Chapter17.10 真(まこと)の強さ

ノクトはもはや報酬など吹き飛ぶかと思ったが、ハンター協会は、約束より多めの報酬を支払ってくれた。

「実際あそこ、お手上げだったんだよね。大きな声じゃ言えないが、ちょっと乱暴なことでもしないと無理だと思ってたから、無茶やって貰って助かったよ」

駆けつけてくれたハンターは、オルティシエに残っているうちでは一番の熟練だったようだ。名をヴォークと言った。みなの兄貴分なのだろう。通りすがる人々が彼に、うれしそうに声をかけるのを見た。彼は、カウンター越しに親しげな笑みを向けながら、報酬の入った封筒を手渡してくれた。

「・・・いや、しかし、迷惑をかけた」

ノクトは素直に頭を下げた。

「気にすんな。一応、伝えておくが、オルティシエの各地区は火気による攻撃は厳禁だな。水に囲われている割に建物が隣接しているから延焼はしやすいんだ」

「そう・・・ですよね。はははは。面目ない・・・」

発案者のプロンプトはすっかりしょげている。

「あんたら、車が欲しいんだって?」

「ああ!もしかして、当てがあるか?」

「いや・・・」

ヴォークはすまなそうな顔をした。

「さすがに車はね・・・。まあ、車だけじゃないが、今、このご時勢、お金であっても手に入らないものが五万とあるね。金が物言うのは平和な時代だけだな。ほかにも、武器・弾薬、建設資材、薬なんかも手に入りにくい。車以外だったらなんとか融通を利かせられると思うから、必要なものがあったら相談してくれ」

「ああ、それは助かる」

ノクトたちは協会を出た。外は日が傾き始めていた。

「あぶなかったねー!」

外に出たとたん、プロンプトが言う。

「ヴォークさんがいい人でよかった!かっこいいな、ああいう、いかにも熟練したハンターって雰囲気?」

「おお。デイブを思い出すな。そいや、デイブは元気なのか?」

「うん、元気だよ。でもさ・・・闇になっちゃってから、ドッグタグの回収なんて追いつかない感じで、しばらくやってないんじゃないかなぁ」

「ハンターの行方不明者、多いんだろうな」

「そうだね・・・」

それからプロンプトはまたしゅんと落ち込んだ感じになって、下を向いた。

「今日は、なんだかごめん・・・。オレ、いいアイデアだと思ったんだけど」

「なんだよ、そんなことで落ち込むなよ。オレはお前のアイデア頼みだったからな。実際、掃討できたんだからよかったじゃねぇか」

「・・・うん、結果的にはね。でも、イグニスだったらどうすんだろうって。オレ、とても火炎瓶なしでノクトを助けられなかったし」

ノクトも、目の前にシーデビルが迫ったとき、こういうタイミングでグラディオが敵の前に割って入るよな、と思った瞬間があった。知恵と力・・・確かに、あの二人に及ばない自分たちの姿がある。

「ま、オレらはオレらなりに前向いて歩いてくしかねえな。いない連中を恋しがっても仕方ないし、ましてや真似しようにもできねぇ。それに・・・」

ノクトは一瞬迷って、しかし、続けた。

「・・・お前よか、オレのほうが、ずっとカッコ悪い」

そして、ふうううとため息をつく。

ノクトが一番強いよね! 10年前の、プロンプトの無邪気な声が蘇る。

「え?!ノクト!マジ、それ、落ち込んでんの?!」

プロンプトは、ぷぷぷぷぷ、と噴出して、そして遠慮なくゲラゲラ笑いながらノクトの肩を叩いた。なんだよ・・・人が、せっかく気を使ったのに・・・ノクトはぶすくれる。

「らしくないじゃん、そういうの!いつも、オレが一番!って顔してたのにさぁ」

「はあ?!してねーし!」

「してたよー!超えらそーだったし!で、も。オレはノクトのそういうとこが、好きなの♡」

「は?!ばかっ、変なこと言うな!」

ノクトは顔を真っ赤にして、あたりを見回す。プロンプトは時々ドキッとさせる。まだこの歳でも童顔なのが、余計始末が悪い。

「何焦ってんのー!うわー、ノクトかわいいっ!もしかして、惚れそうになった?」

「お前な、誤解されるからやめろっての!」

いつからオレはいじられキャラになったんだ・・・ノクトは、腑に落ちない。ボケキャラはプロンプトの役回りだったはずだが。

「でもさー」

とプロンプトは笑うのをやめて

「オレ、いまでもノクト最強って思っているよ。すげーよ、ノクト」

「は?何がだよ」

「すげーよ、この10年誰も思っても見なかったルーナ様のご存命を信じてさ。この混乱の中で、誰よりも早く海を渡っちゃってさ。ごめん、オレ、はじめはルーナ様のこと、ぴん、こなかったんだ。でも、今では、ほんと、生きてるかもしれないって、思えてきて・・・そんなこと、信じる人がいなかったら、絶対にわからなかったことじゃない?だから、すごいなって」

ノクトは、そんなこと、褒められたことだろうか・・・と思ったが、プロンプトが真剣なので、何も言えなかった。オレは、単に自分のわがままだと思っているんだが。

「あら、お帰り、早かったわね」

と声がして、見てみると、子守を引き受けてくれたハンターのデイジーが、アラネアを連れてくるところだった。

「今度は成功した?なんとかなったの?」

「んー、まあ、結果オーライな感じ?」

プロンプトはどきまぎしながら、取り繕う。デイジーはなかなかの曲線美の持ち主だ。若干、歳は上をいっていると思うが、まあまあの美人だろう。

相変わらず、わかりやすいな・・・

ノクトは苦笑しながら相方の反応を見ている。

「助かったわ、ほら、約束の報酬だ」

ノクトは封筒を手渡す。

「え?」

と、デイジーは、予想より分厚い封筒を受け取って戸惑った。慌てて中をのぞくと、約束より明らかに数が多い。

「ちょっと、これ何よ。約束と違う、受け取れないわ」

「討伐の報酬が跳ね上がったんだ。だから、報酬の2割・・・約束どおりだろ」

ノクトは、今朝はけち臭いことを行ってプロンプトにしかられたことも忘れたように、ドヤ顔だった。

「ええ、そうなの?・・・じゃあ、わかった、こうしましょう。これから好きなだけ子守をするわよ。怪我が治るまで1週間くらいあるし、その間だったら」

「いいのか?」

「いいわよ、ね、あーちゃんとも仲良くなったしね♪」

とアラネアのほうを見る。アラネアも、満面の笑みで、異議はないようだ。

「それは助かるよ」

「あーちゃん、よかったね♪」

「うん!」

プロンプトは名残惜しそうにしていたが、デイジーとはその場で別れた。

その夜、3人は食卓を囲みながら一日の出来事を話し合った。

「こーーーんな大きな口をした怪獣がさ、20匹、いや、30匹はいたね!!」

プロンプトが大げさに身振り手振りをして討伐の瞬間を再現する。

「ノクトが食べられそうになってさぁ、それで、オレは火炎瓶で応戦したわけ」

「食べられそうになってねーから!」

ゲラゲラ笑いながら、ノクトもちゃちゃを入れる。アラネアも、きゃっきゃっと喜びながら、足をばたつかせている。

「で、やっつけたの?」

「やっつけた、やっつけた!最後はみんな丸こげになったんだよ!」

「へー!うまかったか?!」

「いや・・・食べなかったけどね・・・えっ?シーデビルってもしかして美味しいのかな?!もって帰ってくればよかった?」

「知るかよ。今度試してみるか。ところで、アラネアは、デイジーと何して遊んでたんだ?」

「デイジーはすごいぞ!」

と、アラネアは鼻息が荒く、興奮した様子で椅子の上に立ち上がった。

「デイジーはね、こうやって、くるんって飛べるんだ!」

と、体をねじまげて、いかにも空中で回転するように身振りをして見せる。

「へえ、そりゃすげーな」

「あとなー、どこでも上れる!競争したけど、勝てなかった!」

「どこでもって・・・どこを上ったんだ?」

「ええと、岩?落ちても海だから大丈夫って言ってた」

プロンプトとノクトは、顔を見合わせて黙った。

おい・・・何の遊びだ、それは?

「あとなー、こう、剣をなあ、ばばばって、投げて!どばどばどばって、刺さるんだよ!!かっこいいんだ!これで、怪獣をやっつけたんだって!」

何に刺したんだ・・・?

ちょっと聞くのが怖くなる。

「・・・なるほど!!」

とプロンプトが、納得したように手を打つ。

「デイジーとあーちゃんは似たもの同士だな!きっと、あーちゃん、大きくなったらデイジーみたいになるよ!」

「ほんとか!あーちゃん、デイジーみたいになる!」

アラネアは椅子の上で飛び跳ねて喜んだ。

「ノクト、明日はまた、フラン地区へ行くんだよね」

「ああ、そうだな。お前も、デイジーにアラネアを預けて、撮影にいってこいよ」

「んー・・・」

とプロンプトはちょっと考えて

「デイジーと一緒にあーちゃんをみてようかなぁ・・・」

と下心見え見えなことを呟いた。

朝になってアラネアはデイジーに預けられた。プロンプトは、迷った様子でいたが、結局、言い出せなかったのだろう・・・自分も用があるから、といって、アラネアとデイジーを見送った。

そりゃ、子守にくっついていくなんて不自然だよな・・・ノクトは横で見ながら苦笑する。

「はあああ」

と気落ちしたプロンプトだが、しっかり撮影機材は用意しているようだ。きっと、あとでなんだかんだと口実を作って、二人に合流するのだろう。

「じゃあ、オレ、言ってくるわ。適当にその辺ぶらぶらしてぇ」

「おう。オレも夜までには戻るわ」

「うん、気をつけてね!」

プロンプトはノクトを置いて、どこへ行こうかとふらふらしながら道を進んでいった。

さて・・・。

ノクトは、フラン地区へ行く前にトラヴィスに会いに行くつもりだった。昨日の夜、声をかけておいたので、トラヴィスは自宅で待っていてくれた。

「悪いな、時間をとらせて」

「いえいえ!さあ、どうぞ!」

前回来た時より、明らかに清掃されてきれいになっていた。どうしても、気を使わずにはいられないのだろう・・・。

二人は小さなテーブルに向かい合わせに座った。いつの間にか、客用の椅子も手に入れたようだった。テーブルには、入れたてのコーヒーが用意されていた。

「おい、トラヴィス、あんまり気を使うなよ」

ノクトが苦笑して言う。

「・・・すみません。性格なもんですから。どうぞ気にしないでやって下さい」

「そうか・・・」

コーヒーは朝食のときに飲んできたので特に欲しいとも思わなかったが、ノクトは、一応、感謝を示そうと、一口飲んで見せた。

「さて、相談なんだが」

「はい!」

トラヴィスは緊張した面持ちで、しかし若干うれしそうに身を乗り出す。

「オレはハンターとしてはかけだしだ。熟練のハンターであるあんたのアドバイスが欲しい。サルヴァンの行方がわかったんだ。あまり、詳細は言えないんだが・・・しかし、その場所までは、オレの推定では徒歩で3,4日はかかる」

「だいだいの位置とか、距離も・・・お教えいただくのは難しいでしょうか?」

トラヴィスは遠慮がちに聞く。

「・・・そうだな。あんたのことは信用しているよ」

ノクトは地図を広げて、まだ詳しいことはこれからなんだが、と言って、およそ聞いたところからノクトが予測をつけたあたりを示した。

「・・・ここですか。人里からはかなり離れていますね。」

「まあ、人里だって、今は、廃墟しかないだろうけどな」

「そうですね・・・ええ、まあ、徒歩で3,4日というのは、間違っていないと思います。ただ、道がどこまでそのまま使えるか・・・そこは予想が付かないです」

「4日分の物資を持って、徒歩でキャンプしながら3,4日の工程・・・男二人ならなんとかなりそうか?」

「いえ、物資が4日分では不十分です。徒歩、しかも補給がないことを前提とするなら・・・物資は、予想される工程の倍は必要になります。4日分、仮にもし、なんらかの事由で目的地にたどり着けなかった場合、その時はもと来た道を4日で引き返します。ここは、間違えてはいけません。生きてこそ、です。生きていればもう一度挑戦できますが、闇雲に進めばそれまでです。」

「つまり・・・8日分の物資を持って、4日間進み続ける。そういうこことか」

「そうです。しかし、大の男なら、8日分の物資は持ち運びできます。かなり限られたものになりますが・・・特に水が重いですからね。1日に摂取する水分と食料は、計画的にしないといけません。場合によっては採集も可能かもしれませんが、採集すればそれだけ日程が狂いますから、それはそれで要注意です。それと、当然、武器も必要ですよ。今、安全を保障できる地域は、アコルドの外にはありません。」

「そうだな・・・。それで、プロのあんたに、必要な物資の調達を頼めるか?資金は用意できたんだ」

と言って、ノクトは昨日受け取ったばかりの討伐の報酬をトラヴィスに渡した。

「・・・これは、十分すぎますが、余剰分は後でお返しすればいいか・・・わかりました。用意をします。1、2日いただければ」

「ああ、頼む」

「しかし、そうすると、アラネアちゃんは・・・」

「それなんだが」

と、ノクトは、難しい顔をして、しばし、言葉を選んで押し黙った。

「さすがにアラネアは連れて行けない」

「そうでしょうね・・・」

トラヴィスも暗い顔をする。

「・・・アラネアを引き取ってくれるようなところを知らないか?」

ノクトは、迷いながら言葉を選んだ。

「ここでは戦災孤児はどうしているんだ?」

「ええ・・・オルティシエの中にも、戦災孤児のための施設はあります。昔はほとんどが、聖務庁の慈善事業としての運営だったのですが、今は追いつかなくて、個人や、ハンター協会が関係することころもありますが・・・正直、難民のこどもたちがあふれかえっていて・・・収容所のような状態です。できれば、アラネアちゃんは・・・」

「・・・そうだな」

ノクトも、うなだれる。

「そうですね・・・たとえばですが、私が、ルシスまで連れて帰るのはどうでしょうか?」

え、とノクトは、顔を上げる。そうか、その手があったか。

「そういえば、オレたちが乗ってきたボートがあるな。」

「ええ、それをお貸しいただければ。彼女は、ルシスの生まれですし、万が一にも親族が生き残っていないとも限りませんから、きっと、ルシスで暮らすほうがよいでしょう」

「そうだな。ガーディナに、たぶん車もそのままになっている。そこからレスタルムまで行けば、知り合いもいる。対応してくれるはずだ。トラヴィス・・・頼めるか?」

「ええ、もちろん。私も、可能ならルシスに帰国したいと思っていたんです。それがこんなに早く叶うとは・・・でも」

と、顔を曇らせて「アラネアちゃんが、納得するかどうか・・・」

ノクトも、ため息をつく。

「それは・・・オレと、プロンプトでなんとか話してみる。あいつも、あんたのことは好きだし、聞いてくれると思う。レスタルムにはオレの親友もいる。面倒見のいい連中だ。きっとかわいがってくれると思う」

「・・・わかりました。では、物資のほうはお任せください。なるべく早く、準備しますので」

ノクトは、トラヴィスの部屋を後にして、フラン地区へ向かった。一番気が重かったアラネアの件がなんとかなりそうなので、俄然足取りが軽くなった。オルティシエの平穏な生活は、この旅の険しさを忘れさせるものだったが、いずれは、向き合わなければならない問題なのだ。今まで、なんとなくプロンプトもその話題を避けているように見えた。

プロンプトも、かわいがっていたからな・・・寂しがるとは思うが。

しかし、レスタルムに連れて行くとなれば、彼も反対しまい。

めずらしく、空が曇り始めていた。太陽が世界に戻ってから、初めての曇り空だろうか。そろそろ乾いた大地に恵みの雨があってもいいのかもしれない。傘は持っていないが・・・まあ、降り出したらそれまでのことだ。

ノクトは気にもせずに、そのまま、古いお堂へと向かう。

「おい、あんた」

お堂へ入ろうとしたとき、後ろから声をかけられる。振り向けば、地区長のロメオが、相変わらずしかめっ面して事務所の前に立っていた。ノクトが来るのを待ち受けていたんだろう。

「あとでかまわないんだが、事務所にも寄ってもらえるか。ちょっと聞いておきたいことがある」

「わかった。帰りに寄らせて貰うわ」

ノクトは、その重いお堂の扉に、手をかけた。今は、閉ざされた扉ではなく、どっしりと自分を迎えいれてくれる扉だ。先日、あけ方のコツを教えて貰った。慣れない人間にはなかなか開けられないらしい。単なる力の問題ではない。事実、腕の細い女性が開けるのも見た。扉は抵抗せずに重さにしたがって、それを受け入れるように引く・・・ノクトには、その謎めいた説明が、なんとなくだがわかるような気がした。

・・・吸い寄せられるように扉が、自分の重さでその口をあける。ノクトは、中に入った。

中には、先日の老婆と付き添いの娘、それから、威風堂々とした老紳士-この地区の名士だろうか?-の3名が待ち受けていた。老婆は名を、クオルテと言った。その老婆と、付き添いの娘アニータは、血の繋がりはないらしいが、家族同様に暮らしているらしい。そこまでが、先日の訪問で聞きえたことだ。

「ノクティス様、ご足労頂ありがとうございます」

クオルテは、前回同様、慇懃な態度でノクトを迎え入れた。

「こちらは、表向きではございませんが・・・この地区の目付け役です。名を、マニウスと申します」

「ノクティス陛下、ご挨拶が遅れました。先日はお顔も出せずにご無礼をいたしました」

「いや、構わんさ」

いかにも厳格で、格式を重んじるような様子に、ノクトは少しばかり気後れした。

「私めの怪しい記憶より、マニウスより説明をさせていただくほうが安心かと思いましたので・・・この者をお連れした次第でございます」

「そうか、それは助かる・・・では、早速で悪いが、詳しい場所を聞かせて貰えるか」

「ええ、よいでしょう」

マニウス老は、その太い眉毛の下が、ぎらぎらした目を見開いて、ノクトの顔を真っ直ぐに見た。ノクトは、反射的に身構えてしまった。

「陛下、その前にまずお断りしたい。このクオルテが先にしたことは、本来であれば我らの教えの背徳になる。いえ・・・何も、貴方様と彼女を責めるつもりではありません。昨日、我らの集落で同志が集まり、ことの次第を話し合いました。もちろん、背徳は背徳だが・・・今は、集落は貴方を支持しております。だた・・・支持をしましても、これは我らの信仰とは異なることにございます。我らは、神凪とルシス王家を信仰に関係する方々としてお慕い申し上げてはきましたが、我らの信仰の対象は、神凪とルシス王家そのものではないのです」

クオルテは、優しい目を祭壇のほうへむけて、そっと言い添えた。

「あちらにおわしますのが我らの神でございます、ノクティス様」

ノクトは、クオルテの目線の先に鎮座する、古い石像のほうを見た。今日も、淡い蝋燭の光の中に照らされて、形が判然としなかった。男であるのか女であるのか、人であるのかも。

「・・・あなた方の神は、なんというんだ?」

「名はございません」

クオルテは静かに言った。

「名は隠されているのです、陛下」

マニウス老が厳格につけ加える。

「我らの神は、名を隠された神でございます。我々も生涯その名をお聞きすることは叶いませぬ」

ノクトは、不思議な顔をして、もう一度その石像を見る。信仰厚い者たちの中にあって、名を隠された神・・・彼らは生涯、信仰する神の名を知ることなく、崇め続けるのだろうか。信仰とはそういうものなのか。ずっと、神話とともに生きてきたはずのノクトにも、つかみどころのない感じがする。

「・・・あなた方の御慈悲に感謝する。決して、その秘密は外へは漏らさないと誓う」

ノクトは改めて、二人の老人のほうを向き、そして、頭を下げた。

「ご理解を賜りありがとうございます。では、お教えしましょう。これは古い伝承に過ぎない・・・また、ユハ様の言動から推測されることだけです。それでも、よろしいですね」

「ああ、頼む」

そして、マニウス老は、ノクトの持ってきた地図に向き合った。折りしも、雨音が静かにお堂の中に響いてきた。降り始めたか・・・

蝋燭の火が、気温の変化に反応したのか、さっと一瞬揺れた。お堂は、もともとあった静寂から、雨音に支配される別の静寂へと、移り変わった。そこに、また別の顔があるかのようだった。

ノクトは雨音を確かめるようにしばし、天井を見上げるそぶりをしたが、やがて、地図へまた視線を戻した。

「降り始めたようでございますね」

マニウス老は、ノクトの様子に息を合わせるようにして声をかけてくれた。

「さて・・・伝承によりますと、それは、テネブラエから南東、タガニア山脈の山肌に囲まれた谷間にあるとされています。人里離れた未開の地に、忽然と現れる守られた土地があるそうでございます。ユハ様はケルカノから車で出発されています。帝国の目を避けるために、鉄道からは外れた道で、目的地へ向うと、聞いた者がおります」

「というと・・・このあたりか」

テネブラエから南東と言っても、タガニア山脈は南北に長く連なる山脈だ。地図上では簡単にしるしをつけられるが、当てもなく彷徨うにはかなりの範囲がある。

「何か、目印とか・・・隠された道とか・・・伝承に残るものはないか?」

マニウス老は困った顔をした。

「彼らは、ずっと車で向ったのだろうか。それとも途中で乗り捨てる可能性は・・・?」

「どうでしょうか・・・車は、幌つきのトラックです」

「トラック・・・」

「ええ。それに、寝具などが運び込まれたようです。車で寝泊りをすることを想定したんでしょうな。徒歩での装備はあまりなかったと聞いています。近くまで車両で近づけられるのでは・・・」

ノクトは、地図をにらんだ。もっと詳細な地図が手に入れば、山脈を通る道など限定できるはず・・・

「このあたりの、もっと詳細な地図があればいいんだが」

「あいにく、こちらには・・・ハンター協会のほうにお尋ねになってみてはいかがでしょうか。」

「だな。わかった。ありがとう」

ノクトは一瞬腰を浮かしかかったが、しかし、最後のダメ押しを、と思ってとどまった。

「ほかにも、何か手がかりになりそうなものがあれば、なんでもいいんだが」

マニウス老は黙ったが、クオルテが口を開いた。

「お役に立つかどうかわかりませんが・・・かの地を歌った古い詩がございます」

そして、クオルテは悲しげな旋律で歌うように、詩を読み上げた。詩はあまりにも古い言い回しで難解であったが、その意味を聞くとおおよそ、このような内容だった。


人々が忘れた隠された場所に、安住の地ある。

忘れよ、さすればその地は守られる。

東より日の昇るとき、刃の先がその地を明るみにする。

しかし、許されざるものは彷徨うのみ。

その地を望むならすべてを忘れ去り、帰り道を置き去りにして進め。

さすれば、死、もしくは、その地への入り口が開かれる。


ぞっとしねえな。正直、ノクトはそう思った。どう解釈しても訪問客を歓迎しないように聞こえる。しかし、東より日の昇るとき、刃の先がその地を明るみにする、という一文は、その場所を特定する秘密があるのだろう。山脈に近づいて、その形を見えれば、わかるのかもしれない・・・。

ノクトは考えをめぐらせながら、地図の余白におよその意味を書き取った。

「ノクティス様、すぐに発つおつもりですか」

クオルテはたずねた。

「ああ・・・なるべく早く発ちたい。準備が出来次第・・・おそらく、数日のうちだろう」

「あの子どもは、どうなるおつもりで?」

アラネアのことを心配しているのだろう。

「あいつなら大丈夫だ。ハンターに頼んで、ルシスに連れて帰って貰うことになった。あっちが、あいつにとっても生まれ故郷だからな」

「そうですか・・・」

なぜかクオルテの声は沈んでいた。

「正しいご判断なのでしょう」

「ああ・・・徒歩の厳しい旅になるからな」

クオルテはしばし、目を閉じて何事かを思案していた。それから、そっとまた優しい眼差しをノクトに向けて、意味ありげに微笑んでいた。

「ノクティス様、一番弱いものが、真の意味でもっとも強く、一番に人の世話を焼かせるものが、真の意味でもっとも人を助ける 一番手間のかかる道こそ、真実へ近づく道である・・・我々の信仰の中に、そのような戒めがございます。これはこの婆の勝手な想像でございますが、貴方様は、あの子に導かれてこの地にたどり着いたのではございませんか?何か、偶然とは思えない出来事が、あの子との出会いによって起きたのでは?」

さあ、思い返してみて、というように、クオルテの目がノクトを促していた。ノクトは、この奇妙な問いかけに、戸惑いながら、この1,2週間の記憶を思い返してみた。心なしか、雨音が強くなってきたように感じる。

まあ、強いてそう思えば・・・アラネアの足止めのおかげで、王都から通信が入り、トラヴィスが絶妙なタイミングでノクトたちを出迎えた。そうでなければ少なくともあの廃墟で、あてもなく一晩を過ごしたが、早々とあきらめて引きかえした可能性もないとは言えない。

そういえば、トラヴィスを探し当てたのもアラネアだったな・・・

あとは、なんだろう。アラネアのおかげで、注目はされたが人々から警戒されずに行動ができた面がある。

そうか・・・神官クラムが神殿に向うのを見つけられたのは、アラネアの追いかけっこの最中だった。もちろん、トラヴィスも聞きつけてはいたが。

アラネアが熱を出して、プロンプトが風邪をうつされて・・・そうだった、それもこのフラン地区で、図らずも自分の正体を知らしめることになったのは、あいつのおかげか。

そういう見方をすれば、不思議な導きの中にあるように思える。もちろん、アラネアだけではないだろう。プロンプトや、トラヴィスや、この短い期間の間にたくさんの人間に出会って、それらがすべてノクトをルーナの元へと導いているようにも見える・・・

「すべては導きか・・・」

ノクトは、感慨深げに呟いた。

「そう、すべてはお導き・・・貴方様がどのようなご判断をされるか、口を出すおつもりはございません。ただ、もっとも正しく思える判断がいつも正しいとは限らない。最後はご自身のお心にお聞きくださいませ」

老婆は、先日と同じようにやさしくノクトの手を握った。

「・・・わかった。心に留めておく」

ノクトは、親しい親戚のようにその手を握り返して、微笑んだ。


お堂を出ると、事務所からロメオが顔をのぞかせて、待ち受けているのが見えた。雨は心配したほどの降りではなかった。お堂の中ではよほど響くのであろう。ノクトは、さっと飛び出して、事務所まで駆け込んだ。

「悪いね、雨の中。あとで、そこの傘を貸してやるよ」

だったら、迎えに来ても良さそうだがな・・・とノクトは思いながら、苦笑する。なんだか食えないやつだ。

事務所は、今日はロメオ一人のようだった。彼はこの雨の、少し冷えた空気の中で、やはり袖のない服から腕をむき出していた。

「べつにいいさ。で、何のようだ?」

「ああ・・・老人連中の話は終わったんだろ?こっちはこっちで、整理しておきたくってな。ルシスの状況を知りたいんだが」

この集落は、政治上の世話役と信仰上の世話役では、役回りが違うんだろう。ロメオは淡白な態度で、ノクトに必要な情報提供を求めていた。

「ルシスの政府は、機能しているのか?」

「ああ。オレも詳しく把握する前にあっちを出ちまったからよくわからんが、少なくとも、王家ゆかりの人間が一緒になってやってるってのは聞いてる。アコルド政府ほど不穏な動きはないな」

「そうか・・・なら、いいんだ」

ロメオはほっと、ため息をついた。

「先日は悪かったよ。俺らも、警戒してたもんでね。何せ、アコルドがこのざまだ。カメリアさんにはもうちょっとがんばって貰いたかったんだが、もとよりこの集落はアコルドにはあまり影響力がないから、どうにも手が出せなくてな。ルシスもせいぜい、帝国貴族にやられちまったんじゃないかって思ってたよ」

「あんたらの信仰は・・・帝国に何か関係でもあるのか?」

ロメオは、いいにくそうな顔をして、それから「まあ、なんというか、煽らず、飲まれず相手をしろっていうのが我々の長い間の教えでね。それも、いずれは帝国が自ら滅びるとそういう筋書きになってたからな」

「・・・そりゃ、番狂わせだったな」

「ああ、そうさ」

それから、ロメオはまた、腕組をして難しい顔をしていた。何か言いたそうな顔をしている。

「なんだよ、何かほかにも聞きたいことがあるのか?」

「ああ・・・」

ロメオは決意した顔をして、ノクトを見た。

「こんなことを言ったら、老人連中に大目玉だが・・・聞いてきて欲しいんだよ」

「・・・?誰に、何をだ?」

「あんたが行く、忘却の地さ、その大元締めだよ。伝承者の主だ。ユハ殿は当然知っているんだろうが、我々は名前すら知らない。本当にまだいるんだとしたらって話だが。我々の伝承は、実によくできた預言書さ。だから誰も信じられずにはいられない。そうやって秘密を守って、何年もこの集落が維持されてきた。しかしな・・・その預言書には終わりがある」

「つまり・・・」

「そう。あんたが闇を終わらせて、光が戻る。そこまでで終わりだ。そのあとはない。それで、すべての闇が消え去り、世界は平和になる。簡単に言うとそういう筋書きだ。その先がねえ。このあと、誰が導いてどう平和にするんだ?オレはそれが聞きてぇ」

世界はちっとも平和になりそうにない・・・彼の不満は判るような気がする。

「・・・わかったよ。それはオレも聞いてみたい。ルシス王家に伝わる神話も同じようなもんだな。話がもう終わってるんだ。オレは、死んでいたはずだしな」

「そう、それも、聞いている伝承と大きく違っていて驚いているんだ・・・この間、レギス陛下の剣を見せてもらうまではとても信じられなかったよ。この数百年、伝承がもたらされて依頼、予言がはずれたことは一度もねえって聞いてるぜ」

「そいつは悪かったな」

と、ノクトは冗談を言って笑った。ロメオは罰が悪そうな顔をして「いや、そんなつもりはねえんだが」と動揺して見せたので、意外と、このいかつい男にも、かわいいところがあるようだった。

「ところで、こっちも聞きたい。あんたたちは、お互いの秘密を守りながら伝承を守っているみたいだが・・・サルヴァン・・・ユハとは、昔からつながりがあったのか?いったい、どうやって信仰の仲間を見分けるんだ?」

ロメオはぐっと、険しい顔つきになった。

「オレを含めて、数少ないやつは知っているが・・・悪いな。そればかりは話せねぇんだ」

ノクトは腑に落ちないが・・・彼らの信仰も、できる限り尊重しなければならない。

「わかったよ。できるかぎりのことはやってみる。しかし、また、いつオルティシエに戻れるともわからないしな・・・あまり当てにしないでくれ」

「ああ、わかってる。あんたの幸運を祈るよ」

そう言って、真剣な顔で古い傘を貸してくれた。見渡した限り事務所にはひとつの傘しかなかったが、ノクトはあまりにも真剣な様子に断るのも気が引けて、ありがたく傘をもって家路に着いた。

ちょっと早いが戻るか・・・今頃、プロンプトが、デイジーといい感じにやってんのかな。邪魔したら悪いか?いや・・・早く帰って、デイジーを送って来いって言ってやろう。雨を口実にして。

それはいい考えだ。とほくそ笑んで、ノクトは足早に帰り道を進んだ。


ところが戻ってみると、部屋にはプロンプトがひとりでぽつんとたたずんでいるだけだった。

「あれ・・・アラネアは?

「うん・・・あーちゃん、今日はデイジーのところにお泊りするって・・・いいなぁ!!!」

「お前、それで拗ねてるのか・・・呆れたな」

「それだけじゃないんだ・・・」

と、プロンプトは暗い顔をする。

「デイジーさ・・・子どもがいたらしいんだ」

「既婚者か?」

「いや、ちょっと最後まで話しを聞いて!」

プロンプトが怖い顔をした。

「うん、わかった。悪い・・・」

勢いに飲まれて、ノクトはとりあえず謝る。

「子どもがいたんだけど、亡くなったんだって・・・もう何年も前みたいだけど。それもさ、彼女が仕事に出て留守だったときに・・・急な病だったみたいなんだけど。デイジーは自分を責めて、それで、結局旦那さんとも別れちゃったみたい」

プロンプトは言い終わって、また、テーブルにうっぷしてうなだれている。

「・・・で、なんで、お前が落ち込んでんの・・・?」

ノクトは恐る恐る聞く。

「はああああああ、ノクトって冷たい!!!」

そういわれてもな・・・ しかし、しばし友人に付き合うことにする。

「オレさぁ、落ち込んじゃって。あんな明るいのに、デイジー。ちっとも影なんかないじゃん。それが、こんなちっぽけなオレで、そんな大層な過去を持った彼女を支えられるのかって思ったら、なんか情けなくなっちゃって・・・」

あー、いつもの病気だな。とノクトは思う。相変わらず治ってないな、それ。

お前、まだ付き合ってもいないだろ。そもそも支えてくれって頼まれたのかよ。

ノクトは突っ込みたいのを我慢して、聞いている。

「ねえ、ノクトぉ・・・オレって、やっぱり頼りない感じ?」

「ふえ?!」

ノクトは、友人を傷つけずに場を収めるにはどうするべきかと、考えをめぐらせて、

「オレは、すっごい頼りにしてるけど?」

と言ってみた。

「そういうことじゃなくて!!女性から見て、だよ!」

知るかよっ ノクトは心の中で叫ぶ。

「プロンプト・・・女心がオレにわかると思うか?」

「はー、だよねー!確かに!!聞く相手、間違えたわ!!」

と言って、プロンプトはゲラゲラと笑い始めた。なんだよ、コイツ・・・ノクトはあっけに取られた。

「もう・・・いいから、メシにしようぜ。今日、昼食うの忘れたから、超腹減ってる」

しかし、部屋に入ったときからいやな予感がしていたが、飯の準備は何もなされていないようだ。

「面倒だから食堂行くか。アラネアもいねえし、ゆっくり食えるだろ」

「あ、待って!実はあるんだご飯。すぐあっためるからさー」

といって、プロンプトはもう機嫌が直って、いそいそと冷蔵庫をあさった。鍋が取り出されてそのまま火にかける。

「実はデイジーのうちで、みんなで作ったの♪ あ、オレ、もうあっちで食べたから、ノクト全部食べていいよー!」

「・・・そいつはどうも」

なんだよ、ついさっきまで、よろしくやってたんじゃないか・・・と思ってノクトは、呆れた。

作ってあったのは、暖かいトマトスープだ。トマトは・・・赤くない。青いトマトだ。闇の中で育ったトマトはみんなこうらしい。トマトスープは言われないとわからない青い色をしている。しかし、味に遜色はない。

「うまいな!」

「でしょ?デイジーと、オレの合作だからさ♪」

さっきまでの落ち込みは、どこへ行った?

ノクトは、噴出しそうなのをこらえながら、トマトスープと添えられたジャガイモのゆでたのをほお張った。

「で、詳しい場所はわかったの?」

「んー、まあ、彼らの知りうる限りはな。あとは、謎解きをするしかない」

と言って、ノクトはメモを書いた地図をプロンプトに手渡した。プロンプトは、ふーんん、と唸りながら、地図を眺める。

「このメモは・・・」

「古い詩だそうだ。だいたいの意味だけ聞いて書き取ってきた。場所のヒントがあるかもしれない」

「ほほおお。古い言い伝えの謎解きをするんだねぇ・・・なんかロマンあるぅ!!」

それから距離をなんとなく手で測って

「結構あるな。それで、車は何とかなりそう?」

と聞いた。

「いや、無理だな」

「無理って・・・まさか歩き?!」

プロンプトの声がひっくり返っていた。

「ああ・・・仕方がない。あちこち聞いて回ったが、いま、こっちで車を手に入れるのは至難の業らしい。いくら金を積んだとしても手に入らないそうだ」

ふへぇ・・・・と変な声を出して、プロンプトはしばし黙る。

「それだけじゃない。アコルドの外にどんな危険があるか、誰にもわからないそうだ。噂では、壊れかけの魔道兵が彷徨ってるって話もある。危険な旅になるな」

ノクトはさらっと言ってしまってから、プロンプトの反応を観察していた。プロンプトは、急に静かになって、テンションのすっかり下がってしまったようだった。

オルティシエに残りたいのかな・・・デイジーのこともあるし。

「プロンプト、もし、ここに残りたいって言うなら、それでも、いいぞ?」

ノクトは思い切って聞いてみた。

「もともと、この旅は途中までって約束だったしな。だから、オレを気にする必要はない」

「いや、違うよ。行くって。オレもここまできてさぁ、ルーナ様にお会いしたいもん。だけど・・・あーちゃんはどうするつもりなの?」

そっちか・・・

「それなんだが、トラヴィスに相談したんだ。それで、オレらが乗ってきたボートで、彼がルシスまで送り届けてくれることになった」

え!! とプロンプトは驚いた顔をして、それから、見る見る怖い目つきになった。

しまったな・・・順序を間違えたか。ノクトとしては、ルシス行きを伝えれば、プロンプトも受け取りやすいと思ってたのだが。

「・・・送り届けてくれることになったって、どういうこと?!あーちゃんにも、何にも言ってないのに、ノクトが勝手に決めちゃったの?!」

「いや・・・違うって」

ノクトは慌てる。

「つまり、そういう話がでてるってことだ。トラヴィスは、もしアラネアがOKなら、引き受けるって言ってくれたんだ」

「そう・・・」

プロンプトは、しかし、釈然としない様子だ。

「まさか、お前、連れて行けると思っていないよな。この先どんなに危険か、わかってるだろ」

「そりゃ・・・そうだけど・・・そういう問題なのかな」

プロンプトはうつむいた。

「ノクトはさ・・・あーちゃんのこと、どう思ってんの?」

ノクトは唖然とする。・・・どう答えりゃいいんだ?まるで、女性から交際を迫られている心境だ。しかも、まったく心当たりがないのに。

「どうって・・・そりゃ、かわいいとこもあると思ってるが・・・オレらだって、まだであってひとつきもたってないだろ。どうもこうもあるかよ」

「・・・ノクトって、心がないよね。そういうとこ。前から思ってたけどさぁ、ノクトは、ルーナ様以外には本当に冷たいっていうか」

なんでそうなるんだよ。ノクトは不条理な非難を受けている気がして、段々といらいらが募る。

「じゃあ、お前は一生面倒見る気でいんのか?犬や猫じゃない。こどもだぞ。暇なときに相手してやるだけじゃすまない。でかくなるまで、10年かそこら、毎日面倒を見るんだ。お前やれんのかよ?!」

プロンプトもかちんっときて、何か言い返そうとしたが、しかし、ぐっと口をへの字に結んで、何も言わなかった。

二人の間に、重い沈黙が横たわった。それは、ともすれば、二人の間に、どうしようもない亀裂を生じさせるような、そんな嫌な予感に満ちていた。

ノクトは・・・すぐに、言いすぎたと後悔に襲われる。そんな正論・・・誰だってわかっている。しかし、そんな正論の問題じゃないだろう。これは、プロンプトと、自分と、そしてアラネアの感情の問題だ。どんな選択をしても・・・きっと誰かが傷つくんだ。

ノクトは、深い呼吸をした。

「・・・悪かったプロンプト。言い過ぎた」

それから、テーブルの上で両手を組んで、苦しそうに顔を押し当てる。

「・・・オレも、よくわかんねぇが、アラネアは大事だと、思ってるわ。大してかわいがってもいねぇのにな。なんか、結構好かれてるみたいだし・・・この前、アラネアに礼を言われたときには・・・ホント、実はこいつのために命を捧げたんじゃないかな、ってマジそんなことを思った。でもな・・・」

ノクトは、覚悟した目でプロンプトを見返した。

「・・・連れていけない。この間みたいに、熱出されて、それだけでも死ぬかもな。雨風凌げるところにいつでも入れるって保証もねぇし、戦闘中に守りきれるかもわからない。こっちは二人だ。あの四人旅でも、幾度も命の危険にあってきた・・・絶対にダメだ」

プロンプトは、ノクトの目を見返せなかった。そしてすっかりうつむいてしまった。今は怒りよりも、悲しみの表情を浮かべていた。今にも泣きそうな顔だった。

「・・・ごめん、ノクト、こっちこそ。オレ、わかってたんだ。いつか連れて行けなくなるってこと。だけど・・・だけど、どっかどうしても納得いかなくって。ほんとに、生き延びることだけが子どもの幸せなのかって。オレ、今生きてること、すっごく感謝してるし、幸せだと思うよ。だけど、それと同じくらい、死んでもいいから家族と一緒にいたかったって・・・本気でそう思うときがあるんだ。ノクトは・・・どうなの?」

「・・・それは」

ノクトの脳裏に、父との最後の別れのシーンが思い出されていた。そして、ガーディナで目にしたショッキングな報道も。それだけではない・・・テネブエラで、取り残されるルーナの姿や、クリスタルに取り込まれたときの焦燥感・・・。

「・・・わかんねぇ。でもそれを言っちまったら・・・オレらを生かしてくれた連中は、どうなっちまうんだ?」

ノクトの声は少し震えていた。

プロンプトは、自分はぐっと涙をこらえているようだった。目が赤くなっていたが、ノクトの苦しそうな表情を見ていると、泣くことが憚れた。

「ごめん、そうだよね。オレ、変なこと言った」

努めて明るく言おうとした。その言葉も、少しだけ震えていた。

「あのさぁ、オレさぁ」

プロンプトはこの思い雰囲気を振り払うように大きく伸びをして、それから、大きな明るい声を出した。

「オレ、なんだか、偶然じゃないと思って。あーちゃんが、これから旅に出ようってオレらの前に突然現れてさ、これ、きっと運命だなって、そう思ったんだよね。・・・それにね。なんか、あーちゃんは、ノクトを守ってくれるんじゃないかって、そんな気がしたんだ」

ノクトは、クアルテの言葉を思い返していた。一番弱きものが、一番強い。一番世話を焼かれるものが、一番人を助ける・・・そんなんだったか。ノクトは、鼓動が早まるのを感じていた。

「・・・なんでそう思うんだ?」

「さあ、なんでかな?だけど、絶対、天から使わされたんだなって、そう思っちゃったんだよね。またほら、ゲンティアナさんか、それこそ、ルナフレーナ様に」

はっとして、ノクトは、ガーディナで見た夢のことを思い出していた。そういえば、アンブラを夢で見たんだっけ・・・酷く臭いアンブラ・・・それは啓示なのだろうか。アラネアこそ、ルーナにつながるための使いだという・・・

そこまで想像をめぐらせて、ノクトは首を振る。ロマンチックだが、しかし、飛躍しすぎている。アラネアに何か期待しようというのは、それはそれでお門違いというものだ。

「わからんこともないが・・・しかし、な」

「うん、わかってる。わかってるから・・・でも、ひとつお願いがあるんだけど」

「うん?」

「あーちゃんが納得するまでさ・・・それまで、出発を延ばしてもらえない?」

ノクトは、うっと言葉が詰まる。それは、言葉通りとれば、いつまでたっても出発できないということだ。

プロンプトはノクトが困った顔をしているのを見て、慌てて首を振った。

「もちろん、いつまでもずっと、という意味じゃないよ!だけど・・・だけど、せめて1週間とか・・・あーちゃんが納得する時間を作ってあげたいんだ。どう?」

1週間か・・・ノクトは考え込む。その時間があれば、もう、忘却の地に着いているはずだ・・・

その時、またクアルテの言葉が思い出された。一番遠回りの道が、真実への一番の近道・・・確かそんな言葉もあったはずだ。

「・・・わかった。出発は、1週間まで伸ばす。数日たって様子を見て、難しそうなときは、かわいそうだが、そっとオレたちだけで発つことになるかもしれない。それでいいよな」

プロンプトは悲しい顔に一生懸命に笑みを作って、泣き笑いみたいな表情で、頷いた。















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