Chapter17.7-神話の終わり-

ノクトは鐘楼の隅に下へ降りる階段を見つけた。細い階段だったのでまどろっこしく思い、アラネアをおんぶした。アラネアはおんぶが嬉しかったらしく、鐘のことはもう忘れて、キャッキャと笑い声をあげながら背中にしがみついた。

細い階段を下り切ると、いかにも裏口、という戸を開けて、広い廊下に出た。そこで、騒ぎを聞きつけた職員らしき人たちが数人、青ざめて集まってきていた。

「また、この子か!!」

そうだ、このドーム、いまは市庁舎なんだった。と、ノクトはその職員たちの姿を見て思い出す。そして、その市庁舎こそ、プロンプトがメモに残した、昨日の騒ぎを起こした場所…

マズイな

ノクトは、行く手を阻む職員を強引に掻き分けながら 「こどもは確保した。詳しい話は、ハンター協会で頼む」 と、あたかも依頼を受けて出動したハンターのように装って、その場を切り抜けた。

市庁舎の一階までおりたとき、こちらも青ざめたトラヴィスが、こちらに向かってくるのが見えた。

「よかった!!アラネアちゃん、無事ですか!!!」

ナイスタイミング!ノクトは昨夜の気まずさもすっかり吹き飛んで、トラヴィスに駆け寄った。

「ちょどよかった!トラヴィス、ちょっと力を貸してくれ」

おいしょ、と、まずは背中のアラネアをトラヴィスに受け渡す。トラヴィスも、当たり前のように受け取って、抱きかかえた。

「今、神殿に誰かが向かっているのを見た。オレも向かいたい」

「ああ、ご覧になったのですね。実は私もそのことで貴方をお探ししていたのです」

トラヴィスは上気した顔を向けて「クラム クルー副長官がお見えなのです。カメリアさんのご紹介にあったと思いますが」

「クラム・クルーか!」

確か、サルヴァンの同僚で、グスタフの調書には、サルヴァンの最後の目撃者として記されていた・・・

「彼が何をしに?」

「本日から海上への立ち入りが解禁されたので、聖務庁の管理区域の調査のためです。私も先ほど知りました」

その時、ばたばたと上の階から降りてくるものたちがあった。先ほど振り切った職員たちが、どうやら責任者らしき、頭の固そうなスーツの男を連れてきた。男は明らかにいらだった様子だ。

「ちょっと、あんたたち!」

トラヴィスは自分に任せるように目配せすると、さっと、ノクトの前に出た。

「これは、アバーテさん!ちょうどよかった!」

トラヴィスは先手を打つように話し始める。

「ご紹介したかったのです。こちらが、ルシスからいらしたタルコット・ハリス氏です。先日お話したでしょう。ハンター協会で急な依頼がありまして・・・クルー副長官のご依頼ですが、本日、海域の調査のサポートが必要だとのことで。ハリス氏にお引き受けいただいたのです」

アバーテと呼ばれた男は、副長官の名前に、ひるんだように見えた。トラヴィスは何も言わせまいと勢いよく続ける。

「海域調査への許可をいただけますね?それと、市のボートをお貸し願います」

アバーテは怪訝な顔をして、抱きかかえられているアラネアを指差そうとしたので、トラヴィスはまた、続けて

「そういえば、タルコットさん、アラネアちゃんの確保をありがとうございました・・・。アバーテさん、後ほどハンター教会よりご連絡させていただきますね。最近保護した戦災孤児なので」

アバーテは、一瞬納得の行かない顔をしたが、しかし、それ以上、アラネアについてはないも言えなくなった。それから不機嫌そうに腕組をして、うーんと、一応うなって見せてから、

「・・・まったく、ハンターというやつはいつも急で!トラヴィス、あとで、支部の方によらせてもらうぞ。このところ騒ぎが多すぎる!」

「そりゃ、夜が明けたばかりですからね。みなさんも、対応に追われて、さぞご苦労されているんでしょう。そちらもサポートさせていただきますよ」

「ふん」

アバーテは明らかに見下した様子で、それから踵を返して、職員たちの群れのほうへ戻っていった。

「この連中にボートを貸してやれ。神殿海域への調査の許可証もな。副長官は先に出発されているんだ。急げ!」

アバーテは部下にそれだけ言いつけると、この忙しいのに、とぶつぶつ呟きながら、2階へ戻っていった。

なんだかとばっちりを受けた部下の男は、びくっと、驚いて大慌てでノクトたちのほうへ走ってきた。

「お、お待たせしてすみません。ボートはこちらにございますので」

「ちょっと待ってくれ」

ノクトはすまなそうな顔をして、人のよいトラヴィスを見る。

「トラヴィス・・・アラネアを頼んでいいか?」

トラヴィスはもとよりその気であったらしく、もちろんです、とすぐにうなづいた。

「アラネア、オレは仕事だ。トラヴィスと留守番するんだぞ」

アラネアは不思議そうに首をかしげる。

「今日は、ノ・・・タルコットがお留守番でしょ?」

「アラネアちゃん、タルコットさんは急なお仕事が入ったんだよ。さ、お昼ごはん食べに行こうか」

「そういやあ、サンドイッチが作ってあるってプロンプトが」

ノクトはプロンプトのメモと部屋の鍵をトラヴィスに渡す。

「サンドイッチがあるなら、すごいぞ!ピクニックができるな」

トラヴィスは大げさに喜んで見せた。

「ピクニック?」

「そうだよ、アラネアちゃんの好きなところに行って、そこでご飯を食べるの。アラネアちゃん、どこへ行きたい?」

わああああ、とアラネアは素直に喜んで、トラヴィスに手を引かれるまま、市庁舎の外へ出て行った。ノクトは二人を見送りながら、内心、トラヴィスに手を合わせずにいられなかった。神の助けとはこのことだ・・・

「待たせたな」

「いえ、ではこちらに・・・」

職員に案内されて、市庁舎の裏手に出る。そこから、小さな船着場まで階段を下りる。船着場には、3艘の小型のボートがならんでいた。先ほど見た、副長官のボートもここから出たのだろう。

「操縦は・・・」

「ああ、慣れているから心配するな。それより許可証は?」

と聞かれて、慇懃だった男は、ばつが悪そうに、にやっと笑って「・・・ああ、あれは、あとで、適当に作っておきます。どうせ、私が受け取るもんですから」と説明した。

「そうか・・・助かった。どうもな」

ノクトは、職員が見ているそばで、先頭のボートに乗り込んで、エンジンをかけた。小型とはいえ、もともと警察か何かの捜査用の船であるらしく、操作性もよければ、なかなかスピードも出る。ノクトは、正面に見えている神殿に向けて、一気にスピードを上げた。穏やかな波に、白いしぶきが上がる。

目指す神殿には、まだ、ボートが止まっているのが見えた。クルーの姿は、ここからでは遠すぎてよく見えない。鐘楼から見たときには、一人に見えたが、市の職員の態度からして、それなりの地位なのだろう。誰かが付き添っていると考えたほうが自然だ。

一人だと都合がいいんだが・・・

カメリアの紹介状も手元にない。うまく、ルシスのハンターだということで、話しが聞きだせればよいが。真実を知っていて、ストレートに話を聞くことができたグスタフ少佐のようにはいかないだろう。

ノクトはボートを操縦しながら、シナリオを考える。・・・ルーナの捜索には、彼は関係しないはずだ・・・サルヴァンの消息を調べるには、しかし、ルーナの捜索の話をしないわけにはいかないだろう・・・

こんなとき、イグニスだったらどうでるか・・・

ノクトは取引は苦手だ。特に、真実を隠して、騙し合いをするような取引には向いていない。そもそも、嘘がつけない。嘘をつきたくないというより、嘘をつくだけの器用さがない。仮に、強引に嘘をついても、すぐにばれてしまうだろう・・・

これまでずっと、そういう面倒なことを、イグニスに押し付けてきたな・・・と、ノクトは思い当たる。

グダグダいうな。いざとなったら、全部ぶちまけるしかないだろう。それが、オレのやり方だ。

ノクトは、覚悟を決めた。

神殿がようやく近づいてきた。ノクトのあいまいな記憶の中では、その姿は、10年前のそれとあまり変わっていないように見える。あのとき、すでにこの周辺は、古い崩れかけた遺跡の群だったのだ。たしかに・・・その数が減っているような気がする。それに、あきらかに砲撃をうけて崩れている建造物もあった。

神殿は階段を登るように高くなっていて、その高台は、ちょうど太陽がまぶしく照り返してよく見えない。しかし、大勢の人がいるようには見えない・・・もしや、ひとりか?

ノクトの期待が高まる。

ノクトは、とめてあったボートの横に、自分のボートをつけた。人の気配を感じようと、階段を静かに登る。高台のほうは静かであった。わずかに・・・気配はある。

階段を登りきると、はたして、白装束の男が一人で、海に向かって腕を掲げ、そして、ひれ伏すところだった。顔は見えないが、すらっとした長身で、纏め上げた長い茶色の髪がつやつやと日に照らされて、そこだけ見ると女性のようにも見える。

何かの、儀式か?

ノクトは、物音を立てるのが憚れて、静かに儀式が終わるのを待った。男はノクトに背を向けたまま、腕を広げたり、お辞儀をしたり、舞うように軽やかに動きながら、静かに儀式を続けている。さすが、神官、といったとこか。その動きは不思議に滑らかで、そして神秘的であった。

男は、さっと右手を海のほうへ差し出し、それからその手を自分の額にゆっくりと寄せ、そして、最後に静かに沈むように跪いた。

跪いたまま、しばらく動きが止まった。

・・・終わったのか?

と、おもむろに男は立ち上がって、ノクトのほうを振り返った。その顔は、イメージしたものと少し違って・・・聖職者というよりは、遊び人風情の、やけに整った顔をしていた。

にこっ と笑みを浮かべる。まるで、街中で女に向けるように愛想がいい。

「どちらさま?」

「・・・儀式の最中に失礼する」

ノクトは、神殿の台座にあがった。一瞬、ルーナの影を、追い求める自分がいたが、すぐに気を取り直して、クラム・クルーに向き合う。

「クルー副長官だな?ルシスのハンターの、タルコット・ハリスだ」

「へえ、ルシスのハンター?」

クラムは、愛想のいい表情のまま、しかし、裏で何を考えているのかは見通せない。まいったな。この手の、表向きと中身が違うタイプは、扱いがよくわらかない・・・ノクトは、内心どぎまぎしながら、隙を見せまいと、平静を装った。

「つい先日、こちらへ渡ってきた・・・依頼でな」

「へえ・・・夜が明けた早々、ご苦労さまです」

クラムは、とどめのスマイルをノクトに送る・・・ノクトは、なぜかはらはらした。

こいつ、バカにしてんのか・・・

「サルヴァンの話を聞きたいんだ」

「サルヴァンの話を?」

クラムは急に興味を持ったように、なんだか不敵な笑みを浮かべてノクトを見入る。

「ルシスの誰が、いったいサルヴァンに何の用?」

「・・・依頼主については守秘義務があってね」

と、ノクトは誤魔化した。

「もしかして・・・」

と、クラムはにんまりと笑った。ノクトは、もしや、正体がばれたのでは、と緊張する。

「神凪の巫女を探しているのでは?」

ノクトは、一瞬沈黙し・・・しかし、ここは誤魔化しても仕方がないと思い直した。

「・・・そうだ。しかし、なぜ、わかった?」

クラムは、また人のよさそうな仮面をかぶって、そんなこと、というように笑った。

「ルシスがまだ、オルティシエに用があるとしたら、他にないでしょう・・・ということは、もしや、ノクティス陛下はご存命なのですね」

下手に誤魔化すとどつぼに嵌りそうだな・・・

ノクトは、平然とした態度を示そうと、腕組みをして仁王立ちをする。

「このことは口外しないでほしい。まだ、暫定政府も公式に発表していない情報だからな」

「そうですね。ご心配なく・・・」

「さっそくだが、サルヴァンのことについて、知っていることを話してくれ。水神の儀のとき、彼一人がこの海域に入ったということだが・・・」

「そのようですね。といっても、あの日は彼の姿を一度も見ていないので、お役に立つ情報はないですね」

「その前後で、サルヴァンに変わった様子は?水神の儀式については、聖務庁は反対したと聞いたが」

「さあ。当時は彼も私も下っ端のペーペーです。上のほうが決めたことを聞かされただけ・・・どのような議論があったのか私は知りません」

「あんたと彼の間で、話くらいはしたんだろ」

「・・・」

クラムの顔から、ふっと笑顔が消えていた。その整った顔立ちが無表情になると、途端に冷酷な印象を受ける。そして、自分の無表情に気がついたように、急に笑顔に戻った。

「あなたに言われて思い出しました。彼は面白いことを言ってました。水神の儀式についてね。それは、古のルシスにまつわる契約だと。それは、本当だったようですね」

ノクトは答えない。クラムはかまわず続けた。

「政府が阻止しても、それは成し遂げられるだろうと・・・それから、神凪が不憫だということもね」

「不憫・・・」

「彼は、何か知っているようでしたよ。神凪の秘密について。そして神凪というより・・・ルナフレーナその人を憐れんでいるようだった。・・・まるで、個人的に知っているんじゃないかと、そんな気もしましたね」

クラムの言い回しは、どこまでも含みがある。知っているのか・・・ただの、思わせぶりなのか。ノクトは、相手のペースに飲まれまいとするが、しかし、そうしてもいらいらしてくる。

「・・・あんたは聞こうとは思わなかったのか。神凪の秘密や、個人的に関係があるのかと」

・・・何か知っているなら、話せ!

クラムはノクトのそんな心情を見抜いているのか、微笑を返して余裕を見せていた。

「サルヴァンはああ見えて、なかなか抜け目のない男でね。時折、秘密をにおわせるくせに、こちらが興味を持つと、のらりくらりとかわす・・・策士ですよ。だから、驚きません。彼が何らかの策をもってして、神凪をさらったとしても」

「さらった・・・」

「いえ、他意はありません。保護した、でも、隠した、でも。」

クラムはまた、にっこりと笑う。

こいつ・・・まだ、何か隠しているだろうか・・・

ノクトは、しばし、考え込む。

「あとは、彼の失踪について、お話すればよいかな?」

「・・・ああ、頼む」

クラムは、腕組みをしてわざとらしく唸りながら、記憶をたどるようなしぐさをした。

「・・・そうですね。失踪の数日前に彼にあったのが最後ですが、もともと変わった男だったので・・・いつもと様子が違えといえばそうかもしれないし、いつもと同じように変な様子だったとも言える。しかし、言えるのは、水神の儀のあとは、明らかに聖務庁の仕事に関心をなくしていたようだった。なんだかんだと理由をつけて、庁を抜け出していた。フラン地区へ赴くことも多かったようですが」

「その地区に何があるんだ?」

「神凪の、信仰が深い地域なんです。連中は、アコルドの原住民族だという者もいる。貧しい地域でね。・・・そこに、脈々と、古い信仰が受け継がれているようです。神凪はどうもその古い信仰と関係しているらしい」

「サルヴァンもその信仰と関係が?」

クラムの目が、一瞬キラっと光ったように思った。しかし、気がつけばまた、愛想のよい笑みを浮かべていた。

「私の単なる憶測でよければ」

「もちろんだ。聞かせてくれ」

クラムは、もったいぶるようにいたずらっぽく笑って、ノクトの反応をうかがっていた。ノクトは、内心いらいらっとしながら、彼が話し始めるまで、堪えた。クラムは、ノクトのいらいらする様子を楽しんでいるかのように、意地悪くふふっと笑って、そして、また、愛想のよい仮面に戻った。

「じゃあ、憶測ですが・・・彼は、はじめから聖務庁の掲げる水神信仰を軽視していたと思いますよ。それよりも異教の、古い信仰をひそかに広めるために、オルティシエに来た。たぶんね・・・ はじめから、何か秘密の使命があって派遣されてきたのでしょう。だから、彼が姿を消したとき、私は驚かなかった。神凪が消えたあとに、彼も消えた・・・何かしら、関係するのは間違いないでしょう。ルシス王室の・・・期待通りとはいかないかもしれませんが」

フラン地区か・・・当たってみる必要があるな。

ノクトは考え事をしていて、クラムの表情の変化に気がついていなかった。彼は、一瞬、挑戦するようにノクトを見つめ返していたのだが、本人が上の空だったので、また、愛想のよい顔に戻った。

「これ以上、思いつくことがありませんが、儀式に戻らせていただいても?」

「・・・ああ、邪魔したな。協力に感謝する」

クラムは、軽く頭を下げてこれに応じた。

「お役に立てたのならよかった。ハンターは、大変なお仕事ですね。暗がりでも、光の下であっても・・・しかし、一生食うに困らないでしょう?」

「まあ・・・」

「私はこれから職探しですよ。ハンターもいいかもしれないですね」

これにはノクトも素で驚いて見せた。

「それは・・・」

「聖務庁は近いうちに解体されるでしょうからね。もう、水神が去ったこの海域を守ることに、何の意味もないでしょう? 闇の間はね・・・なんだかんだと、市民の不安を慰める役目もあったのだが、夜明けが戻って我々の役目も終わりです。いえ、不平をいっているんじゃありません。ルシス王家には、心底感謝しています。古い伝承を成就し、光を取り戻していただいたのですから。聖務庁のほとんどの人間は、その事実を認識している。どうぞ、ノクティス陛下によろしくお伝えください」

と、本気なのかどうか、クラムは深々とお辞儀をした。しかし、体勢を戻すや否や、急に低い声になり「・・・しかし、アコルド政府は・・・認めないでしょう。2国間協議が成功すればよいが」と呟いた。

「どういう意味だ?」

「ご存知ありませんか?現首相は、以前のカメリアさんと違って、反ルシス派です。闇の現況はルシスにあると言い張って、政権を勝ち得た方ですから、古い伝承など認めません。そして、この長い闇の時代を記憶から葬り去りたがってる。その前の、神様とともに生きた時代ごとね」

さあ、と言って、クラムは海のほうへ向きなおした。もう、儀式を再開使用としているように見えた。

ノクトは、まだ、名残惜しそうにしていたが、あきらめて、台座から降りた。

クラムは、水神がかつて眠っていた海域のほうを向いて、遠い目をしていた。そして、独り言のように呟く。

「10年の月日を経てなお、恋焦がれる女性を探すとは・・・ノクティス陛下もなかなかロマンチックな方ですね」

ノクトは逃げるように神殿を離れた。

ノクトは、帰路をボートで飛ばしながら、クラム・クルーのとらえどころのない様子を何度も思い返した。表面上、物腰が柔らかで・・・そういう人物こそ、何か恐ろしいものを感じる。 彼は、知っていることのほんの少ししか、話をしていないのではないか。

ノクトは彼のセリフをひとつひとつ思い出そうとする。言葉の一つ一つ、仕草のひとつひとつが、何か違う意味を含んだもののように感じてしまう。ノクトの正体にも、はじめから気がついていたのかもしれない。

うまくはぐらかされたか・・・ 疑心暗鬼になり、もう一度、神殿に戻ろうかと思案する。

しかし・・・必要な情報は得たはずだ。それに、彼は一言も、ルーナが死んだとは言わなかった・・・むしろ、生きていることを前提に話しているようだった。

ノクトは首を振った。

彼が本気で何かを隠そうとしているのならば、それをノクトが聞き出すのは不可能に思えた。クラムに、全面的な善意ではなく、隠し持った悪意か反発を感じたのは確かだが・・・しかし、不思議と協力的なようでもあった。あの、グスタフと同じだ。

神話にも詳しかったようだ・・・神凪とルシスに、何か複雑な感情でもあるのか

いくら考えても、ノクトの想像の域を出ない。

しかし、グスタフとクラム、この、異なるタイプの二人から、ひとつだけ共通していることがある。二人とも、何かしらの警告を、ノクトに与えようとしているように見えた。

現、マルコ首相と、これからのアコルド・・・ ニフルハイム帝国の、ほかの属国は、どうでるのか。もし、この10年を、被害がより少なく、軍備を維持したまま今に至る国があるとすれば・・・世界の力の均衡はどうなる?

グスタフの言葉がまた思い出されていた。きっと、新たな争いが起こる・・・

ノクトは、ボートを市庁舎の裏に寄せて、エンジンを止めた。

神殿のほうを振り返る。傾いた日の光の中で、まだ、神殿にボートがつながれたままだ。クラムはまだ、儀式を続けているらしかった。 あのように、役割の終わりを知りながら、まだ儀式を続けるのは、なぜだ。儀式の最中の、彼の神秘的な舞と、話をするときの、軽率な印象・・・ちぐはぐな感じがする。

また、何かを見落としているんだろうか。

ノクトは、考えを打ち切るようにボートを降りた。プロンプトが帰ってくる前に、アラネアたちと合流したほうがよいだろう。傾いてきた陽にせかされるように、ノクトは帰り道を急いだ。




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