Chapter 17.5 -民たるもの-


ノクトがあまりにも暗い表情をして詰め所から出てきたので、トラヴィスは驚いて迎えた。

「まさか、協力が得られなかったので?!」

「いや・・・」

ノクトは言いかけて、そのまま黙ってしまった。

グスタフ少佐から聞いた話と、そして彼自身の自暴自棄な様子が、どうしても暗い想像を引き起こす。

無言のまま、ノクトは帰路を歩み始めた。そして、トラヴィスは、何事かと訝しがりながらも、大人しく王に従った。

帰り道では、不思議と、ノクトの目にも耳にも、来るときに驚かされた喧騒はほとんど気にならなかった。それよりもノクトは今聞いてきたこと、目にしたことを反芻して、自分の胸騒ぎの意味するところを紐解こうとしていた。水路までたどり着いてボートに乗り込んだら、早速あの調書を読みたい。できれば、そのまま宿には戻らずに・・・どこかでしばらく、一人で調書を読み込みたい。

来たときよりも随分と早く、あの厳重のゲートまで戻ってきたような気がする。しかし、気がついて見ると日が傾き始めていて、一日をゆうにこの訪問に費やしてしまっていた。

トラヴィスは黙ったままボートを操作していた。ノクトは、ゲートのほうを振り返って、門衛たちがボートに興味を失って、あちらへ向いてしまうのを見届けてから、先ほど受け取ったばかりの調書をリュックから取り出した。

「・・・それは?」

「神凪の捜索の記録だ」

トラヴィスは、厳重守秘と記載された表紙や、ところどころ走り書きのある紙面を見て、えっ、と驚きの声を上げた。

「・・・軍の捜索記録ですか?それ・・・原本では・・・」

「・・・ああ。もう、彼には不要らしい」

今では、誰も神凪に関心がない。ノクトは、グスタフの言葉を思い出していた。

生憎・・・ここにひとりいるんだよ

それから、ノクトはひとりで、調書に没頭した。


調書は、グスタフ少佐が言っていたように、聴取を受けている側も聞いている側も、どちらも早い幕引きを望んでいたことを物語っている。

サルヴァンの証言のよると、彼は儀式の際、神殿南方の時計台にいた。

-神凪が波にさらわれ、神殿にはノクティス・ルシス・チェラムらしき人物が伏しているのを目撃。周囲に人はなく、他に目撃者がいない。同時に、サルヴァンが時計台にいたことを裏付ける証拠も不十分・・・

時計台から神殿までは約5km。個人を識別するには困難な距離。当時、視界悪し。証言は信憑性が低いと思われる、とメモ書きがある。

-その後、神凪を救助すべく神殿周辺を捜索、との本人の証言。

-ノクティス・ルシス・チェラムの救出に向かわなかった理由として、他の者が救助に向かうだろうと想定し、自分は神凪の捜索を優先したとのこと。(ただし、答えるまでにはしばしの沈黙があった)

-神殿より東3.5km付近の船着場にて、ボートから上陸する姿を、避難中の市民に目撃されている。捜索にボートを使用した模様。しかし、はじめの証言には言及されておらず、問いただすと、動揺していたため記憶があいまいになっていたと説明。

-軍の捜索隊について、神殿周辺への海域の捜索を提言。

-「ご遺体の捜索を」としきりに主張する。死亡を印象付けるためか。

ノクトははっとして、調書を握り締めた。やはりグスタフ少佐も、はじめからルーナの死亡を疑っていたのか・・・

サルヴァンの取調べはさほどの時間もかけなかったのだろう。1回目の聴取は、およそ、彼の言い分をそのまま書き取っただけで、情報量も大してない。それよりも、サルヴァンの証言についてのグスタフの考察のほうが、報告書の多くを占めている。彼は報告書の中で、当時から証言の不整合や疑義をはっきりと述べている。しかし、どちらかというとルーナの捜索と言うよりは、サルヴァンへのスパイ疑惑に対する関心が強かったようだ。

ところが2回目の聴取はさらに簡素だった。わずか十数項目の簡単な確認のみ。それも、1回目でグスタフが自分で起こした疑義を、あたかも問題がないように書き換えるための、結論あり気の調書となっていた。早い幕引きを狙ったための、形式上の調書なのであろう。

ところどころに走り書きがあるように、これは、公式の報告を上げる前の、生の調書だ・・・グスタフの、政治的な差し引きを抜きにした本当の勘が、そこに働いている。

あの態度で・・・どうしてこれをオレにくれたんだ・・・

ノクトは意外に思った。グスタフ少佐の態度からは、神凪とルシス王家に対する反発を感じていたからだ。

「・・・陛下。」

と、トラヴィスが小声で言った。

「もう、水路の端につきます。人がいるようなので・・・おそらくその文書は、人目のつくところではお仕舞いになったほうが良いかと」

ノクトははっとして顔を上げた。水路がもう終わりか・・・。見れば、日がもう少しで落ちようとしていた。水路の終わりには、これからビエントスに戻ろうとしている、商人風情の数人の男たちがタバコを吸ってたむろしていた。

「わかった。ありがとう」

ノクトは、読みかけていたページを折り曲げて、調書をしまった。

待っていた男たちにボートを引き渡して、ノクトたちはオルティシエに上陸した。トラヴィスはまっすぐに、ハンターの宿のほうへ向かおうとしていたが、ノクトはそれを引き止めて「どこか、ひとりでこいつを読める場所はないか?」と尋ねた。

「そうですね・・・」

トラヴィスはちょっと困った顔をして、しかし、すぐに「それなら、私の部屋を使ってください」と申し出た。

「あんまりキレイにしていないので心苦しいですが・・・。必要なお時間までお使いください。その間、アラネアちゃんの相手をしていますよ。プロンプトさんも一日子守でお疲れでしょうから」

「それは助かる」

ノクトはほっとした。そして、昨日、今日のトラヴィスの活躍を思い出して、感謝せずにはいられなくなった。

「・・・トラヴィス、本当に、何から何まですまない。ありがとな」

「いいえ!」

トラヴィスは飛び上がって恐縮していた。

トラヴィスはノクトを自分の部屋まで案内すると、すぐに、アラネアたちを探しに食堂へ向かっていった。というのも、そこへ来る前にノクトたちの部屋にも顔を出したのだが、二人は不在であった。およそ時間帯からして、食堂だろうと踏んだのだ。

陛下はお食事は・・・と問われたが、時間が惜しかったので首を振った。

どうか構わないでくれ。

それならば・・・たいしたものはありませんが、部屋にあるものであれば好きに召し上がってください、と言い残して、トラヴィスは去っていった。

トラヴィスの部屋はノクトたちの部屋よりも、一回り小さく、単身用なのであろう、シングルベッドに小さなキッチンとバスルーム。くつろぐためのソファなどは置くスペースもなく、キッチンに簡易のテーブルと椅子があるだけだ。ノクトは椅子に腰掛けて、トラヴィスが出際に冷蔵庫から出しておいてくれたソーダをありがたく飲みながら、調書の続きを読み始めた。

調書の後半はサルヴァンの証言を裏付けるための捜索の記録だ。時計台は・・・なんと、捜索時にはすでに破壊されていて、検証は不可能。帝国軍の飛行艇による攻撃によって、破壊されていた。サルヴァンがいたとされる時刻との前後関係はどうだ?当然の疑問が走り書きされているが、時計台の破壊に関して目撃証言を集めるのは困難だった。当時、あのあたりは、退避区域になっていて、立ち入りはできなかった。神官たちも、同様に避難をしていたはずだが、ひとり、サルヴァンだけが政府の指示に従わなかった。

その後のサルヴァンの行動の裏づけを追ってはいるが、ほとんどが似たような状況だ。証言もあいまいなら、破壊された地域ではその特定も困難だった。

サルヴァンを目撃した市民の証言も記載されている。漁業関係者の男は、帝国軍の飛行艇が引き上げるや否や、いてもたってもいられなくなって自分の船を見に行った。港は被害がひどく、ほとんどの漁船が無残な姿になっていたようである。男はそのありさまを嘆いてしばらく海辺に立ち尽くしていたようだが、ふと気がつくと、その、船の残骸を縫うように小舟を進める姿を遠くに認めた。それがおそらくサルヴァンだというのだが、しかし、目撃者にも確証はなかったようである。

グスタフはこの証言に基づいて、それらしい地域を直ちに捜索している。しかし、漁船の残骸に阻まれて、骨を折った割りに、何の収穫もなかったようである。

さらに証言がつづく。神殿に救助隊が到着してノクトを搬送した際、救助隊員のうちの1名が神殿からは離れた場所に待機していたが、神殿より東方向に数名の市民の姿を目撃している。遠くから見たところ、年配の女性のようだった。すくなくとも2名はいた。まだ、避難指示が解除されていないことから不審に思ったが、しかし、年配の女性には神凪の熱心な信仰者も多かったので、神凪の身を案じた者たちが勝手に立ち入っているのだろうと思った。

しかし、この女性たちに該当する人物を、グスタフは見つけられなかった。神凪の信仰が厚い、それらしい地域の住民を調査したが、その時に退避地域に足を踏み入れたと証言する者が現れなかった。

最後に、当時の聖務庁長官ロベルト・シファーニの調書が続く。彼は、直接的に何の目撃もしていなかったにもかかわらず、聖務庁として、神凪は死亡したものとする見解を述べている。それは、サルヴァンの証言を支持ていると言うよりは、神凪がそもそも衰弱しており、水神の儀に耐えうる体力はなかった、という独自の推察であった。もとより、水神を呼び起こすと言う行為は、水神への冒涜であり、アコルド政府は許可を与えるべきではなかった、自分は最後まで反対をした、という、捜索とは関係しない発言を繰り返して、聴取が長引いたようだ。

グスタフ少佐はよほどうんざりしたのであろう。皮肉を込めてこうメモをしている-シファーニの長話はもうたくさん。責任逃れか?

捜索の早期打ち切りをはじめに主張したのも、どうもこのシファーニのようであった。

・・・サルヴァンの消息についての捜索記録は、この男が破棄したのか。

と思ったとき、しかし・・・最後のページに、他のページとはことなり、完全に手書きだけのメモが入っていた。

-**月**日 聖務庁よりサルヴァン消息不明の連絡・・・闇に覆われるあの日の3日前だ。

 この捜査依頼は12日後に撤回。

-実施的にはたった3日しか行われなった捜査の記録を、すべて破棄するよう要請される。シファーニは何を焦っている?

-聖務庁の人間ですら捜査依頼の出される5日前までしか、サルヴァンを目撃していない。この5日間、聖務庁が事態に気がつかなかったとは考えにくい。

-3日間の捜査で確認できた、最後の目撃者は、クラム・クルー下級書記官。それまでのサルヴァンの様子に特に変わったことはないとのことだが、口裏あわせか?

その下に、証言のものと思われるいくつかの単語が並ぶ。

 神殿の現況調査、修復の計画とその予算組、鎮魂の儀の準備、サルヴァンが地域住民への奉仕活動で庁を離れるのはいつものこと・・・

-サルヴァンと親交あったはずの、フラン地区の住民は、あいまいな証言しかしない。誰かの圧力なのか、それともサルヴァンを庇っている?

その下に、聴取したと思われる、住民の名前が、数名ほど記載されている。

ジョアンナ・サータ(散髪屋娘)、ナルバ・ローガン(隠居老人か?家族は?)、ココ・レイ・トラヴァルタ(地域長)・・・

-**月**日 首相命令により、正式に捜索は打ち切り。

-同時に、神凪の捜索の打ち切りも決定。(閣下もようやく承諾)


ノクトは読み終えて、ふううと、ため息をついた。

・・・ありがとよ、少佐

複雑な心境があるに違いないが・・・形はどうあれ、ノクトには協力をしてくれたようだ。

トントン

その時、遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。

「ノクト?」

プロンプトの声だ。ノクトは、はっとして時計を見る。22時を回っていた。いつのまにか、もうこんな時間か・・・。

もしや、プロンプトが腹をたてているのでは・・・ノクトは慌ててドアを開けた。

プロンプトは、全く腹をたてている様子はなく、むしろ心配そうな顔をしてドアの向こうに立っていた。

「わるい・・・夢中になって、時間を忘れてた」

「・・・もう、それならいいんだよ。ちょっと心配したの」

プロンプトはほっと溜息をついて、それから、右手を持ち上げて見せて食べ物の包みとお酒の瓶を見せた。レガシーだ。

「夕飯と・・・それから、ちょっと飲まない?トラヴィスさんがさ、あーちゃん寝かしつけてくれて、それで、まだ少し見ててくれるって。まあ、もう少ししたらこっちに呼んで一緒に飲んでもいいし。」

「そうか・・・」

プロンプトは部屋へ入ると他に座る場所もないので、ベッドの上に腰掛けた。

ノクトは、プロンプトに調書を渡すと、自分はかわりに弁当の包みを受け取って、遅い夕飯にありついた。冷めてしまっているが、米と肉と野菜とを炒めてある。

「うまい」

「それ、今日、オレが作ったの!あーちゃんも手伝ってくれてさ」

それから、プロンプトもしばし、調書に集中して沈黙していた。時折、これは・・・、とか、え・・・とか声を発しながら。それから一通りを読み終えて、顔を上げ、ノクトを見る。

「これって・・・」

「ああ。結局、死んだという確証は、誰にもないんだ」

プロンプトは、ほっと安堵して、その顔に微笑が浮かんだ。

「・・・そうか。よかった。ノクトが思いつめているみたいだって言うから、てっきり・・・ううん。」

とプロンプトは首を振って、それから酒の瓶を持上げると、「お祝いしよう!トラヴィスさんも呼んでくるよ」

プロンプトは軽やかに部屋を飛び出して行った。

ノクトもようやく力が抜けて、ほっとしていた。グスタフに会ってから暗い気分に支配されていたが、プロンプトに改めて言われて、そうだ、これは希望なのだと、明るい気持ちになれた。

誰も・・・死んだという確証がない

自分の中で反芻する。不思議と、胸のうちが温かくなる気がして、これこそ、ルーナが生きているその鼓動を感じているのではないかと思った。

やがて、プロンプトとトラヴィスが部屋へ入ってきた。

「いやあ、この狭い部屋で、すみませんが・・・」

トラヴィスは頭を掻きながら、部屋の隅の木箱の上に腰掛た。

「トラヴィスさんたら、こっちが押しかけてるんだから!」

プロンプトは陽気に笑いながら、自分たちの部屋から持ち出してきた3つのコップを小さなテーブルに並べて、威勢よくレガシーの蓋を開けた。

「これは・・・ランバルタですか?しかし、見たことないデザインの瓶です・・・”レガシー”?」

トラヴィスは金字の刻印に目を留めて、驚きの声を上げる。

「え?これは、もしかして、レギス陛下のご即位の時の!」

「さっすがー、トラヴィスさん知ってるね!」

プロンプトはさも、自分の手柄のような顔をして、その高級酒をなみなみとコップへ注いだ。

「・・・これは、いや、ちょっと恐れ多い。いいんですか、いただいても?」

「あったりまえでしょ!もう、トラヴィスさんいなかったら、どうなっていたことか。ねえ、ノクト?」

「ああ。マジだな」

トラヴィスは人の良い顔を白黒させて、恐る恐るコップを受け取った。

「それでは、ルーナ様への第一歩を祝して!」プロンプトが音頭を取る「乾杯!」

「乾杯!」二人の声もそれに続いた。

ノクトは、一口なめるようにレガシーを飲んだ。ぴりっとした刺激が舌と喉を通り、それから、芳醇な香りが鼻を抜ける。

うまい・・・のは、わかるが・・・つえぇな・・・

と、次の瞬間、こらえきれずに激しく咳き込んだ。

「うわ、何、ノクト、大丈夫?!」

プロンプトがわてて水を差し出す。差し出された水を一気に飲み干したが、しかし、体中がカッと熱くなるのを感じた。

「ええ?!ノクト、一口で、顔真っ赤!!」

プロンプトがゲラゲラ笑う。

「うっせーな。ひさしぶりなんだよ」

「普段、あまり飲まれないですか」

トラヴィスが真面目に聞いた。彼には、味が分かるようで、うっとりとした表情で琥珀色の液体を眺めている。

「・・・いや、何せ10年振りだからな、酒を飲むのも」

「・・・」

トラヴィスが、何か聞きたそうにノクトを見て、それから恥らうように目をそらした。

「何か聞きたいなら、聞いていいぞ。なあ?」

と、ノクトはプロンプトの顔を見る。

「じゃあ、ノクトの恥ずかしい話、しちゃおっかな♪」

「バカ、それは違うだろ」

トラヴィスは少し躊躇っていたが、やがて「・・・じゃあ、あの、差し支えない範囲で・・・」と切り出した。

「・・・レギス陛下が崩御されたのは、本当なんですね?」

「ああ。残念ながら。」

「・・・では、ノクティス陛下はこの10年・・・どちらへ?」

ノクトはどう答えたものかと、ちょっと上目使いになり、「どこというとよくわからないんだが」と言いかけたところに、プロンプトが被せるように「クリスタルの中だよね?」と続けた。

「といってもさ、出てくるときはクリスタルからでてこなかったよね?王宮にあったのにさ」

「ああ。気がついたら、島にいたな。あれは、神影島だと思う」

「クリスタル・・・では、本当に、神話の通りに・・・」

「ああ、そういうことになるな」

トラヴィスが信じられない、といった表情で、それから、まるで気付けのために、一口酒を飲んだ。

「・・・小さい頃は良く聞かされていたんですよ、祖母にね。ルシス王家にまつわる神話・・・国王陛下が、天から授かったそのお力で、民をお守りしてくださる・・・。しかし、大人になってからは、それは、遠い御伽噺のように思っていました。・・・お恥ずかしいのですが、闇に覆われるあの日までは、そんな話はすっかり忘れていました」

トラヴィスはしょんぼりと頭を垂れてしまった。ノクトは、気の利いたことを言ってやりたい気持ちになったが、何も思いつかないので、自分のコップに少し水を足して酒を薄めてから-プロンプトが小声でもったいない、とつぶやいた-、慎重にゆっくり、一口飲んでみた。かっ、とまた体が熱くなるのを感じたが、どうやら咳き込まずにすんだ。

「ま、そんなもんじゃねーか、普通。オレだって、当事者じゃなけりゃ、興味もなかったな」

「それは、さすがに言いすぎじゃないの?!」

プロンプトはわざとおどけて言う。

「・・・とかいいつつ、オレも、実は神話とか全然知らなかったけどね。ノクトと旅に出るまでは。」

それから、なんだか泣きそうな顔をしているトラヴィスに、酒を注ぎ足した。

「さあ、トラヴィスさんも、そんな顔してないで、飲んで飲んで!」

トラヴィスは、申し訳なさそうに頭を下げて、それから、ぐっと、飲み干すではないが・・・そのぐらいの勢いで、半分ほどを飲んだ。

ふーーー、と深い溜息をつく。そして、意を決したように・・・

「私は・・・ほんとうは・・・ルシスを捨てた人間なんですよ」

彼の声は震えていた。ノクトとプロンプトは、突然の告白に、驚いて顔を見合わせた。

「13年前にアコルドに来たのは・・・ルシスを見限ったからです。障壁は、どんどん小さくなるし、レギス陛下は、どんどん体調を崩されていく・・・私は、もう、ルシスは長くは持たないと、そう感じていました」

ノクトは、黙って目を瞑った。

「・・・すみません。失礼なことを・・・」

「いや、いいんだ。そう思われても仕方がない。事実、インソムニアは陥落している。オレもオヤジも、国を守れたとは言いがたいからな」

ノクトは平然として言った。が、なぜかトラヴィスは、ぐっ、と苦しいそうな声を出すと、辛い表情をして、また下を向いた。

「・・・それだけじゃない。私は・・・」

それから言葉に詰まってしまって、勢いを付けるためか、残り半分の酒を飲み干した。

トラヴィスの告白は続いた。

「それだけじゃないんです。アコルドにはじめて足を踏み入れたとき、驚きました。こんなにも、繁栄しているのかと。・・・属国でありながら、アコルドは政治的な取引によって、自治と平和を手に入れていた。賢く見えました。もっと言えば・・・ルシスの長い戦いが、バカらしく思えた。ルシス王家の栄光のために、くだらない戦争など早く辞めて、属国になればいいと、本気でそう思っていた」

トラヴィスは、こらえきれずに嗚咽を始めていた。額に汗を浮かべて、それから、目は血走って潤んでいた。

「私はアコルドに骨をうずめるつもりでした。・・・しかし、信じられないでしょうけど、闇が世界を覆ったとき、私は後悔したんです。もちろん、家族のことも心配だった。しかし、それだけじゃない。・・・もう、ルシスには戻れないとそう思ったとき、その時になってようやく、自分がどれだけルシスを愛していたか知ったんです。この闇の絶望の中、どうせ死ぬのであれば、自分の国で死にたい・・・本当に、それだけを強く願った。この異国の地で死ぬのは、天罰だと思いました」

言い切って安堵したのか、トラヴィスは、はーーーと大きく呼吸をして、それから落ち着いたように見えた。プロンプトは、やさしい表情を浮かべて、すかさず、彼に、水の入ったコップを受け渡した。トラヴィスは少しはにかんでそれを受け取り、それから、一気に飲み干した。

「はあ、失礼しました。お見苦しいところを。しかし、これで、私が陛下に、とうてい顔向けできない人間だと言うことがお分かりになったでしょう。このような、特別なものをいただくなんて、とても許される人間じゃありません。私は・・・お恥ずかしいことに、陛下とルナフレーナ様が背負っていらした使命のことも、カメリアさんから数年前に聞かされる前までは、まったく想像もしたことがなかった。いったい、こんな民のために・・・いや、貴方の民だというのは、今更おこがましいですね。しかし・・・本当に、でも、陛下のお許しが得られるなら、もう一度、今度こそはルシスのために、この命を使いたいのです」

それからトラヴィスは、かっと、ノクトの目をまっすぐに見つめ、「・・・陛下!どうか、このつまらない男を、お使いください!!私は、今度こそ、お命を捧げる覚悟です!」

プロンプトは、やや遠めに立ちながら動けないでいた。トラヴィスの鬼気迫る迫力に、すっかり飲まれていた。ノクト・・・大丈夫かな・・・。不安げに、いつも優柔不断な友のほうを見た。しかし、対するノクトは、まったく動じることがなく、それこそ、あの、王宮での別れのときのように、凛とした様子でトラヴィスに向き合っている。その強い眼光には覚悟が見える。

「だめだ」

ノクトは何者も寄せ付けないような強い口調で言い切る。

「分かっていると思うが、これは王としての旅ではない。ルシスの民のためでもない。誰でもない、オレ自身のための旅だ。あんたが自分の後悔のためにルシスに尽くすのは構わない。あんたはあんたの道を自分で選べ。オレは・・・自分の大切な人間を探している、ただのひとりの人間だ」

「もちろんですとも!」

トラヴィスも簡単には引き下がらなかった。

「・・・王だって人間だ。ルシス国民は・・・いや、この世界すべてが、陛下に借りがあるのです。陛下は大切な方をお探しになるのに、胸を張っておられればよいのです。世界中が陛下にひれ伏して、感謝を述べてもおかしくはないのですよ」

ノクトは、明らかにむっとした表情を見せて、立ち上がった。

「長居をしたな。プロンプト、帰るぞ」

そして、誰の返事もまたずに、さっさとトラヴィスの部屋を出て行った。プロンプトは突然のことに慌てて、取り急ぎ、トラヴィスに礼を言うと、唖然と立ち尽くす彼ひとりを残して、ノクトを追った。

ノクトはもう、どんどん先に進んでおり、プロンプトが走っていこうとしたときには、先にある自分たちの部屋に入ってしまうところだった。ノクトはその夜、もう何も言わずに、ベッドの、アラネアが眠る横に、滑り込んで眠ってしまった。











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