Chapter 17.4 -暗い予感-

 ノクトは、ゆっくりシャワーを浴びたあと、少しだけ休もうとベッドに横たわり、カメリアから受け取った資料に目を通していた。

失踪した神官-ノクトはそう直感している-サルヴァン・ガイール、および三年前に亡くなった聖務長官のロベルト・シファーニの簡単なプロファイルと、紹介できるとした3名の人物のプロファイルおよび紹介状が添えられていた。

サルヴァンは、当時24歳、聖務庁の下級書記官だった。生まれは旧テネブエラ領の地方都市、アカンテと報告されている。18の時に、テネブエラで神事を補佐する神靹衆の一派から留学生として派遣され、2年後に聖務庁に入庁した。

ルーナと繋がりがありそうだな…。

まずは、彼に事情聴取をしたというグスタフ少佐に話を聞きたい…明日は、そこから始めるか。 と、考えていたところまでは覚えている。その直後に、不覚にも眠りに落ちた。 不機嫌なプロンプトに叩き起こされたのは、多分、それから1時間後くらいか。シャワーから上がった時には、まだ夕暮れだったのが、すっかり夜になっていた。

「ちょっと、ノクト!!!信じらんない!!」

「うわっ」

前後不覚に眠っていたノクトは、驚いてベッドに上に跳ね起きる。

「トラヴィスさんは、ぬれたままずっとあーちゃんの相手してたんだよ!あーちゃんが、他の子にちょっかいだして、こっちは大変だったんだからね!!!」

「わるい・・・つい、寝ちまったみたいだ・・・」

ノクトはのろのろと起き上がった。当のアラネアは外で遊びまわって満足したのだろう、満面の笑みでノクトを見ている。さっきキレイにしてもらって、普通の子どもらしくなったのが・・・まるで違和感がある。

「ん?飯か?」

ノクトは半分寝ぼけがら匂いに気がついた。プロンプトは、膨れながら、仕方がない、といった様子で、隠しておいた包みを背後から取り出した。

「はい。もらってきたよ、ノクトの分」

「おお。ありがとな」

ノクトは白い箱を受け取ってベッドの上で開いた。簡素だが、しっかり腹にたまりそうな肉と芋の煮込み料理が詰まっていた。まだ暖かい。2人はもう、食事を済ませてきたのだろう。もう機嫌を直して、ニコニコしながらノクトを見ている。

「・・・うまいな」

「ね、結構、いけるよね?これさぁ、肉じゃなくて、魚なんだってよ!」

「へええ」

プロンプトが食堂で聞いてきた話によると、闇に覆われた後もかろうじて、海洋資源の活用は続けられた。土地の少ないアコルドにとってはそれは死活問題であっただろう。海上都市としての構造を利用して、まもなく、安全に魚介類を収集する方法が編み出されたようだ。

「でも、明日から、本格的に海上にでることが解禁されるみたい」

これもルシスからの情報を元に、現首相が安全を確認できたからのようだ。

「明日は・・・でかけるぞ。カメリアに紹介してもらった人物に会いに行く」

ノクトはプロンプトにグスタフ少佐のプロファイルを手渡した。

「ふーん・・・この人、軍人?」

「ルーナの捜索を指揮した人だ」

あーちゃんは興味津々、プロンプトの両腕にもぐりこんで、プロファイルの写真を見ていた。「誰?」

「ノクトがこのおじさんにお話があるんだって」

「ノクトじゃない!タルコットでしょ!」アラネアが誇らしげに指摘する。

「あ、そうだった。えらいえらい!!」

プロンプトは頭をなでてやる。「この街ではタルコットて呼ぶんだよね。あーちゃん、偉い!」

「へー。こいつ、理解してんのか」

「そうだよ。さっき、一生懸命説明したんだから」

「ノクトは見つかったら困るんだよね?だから、嘘をつくんだ」

アラネアは、にや、と、他人のいたずらを目撃したような目でノクトを見る。

「・・・なんか、変な想像しているだろ、お前」

「逃げてるんだ。つかまったら怒られるんだ」

ノクトは苦笑した。

「何だよ、お前。今日一日で随分口が達者になったな」

「あーちゃんは、かわいい女の子!」

アラネアは唐突に言う。

「そうそう、トラヴィスがそう紹介してくれたんだよね。地元の子に」

「男だと思われたんだろ」

「もう!!」

プロンプトはパシッと、プロファイルの束でノクトを叩いた。

「じゃあ、あーちゃん。明日はお出かけだから、早く寝よう」

「それなんだが・・・」

と、ノクトは言いにくそうに切り出した。

「・・・明日は、ちょっと遠出になるし、ここでアラネアと留守番してくれないか?」

「はああ?!」

プロンプトはあきれて、それから明らかにムッとして、ノクトを睨み付けた。

「仕方ないだろ。相手は軍人で、アポなしで軍の施設に押しけるんだ。とても子連れではいけない」

「ちょっと待って。あのね、オレにもやりたいことがあるの。写真取りに来たっていったよね?あーちゃん見てると、うかうか撮影もできないの。わかるよね?」

プロンプトは腕組みをして、仁王立ちし、ベッドに腰掛けているノクトを見下ろしていた。到底、承服できない、といった様子で。

「交代だよ。明日ノクトがでかけるなら、明後日はオレがでかける。ノクトが留守番。それでいいよね?」

「・・・」

プロンプトの意思は固そうだ。ノクトは、反論ができない。

「・・・わかったよ。」

と、プロンプトの主張を受け入れながら、もしかしたら、トラヴィスに頼めるかもしれない・・・と邪な考えがよぎっていた。

「よーし、決まりぃ!!!」

プロンプトはガッツポーズをした。よほど嬉しかったのだろう。もとより、この数日だって、ノクトからすれば、ずいぶんあちこちでシャッターを切っていた気がするのだが。

それから、プロンプトはカメラのモニターで取りためている写真をアラネアに見せた。

「ほおら、あーちゃんも可愛く撮れてる」

アラネアは、きゃっきゃっと喜んでいる。

「あーちゃん?これ、あーちゃん?」

「そうだよ~」

喜んでいる姿に、プロンプトも嬉しそうだ。

親子と言うより、兄妹だな・・・こりゃ。

ノクトは平和な光景を微笑みながら見ていた。

アラネアは、さんざんプロンプトと写真を見て楽しんだが、夜寝るときになって、ノクトと寝るといって聞かなかった。部屋にはツインベッドと、簡易なソファベッドがひとつ。

「そっちのほうが落っこちたとき安全なんだが・・・」

到底、アラネアがベッドで眠れるとは思えない。寝ているうちに落ちるに違いない。しかし、アラネアは、首を縦に振らない。勝手にノクトのベッドにもぐりこんでしまった。仕方がないのでノクトがソファベッドに入ろうとすると、今度はそっちについてくる。

さすがに・・・こっちに2人はつらいな。

ノクトはあきらめて、またベッドに戻った。

プロンプトもノクトもまだ眠るには早いと思ったが、アラネアを寝かしつけるのに部屋の電気を消した。こどもの睡眠時間を気にかけるというよりは、早く寝てもらって、静かな時間を過ごしたいと思っていた。アラネアが邪魔をするので、うかうか、もらった資料に目も通せないのだ・・・

「じゃあ、あーちゃん、おやすみ~」

プロンプトは部屋の電気を消して、自分も一応、ベッドにもぐりこんだ。

電気を消して、アラネアはすぐに大人しくなった。犬のようにまるまりながら、ぴったりとノクトに寄り添った。アラネアの暖かさは、意外と心地よかった。誰かとこんな風に寄り添って眠ったなんて、いったいどのくらい昔のことだろう。ノクトは、心地よさに、つい、ウトウトする・・・

・・・・・・どしん!!!!

と、でかい地響きに驚いて飛び起きたのは深夜だ。一瞬、なんのことだかわからずに周囲を見渡したら、プロンプトも同様に驚いてベッドから起き上がったところだった。どうやら、プロンプトもノクトも、あのまま寝入ってしまったらしい・・・

2人のベッドの間を覗き込むと・・・案の定、アラネアが床に転げ落ちていた。

「え?ちょっと、大丈夫??」

プロンプトは驚いて思わず部屋の電気をつける。明かりの中で、豪快に大の字になっていびきを掻いているアラネアの姿が明らかになった。

「ぷっ」

ノクトは思わず噴出した。

「ぜんぜん、大丈夫そうだな。もう、このままにしておこうぜ」

「んー、仕方ないかぁ・・・」

ノクトは簡易ベッドから毛布を取ってやって、アラネアにかけた。たぶん、朝までに蹴ちらしてしまいそうだけど。それからちらりと、時計をやる。ああ、もう少しで夜明けだな。

「もう少し寝るか・・・」

思いがけず早く寝入ってしまったが、まだ疲れが抜け切れていないのを感じる。

「そだね」

散々子守をしていたプロンプトも同様だろう。

2人は電気を消して、それぞれ大人しくベッドに戻った。


次の朝は出発するまでが、大変だった。

まず、朝日が昇るとすぐにアラネアに叩き起こされる。健全な子どもらしくお腹が空いたからなのだが、夜明け前に地響きで起こされた身としては、朝っぱらからハイテンションなこどもの声に、頭が痛くなった。

プロンプトが、昨日もらっておいたパンだの果物だのを広げて、それでアラネアは少し大人しくなった。ノクトはのろのろと起きて、プロンプトが入れてくれたコーヒーを飲んだ。部屋には小さなキッチンもついている。

「一応さぁ、ハンター協会の食堂で安く食べさせてもらえるんだけど・・・節約のために自炊したほうがいいよねぇ」

「おう、頼んだ」

「なにそれ、やる気なし?」

プロンプトはあきれて、

「まあ、実はオレ、イグニスのレシピもらったんだよね」

とノートを広げる。

「しょうがないから、作ってあげるかぁ。あ、でも、ちゃんと手伝ってよ?」

「おう」

ノクトの返事はいい加減だ。

「考えて見れば、10年前はイグニスばかり作っててさ、オレも甘えすぎだったなぁ」

ふーん。ノクトは気のない返事をする。物心つくころからそれが当たり前だったノクトにとっては、あえて、そこをがんばろうという発想はなかった。まあ、甘えていたことは素直に認めるが。

「軍資金は考えないとな・・・出かけがてらハンター協会をのぞいて、できる仕事があれば引き受けてくるわ」

「そうして。あ、でもさー、ノクトは体調万全じゃないんだから、若いつもりでハードなやつ、引き受けないほうがいいよ?討伐とか?」

「それはプロンプトに任せる」

「はあ?!なにいってんの?!」

「冗談だって」

ぷぷぷぷ、とノクトは笑ってごまかした。

それにしたって、勝手に飛び出してきた自分が、軍資金くらいなんとかしないといけないのは確かだった。プロンプトだって、どこで道を別れるかわからないわけだし、なんでも自分ひとりでもなんとかしないと・・・たとえば料理とか・・・そういうことも、めんどうだが、ぼちぼちやってみる必要はあるだろう。

今思うとあの10年は・・・虚しくもあるが、しかし、面倒は何もなかった。ああ、生きるって結構めんどくさいもんだな。

あらためて、自分は王家の身分として優遇され、甘やかされて生きてきたのだと思い知る。

さあて、飯も食ったし。行ってくるわ・・・ とノクトが立ち上がると、アラネアがぽかーんとノクトを見た。

「あーちゃんもいく!!!」

恐れていた反応に、2人は一瞬顔を見合わせ、それからプロンプトが思いついたように「あーちゃん、今日はオレとさぁ写真取りに行こうよ!」と明るく誘った。

「シャシン?」

「そう、ほら、このカメラで!」

プロンプトは、ドヤ顔でカメラを構えてみせる。「撮ってみたいでしょ?」

「うん!!」

アラネアはもう、目をキラキラさせて、カメラに見入っていた。

「じゃあ、アラネア、いい子でな。」

ここぞとばかりにノクト剣とリュックを背負うと、颯爽と部屋を出て行った。どうか、プロンプトのカメラが壊れませんように・・・。


アコルドは小さな島の群れからなる。首都オルティシエの玄関口はほとんどが人口の浮島になっている。闇に包まれたあの日、人口島の大半は大胆に放棄され閉鎖された。グスタフ少佐は、ここより南東の島、ビエントスにいる。といっても、オルティシエからは地続きの半島のようなもので、土地面積で言えば、現在閉鎖されていない地域で最大だ。どちらかというと、アコルドの中心地は、オルティシエからこのビエントスに移っていた。

朝尋ねて見ると、トラヴィスは地図を用意して待っていてくれた。ノクトがまずはじめにグスタフ少佐に会いにくのだろうと踏んでいたようだ。アコルドの事情をひとつひとつ説明しながら、道程を説明する。

「あちらへは陸続きですがね、シガイ対策もあって、小さい地域に分断して、それぞれで防衛線を強いていたもんですから、こちらから入るには決まった通行路しか使えません。まあ、それももうすぐ解放されると思いますが。」

それで、その通行路は、やはり水路なのだ。ビエントスはここより高地にあるので、それがまあ、一番合理的な移動手段なのだろう。

「あっちはアコルドの軍が中心になっていて、こっちはハンター協会が仕切っています。オルティシエは今は、半分は難民の都市になってしまって、アコルドの有力者と富裕層はビエントスに集まっているんです」

「難民か・・・」

「ええ。闇に覆われてからしばらくの間は、ニフルハイムからの難民がかなり押し寄せましてね。でも、半年もすると、もう移動自体が危険すぎて、たどりつける人が希になってしまいました・・・」

トラヴィスは誠実な顔に苦渋の表情を浮かべていた。

結局、トラヴィスが目的の軍の詰め所までノクトを案内してくれることになった。オルティシエのハンター協会に登録したハンターたちは、それなりに行き来の自由が利いたからだ。カメリアからもらったプロファイルに彼女の直筆の走り書きがあったように、グスタフ少佐はカメリアが信頼の置いている人物で、ノクトの素性を開示しても問題がないだろうというのがトラヴィスの意見だった。聞いた話によると、3年前にカメリアが首相の座を退いたとき、それは思ったような穏便な引退ではなかったようである。それは、現首相マルコの政治的な圧力があり、この苦難の闇の時代を、カメリアが神凪とルシス王家に肩入れしたせいだ、と糾弾された。多くのアコルド市民は、長きに渡る闇の時代の鬱屈した気持ちを、誰かにぶつけたがっていたのだ。マルコに同調する市民の声が高まり、カメリアは自ら政治からの引退を宣言した。

「・・・と言ってもですね、ハンター仲間と、難民や下層の市民たちはカメリアさんを支持していましたよ。でも、あのころからカメリアさんも体調を崩していて、ご本人も引退にちょうどいいって考えていたみたいですから・・・我々もあまり強くは抵抗しなかったのです」

ビエントスに向かう水路で、簡易ボート操りながら、トラヴィスは話を続けていた。

「現首相とその周辺はちょっと気をつけたほうがいいです・・・帝国の亡命貴族ともつながっていますから・・・」

「・・・きな臭いな」

帝国が自然消滅して、その支配下に置かれていた国々はさぞかし解放を喜んでいるかと思いきや、帝国の影はまだ存在したのだ。

「まさか、まだ、帝国の属国をつづけるつもりなのか?皇帝が消滅したのに?」

「・・・それは、まだ、わかりません。ただ、はっきりしているのは、アコルドはまだ、独立宣言をしていません。もう、帝国なんて機能していないのに、いくらでもするチャンスはあったと思いますがね。この件については、親しいハンターのうちにも、カメリアさんは口を閉ざしてましてね」

マジか・・・

ノクトは自分の浅はかな考えを悔いるように唇を噛む。自分の命を捧げて、帝国の脅威も、シガイの恐怖からも解放された世界が来る。世界は苦しい時代を終えて、今度こそ、平和で美しい世界を取り戻す・・・それは安易な考えだったのだろうか。

6神が約束したのは、星の病を癒すことだ。それが、恐らく、古のルシス王家との契約だ。人どうしが争うことに、神との契約はなんの関係もしていない。事実、インソムニアは陥落している。

ノクトの胸のうちに、ざわつきが起こる。

「カメリアとグスタフ少佐はどういう関係なんだ?」

「・・・お互い、信頼していると思いますよ」

しかし、その声はなぜか沈んでいた。

「少佐は、優秀な方です。ご自分の信念を持ちながら、政治的な取引にも長けている。カメリアさんが引退したときには、随分難しい立場におられたが・・・なんとか、現首相にも目を付けられずにすんだ」

その言葉には、多少の非難の声も混じっているように聞こえた。

ここも複雑なんだな・・・

ノクトは言葉を呑んだ。


水路の終わりが見えてきた。反対の端にはなかったのだが、厳重なゲートと、警備する複数の軍人の姿が見えてきた。物々しいゲートには、入場者を審査するらしい建物まで見えた。

シガイ相手に入場審査はないよな・・・何のための警戒なんだ?

ノクトに暗い想像が沸き起こる。

「ああ、ご苦労さん」

軍人の一人が入り口でトラヴィスのハンター登録証を見て、2人は建物に入ることなく、そのままゲートを通された。厳重に格子がかかった扉が開き、ノクトはいよいよビエントスへ足を踏み入れる。

アラネアを置いてきて正解だったな・・・

厳重なゲートを振り返りつつ、ノクトは思う。

ゲートを越えると、ビエントスは、この10年の闇の生活が嘘のような、にぎやかな町並みだった。後から聞いた話では、闇が晴れたその日からしばらくは、お祭りのような様相だったようである。ノクトはちょうど、その浮かれた頃に足を踏み入れていたのだ。通りのあちこちでファンファーレが聞こえ、路上では楽隊が跋扈し、あちこちの屋根から風船が上がっているのが見えた。

路上で、人がたむろして、昼間から酒を交わしながらラジオを聴いている。どのラジオからも、勇ましい音楽と、しきりに、’新しい時代の到来'と告げるアナウンサーの声が響く。そして繰り返し聞こえてくる声。

’苦難の日々はついに終わりました。アコルドの未来に万歳!’

どうやら、マルコ首相の今朝の演説のようである。

確かに10年の闇は長かったであろう。シガイにおびえ、食糧難にあえぎ、不安に押しつぶされそうな10年。気が狂いそうになってもおかしくない。そうしてようやく迎えた夜明け。・・・しかし、この浮かれ方は、ノクトはなんとも気分が落ち着かない。

ルシスもこんな風なんだろうか・・・

トラヴィスも同じ気持ちなのだろうか。浮かれた街の中にあって、二人は重く押し黙ったまま、目指す詰め所に向かって淡々と歩みを進めた。時折、酔った人々が2人に祝杯を迫ったが、苦笑したまま、なんとかやり過ごした。

しばらく歩き続けると、にぎやかな通りを過ぎて、人もまばらになった。2人はようやく、落ち着いたように話を始めた。

「すごかったな・・・」

「ええ。自分も驚きました」

トラヴィスは、額の嫌な汗をハンカチでふき取っていた。

そのまま、タイル張りの道路をしばらく歩いた。時折、軍事か、あるいは業務用といった車両が通り過ぎるだけで、人通りはほとんどなかった。

「まだまだ、それなりに歩きますよ」

「ああ、かまわない」

強い日差しの中で汗を掻きながら、ノクトも後に続いた。

途中、昼すぎに倉庫の建物の影に隠れながら、トラヴィスが気をきかせて持ってきてくれたサンドイッチを頬張る。こちらの街で適当なものを買えばよいと思っていたノクトだったが、聞けば、ビエントスの物価は相当に高いのだそうだ。値段を聞いて見れば、水ひとつもそのあたりで買うのは躊躇われた。

いったい、全体、トラヴィスのお膳立てがなかったら、途方にくれるばかりだったろう。ノクトは、自分の幸運に感謝すべきか、自分の不甲斐なさに落ち込むべきか。

しかし、軍の施設がいよいよ見てくれば、そんなことはどうでもよくなった。早く話を聞きたい、と気持ちが焦る。

トラヴィスが、カメリアの紹介状を入り口の衛兵に渡して、二人は待合室にしばし待たされた。30分か一時間が過ぎたろうか。無精ひげで、ぼさぼさの髪の毛を振り回した30過ぎの男が-しかし、その旨の勲章を見ればそれなりの身分だと分かる-待合室に現れた。

「トラヴィス!ひさしぶりだな」

「グスタフ少佐、ご無沙汰しています」2人は良く知った仲のようだった。

「ご紹介します、こちらが-」とトラヴィスが言いかけて、しかし、そこから口よどんでいると、「ああ、紹介状にあった、タルコット・ハリス氏だね」と、少佐は言葉を被せた。

「はじめまして」

ノクトはそれなりに敬意を示して、握手を求めた。少佐は、意味ありげな目をしっかりとノクトに向けて、それから、力強く握手をした。「閣下から、お噂はかねがね聞いていますよ」

閣下・・・カメリアのことか?

「悪いんだが、トラヴィス。ハリス氏と2人で話がしたい。ちょっと彼をお借りするよ」

「ええ、もちろんです」

少佐は、衛兵にトラヴィスに飲み物を振るまうようにと言いつけて、ノクトを手招きして建物の中に入った。

この詰め所は、明らかに古い建物であった。空調に問題があるのか、むっとした空気がこもっており、照明もところどころ壊れていた。

「酷い、刑務所みたいなところだろう」

少佐は自嘲気味に言う。気取らない男のようだ。ノクトはほっとする。

「この有事ですから、驚ろきませんが」

「有事ね・・・10年も続いたら、有事も日常だよ。帝国とルシスの戦争のようにね」

皮肉なのだろうか。わかりかねて、ノクトは沈黙した。

少佐は、ノクトを2階の自分の執務室まで案内した。少佐という階級にしては、表に控える憲兵もおらず、軍服を来ていなければ、建物の管理人の部屋だと思えるようなお粗末な部屋だ。およそ、内装と言えるものはなく、最低限仕事に必要な、飾り気のないデスク(堂々と酒瓶が置いてある)とコンピューターと、雑然と書類が詰め込まれた棚(怪しげなグラビア雑誌もまざっている)がある。

デスクの前の、これも簡素な椅子をノクトに勧めた。

「とても、陛下にお勧めする椅子じゃないがね、まあ、これしかないので、ご勘弁を」

といって、自分の、ノクトに勧めた椅子よりはマシな、肘掛のある椅子にどっしりと腰をかける。そして、いきなりグラスを二つ持ち出すと、引き出しから高そうなブランデーのビンを取り出して、少なめに注いだ。

「失礼、飲まないのとやってられない気分なのでね。あなたもどうぞ」

ノクトは、どうするべきか迷ったが、これで気持ちよく話をしてくれるなら、と思ってグラスを受け取った。

「・・・お付き合いしましょう。実はあまり酒にはなれていないが」

「へえ、そうですか。やはり、10年の修行中は、禁酒だったので?」

修行・・・ノクトは思わず、噴出しそうになった。

「・・・どうも変な噂でも聞かれたようですね」

「まあ、実際、あまり興味はありません。貴方がこの10年どうしていたかは」

少佐は、注いだ酒を惜しそうにちびちびとなめながら、どうにもいい加減な口調だった。

「閣下から古い友人が尋ねれてくると聞いたので、ルシスの関係者だろうとは踏んでいたんだが、まさか貴方とはね。しかし、だいぶ風貌が変わって、はじめはちょっとわからなかった・・・まあ、貴方もご苦労されたんでしょう」

ノクトは、なんとなく歓迎されていないことを感じて、早々と本題を切り出すことにした。

「では、単刀直入にお伺いします。ルナフレーナの捜索について、知っていることを教えていただけませんか?」

「・・・」

少佐はぼんやりとグラスを眺めながら、しばらく黙っていた。しかし、それからめんどくさそうに背後の棚に手を伸ばすと、書類の束を取り出して、無造作にノクトの前に置いた。

「どうぞ。これが、調書のすべてです」

「・・・くれるのか?」

ノクトはいぶかしげに少佐の顔を見た。少佐は、酔っているのかと思いきや、ぎっと鋭い目つきでノクトを睨み付けていた。

「差し上げますよ。もともとは、一級の軍事秘密でしたが、今では、誰も彼女に興味がないのでね」

その言葉にとげを感じつつ、しかし、ノクトは、撤回されることを恐れて、そそくさと書類をかばんにしまった。

「感謝します・・・それと、もうひとつお聞きしたいことが。サルヴァン・ガイールのことです」

「彼からとった調書がそれですよ。それ以上に何か必要?」

「彼の失踪についても、あなたが捜査したと聞いている。できればその調書も・・・」

「残念ながら、そいつは、聖務庁が破棄した」

「破棄?!なぜ?!」

グスタフ少佐はふううと溜息をついて、椅子に深く座りなおした。ぶらぶら左右に椅子を揺らして、なんと答えてやろうかと思案しているようだった。

「・・・まあ、私の推測を出ないが、サルヴァン・ガイールは聖務庁に泥をぬるようなことをしたのか・・・あるいは、何かの秘密を握っていたのか・・その両方か・・・」

この男は何かを知っている・・・いや、感づいている・・・

ノクトは思い切って「あなたの推測で構わない。聞かせてくれ」と迫った。

少佐は、ノクトの目の前に横柄に肘をつきながら、しばし、挑発的にその目を睨み付けていた。

「・・・推測ね。それは、神凪の生死?それとも、サルヴァン・ガイールの正体?」

「・・・両方聞かせてくれ」

ふーん。と少佐は、試すようにノクトの表情を眺める。

「では、まあ、私の妄想をお聞かせしましょうか。まったく根拠がないことなので、当てにしないで欲しいが。まず、神凪の生死だが・・・悪いが私には興味がない。ただ、閣下から捜索を依頼されたときには、もちろん、万が一の可能性もかけて、生存している場合も想定した。丸24時間、周辺海上の捜索を行いましたよ。まったく、収穫はなかったが。それは別として、生きているか死んでいるか、いずれにせよ、サルヴァン・ガイールが回収した可能性はあると思っている」

「それは・・・」

「根拠はない、と、言ってるでしょ。ただ、やつの事情聴取を読めば、誰だって不自然だと思う。明らかに、隠している。あるいは見つからないことを願っている。死体だか、生存者だかわからないが・・・神凪を隠したがっているのは私にも分かった。だが、お分かりだろうが、あの時のアコルドにとって、生きていようが死んでいようが、見つからないほうが都合が良かった」

ノクトは一瞬、怒りを覚えた。が、すぐに、目を伏せて、気持ちを落ち着かせた。彼の言うことは何も間違っていない。あの状況で、さらに帝国に睨まれるようなことは避けたいのが普通だ。

「・・・だから、私はサルヴァンの事情聴取を鵜呑みにする振りをして、閣下に捜索の終了を提言した。閣下はね・・・心中かなり、悔やんでおられましたよ。彼女を守れなかったことを」

彼の口調は、カメリアの心中を察しているためか・・・少し寂しげで、そして穏やかになった。

「それで・・・あなたは、サルヴァンが何者だと?何の目的でルーナを隠したと?」

「憶測ですよ」

「もちろん」

ふううう。少佐は溜息をついた。それまで無理に意地を見せていたのが、気が抜けたようだった。表情は急に穏やかになっていた。今は、昔話を思い出すような、そんな顔をしている。

「・・・私は、かなり以前から、彼がスパイではないかと思っていた」

「スパイ?」

「そう。帝国のね。アカンテの出身と言うことだが、どうにもその経歴が怪しかった。テネブエラのゆかりのもの、というと、なんとなく安心感を与えるのでね。かの、神凪さまのおかげだよ。しかし、そういう土地を介して、帝国は、実際かなりのスパイを送りつけていた。属国といえども安心はできなかったのでしょ」

サルヴァン・ガイールが帝国のスパイ・・・とすると、彼女は帝国に捕らわれたことになる。

「いや、それは考えにくい・・・」

「そうでしょうか?」

ノクトは、息が苦しいのを感じて、押し黙った。

少佐は、残りの酒を一気に飲み干した。といっても、それは、惜しかったのだろう、はじめからたいした量は注いでいなかったのだ。飲み干して、つまらなそうに空いたグラスを眺める。

「・・・今更、彼女を探してなんになるんです?まさか、もう、これで終わったと思ってないでしょうね?」

ノクトは彼の質問の意図がわかりかねて、困惑した表情を浮かべた。

「このビエントスに、帝国の貴族が亡命しているのは知っていますか?」

「ああ・・・先ほど、トラヴィスに聞いたばかりだが・・・」

「ひとりやふたりじゃない。あんたは、ルシスと帝国の長い戦争はようやく終わったと思っているんだろうが・・・きっと、また、新しい戦争が始まる」

「まさか!帝国国内は壊滅的だと聞いてる」

少佐は、目を瞑って苦しそうに首を振った。

「・・・それがなんだっていうんだ。戦争をしたがっていたのは、帝国の強大な独裁者ひとりだけだったと、そう思っているのか?バカな・・・。戦争って言うのは人間が起こすんだよ、陛下。シガイじゃない。生き残って欲があれば誰でも起こせる。この闇の10年間ですべての地図は白紙になった・・・光が戻った今、この空白の地図をどう支配するかが、やつらの関心だ。誰もが乗り遅れまいと考える。シガイに支配されて、おびえながら過ごしたこの10年の方が、よほど平和だったんじゃないかと、そう思うかもしれないぜ」

彼の声は、ノクトを非難するのではなく、自分自身に失望し、絶望しているかのようだった。

「・・・失礼。与太話が過ぎましたね。」

と、彼は立ち上がった。「もう、仕事に戻らないといけないんでね。」

少佐は、まだ口を付けていないノクトのグラスをさっと受けとって、それを自分で飲み干してしまった。

「早くに来ていただいてよかったですよ。実は明日にはもう、ケルカノ方面に赴任なんです。・・・あそこが、一番初めに火種になるかもしれないんでね。闇が晴れて、これから大量の難民が押し寄せることになるでしょう。アコルド政府は、これ以上の難民は入国させないといっている・・・」

それから少佐は、何も言えなくなってしまったノクトに、虚しい笑いを向けて、握手を求めた。ノクトは戸惑うままに、その握手に応じた。

「・・・今度お会いすることがあれば、もっとマシな話をしましょう」

ふふふふ。グスタフ少佐は、悲しそうに笑った。























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