Chapter 17.1 - 小さいアラネア -


エンジンをふかすのと同時に、プロンプトはカーステレオのスイッチを入れた。ノクトは、上にいるイグニスやグラディオや、それにコル将軍たちの耳にも届くのではないかとドキッとした。プロンプトは気にした様子がない。まるで、休日にご機嫌なドライブに出るといった表情だ。

高速道路はことごとく破壊されていると聞いていた。避難用の道路を抜けて街中に出ると、街中を縫うように走った。静まる廃墟の中、がんがんにBGMを響かせながら通り過ぎる。眠っている街をたたき起こすかのように、音響が建物に跳ね返って増幅する。ちょっと、うるさいんじゃないか・・・と言いかけて、誰を気にかける必要もないことに気がつく。遠く王宮に音が届くとしても、せいぜい、イグニスが顔をしかめるくらいだろう。

10年の眠りから蘇った王家の車が、ご機嫌に無人の街を駆け抜ける。シュールだな、とノクトは思う。

ところどころ、倒壊した建物を迂回しなければならなかったが、プロンプトの勘がさえていたのか、思いのほかスムーズに南ゲートまでたどり着いた。南ゲートはかろうじて、肩側の路線が通れるようになっており、ついにそこを切り抜けると、プロンプトは思わずガッツポーズをした。

「いえーーーーーーーーーーーーーい!!!」

外は、砂漠地帯だ。乾燥した大地が延々と続いている。

道路の大半は砂の中に埋もれていた、かろうじて立っている街灯を頼りに、道を進む。

「うわー、ちょっと。天井閉めよっか」

進む先にひどい砂嵐が沸き起こっているのが見え、プロンプトは慌ててルーフのスイッチを押す。ゴゴゴゴゴ・・・ 2人の心配をよそに、順調に天井が閉まった。

「ちゃんとなおってんな」ノクトが感心する。

「すごいでしょ?」

鼻を鳴らして、プロンプトは得意げだ。

「しかし、こっちのほうは荒れ方が酷いね。早いトコ、西に折れる道に入りたいな。このまま進むとガーディナからも遠ざかっちゃうし」

「今も地図の通りなら・・・数キロ先に西に折れる幹線道路があるはずなんだが」

ノクトは、プロンプトから渡された地図を眺める。地図は10年以上前に作成されているが、王都以西の部分には、プロンプトのメモがあちこちに書き足されてて、情報をアップデートしてあった。わずかに新しく通した道もあるようだったが、あちこちの道が障害物などで塞がれているのも分かった。

さすがに王都周辺については新しい情報は追記されていない。

運頼みだな・・・

幸か不幸か、このあたりは、早いうちに放棄されてしまった地域だ。目立った建物もないし、時折目にするのは乗り捨てられた戦車くらいか・・・ 道を塞ぐようなものはないと願う。

車は道の悪さに、激しく上下していた。

「緊急車両だから、頑丈にできていると思うけど・・・あんまりスピードは出せないな。・・・しゃべると舌噛みそ!」

「じゃあ、だまってろよ」

「ノクト、ちょっと、シートベルトして!!」

プロンプトが手際よく自分のシートベルトを締めると、ノクトも、大人しくそれに従った。

プロンプトの運転はなかなか慣れたものだ。鼻歌を歌いながら、道の状態を見極めながら、器用にハンドルを切る。ノクトはなんだか、対抗意識が燃えるのを感じる。オレだってあの旅で、もうちょっと運転させてもらえてればな・・・。

「なあ、もうちょっとしたら、運転させろよ」

「えええ?!冗談でしょ?」

試しに言ってみたのだが、あっけなく一蹴されてしまった。

「ノクト、10年ぶりの運転でしょ?しかも、こんなオフロード走ったことあるの?!」

ノクトはむっとして、「お前を救出するときに、ニフルハイムの線路の上なら走ったぞ」と、低くぼやいた。

ぷぷぷ、とプロンプトはバカにするように笑う。

「あとで、もうちょっといい道に出たら交代するからさぁ」

なんだよ、ガキ扱いだな・・・

面白くないが、仕方がない。自分は閉じ込められていて、人間としてはどうも10年間静止していたような気がする。10年経ったこの世界では、右も左もわからない頼りない存在だ。認めたくはないが、今はプロンプトの方が、自分よりよほど頼もしい。

そういえば、10年前王都を出たばかりのときも、はじめて触れる外の世界に、自分が頼りなく思えたっけ・・・

と、考えに耽っていると、突然、車が急停止した。なんの心の準備もなかったノクトは、一瞬大きく前に揺れて、そしてシートベルトで強く引き戻された。衝撃で座席に背中ごとぶつかる。さっきまでやかましかったBGMもぴたりととまって、不安を覚えるほどの静寂が戻る。プロンプトはエンジンを切っていた。

「・・・なんだよ、おい?!」

「ごめん、ごめん!ちょっと、ノクト、ここで待ってて!」

プロンプトは上機嫌な様子でさっとカメラを持ち上げると、車を出て、道路右側のゆるやかに高くなっている丘を上っていった。風は先ほどよりも心持ち和らいでいて、なんとか外を歩けそうだ。

ノクトもプロンプトをゆっくりと追いかける。

丘の上に上がりきると、道路が緩やかに曲がった先に、大きな谷間が口をあけているのが見えた。高い山脈に挟まれるように、道路が向こう側へ通じているのが見える。傾きかけた光が、谷間をよく照らしていたが、道路には目だった異変がない。どうやら、あちら側に抜けられそうだ。

「無事、抜けられそうだな」

「ん?ああ、そうね」

プロンプトはほとんど聞いていないようだ。谷に向かって夢中でシャッターを切り続けている。うろうろと歩き回って角度を変える様子が、堂に入ってる。写真のほうも、この10年で腕を上げている様子だ。

「うん、よし」

と言って、プロンプトはようやく顔を上げる。

「お待たせ!いきまっしょ」

「へいへい・・・」

こいつの運転に頼るうちは、文句は言えねぇな・・・。ノクトは苦笑いしながら、満足そうな友人の顔を見た。

友人はもう、自分の従者ではないし、この旅は、ノクトだけの旅ではない。これは、10年前の旅の再開ではないのだ。

めんどくせぇ使命もねぇし。王子も王様もねぇ・・・か。

「あれ、何、笑ってんの?」

運転席に戻りながらプロンプトが聞く。

「べつに」

と言ったが、ノクトの顔は、なぜかにやけていた。


車が谷を抜けると、リード地方に入った。ここへ来て、ようやく生き物の気配がする。なんとか生き延びた野生動物たちの姿が草原の遠くのほうで見えた。道路はまだ使用している形跡があった。砂埃も収まったので、ご機嫌にルーフを全開にしてみた。

「喉渇いたなぁ。お水ちょうだい」

「おう」

ノクトは、ドアポケットから水のボトルを取り出して、キャップをあけてやるとプロンプトに渡した。

「サンキュー」

と受け取って一口飲んだところで「・・・これ、ちょっとカビ臭い・・・」と顔をしかめる。

「しかたねぇだろ。オレも今朝飲んだけど、いまんとこなんともない。気にすんな」

「あー、エボニー飲みたい」

「エボニー?まだ、作ってんのか?」

「うん。レスタルムまでいけば手に入るよ。て、いっても、材料も限られているからエボニーもどきだ、ってイグニスがいつもグチグチ言ってる」

プロンプトはちらっとノクトの顔を見て「レスタルム、寄って見る?寄ったら、イリスにも、マリアちゃんにも会えるのに~」と、いたずらっぽく聞いた。ノクトは答えないで黙っていた。

「今、いったらさぁ、ノクト、びっくりすると思うよ。レスタルムは、今は、インソムニアと同じくらいの規模にまで広がってる。」

「そうなのか?」

ノクトは、そこそこ大きいが、ゆるい観光地といった感じの10年前の光景を思い出していた。

「あそこの動力源がたよりだからね、避難民がどっと押し寄せて、年々拡大してってる。外周のほうはスラムになりかかってさ、治安も悪化して、何年か前に騒動がおきそうになって、それでそのとき電力会社の経営陣と、商人の有力者と、コル将軍とか王都の関係者で、レスタルムに結構しっかりとした自治組織をつくりなおしてさ。それまでも、それぞれゆるい自治区みたいなのは立ち上げてたんだけど、レスタルムは本格的だね。市長選挙までやってるもん。」

あははははは、とプロンプトは思い出し笑いをしながら「将軍が一回、レスタルム市長に担ぎだされそうになって、本人が断固拒否してさ。もとより、自治だけじゃなくて、巨大化したレスタルムの周辺地域のシガイ駆除なんかも相当の課題だったし、そっちに手が回んなかったと思うけど。」

「イグニスやグラディオも、王家ゆかりの人間ってことで、結構期待されてたみたいだけど、二人ともノクト不在のうちにはあんまり、政治的なところには関わりたくないみたいで。将軍と同じく、自衛組織やハンター仕事にいそしんでたよ。」

2人はしばしば沈黙して、イグニスとグラディオのことを考えてた。いよいよ復興に向けて、あの2人は、ルシスででかい仕事をするに違いないだろう、と、ノクトは思う。プロンプトは違うことを考えていたようで、「あの2人・・・、コル将軍に怒られてるかな?」と、少し申し訳なさそうに言った。

「そうか?」

「もう・・・」とプロンプトは、ちょっと不満そうに頬を膨らませた。「決まってるでしょうが」

「そういや、コル将軍は随分白髪が増えてたな」

ノクトは話をそらした。

「そりゃ、10年前にくらべりゃね。でも、今でも最強じゃないの。グラディオも、相変わらず勝てないっていってたよ」

「マジかよ。すげな」

車は、数日前にノクトが帰郷し、タルコットのトラックに載せられてハンマーヘッドまで通った道を、逆に向かっていた。あの時は、闇の中にすっかり変わり果てた町の様子を眺めていた。今は、傾いた光の中で、静かな廃墟が浮かび上がるが、ちまたにシガイが溢れかえっていたあの夜に比べると、誰もいない廃墟でも平和な光景に見えた。

まもなく、潮の匂いがしてきた。

「近づいてきたねぇ」

「だな」

プロンプトは気分が変わったのか、音楽をラジオに切り替えた。今度は上手く受信して、ちょうど誰か学者のインタビューのようだ。

-・・・が示すように空気中の瘴気が完全に消滅しています。土壌にわずかに残っていたウィルスですが、すでにこの2日でみるみる減少しているのが観測されています。この調子でいけば、あと数日もすれば、検出は不可能になるでしょう。

-・・・以上が、E.グレーニ博士の会見でした。この突然の瘴気の消滅ならびに日照の回復については、10日ほど前に帰還が確認された、ノクティス殿下との関連が取りざたされておりますが、まだ、確かな情報は入ってきておりません。コル将軍が調査隊を結成して本日より王都へ入ったとの情報もあります。レスタルム暫定自治区のオヴァール市長は、現時点でコメントできることはないと発表しております。また、同じ席で、ハイウィンド長官より、この2日の調査で、シガイは確認されていないとの発表がありました。しかし、市長は、完全な安全が確認できるまでは、引き続き、警戒を緩めないよう、市民に警告を行っています。

さて、安否が心配されるノクティス殿下ですが・・・

「もういいだろう。消せよ」

ノクトは溜息混じりに言った。プロンプトは無言のまま、ラジオのチャンネルを変えた。静かなバラードが流れてきた。

「アラネア姉さんも有名人だな」

プロンプトが空気を換えるように、明るく言った。

「ん?アラネアがどうしたって?」

「今、”ハイウィンド長官”って、言ってたでしょ?」

「ハイウィンド長官?それ、アラネアのことか?」

「そうだよー、オヴァール市長に指名されちゃってさー。自治区の防衛隊を組織してんの。コル将軍は、旧警護隊と王の剣を一緒にして仕切ってるよ。こっちは他の地域をカバーしてる。二つの組織はいい感じに連携してるけどね。姉さんが、もともとニフルハイム人だって、ほとんどの人は気づいてないと思うよ」

「もっとも・・・」とプロンプトは続けた。「オヴァール市長は姉さんに下心があって、長官指名したんだよ、絶対!!あの、ハゲのおっさん、ほんと抜け目がなくて!!」

プロンプトはいかにも不服そうだ。ノクトは笑った。

いよいよ、ガーディナの海岸線が見えてきた。

「うわぁ、シガイのいない、海辺!およぎたーい!」

プロンプトが興奮して叫ぶ。確かに、キラキラと夕焼けに光る海は美しかった。遠目から見ると、ガーディナの船着場もさほど10年前と変わっていないように見える。釣り場の桟橋も、まだまだ使えそうだ。そして、その船着場の向こうの海に、変わらず、奇抜な神影島が見えた。

釣りでもすっかなぁ。それとも、今からすぐに出発すれば、すっかり日が落ちるまでにオルティシエまでいけそうだが・・・。

ノクトは迷う。このままぐずぐずしていると、余計な邪魔が入らないとも限らない。

車は、10年前と同じように、船着場の駐車場に滑り込んだ。ところどころ、とばされてきたゴミや木屑なんかで汚れが目立ったが、大きく崩壊したところは見られなかった。遠くの船着場に、ノクトが乗り捨ててきたボートが無事に残っていた。

「よかったぁ、ボート、あったね!これから、どうする?」

「そうだな。とりあえず、ボードがすぐに動かせそうか、調べて見るか」

「了解!」

プロンプトは車の整備に使ったような道具を一式持ち出した。整備する気が満々のようだ。

「お前、まさかボートまで整備できんのか?」

「え?まあ、やったことはないんだけど、車と共通してる構造もあるでしょ?エンジンとか?」

あくまでも楽観的だ。

まあ、燃料さえ問題なければ、つい数日前に動かしたばかりの船体だ。動かないことはないだろう。

2人は道具を抱えて、船着場のほうへ向かった。レストランまでの桟橋はほとんど問題がない。丈夫にできているもんだ。一方、レストランの内部は、荒れようがひどい。中の家具はほとんど破壊されて散乱している。懐かしいキッチンカウンターも、見る影もない。使えるものがないかと覗き込んだが、ほとんどが瓦礫となっていてあきらめた。

「ボートがいい感じに、夕焼けに染まってるねぇ」

ノクトが内部の様子を伺っている一方で、プロンプトは燦燦たる屋内にはあまり目を向けず、穏やかに上下するボートのほうを眺めていた。

2人はほどなく、奥の桟橋まで降りたった。ボートの外観がはっきりしてきて、見たところ破損はなさそうだ。ノクトはほっと胸をなでおろした。

「それにしてもアラネアが長官か・・・なんかぴんとこねえな。」

「そう?もともと、あの人准将じゃなかったっけ?」

「傭兵部隊だろ。腰を落ちつけて要職につくような柄じゃなかったよな」

「アラネア姉さんはねぇ、もともと人助けが好きなんだよ。どっかのダンジョンで助けてくれた時さ、オレ、ピンと来たよ!この人は、懐が大きいって!!」

「そういや、お前がアラネア、アラネアってうるさくなったの、あの時からだな」

「なにそれ、ノクト!!」

と、プロンプトが、反論しようとノクトに体を向けたその時、2人の目の前に迫ったボートが、急に大きく揺れた。はっ、として、2人は身構えると、それぞれ後ろに飛びのいた。と、同時に、何かがボートの上から桟橋の上に飛び降りた。大きく、釜のようなものを振りかざし、その先が、桟橋の板に食い込む。

くわぁあああああ 獣のうなり声。こどもほどに体は小さいが、毛皮を全身にまとって・・・その隙間から見えているのは、人の腕か?あまりに色が白く・・・むしろ青く見える。

「まさか・・・シガイか?!」

ノクトは、なれない手つきで背負っていた剣を鞘から引き抜く。

「待って!!!」

プロンプトが慌ててノクトの前に出る。

「シガイじゃないよ!」

「え?!」

ノクトは剣を構えたまま、警戒の姿勢をとった。プロンプトは、自分も緊張した面持ちで、ノクトとその何者かの間に入った。彼も、シガイではない、といいつつ、腰のピストルにしっかりと手をかけて、警戒はしているようだ。しかし、ノクトを左手で静止し、自分に任せるようにと身振りをしていた。

じっと、固唾を呑んで向き合っていると、もっそりとその何者かは体を起こした。何かの毛皮のような黒っぽい塊から顔出したのは、人の顔には見える・・・こどもか?

しかし、その表情は尋常ではない。白すぎる頬に、青い血管が太く浮いていて、目は血走って狂気を浮かべているように見える。そして、ケダモノのようなシューシューという息遣い・・・

「おい、プロンプト・・・!」

押し殺した声で背中に呼びかける。

やはりシガイじゃねえのか・・・と言いかけたとき、プロンプトはその言葉を待たずに「違うよ。人間のこどもだよ」と、はっきりと言った。

「ねえ・・・君。オレの言ってること、わかるかな?」

プロンプトはなるべく穏やかに、相手をなだめるように語りかけた。青白いケダモノのようなこどもは、警戒したような鋭い眼差しを、じっと、プロンプトに向けている。

「ずっと、ここにいたの?ねえ・・・お腹、空いていない?オレ、いいもの、もってるよ」

といって、プロンプトはゆっくりしゃがみこむと、ズボンの後ろポケットから、チョコバーを取り出して、目の前で袋をやぶってみせた。

「これ、うまいんだよねぇ!」

そして、がぶっと、大げさに一口かじってみせる。

「んんー!うまい!」

明らかにこどもの警戒心は、和らいでいるように見えた。まだ、距離を保ちながら、しかし、目からは殺意は消えていて、プロンプトの手元を一生懸命に追っているのがわかる。

「君も、食べる?良かったら、どうぞ!」

プロンプトが人のよさそうな笑顔を向けながら、かじりかけのチョコバーを目の前において見せて、それから、少しだけ、後ろに離れた。こどもは、じっと、置かれたチョコバーを見て、それから、時々、プロンプトやノクトに警戒の目を向けながら、そろりそろりと這うように近づき・・・いざ、手にとった途端、警戒はまったく忘れてしまったのか、どーんと胡坐を掻いて座り込んだまま、チョコバーをむしゃぶり始めた。

「あ、あー。紙は取ったほうがいいよ。そうそう、それは、おいしくないから」

プロンプトは子どもの目線の高さにしゃがんだまま、にっこり笑って話しかけた。

ノクトはあっけにとられて、剣を鞘に収めると、彼に習ってしゃがんでみた。

「・・・ほんとに、こどもなのか」

「・・・ノクトは驚いたよね」

プロンプトが、寂しそうに笑みを浮かべながら、やさしい視線を野獣のようなこどもに送っていた。

「この10年で生まれてきた子達、個人差はあるけど、こんな感じなんだ。肌はひどく白くてね。血管が透けて見えちゃうの。写真で見るとよくわからなかったかもしれないけど、マリアちゃんも結構白いよ。レスタルムにいる子達は栄養状態がよくて、まともなほうだけどね。やっぱり、日が当たらないとね・・・発達がうまくいかないらしいんだ。特に骨格とか・・・。マリアちゃんは、幸いぱっと見ただけじゃ、わからないくらいだけど、それでもさ、これまでにちょっとしたことで5回も骨折してるってグラディオが言ってた・・・。酷い子達はさ、成長の過程で体が結構曲がっちゃったりしてさ」

こどもは、チョコバーの紙をべろべろとなめながら、しかし、それが食べ物でないことは理解しているようだ。そして、なめきってもう味がしなくなったのか、やがてその紙をペッとはき捨てた。そして・・・

「オレの体は曲がっていない」

はっきりとした口調で言う。見た目では分からなかったが、女の子の声だ。

「お前・・・しゃべれんのか」

女の子は明らかにむっとした表情をノクトに向けて、また、警戒するように釜のようなものを振り上げた。それは、よく見れば何かの骨のようであった。

「よかったぁ~!これで、お話できるね。」プロンプトは、大げさに喜んでみせる。そして、もう、何も怖がっていない、というのを見せるかのように、どっしりとその場にお尻を下ろして、くつろいで見せた。

「ねえ、君、名前はなんていうの?オレは、プロンプト。こっちは、ノクトだよ」

「・・・」

女の子は、ノクトとプロンプトの顔を交互に見比べながら、しばらく思案していたが、やがて、ぽつんと「・・・アラネア」とつぶやいた。つぶやいてすぐに、アラネアは下を向いて、二人の顔を見ないようにしていた。

ふうん。さっきの話を聞いていたのかな・・・ノクトは怪訝に思ったが、プロンプトは、「アラネアかぁ!かわいいね!じゃあ、あーちゃんて呼ぼう!」と、ひとりで納得してこぶしを叩いて見せた。

「アラネア、お前、ひとりか?」

ノクトは、もういいだろうというように、さっと立ち上がって、この小さいアラネアを見下ろす。途端に、アラネアはさっと後ろに退いて、野生的なうなり声を上げながら、警戒の態勢をとった。

「なんだよ。言葉はわかるんだろ」

「ちょっと、ノクト!!」

プロンプトの声は明らかに咎めているようだ。もう一度、自分に任せるように、なんもしゃべるなと、口元に指を立てて合図をしてみせる。

それから、気を取り直してアラネアのほうへ向いて、また、やさしく語りかけた。

「あーちゃん、お父さんとお母さんはどこにいるの?」

野獣の子は、あーちゃんと呼びかけられても、いやそうな顔はしなかった。ただ、少しの間首をかしげたりしていた。言葉の理解は完全ではないように見える。

だが、考えあぐねてようやく結論に達したようにプロンプトを見て、「前のは、ちょっと前に死んだ。前の前は、もっと昔に死んだ」と、感情のない棒読みのような声が返ってきた。

・・・マジかよ。ノクトは口の中でひとりごちる。

この有様、まさか、このちっこいのが一人で生き延びたと言うのか。この闇の世界を?

「そうか・・・死んじゃったんだね」プロンプトは悲しそうに答える。

「それから、あーちゃんはずっとひとりだったの?ここには、いつきたの?」

この質問はよほど難しかったらしく、アラネアはしばらく寝入ったように目を閉じ、それから、がばっと頭を上げて「ずっと、あっちの穴の中にいた」と、海岸沿いに岩場のほうへ行った方向を指差していた。

プロンプトとノクトは、同時に指の先を目で追って、確かにその辺の岩場のくぼみに、洞窟らしきものがあるのを確認していた。二人は顔を見合わせる。プロンプトは、なぜか泣きそうな顔をしている。

わかってるよ・・・置いてはいけないだろ・・・。

ノクトはもの惜しそうにボートを見やってから、「じゃあ、これからその穴を見に行くってのはどうだ?」と言ってみた。野獣の子は、なんということもなしに、「いいよ」と答えた。ようやく、ノクトへの警戒も薄れてきたようだった。


すっかり夕暮れになった海岸を奇妙な3人連れが歩く。アラネアは土で真っ黒になったはだしを遠慮なく海の波につけながら、プロンプトの隣を大人しく歩いている。ノクトは遠慮して、2人から少しはなれて、内陸のほうを歩いていた。プロンプトに言われて、なぜかひとりでキャンプ用品を持たされていた。まあ、あっちが子守でこちらが荷物持ちでは、仕方がない。

ちょうど釣りの桟橋に差し掛かったとき、ノクトはそっちのほうに気が引かれながら、

「なあ、アラネア。その穴はどの辺だ。」と聞いてみた。アラネアは、海岸線上のさらに遠くの、視界から消えるぎりぎりのあたりを指差していた。まだ、結構な距離がある。

日はすっかり傾いて、あと1,2時間で夜が来るだろう。

「行くなら、明日にするか」

「そうだねー・・・」プロンプトもその距離を目測して、苦い顔をする。

「ほら、プロンプト、代われよ!」と、ノクトはキャンプ用品をプロンプトに押し付けて、自分は釣具を持って張り出したほうへ進んでいった。

「えー、自分だけ釣り?!ずるくない?!」

「夕飯を3人分用意するんだろ?そいつと2人でテントを組み立てておいてくれ」

ノクトは上機嫌で釣り糸をたらした。10年で、追いつけないものが残されているとすれば、こいつしかない。この異変で、果たして海の生態系はどうかわったのだろうかとも思ったが、自然と胸が高鳴る。

プロンプトにてっきりついていったものと思っていた野獣の子は、ほどなくしてノクトのそばにやってきた。

「あれ?お前・・・」

標のほうを見ると、プロンプトがひとりでテントを組み立てているのが見えた。

オレは嫌われていると思ったが・・・まあ、いいか。

アラネアは不思議そうに、ノクトの脇にしゃがみこんで、糸の先を見ている。この距離によると、彼女の、まさに野生動物のような体臭がつんと鼻につく。

風呂なんか何年も入ってねぇんだろうな・・・

「興味あんのか?」

気を聞かせてその背中に声をかけてみた。アラネアは振り返りもしなかった。邪魔しなけりゃいいが・・・という言葉は飲み込でおいた。また、感情を荒立ててもめんどくさいだけだ。

なんどか竿を振り下ろしたが、なかなかあたりがなかった。魚がいなくなってしまったのか、生態系が代わって、このルアーじゃ、引っかからないのか・・・。

あきらめかけたその時、ちょんちょん、と ルアーをまさぐる手ごたえを感じて、次の瞬間・・・!!

「来た!!!!」

ノクトは、思わず声を上げた。ぴーんっと、ラインが張り、大物の手ごたえがする。

「アラネア!!頼むからちょっとどいてろ!」

アラネアは不思議そうな顔を向けたが、怒ったようすもなく、何を思ったか、そのまま、桟橋の端からちゃぽんと、海の中に入った。

えええ??

ノクトはラインの引きと、アネリアの行く先を同時に追わねばならなかった。しかし、彼女はなれた様子で悠々と海を泳いでいる。ほうっておいて大丈夫そうなので、ノクトはまた、釣り糸の先に集中した。

左に、右に、獲物をかく乱するように竿を振る。この感覚!10年ぶりとは思えない。体はしっかり、覚えていたようだ。

キリキリキリ・・・ ラインが持つか?

「逃がすかよ!」

ノクトは、歯軋りをしながら、ギリギリの駆け引きをして、ひきつけたり緩めたりを繰り返した。やがて、少し魚の勢いが衰えた。かろうじて、波間に、近づいてくるその影が見える。夕陽が反射して、その衣が金色に見えた。

よし、あと少し・・・!!

ノクトは仕留めにかかり、思いっきりリールを巻いた。魚の姿がすぐそこまで、近づいてきた。いよいよ引っ張りあげようと手を伸ばしたその時、

ぷつんっ

と、絶望的な音が響く。あっ、と、伸ばした手の先から魚が離れていこうとするのが見えた。

と同時に、大きな影がその横をさえぎった。ばしゃん!!!と激しいしぶきが上がって、とがった槍のような骨の先に、金色の見事な鱗がのた打ち回っていた。

あっけにとられて、ノクトはしばし呆然となった。

野獣の子は、得意げに頭上に獲物を掲げながら、桟橋のほうに泳いで近づいてきた。


「あーちゃん、すごい!!!」プロンプトは獲物をアラネアから受け取って、その頭をむちゃくちゃになでてやっていた。頭をなでられて、アラネアは驚いた顔をしたが、嫌がってはいなかった。

「・・・途中まで、ひきつけたのはオレだからな?」

納得いかない顔で、ノクトが大人げのないこと言う。

「そうだね、ノクトもお疲れさま♪」

また、子どものようにあしらわれてしまった。ノクトはがっくりとうなだれるように椅子に座った。

なるほど、今はアラネアが一人で生き延びたといっても、そこまで驚かない。ちょっと、俊敏な動きが見えなかったほどだ・・・。もちろん、魚に気が取られていたせいかもしれないが。

ノクトは、焚き火の脇に腰掛けるアラネアを見ていた。もしや危ないことはしないだろうかと注意を払っていたが、アラネアは必要以上には焚き火に近づかないし、触ろうとはしない。火、そのものは知っているようだ。

「ねえ、ノクト。ジャングルブックを思い出さない?」

「ああ。オレも、いま、それを考えてた」

渡された魚を、プロンプトは丁寧におろして、料理にしていた。まさか、そのまま塩焼きくらいだろうと踏んでいたノクトには、プロンプトの包丁捌きに驚かされた。なんとか10年後に持ち越してきた釣りのスキルでさえ、この二人の前では色あせてしまいそうだ。

やれやれ・・・ノクトは、ぐったりと、心地よい疲れを感じながら、食事が出来上がるのをまった。





























1コメント

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    2017.02.26 14:49

    ちなみにゲーム中では、道中プロンプトがノクトの許可を待つことなく、勝手に写真を撮りに行ってしまいます。