Chapter17.9 身の程


ノクトはその夜、ルナフレーナの夢を見た。

青い花が咲き乱れる。これは…あの、オルティシエでの悲しい別れの続きだ。ノクトはすぐに気がつく。

悲しそうな笑みを浮かべて、少女ルーナが、ノクトの方に手を差し伸べる。

ノクトは、頭ではあの時の夢だとわかっているのに、もう一度その手にしがみつこうともがく。 …やはり届かない。 ルーナは、闇に吸い込まれるように遠ざかる。

「ルーナ!」

自分の声で目がさめる。やべ…声を出したか?

ベッドから体を起こすと、柔らかい朝の日差しがカーテンの隙間から差し込むのが見えた。よかった…アラネアも、プロンプトも、まだ眠っている。

大丈夫だ…あと少しだ、ルーナ。あと少しで、貴女に届く。

2人も間も無く目を覚ました。

プロンプトは、熱が下がりきらず、まだ、だるそうだった。

「うん、少しなら動けるよぉ」と言って朝食の準備を始める。手伝おうとするノクトを制して、アラネアの着替えを手伝うよう、言った。

ノクトは、まだまだ不器用で服を着られないアラネアに手を貸してやる。アラネアは、この数日で、骨ばった体が少しふっくらした。それに、青白い肌が少し日に焼けて、人らしい色に近づいている気がする。それでも、裸になってそのむき出しの腹を見ると、青黒い血管が波打っていて、ノクトはどきりとする。

「昨日はよく寝たから、だいぶいいよ。すぐ寝ちゃって、話が聞けなかったからさぁ」

プロンプトは、器用に3人分のベーコンエッグを作って、簡単にトマトを添えて、トーストを載せた。

「ああ、次の行く先が決まった」

ノクトは言いながら自然と笑みが浮かぶ。

「それは、昨日聞いたってぇ」

プロンプトは、可笑しそうに笑う。

「なんとかって、谷だっけ?」

「忘却の地、さ。詳しい話はまた、聞きに行くことになってる。移動手段を考えないとな…鉄道はもう動いてねぇし」

ノクトはちょっと考えて

「カメリアのところに行ってくるか…どこかで車が手に入るか、何か案があるかもな」

「行っといでよ、今日はあーちゃん見てるからさ」

プロンプトはまだしんどそうにため息をつきながら、朝食には手をつけないでいた。

「お前、食えんのか?無理すんな」

「うん…少しは食べれそう」

アラネアは、マジマジとプロンプトを見て「まだお熱だな」と、したり顔で言う。

「そうだね〜」

プロンプトは笑った。

「お前がうつしたんだろ」

「もう、ノクト!そういうこと言わないの!」

アラネアはなんのことやらわからず、2人のやり取りをにやにや嬉しそうに見ていた。

「カメリアんとこは、すぐ近くだし、じゃあ、パッと行って帰ってくるわ。アラネア、いい子にしてろよ」

ノクトは、さっと朝食をかきこむと、アラネアが食べ終わらないうちに、と思ってすぐに家を出た。 カメリアの家まで、それほどでもない。訪問するには早過ぎるだろうか…しかし、気持ちがどうしてもせいてしまう。

まあ、とりあえず行って見るか。外で待たせてもらってもいいしな。

そして顔がにやける。あのオバさんにまた、馬鹿にされるぞ。そう思っても、なかなか、顔の筋肉が言うことを聞かない。

ノクトは早々と到着したカメリアの居宅の前で、深呼吸をした。そして、なるべくしかめっ面を作りながら、戸をノックした。 数秒の間を置いて、前に見たメイドと思われる老婆が顔を出した。

「朝早くにすまない。カメリアに会いたいんだが・・・」

老婆は、愛想のない顔でちょっとうなづいてから奥へ引き込んだ。家の奥のほうで、ひそひそと小さな話声がする。やがて、扉が開かれて、老婆は無言のまま、ノクトを招き入れた。ノクトは、様子を伺いながら…このまま、居間まで進めと言うのだろう、と理解して、案内も待たずに前に通してもらった居間の扉を開けた。

カメリアは、前と同じソファに腰掛けながらお茶を飲んでいるところだった。

「おはよう。早いわね。朝が苦手だと聞いていたけれど」

早くもカメリアは、からかうような口調であった。 ノクトは、照れるのを隠すようにわざとらしく咳払いをした。

「早くから悪いな。あんたが紹介してくれた人物に会ってきた。一応、礼を言いいに来た」

「どうやら、収穫があったようね。顔がにやけてるわよ」

ふふん、と笑われて、ノクトは顔が赤くなった気がした。…かなわねぇな。

「神凪の目撃者はいなかったが…しかし、サルヴァンの行方がわかった」

「そう!彼はどこへ?」

カメリアは驚いた顔をする。

「詳しくは話せねぇんだ。政府もあんたも、今は、あの男に用はねえと思うが…構わないか?」

「そうね。いいわ。もとより、情報提供を交換条件にしたわけではないしね。おめでとう、と言っておくわ。古い友人として」

「ああ…だが、まだ問題がある。」

「何の問題?」

「ここから、かなりの距離がある。大まかにいうとテネブエラの近辺だ。そこまでどういくか、何か手はないか?」 ふふふ。と、カメリアはまた笑った。

「まだ助けてほしいというわけね」

「悪いな…できれば、車を手に入れたいんだが」

ふー、と、カメリアがため息をついて、残念そうな顔をした。

「…助けてあげたいけど、車は難しいわね。この緊急時に、貸し出せる車は、どこにもないでしょうね。ハンター協会もわずかに車を所有してるけど、難民の対応で手がいっぱいだし、まさか、政府は貴方に貸しはしないでしょう。とても危険な取り引きでもしない限り」

「鉄道は機能してないんだろ」

「ええ。貴方が乗り込んだのがほとんど最後みたいなもんよ。すぐに車両も線路も攻撃の対象になって、あらかた破壊されたわ。いずれは復興するんでしょうが、いつになるやら。」

ノクトの顔からあっという間に笑みが消える。

「ふふ。気落ちするには早いわね。まだ、車を隠し持っている個人がないとも限らないし、ダメもとでもハンター協会に掛け合って見るのね。政府の方は…おすすめしないけど。」

「…そうだな。いざとなれば、歩いても行けない距離じゃない」

ノクトは、自分で言って自分で強くうなづく。

「そうね…でも、気をつけて」

カメリアはやや不安な表情をした。

「外の状況は、よくよく、ハンター協会に聞いておく方がいい。アコルドから離れた地域がどんな状況か、誰にもわからない。でも、少なくともケルカノには大量の難民が押し寄せてる・・・そして、悪い噂も聞くわ」

「噂?」

「そう。壊れかけの魔導兵が、亡霊のように彷徨ってるってね」

「そいつは、ゾッとしねえな」

「でしょ?」

それからカメリアは、柄にもない優しい目をノクトに向けた。

「それでも行くのよね…まあ、いいわ。また、何か役に立つ話があれば教えましょう」

「ああ、頼む。助かる」

ノクトは軽く頭を下げて、カメリアの家を後にした。母が生きていたら、もしかして、あんな感じなのだろうか。ノクトには、ほとんど記憶のないことだ。なんだか不思議な感覚だった。

その後すぐに協会へ立ち寄った。

ケルカノの難民キャンプはいまや、オルティシエのハンターたちの活動の中心となっている。ハンター協会では、キャンプ地との通信が日課となっていて、詳しい情報を持っていた。昨日までにも、難民の数は多数に登った。先日、ハンター協会の要請を受け、ようやく政府も軍の増援を行なったようだが、これにグスタフも含まれているのだろう。しかし、人も支援物資もまだまだ不足しており、疲弊した人々がいつ暴徒化してもおかしくない。ハンター協会は、ルシスとも連絡を取っていて、支援を打診している。

ルシスも似たような状態だと思うが、支援は可能なんだろうか…ノクトは、イグニスの顔を思い浮かべた。我らが軍師どのは、こうしたことをすでに想定していただろう。次の手をどう打つのか。

頼むぜ…

虫が良すぎると思うが、つい、頼みにしてしまう。

多くのハンターがキャンプへ向かっており、逆にアコルド国内の依頼が捌けない状態らしい。ノクトはいくつかの依頼を引き受けた。これから、アコルドを発つまでに、必要な物資を補給するための軍資金がいる。この先は、きっと、谷に着くまでは補給はままならないだろう。

車の確保については、やはり、難しい顔をされた。

「手に入るなら、こっちも欲しいくらいなので…」

受付の者は、困惑した表情を見せた。

「すでに、アコルド市民にも呼びかけて、個人の車両の提供をお願いしています。でも、その数はわずかで…ハンター協会も、なんとか軍の車両を借りたりして対応してるんですよ。何かのついでに途中まで乗せるくらいなら、可能かもしれませんが」

「やはり、そうか…。わかった。教えてもらって助かった」

ノクトはハンター協会を出たところで、難しい顔してしばし考えに耽った。いつまでも車にこだわり続けて、いたずらに日が経つのは避けたい。フラン地区には、また、2日後に行くことになっている。それまでに目処が立たないなら、徒歩での旅を考えよう。10年前も、それなりに歩いて移動したものだ。鉄道でテネブエラまで4時間くらいだったか?途中の渓谷で、線路の上を進めれば早いが、あそこが通れないと、かなりの迂回だな…そうとしても、3、4日もあれば谷につけるだろう。

3日の徒歩の工程なら、それほど非現実的でもない。必要な物資も持って歩ける範囲だ。ハンター協会でも聞いたように、彷徨える魔導兵や、帝国の残党と鉢合わせる危険もあるが…徒歩なら帰って目立たずにやり過ごせるかもしれない。

しかし、とても、アラネアを連れてはいけまい。あるいは、プロンプトも、意思を確かめる必要がありそうだ…。

ノクトは、引き受けた依頼をこなす前に、一度自分たちの宿へ寄った。急いで回ったつもりだったが、もう昼も近くなっていた。入ると、すぐに台所からいい匂いがしてきた。

「おかえりー!」

アラネアが食器を持ったまま、ノクトを出迎える。

「偉いな、手伝いか?」

「そうだよ」

プロンプトは、まだ、若干しんどそうだが、顔色は良くなっていた。

「プロンプト、大丈夫か?」

「うん、なんとか。あーちゃんも、いい子でお絵かきしてたよね。午後はトラヴィスさんが、どっか連れて行ってくれるって。」

「そうか…じゃあ、オレは仕事に出てくるわ。いくつかハンター仕事を引き受けてきた。今、国内のハンターは、難民キャンプに出払って、人手不足だとさ」

「うん、オレはもうちょい寝かしてもらうね」

「おう、寝とけ」

ノクトは、どうしても気持ちがはやる。二人がまだ、食事を終えないうちにもう、立ち上がった。

「じゃあ、行ってくるわ」

プロンプトは、おかしそうに笑って、それを見送った。

依頼のほとんどは、採集や土木作業、ほとんど便利屋と言ってもいい日常の手伝いが中心だ。とにかく、数をこなして資金を稼ぎたい・・・ノクトは、近場から手っ取り早く回れるところから開始した。採集は、薬の材料となる植物の採集・・・なるほど、一般市民では手に届きにくい崖下、退避区域の崩壊した建物の側・・・などだ。これはハンター協会からの直接の依頼。薬をすでに二人分消費しているノクトたちにとっては、報酬が低くてもやっておかないといけない案件だ。

稼ぎがいいのは、少し危険の伴う土木作業。驚いたことに、退避区域の復興をにらんで早くも建設作業が始まっていた。問題なのは、危険なほど崩壊した地域の実地調査と、この10年の間に住み着いてしまった危険な野獣の駆除だ。海辺では、海の生き物を餌としていたのか、割と大型の野獣も生き残っていた。闘技場のあるエリアの東側、もともと造船場だったところにシーデビルが入り込んでいるらしい。

シーデビルか・・・2,3体らしいし、ひとりでなんとかなるか。荒野に出る前に、魔法なしでの戦い方も感覚をつかんでおきたいしな

退避区域への水路は、先日ほどの賑わいはなかった。許可証なしではわたれない、とようやく市民に浸透したのか、それとも、一過性の流行だったのか。ノクトはほっとして、ハンター協会で発行された許可証を見せ、ボートに乗り込んだ。

「はやく、あの美しいゴンドラも復活させたいですよ」

操縦しているのは、もともとゴンドラの船頭だったようだ。古びているが懐かしいゴンドラ乗りの縞模様のシャツを着ていた。復興が待ち遠しいらしい。

「なあに、日が戻ったんですから、すぐに復興して見せますよ」

船頭は希望に満ちた笑顔をノクトに向けた。

ノクトは水路から離れて、競技場の脇を通り過ぎ、奥へと進んだ。ガビアノ競技場は、外から見る限りには、大きな崩壊もなく、10年前のまま聳え立っているように見える。見ていると、この地域の害獣の駆除が済んだら、すぐにでも競技場の修復を始めるらしい・・・陽気なオルティシエ市民の底力といったところか。彼らは人生を謳歌するのに、時を選ばない。

目指す造船場はすぐに見えてきた。巨大な、トタン屋根の一帯が、海へせり出している・・・こちらは、崩壊がひどい。天井の多くが崩壊していて、壁も、海風でやられたのだろう・・・溶けるように穴があいている。野獣の気配して、ノクトは慎重に近づいていった。

侵食されたできた壁の穴から中をのぞいてみた。バシャっという水の音がして、見ると、広い造船場を我が物顔で3体のシーデビルがくつろいでいる。作りかけのゴンドラやボートが、彼らの寝床らしい。

3体は、うたた寝をしているのか、ほとんど動かない。近づいて急襲すれば、有利に動けるだろう。

ノクトは、建物の裏手に回って、ターゲットになるべく近いところから進入できる経路を探した。ちょうど、やつらの背後にだれる穴を見つけた。しかも、積み上げたボートの陰になっていて見つかりにくい。ノクトは慎重に、穴から中へと進入する。そして、積み上げられたボート沿いにやつらに近づいていく。

1体のシーデビルのすぐ近くに迫った。あとの2体は、水路へせり出したところでくつろいでいる。ここで、とりあえず、1体をしとめれば楽に戦えそうだ。

ノクトは、父の剣を鞘から出した。頼むぜ・・・今、オレにはあんたの剣だけだ。

ノクトは、息を呑んで、シーデビルに切りかかる。手前のシーデビルはほとんど警戒をしていなかったため、あえなくノクトに急所を疲れて、すぐにぐったりとなった。驚いた残りの2体は、激しく威嚇して大きな口を広げながらノクトに迫る。ノクトは、脇の積みあがったボートに駆け上がって、そこから、勢いをつけて飛び降り、1体に剣を振りかざした。ノクトは、うまいこと、大きな口を飛び越え、その頭上に剣を差し込むことができた。

グエッ と唸る声をだして、2体目もぐったりする。よし・・・これなら・・・

と思ったときだ、残った1体は体半分を海に滑り込ませて逃げる体勢を取りながら、激しく泣き声をあげた。そして、その次の瞬間、その声に反応するように10数匹と思われるシーデビルが次々と海面から顔を出して、造船場に近づいてきた。

「やべ!!」

ノクトは、冷や汗をかく。ちと一人では分が悪いな・・・

見る見る間にシーデビルがノクトの周りを囲った。ノクトは今は逃走経路をさがさねばならなかった。シーデビルを蹴散らしながら、出口を目指す。容赦なく、尾を振り下ろされて、造船場の壁に弾き飛ばされる。それが幸いして、もろくなっていたトタンの壁は、衝撃でそのまま穴が開いた。ノクトは造船場の外に転がりでて、そこから一気に競技場の方向へ走って逃げた。シーデビルも水辺を離れては追ってこなかった・・・

もと来た水路の入り口まで戻ったときには、すっかり息があがっていた。なんだよ、2,3体って・・・。ろくすっぽ近づいて調べていないのだろう。あれは、少なく見積もっても10体以上はいた。もしかすると、あの辺一帯の水路が住処になっているとしたら、もっとかもしれない。

「あれ、兄ちゃん大丈夫かい?!」

先ほどの船頭は驚いた様子でノクトを迎えた。・・・無理もない。大きな怪我はなかったものの、全身擦り傷、打ち身で見るも無残だった。

ノクトは、恥ずかしさをごまかすように

「おう。べつに、なんともない」

と、ぶっきらぼうに言った。

気を取り直し、野獣の駆除はプロンプトの回復を待つことにして、実地調査に回った。これだって、シフトがつかればどんなに簡単であったか・・・。アラネアとの追いかけっこのような危険なアスレチックをすることになる。綱渡りのようにわたった回廊は、途中で崩壊して、危うく数十メートル下に落下することろだった・・・。海風は、容赦なく、強固な建造物を侵食していくのだ。

シフトがないんだぜ・・・落ちたら、一環の終わりだ・・・。ノクトは自分に言い聞かせる。

これまでの人生、あまり高いところに恐怖心をいただかなかったのは、ルシスの魔法のせいだ。しかし、それがかえって仇になるかもしれない。自分の能力をただしく判断できなければ命取りだ。ノクトは、幾度となく冷や汗をかきながら、思い知る。

10年前の旅でどこまでも自分と同じ行動をとっていた3人のことを思うと、彼らがどれだけの身体能力の持ち主だったか、そして、どんなに危険を顧みなかったか。ルシスの魔法がなければ、自分の力など、足元にも及ばない。

宿に戻ったころには、ノクトはすっかり疲れきった様子で、全身創痍であった。害獣駆除以外は、なんとか依頼を達成できた。しかし、内心は情けなさと悔しさに満ちていた。それでも、部屋に入るときには、なんでもないような顔を精一杯作っておいた。

「お帰りー!と、あれ、ノクト?!大丈夫?!」

案の定、プロンプトも驚いた様子でノクトを迎える。アラネアもぽかーんと、口をあけて、痛々しいノクトの全身を眺めている。

「おう、なんともないぞ」

「それ、なんともなくないでしょ?!」

「うせーな、なんともねえっての」

ノクトはそのまま、そそくさとバスルームに直行する。そこで鏡で自分の姿をみて、絶句した。頬の目立つところにも無様な青あざができているし、髪の毛は、まるで10年前のように逆立ったっている。服は、気が付かなかったが、背中側が無残に引き裂かれていた。シーデビルの爪でやられたのだろう・・・背中は、幸い、擦り傷程度だ。見るからに痛々しくはあるが。

ちっとも、大丈夫じゃねぇな・・・

ノクトはがっくりと頭を垂れた。

シャワーを浴びると、全身がひりひりと痛んで、思わず、いてぇっと何度か呟いていた。仕方がないので、傷のひどい上半身は、プロンプトに薬を塗ってもらうしかない。上半身裸のまま、風呂を出た。

「プロンプト、悪い。背中だけ、薬塗ってくれ・・・」

できるだけ顔を見ないようにしてベッドに横になる。

「つかれた・・・」

「はい、お疲れさん!」

プロンプトの声はすっかり元気だった。ピシっ と勢いをつけて背中を叩かれたので、擦り傷がひどく痛んだ。

「いってぇ!!!お前、わざとやっただろ!!!」

「強がり言うからだよぉ。ちっとも平気じゃないでしょ?」

プロンプトは笑いながら、薬を塗る込んでいく。アラネアもやりたがって横から手を出した。

「討伐の依頼でも受けたの?」

「ああ・・・」

とノクトは、言い淀んだ。

「プロンプト、体調は?」

「うん、もういいよ!明日からはばっちり動けそう」

「そうか・・・じゃあ、明日は付き合え。ちょっとてこずってな。今日は見逃してきた」

ぷっ 何その言い方~!とプロンプトは笑った。

「じゃあ、久しぶり連携プレイでも試しますか!」

「そうだな・・・」

それも、魔法がなくなった今では、随分感覚が違うはずだ。こいつに無様な格好を見せたくないんだが・・・しかし、それは無理な話かもしれない。ノクトは、素直に自分の実力不足を受け止めようとした。

薬を塗り終わって、ベッドに身を起こす。今日の痛々しい傷のほかに、古傷も露になる。アラネアは興味津々とノクトの体を見やった。

「・・・アラネア。恥ずかしいから人の体をジロジロ見るな」

「え?うーん」

と言って、アラネアは無遠慮に手を伸ばし、ノクトの胸の下、ちょうど心臓あたりにある古い傷に手を触れた。

「これ、何のしるし?」

細長いひし形のような形で、傷がふさがって少し盛り上がっている。アラネアの目には何かのマークに見えたのだろう。

「これは・・・」

ノクトが一瞬顔をしかめたので、アラネアは驚いて手を引っ込めた。

「痛かった!?」

「いや・・・もう痛くない。大丈夫だ」

ノクトは、新しいTシャツを着て、それから安心させるようにアラネアの頭を撫でた。

「あーちゃん、その傷はね・・・ノクトが、お日様を呼び出したときの傷なんだ」

「ノクトがお日様を呼び出したの?」

アラネアが驚いて聞く。

「そうだよ。ノクトが呼び出したんだ。大変なことだったんだよ。だから、痛い傷が付いたんだけど、でも、もう治ったから大丈夫」

「ああ、大丈夫だ」

ノクトとプロンプトがやさしい笑みをアラネアに向ける。ほ、ほーと、アラネアは感心した様子だった。そして改まった様子で、「ノクト、お日様をつれてきてくれ、ありがとう」と言った。

ノクトは、はっとして、危うく涙がこみ上げるところだった。もしかすると、オレはこいつらのために命を捧げのかもしれない、と思った。国のため、世界のため、友人の期待にこたえるため・・・と思っていたが、そうではない。アラネアとはじめとする今を生きるこどもたち・・・今、ここにある笑顔。それに命を捧げるのは、意外と、悪くない。

プロンプトは、自分もノクトに感謝を伝えたい、という衝動に駆られたが、ノクトが涙をこらえている様子を見て、やめておいた。自分も、口にしたら、また、泣き崩れてしまいそうだ。

「さあ、夕飯にしよう!ノクトは、今日一日がんばったんだから、いっぱい食べないとねー!」

わざと明るい声を出して、その場の空気を変えた。


翌日はリベンジだ。トラヴィスが子守を引き受けてくれる女性ハンターを見つけてきてくれた。報酬は、討伐の報酬の2割・・・という契約で。彼女は、同じような依頼で怪我をして、しばらく大きな仕事ができないから、ということだった。

ところが、子守にアラネアを引き渡したあと、協会に昨日のシーデビルの状況を伝えると、討伐の報酬は5倍に跳ね上がった。子守の報酬が高すぎるんじゃないか、とノクトはプロンプトに耳打ちしたが、プロンプトは怖い目をした。

「約束でしょうが。そこは、大物らしく太っ腹でいてくれない?!」

「・・・いや、オレ大物じゃないしな・・・」

しかし、もごもごとプロンプトの言い分を認めるよりほかなかった。ノクトとしては、少しでも旅を有利にすることを考えてしまう。ちっせぇな、と思う。

昨日の船頭がニコニコしながら二人をボートに向かいいれた。

「兄ちゃん、昨日は苦労してたな!今日はお仲間といっしょかい?」

プロンプトが思わず噴出す。ノクトは、苦い顔して、おう、と小声で返事をした。

間もなく、二人は問題の造船場まで到着する。忍び足で前回同様、のぞき穴から中の様子を伺う。今日は、5体のシーデビルが工場内でくつろいでいた。しかし近くの海域にはまだ、多くのシーデビルが潜んでいるに違いない・・・。

「どうする?昨日みたいに、背後から何体かやってしまうか?」

「ノクトさー、魔法がなくなったんだから、頭を使わないとねぇ!」

といって、プロンプトは背負っていたザックから、なにやら取り出した。見ると、空き瓶に液体がつまっていて、そしてぼろ布がつめてあり、口から少し飛び出してある。簡易な火炎瓶のようであった。荷物が重そうだな、と思っていたら、こいつが5-6本詰め込んであったらしい。

「昨日、話聞いて、作ってきたんだ♪」

「・・・さすがだな。」

「まずさ、ノクトが、1,2体やっつけて、あいつらの気を引くでしょ。で、たくさん出てきたところで、一所懸命ひきつけてよ。オレがこれで群れてるところを狙うから」

「・・・オレが囮かよ」

「もし、巻きこれまれら、海に飛び込んでね!」

「はあ?!」

プロンプトは屈託のない笑顔を向ける。・・・ノクトはあきれ返った。しかし、それくらいには信じられているらしかった。

仕方ねぇな・・・

2人は、昨日、ノクトが空けてきた壁の穴まで近づいた。ここは見晴らしがよい。大勢飛び出してきたら狙いをつけやすいだろう。プロンプトがこの位置で待機する。ノクトは、さらに進んで昨日の進入口まで近づく。相手が野獣で、学習能力がないから助かる。同じ経路で、今日も進入ができそうだった。

ノクトは、覚悟を決めて剣を握ると、昨日と同じように積みあがったボートの背後から飛び出して、ます、一番手前の一帯を討ち取った。

ぎゃああああという、威嚇の声がいっせいに上がる。やつらも警戒していたのだろう。すぐに近くの海域から複数のシーデビルの顔が浮かび上がる。

「ほおら、集まってきやがれ!まとめて、片付けてやる!」

ノクトはひきつけるために大きな声をだして挑発する。とりあえず、群れが来る前に、もう1体をしとめる。応戦してきたほかの一体の尾にまともに当てられて、プロンプトの待機する側に吹っ飛ぶ。プロンプトが心配そうな顔で前へ出るか迷っていた。

「大丈夫だ!」

ノクトは恥ずかしさに顔を赤らめながらすぐに体勢を立て直した。すかざす噛み付いてきたでかい口を剣で凌ぎ、その頭の上を大きく旋回して跳躍する。このくらいなら、魔法なしでも動けるか・・・

その勢いのまま、1体を討ち取った。

見る見る群れが大きくなる。ざっと20体か・・・報酬がさらにね上がったらいいな、と思った。火炎瓶の数が限られているから、うまくまとめないといけない。

「ほら、こっちだ。もっと集まれ!」

ノクトは、攻撃をかわしながら、わざと群れの中心に躍り出る。野獣たちは目論見どおり、ノクトに気を引かれてみな中心を向いた。いっせいに大きな口をあけながら突進してくる。

「いまだ、プロンプト!」

「はいよ!」

プロンプトも場内に入ってきた。火のついた火炎瓶を2つ、ノクトにせまった集団のほうへ投げ入れた。シーデビルたちはたちまち混乱に陥り、5,6体が炎に飲まれてのた打ち回った。ノクトは海域へ逃げようとするやつらを追って、後ろから止めをさす。

プロンプトに気が付いた数体が、向きをプロンプトに向ける。プロンプトはすかさず、後ろに用意してあった火炎瓶を手前の集団にも浴びせる。また5、6体が炎に飲まれる。その無効でひるんだ数体が海へ逃げようとする。

「させないよぉ!」

プロンプトは彼らの背中を狙って、狙撃をする。背後を撃たれたシーデビルたちは、あえなく腹を向けて水に浮いた。

さすがだな・・・

体勢は俄然有利になった。しかし、炎に飲まれたやつらがのた打ち回るおかげで、建物の支柱がやられ、今にも崩れそうだ・・・そして、火が建物全体に回ろうとしている。

「プロンプト、やべえぞ、脱出しろ!」

「わかった!!」

2人は、それぞれに手近な抜け穴を見定めて、場外へ脱出した。出際に、プロンプトは残りの火炎瓶を投げ入れるのを忘れなかった。

2人は競技場の近くまで退却して、ようやく落ち合った。向こうの造船場が、まもなく大きな炎に飲まれて煙を上げているのが見えた。

「ねえ・・・これって・・・」

「・・・オレに聞くな」

このままほかの建物に飛び火したら・・・あるいは競技場まで焼けてしまうかもしれない。2人は青くなって、道を引き返し、造船場のみえるところで事態の推移を見守った。幸い、造船場は崩れ落ちるのが早く、炎は燃え広がる前に、下火になっていった。

煙に気が付いて、やがて中心部から消防隊と数人のハンターたちが駆けつけた。

「あんたたち、これはいったい・・・?!」

ノクトたちは罰が悪そうな顔を向けた。

「悪い・・・害獣駆除に火を使ったんだが、建物に燃え広がってしまって・・・」

「あ、でももう大丈夫です!ほら!建物もくずれちゃって、火の勢いも弱まりましたからっ!!!」

消防隊のリーダーと思わしき男は、顔をしかめて様子を確かめた。確かに火は弱まってきている。

「・・・ったく、飛び火しなかったから幸いだが、あんたら、この地区ごと焼き払うつもりだったのかね?!」

「・・・」

二人は申し訳なさそうに下を見る。一緒に駆けつけた熟練のハンターが苦笑いしながら、隊長の肩を叩いた。

「すみません。彼らはまだ駆け出しなんですよ。ちょっと国内に手が足りなくて、難しい仕事を引き受けて貰ったものですから。あとでハンター協会でも厳しく指導をしますんで。」

本当に、そうしてくれよ、と隊長は明らかに憤慨した様子だった。

消防隊は念のため、飛び火を防ぐために建物の周辺に放水を始めた。まだ、シーデビルの生き残りがいるかもしれないので、ノクトたちと数名のハンターも周囲に待機した。数体を退治したが、しかし、海域に逃げ込んだもののも数体目撃された。

「海中に生息するものを殲滅するのは難しいな。しかし、今回のことで警戒して、あの群れがこの地域を離れる可能性は高いだろう」

熟練のハンターは、慰めるようにノクトたちに声をかけた。












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