次に、こどもが獣の上にまたがった絵。そして、その隣が、獣が倒れている絵。側で、こどもがひざ突いて座って・・・これは、泣いている?大きな目からしずくのようなものが垂れている。そしてその次、これは前にも見た、ノクトとプロンプト、そして牙をむき出しのアラネア。ボートに乗り込む3人。次に、塔のようなものをたくさん描いているのは、オルティシエを表しているんだろうか。その次、大きな顔して笑っている男・・・たぶんトラヴィスだろう。その隣の女性は縮れた髪の毛ですぐわかる、デイジーだ。その隣、これは・・・なんだ?よくわからない、石版のようなもの・・・?もしかして、フラン地区の古いお堂でみた石像だろうか。そう見れば、なんだか光っているように描かれている。その横には・・・

ノクトは、はっとして息を呑んだ。光に囲まれて微笑んでいる女性の顔だ。・・・たぶん、これはルーナ。

「あーちゃんがね、あなたがルーナ様に会いに行くって言って。私・・・ごめんなさい、あなたがルーナ様を捜索しているっていう話、知らなかったから、ルーナ様は亡くなったのよ、って言っちゃったの。その時はなんともなかったんだけど、夜になったら思い出しちゃったみたいで。それで、急に泣き出したのよ。ノクトがルーナ様に会いにいったら、ノクトは死んじゃうのって」

「アラネアが、泣いたのか・・・」

「そう。泣きながらすぐに寝ちゃったんだけどね、それで、きっと心配になったのね。朝、すごく早く目覚めて、すぐにあなたのところへ帰るって聞かなくって」

「そうか・・・」

ノクトはこみ上げてくるものがあって、アラネアが描いたルーナの顔をじっと眺めていた。

「あなた・・・死なないわよね?」

「ああ。死なねーな。そして、ルーナもな」

「・・・ご存命なのね」

「ああ、オレはそう信じている」

デイジーは黙って、それ以上は聞かなかった。

ノクトは礼を言って、デイジーと分かれた。ノクトは、アラネアの知能も、感受性も、自分が思っているものと随分違っていたことをようやく理解した。たぶん、あいつはあいつなりに、この世界を受け止めようとして、そして、不安で・・・たくさんのことを心配している。早く安心させてやりたい。そのためには、いつまでもぐずぐずと、話を誤魔化していてはだめだろう。ノクトは覚悟を決めていた。これから、アラネアに、本当の話をしよう。

ノクトが宿に戻ってきたとき、アラネアとプロンプトはご機嫌に鼻歌を歌いながら片づけをしている最中だった。

「お帰りー!お茶いれたよー」

プロンプトはノクトの様子には気づいていないようだ。

ノクトは、なるべく平静に装いながら、気軽な感じでもう一度、テーブルについた。それで、3人はまた、お茶を飲みながらテーブルを囲むような感じになった。

「おう、プロンプト、他の写真も見せてくれ」

「うん、いいよ」

プロンプトは、王都からの写真を広げ始めた。

「今さ、ルシスの王都はこんな感じ」

アラネアにひとつひとつ説明してやる。

「これは?」

「イグニスと、グラディオだよ!オレとノクトの友達!」

「おー」

「こいつら、ルシスに住んでいるんだ」

ノクトも便乗する。

「ほら、ここにあーちゃんの一番初めの写真!」

プロンプトが見せたのは、まさに、髪の毛がぼーぼー。毛皮をまとって、人間だか獣だかわからないアラネアの写真。ガーディナで撮影したものだ。今と比べると・・・驚くほど違う。今よりももっと、目が大きく落ち窪んで、その分、瞳が大きくむき出して、そして、ぎらぎらと光っている。表情は乏しくって、怒っているのか泣いているのか判別が付かない。少しだけむき出しになっている青白い腕は、恐ろしく細い。

「うわ・・・全然違うな、アラネア!」

ノクトは素で驚いて見せて、アラネアの肩を叩く。

「おー、これ、あーちゃんじゃない!あーちゃんだけど、ちがうあーちゃんだ」

「ほんとだねー」

プロンプトも懐かしそうに見る。まだ、ひと月もたっていないのではないだろうか・・・

「じゃあ、こっちは?」

と、プロンプトが見せたのは、オルティシエに来て初日だろう。トラヴィスに髪を切ってもらって、すっかり綺麗なったアラネアだ。長い髪がさっぱりとなくなって、大きな瞳が余計剥き出しになっている。骨ばった首や肩が露になって、さきほどより、痛々しくも感じる。しかし、顔は、おかしそうに笑う表情が、かなり人間らしさを表している。

「これも、今とは随分違うな・・・」

ノクトは、驚いて、むしろ言葉がなかった。隣にいるアラネアと、つい、見比べてしまう。毎日一緒にすごして、ここまで変化していることに、まったく気が付かなかった。

「じゃあ、これが昨日ね」

プロンプトと、デイジーに挟まれて、満面な笑みのアラネア。ふっくらとした頬が少し赤く、唇も青ざめてはいない。少し個性的の・・・と言っても、純粋に育った田舎の子どもと言えば、それで違和感がない。

こどもの変化はすさまじいな・・・オレの10年なんか、何だって感じ。

ノクトは、感動を覚えて、胸のあたりがじんとしていた。ちらっとみると、プロンプトの目もなんだか潤んでいる。

「なあ、アラネア」

ノクトは思い切って口火を切った。

「これからの旅のことを、お前に相談したいんだ」

プロンプトがはっとして、ノクトの顔を見た。戸惑っているようだったが・・・しかし、ノクトに任せる、というように、頷いて見せた。

「うん、いいよ!」

アラネアが無邪気に笑っている。いつもなら、何にも考えていないように見える笑顔。時折いらっときたものだが・・・こいつなりにいろいろ抱えてんだな。ノクトは、少し苦しさを感じた。

「オレがこれから、ルーナに会いにいくのは知ってるな」

「うん・・・」

アラネアは途端に暗い顔になった。

「アラネア、ひとつ言っておきたいんだが。ルーナは生きているぞ」

はっ・・・と大きな呼吸をして、アラネアは驚いたように大きく目を見開いたが、それから満面の笑みになった。

「うん!そうだね!」

「そうだ。オレは、生きていると信じているんだ。そして、ルーナは・・・オレにとって一番大切な人だ」

アラネアは、ノクトの真剣な目をしっかりと正面に捉えて、うん、と頷いた。

「ルーナのいるところがわかったんだ。だけど、そこはここからはすごく遠い。たくさん歩かないといけない。それにな、たくさん、怖い怪物がいる」

うんうん、と、アラネアは真剣な面持ちで頷いた。

「・・・だからな、こどもは連れて行けないんだ」

え・・・ アラネアはぽかん、とした顔をする。まったく、意味がわからない、というように。

「アラネア、お前、トラヴィスは好きか?」

へっ と、アラネアはまた驚いて、素直に「好きだよ」と答えた。

「そうだよな。トラヴィスがお前を、ボートに乗せて、ルシスに連れて行ってくれるっていうんだ。オレら一緒に乗ってきたボート、わかるか?」

「うん!あーちゃん、ボートに乗ったよ!プロンプトが運転した!」

「そうだ、そのボートだ。今度はとラビヴィスが運転する。それで、アラネアはトラヴィスと一緒にルシスに行くんだ」

「ルシス・・・」

「そう、さっき、写真で見たろ?イグニスとグラディオっていう、オレのダチが住んでいるところだ。面白い連中だぜ、お前、きっと気に入るよ」

そういって、ノクトは先ほどの、イグニス、グラディオ、そして、ノクトもプロンプトも一緒になって、明るい王都の中庭で写した写真を見せた。みんな、希望に満ちたいい笑顔をしていた。

「ノクトと、プロンプトは・・・行かないの?」

アラネアが、聞く。

「オレたちは、ルーナに会いに行く。ルシスに帰るのはその後だ。アラネア、先に帰って待っていてくれるか?」

アラネアは、ぱっと顔を上げて、

「いいよ!」

と笑った。

プロンプトは逆にびっくりして、思わず、ほんとに? と聞き返していた。

「うん。あーちゃん、待ってる。ノクトとプロンプトはルーナと会って、それからルシスに帰るんだよね」

「トラヴィスと一緒に、二人だけでボートに乗るんだよ」

プロンプトは心配になって念を押した。

「うん、トラヴィスと一緒にな。わかった!」

ノクトとプロンプトは、あまりにもアラネアがあっさりと承諾したので、拍子抜けしていた。

どこまでわかっているか怪しいが・・・まあ、こんなもんだろ。

ノクトはプロンプトを見た。プロンプトも、若干、あっけにとられているものの、しかし、異議はないようだ。

「わかった。じゃあ、決まりだな。出発は、明後日か、その次か・・・トラヴィスと相談して決めるからな」

「うん、いいよ!」

アラネアは、笑顔だった。

難しい話がすべて終わって、3人は肩の荷が下りたのか、みんな上機嫌な午後をすごした。プロンプトが、あちこち3人で写真を撮りたいといったので、アラネアの思いつくままオルティシエ中を歩き回った。今日はまた、よく晴れて、撮影にはうってつけだった。今日は特別に、人気のない廃屋を選んで、屋根にも上らせてやった。安全に登れそうな場所を選んだが、アラネアは頓着せずに、とても足がかりのない場所をすいすい登って、ノクトたちを呆れさせた。屋根の上から見下ろすオルティシエは、本当に美しい・・・。3人はしばしその上で、眺めに見入る。

帰りに3人は上機嫌のまま、食堂による。ちょうどそこにトラヴィスが居合わせたので、ノクトは、事の次第を伝えることができた。

トラヴィスは、ちょっと驚いた顔をして、しかし、アラネアが機嫌よくしているのみて安堵していた。

「・・・それは、よかったです。私のほうも物資の準備はだいたい整いました。明日、お引渡しをするとして、明後日には発てますが、どうしますか?」

「気が変わらないうちがいいだろうな。急がせてすまないが」

「構いませんよ」

こうして、あっさりと、出発は二日後と決まった。

「あーちゃん、トラヴィスさんと出発するの、あと2回寝たらだよ。」

「うん、わかった!」

アラネアは元気よく手を上げて答えた。

「・・・それと、もし可能なら、王都に連絡を取りたいんだが、ハンター協会の通信機を使わせてもらえるか?」

「ああ・・・そらなら、大丈夫です。協会本部はよく知ってますので。明日、連絡を取りましょうか。表向きはルシスのハンター協会が通信機を管理していますが・・・王都の関係者とも連携しているって聞いてます」

「え、ノクト、それって・・・」

「ああ、とりあえず、トラヴィスとアラネアのことを伝えられるんだったら、それがいいだろ?」

「そうね・・・ま、ノクトがいいなら」

「いや、お前が話せよ」

「え、オレ?!」

プロンプトは、慌てふためいた。

翌朝、アラネアをデイジーに預けてハンター協会へ集合することで話はまとまった。出発前の最後の打ち合わせを大人だけでする予定だ。これで・・・肩の荷が下りるな。ノクトは、心から安堵していた。


朝になって事情を聞いていたデイジーが、はやめに帰ってきてみんなでパーティーにしましょうね、と言って、アラネアとご機嫌ででかけていった。ノクトとプロンプトは自分たちの出発も気にしながら、なんとなく部屋の中を片付けて、そしてハンター協会へ向かった。トラヴィスはすでに協会で二人を待ち受けていた。

「では、通信機は裏の事務所のほうにありますんで・・・」

トラヴィスは勝手がわかっているようで、二人をカウンター奥の扉から中へと誘導した。

裏の事務所は、意外と広いスペースで、でかい通信機のほかに、作戦会議を開くための大きなテーブル、それから泊り込みのための簡易ベッドが数台、非常用の武器・工具・食料などの倉庫・・・など、なかなか備えられていた。

でかい通信機の前には、すでに、通信技師であるハンターの一人が操作盤の前で待機しており、ルシスとの交信は始まっているように見えた。

「-あ、お見えになりましたよ」

と、通信技師は、通信先の相手に伝えていた。

トラヴィスは技師の隣の席について、慣れた手つきでヘッドフォンを装着し、マイクに向かって話し始めた。

「-お待たせしました。ハンターのトラヴィスです。どうぞ」

「-ああ、問題ない。こちらは、王都のグラディオラス。ルシスから渡ったハンターからの用件だと聞いたが?」

プロンプトとノクトは、通信機から聞こえてきた懐かしい声に、驚いて顔を見合わせる。プロンプトは笑っているが・・・ノクトは笑えずにいる。

「-ええ、そうです。ご用件をお伝えします。明日、オルティシエより、私、トラヴィスが、戦災孤児のアラネア、推定10歳未満-と、ガーディナに渡航します。孤児は、もとはガーディナで保護されたので、ルシスでの保護を希望します。ガーディナから車でレスタルムへ向かう予定ですが・・・車はまだ、ガーディナにありますか?」

「-ああ、車はわざわざ整備しておいてあるぜ。で、戦災孤児なんて、なんでまた、オルティシエまで連れて行ったんだ?」

「-ええと・・・」

トラヴィスが困った顔して、ノクトたちのほうを見る。ノクトは、取り合うな、という顔で、首を振る。

「-すみません、理由はちょっと・・・」

通信機の向こうで、笑い声がする。

「-たく、悪いな、トラヴィス。あんたに愚痴っても仕方がない。そこに、ルシスから渡ったハンターってのは、いないのか?」

「-え?!」

真面目なトラヴィスは、うまく取り繕うことができなくて、思わず上ずった声をだしていた。ノクトは、顔を引きつらせながらプロンプトの背中を押した。

「え、オレ?!」

プロンプトは、ノクトに押されるまま、トラヴィスに変わって、その席に着いた。

「-え、えー?これでいいのかな?あ、大丈夫?そう。えええと、こちらオルティシエのプロンプトでーす!」

「-プロンプトでーす、じゃねえ、ばかやろ!心配かけやがって!!」

「-うわ、ごめん、グラディオ!おひさー!元気?!」

「-なにのん気なこと言ってやがんだ」

と、言いつつ、グラディオの声は嬉しそうだった。

「-ごめん、心配させて・・・でも、みんな元気だよ!ええと、た、タルコット?と、アラネアもね?」

「-は?誰だ?」

「-・・・それは、もうひとりのルシスのハンターがタルコットで、ええと、ガーディナで保護した子どもがアラネア、あーちゃんだよ」

「-はーん・・・」

とグラディオは、ノクトが仮名を使っていることを察したようだった。

「-で、そのアラネアってこどもを、明日連れてくるんだな?」

「-そう。トラヴィスさんが。あーちゃんはね、元気な子なんだよ。でも、どうも一人で野生で生き延びたんだよね。少なくとも数年・・・」

「-マジかよ」

「-そうだよ!会ったらびっくりするよ!だから、よくしてあげてほしいんだ。ええと・・・タルコットをお父さんみたいに慕っててさ。って、イタっ」

ノクトは後ろからプロンプトを小突いた。

「-もう・・・ええと、だから、寂しがるとかわいそうだと思って。だから、お願い♪」

「-お前も・・・いいかげん、やめろっての、そうやって愛嬌ふるの!」

「-えへへ♪ そっちはどーなの?みんな元気?」

「-おー、まあ元気だよ。どこかの誰かさんが不在でその対応であたふたしてる以外はな」

ぐっ・・・とノクトは、また苦い顔をする。だからやなんだよ、グラディオと話すのは・・・

しかし、そこで大事な話を思い出して、ノクトはプロンプトの耳元でささやいた。

「おい・・・プロンプト。ケルカノの難民支援の要請をどうするつもりなのか、聞いてくれ・・・」

しかし、その声は、通信機のマイクがしっかり拾っていたようである。

「-おい。どっかの誰かさんのヒソヒソ声が丸聞こえだせ。聞きてぇなら、自分で聞いたらどうだ?」

グラディオの声は挑戦的であった。プロンプトは笑いながら、ノクトに交代しようと席を立ちかけたが、ノクトは首を振って、そのまま、事務所から出て行ってしまった。

「-あ・・・でていっちゃった」

「-なんだよ、逃げやがったか。情けねえな」

そんな二人の声が、背中越しに聞こえた。


ノクトは仏頂面のまま、事務所の表、カウンターの前の簡易ベンチの前で通信が終わるのを待っていた。何度かトラヴィスが招くような仕草をしたが、首を横に振って相手にしなかった。

自分でも・・・情けないと思う。しかし、今は、とても、あいつらと全うな話ができる気がしない。

はあああああ・・・と深いため息をついて、がっくりとうなだれる。

まあ、連絡が取れただけ、よしとするか・・・これで、アラネアの心配はなくなる。

間もなく通信を終えて、プロンプトとトラヴィスが事務所の奥から出てきた。協会の事務局の人間に礼をのべて、そしてノクトのところまで来る。

「ほら、終わったよ!」

プロンプトが、仕方がないんだから、という顔で、ノクトの方を叩く。

「そうか・・・アラネアの件は、うまく伝わったな」

「うん。心配すんなって。グラディオが、手をうつって。最悪、自分とこで面倒見るとまで言ってくれたよ!」

プロンプトは嬉しそうだ。

そうだな・・・グラディオが面倒を見てくれるなら、何も心配ない。

ノクトもほっとした表情を見せた。

「では、あとは物資の引渡しなどありますので・・・」

3人は、トラヴィスの部屋まで移動した。

トラヴィスは本当によく気が利く。トラヴィスの部屋へ行くと、大型のバックパックが2つ用意されていた。ルシスから持ち込んだグラディオのキャンプ用品も何とかその中に納めてくれたようだ。

「未開封のレガシーも入っています。これは、遭難したときには命綱になりますので」

そして手渡されたのは、物資を毎日どのような配分で消費するかという、事細かな指示が描かれた一覧表だ。

「始めの数日はかなり重く感じると思いますが、3日過ぎれば半分が消費されます」

なるほどな・・・ノクトは感心する。

食料のほかに薬、それから、武器はそれぞれの持分だけだが、荷物の重さを見て、余裕があれば追加する。衣服の変えはほとんど持ち得ない。緊急用・・・それは、雨にぬれて酷い寒さを凌ぐためにどうしても着替えが必要なときなど・・・に、1セットが入っているだけだ。下着は気になるなら、雨水で洗い、乾くまで荷物にぶら下げて移動する。

二人は説明を一通り聞いた後、ためしにバックパックを背負い上げてみた・・・確かに重い。しかし、ゆっくりとなら歩き続けられる重さだ。

「とにかく、早くは歩かないことです。そして休憩は定期的に、こまめに。体調が狂うと自分の体力も正確に把握できなくなります。慎重なくらいがちょうどよい」

ノクトとプロンプトは、はじめは荷物の重さに驚いたが、しかし、意外と歩き出してしまえばそれほど苦ではないことに気がついた。それもこれも、トラヴィスの絶妙な配分が効いているのだろう。

「・・・なんとかなりそうだ。ありがとう」

ノクトはあらためて礼を言う。

「なんの・・・しかし、本当に、お気をつけください。あとは・・・その場の状況判断次第です。どうかご無理なく」

トラヴィスは不安な顔を向けていた。

「信じてくれ。これでも、それなりの修羅場はくぐってきたからな」

ノクトは笑って、彼の肩を叩いた。

ノクトたちの出発は、アラネアが出発し、無事到着を確認してから、と決めた。何の問題がなければ、アラネアは早朝にオルティシエを発ち、そして、その日の夜までにはレスタルムに到着しているはずだ。翌朝の通信で、無事に到着したことを知らせる手はずになっていた。

無事を確認したノクトたちはそのまま、ケルカノに向かう。

オルティシエの日々もあとわずかか・・・

その日の夜、ノクトの部屋にデイジー、トラヴィスも訪れて、心ばかりかのパーティーとなった。料理は、プロンプトとトラヴィスが用意をした。本来、トラヴィスはもてなされる側なんだが・・・彼の性格上、仕方がない。ノクトは、ひたすら、二人のちょっとした手伝い・・・洗い物、ごみだし、買出し、それからちょっとばかりの飾りつけなど、こまごましたことを請け負った。

アラネアは大好きな人たちに囲まれて、熱を出さないかと思うくらいに興奮して喜んでいた。今日一日の、デイジーとの楽しいひと時を、他の3人に嬉しそうに話す。それから、プロンプトから思い出の写真のプレゼント。アラネアは嬉しそうに受け取る。デイジーも、見ていて少し涙ぐんでいた。

大きくなったら、また、オルティシエに遊びに来てね!

デイジーは最後にぎゅっと強くアラネアを抱きしめて、そして帰っていった。その様子を、ノクトもプロンプトも涙ぐみそうになりながら見ていた。

トラヴィスも、明日の旅が楽しいものになるように最後にアラネアとハイタッチをして、部屋へ戻った。

これでしばらくお別れか・・・また会える気もするが。

ノクトはそう思いつつ、最後の夜を同じベッドとで過ごした。アラネアは、人の子らしく、ノクトの横に寄り添って眠った。暖かい体温を感じる・・・こどもがいるって、こんな感じなのか。悪くないよな。とノクトは思う。ベッドは狭いがな・・・しかし、悪くない。

翌朝、みな興奮しているのか、いつもより早く目が覚める。日は昇ったばかりだ。天候も、問題なさそう。雲が時折流れるが、快晴だ。ノクトは、お互いの旅路の明るい希望を表しているように感じた。

昨夜用意しておいた軽い軽食をとって、3人は船着場へ向かう。ボートの整備は、すでにトラヴィスが済ましておいてくれた。3人は軽い荷物だけを持ってそこへ向かえばよかった。

トラヴィスがすぐに合流する。4人は、オルティシエに来た始めての日のように、水路のボートへ乗り込んだ。あの日と違うのは、アラネアの様子がすっかり変わっていること。今は、野生的ではあるが、しっかりと人の表情をしたアラネアが、ボートの上から相変わらず身を乗り出してノクトに叱られている。

朝日に照らされて、まだ眠っている退避区域の美しい屋根が光っている。水路が終わって、4人は階段を下りる。タイル張りの路上は、まだまだ美しい色を見せている。ついこの間、ここへたどり着いたばかりとは、とても思えなかった。オルティシエで過ごした日々は・・・あの10年前よりも、確かに濃密だった。

やがて、ノクトたちが乗りつけたボートが見えてきた。アラネアは、ボートが見えた途端に嬉しそうに駆け出した。

「ボートだ!!」

プロンプトも嬉しそうにそれを追う。

「あーちゃん、今度は、船の上でじっとしてないとダメだよ!トラヴィスさんが運転しているんだからね」

「うん、わかった!」

わかってるんだかわかってないんだか・・・ノクトは、多少不安になる。そういえば、こっち来るときに、船から落ちかけたんだよな・・・

アラネアは待ちきれずに、プロンプトにボートに乗せて貰っていた。慌てて追いかけたトラヴィスが、そのあとに続いた。その様子を見て、ノクトはすっかり安心した。

いよいよ二人が乗り込んで、出航となった。

「あーちゃん、元気でね!!!」

プロンプトが半泣きでアラネアに手を振る。

「おう、元気でな。あんまり迷惑かけんじゃねえぞ!」

「また、ノクトはそういうことを言う!!」

船の上のアラネアは、何にも聞こえてないみたいで、やたらと興奮した様子で、トラヴィスの脇で飛んだりはねたりしていた。

やがてボートは向きを変えて、水門のほうへ向かった。アラネアは、船の後端まで移動して、また、飛んだりはねたりして、手を振り続けていた。

「あーちゃん、あーちゃん!!」

もう聞こえないだろうに・・・ と思うのだが、プロンプトもまだ、声を張り上げて手を振り続けている。

見た限り、波も穏やかで、渡航するにもいい日和だった。何もかも恵まれているな・・・

すべては導かれている・・・ノクトは、古いお堂での言葉を思い出す。

導かれて順調だ・・・いよいよ明日は、自分が出発するのだな。と、気持ちのよい緊張感を感じていた。

アラネアたちのボートはみるみる遠のいて、水門のほうへ吸い寄せられていた。プロンプトがなかなかその場を去りたがらないので、仕方なくノクトも、その姿が見えるまでは付き合うつもりでいた。

いよいよ、ボートが水門をくぐる・・・と、その時、すでに小さく見えるそのアラネアの姿に、異変が起きた。何かが、ぽんっと、ボートの尾から飛び降りたように見えたのだ。

ノクトも、プロンプトも、一瞬目を疑って、そして、懸命に目を凝らした。

ボートは何事もなかったようにそのまま水門をくぐっていく・・・しかし、間違いない。ボートから落ちた何かは、水面を荒立てながら、必死にこちらへ向かってくるように見えた。

「ま、まさか、あーちゃん・・・!!!!」

プロンプトが真っ青になって叫んだ。

マジかよ!!!

ノクトも、鼓動が早くなるのを感じて、目を凝らした。遠くて・・・よく見えない・・・

アラネアは泳ぎが得意なはずだ・・・

ノクトの視界が急に遠くへひきつけられて、水門近くの情景が拡大されて見える。水面でもがいているのは、間違いなくアラネアだ。本人は、ひきつけるような恐怖の顔をしている。どうも身動きがうまく取れないように見える。

まずい・・・

ノクトの脳裏に、昔の記憶がフラッシュバックのように蘇る。

あれは・・・小学生か? 王宮内のプールだ・・・ノクトは服のままそこへ落とされた。プールサイドには側近たち・・・そこにはイグニスもいる。

ノクトはもがく・・・いつもなじんでいるプールなのに、まるで違う。体が言うことをきかない・・・

「バカ!もがくな!浮いていろ!!」

イグニスの声が響く。すぐに救命用の浮き輪が投げ込まれる。それから、側近の誰かが飛び込む水の音。

ノクトは息も絶え絶えその浮き輪に飛びついて、そして、飛び込んだ側近に誘導されて、なんとかプールサイドに上がった。イグニスは、不安な様子と、厳しい表情の両方を見せる。

「衣服を着ていると水の抵抗は数倍にもなる・・・泳ぐのは不可能だ。こういうときは、ひたすら抵抗せず、体を浮かせる。わかったか?」


あいつ、服を着たまま水に入ったことがないんだ!!!

ノクトは、さっと自分のシャツとズボンを脱ぎ捨てた。

「プロンプト、何か、つかまれるものを探して投げてくれ!!!」

ノクトは、返事を待たずに海へと飛び込んだ。夢中になって水門を目指す。アラネアが、まだ浮いているのが見える。しかし、それはまったく先ほどの場所がから移動していない。ひたすら苦しそうに足掻いているように見える。ボートは・・・気がつかずに遠のいたか。

くそ・・・こらえろ、アラネア!!

「アラネア!!」

ノクトは息継ぎの合間に叫ぶ。

「泳ぐな!浮かべ!!」

アラネアに通じたかはわからない。アラネアはアラネアで、近場につかめるものを探して、移動しようとしているように見える。しかし、恐怖からだろう、声にならない叫び声が時折聞こえてくる。

「ノクトー!!!あーちゃん!!!!」

プロンプトの不安な声も、岸から聞こえてきた。

ノクトは必死にアラネア目指して泳ぎ続けた。服を脱いだおかげで、またく問題なく動ける・・・あそこまで1kmもないだろう・・・十分泳いでいける・・・それまでアラネアが持ちこたえれば・・・

一番近い道が、一番遠い・・・ クオルテの声がまた聞こえてくる。

一番安全だと思っていたことが・・・もし、アラネアが死んでしまったら・・・

ノクトの目に涙が浮かんでいた。

死なせねえ、絶対に。

「アラネア!!!動くな!!浮いていろ!!!」

ノクトは必死に叫ぶ。叫び声が届いたのだろうか・・・それとも、アラネアの体力が尽きたのか・・・アラネアの動きが鈍くなっていた・・・

頼む!!もってくれ!!!

ノクトは必死に水を掻いた。王宮で仕込まれた水泳技術が、ノクトの体にまだ生きていた。もともとノクト自身の救命のために叩き込まれた技術であったが・・・しかし、今はイグニスのスパルタにも感謝したかった。

体が動いた。

アラネアの顔がかろうじて水面見えていた。ノクトはあと少しのところまで来ていた。しかし、次の瞬間、その顔が水面下に沈んだ。

行かせるかよ!!

ノクトは、海面下にもぐり、沈んでいくアラネアの腕を取る。アラネアの目は、半分閉じていた。

つかんだぞ・・・

ノクトは水面に上がる。その腕をつかんで。

そしてそのまま、近くに突き出た誘導灯を左手でしっかりとつかむと、アラネアを右手で引き寄せた。

「アラネア!!息をしろ!!!」

仕込まれた救命術も体が覚えていたいようだった。ノクトは乱暴にアラネアの首を引き寄せて、とにかく水面に顔を出させた。アラネアはすぐに反応して、ごぼごぼと咳き込みながら、しっかりとノクトの首にしがみついた。

そして

「--------ノクト!!!!ノクトォーーーーーー!!!!」

わああああああああ!!!!とアラネアは泣き出す。それこそ、小さいこどものように。

ノクトはほっとした。泣く元気がありゃ、心配ないわ・・・。

落ち着いて、水門のほうを見ると、シドのボートは、はるかに遠く、オルティシエの入り口を出て行こうとしているところだった。



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