Chapter 16.8 - 旅の支度2 -

その日の夕食、ようやく、ノクトは出された食事を食べきることができた。夕食後には、もう、早くもつかれきってベッドに横になったが、確実に体力の回復を感じる。朝起きたときは、あまりの体の重さに、もう2度とまっとうな生活はできないんじゃないかと不安だったが、大丈夫。この調子なら、数日もすれば普通の生活に戻れる。それから、また、体を鍛えなおせばいい。

プロンプトは、食事を早々に終わらせて、浮かれきった様子でまた、車の整備に行ってしまった。ついていこうとしたが、ノクトは早く、体調を直してよね!と、迷惑そうに言われてしまったので、大人しくベッドの上に留まった。しかし、自分も早く旅に立ちたい気持ちが抑えられない。

「イグニス、車に積み込める食料や水があるか?」

「・・・ああ。調理場に、幸い緊急備蓄用の飲料水のボトルが残っているな。あとは缶詰とか、持参したもので、2,3日分は用意できそうだ。しかし・・・」

と、イグニスは少し心配そうな顔を向けて、

「何もここから発つことはないだろう。まずは体力を回復して、それからせめてハンマーヘッドに行けば、十分な物資が用意できるぞ」

「そうだな・・・」ノクトは気のない返事をする。

「とりあえず物資を詰め込んでくれないか」

どうしても、一日でも早く発ちたい、と言う気持ちが、ノクトを突き動かしていた。

グラディオが明らかにむっとして、ノクトを睨み付けたが、すぐに目をそらした。

すっかり、怒らしちまったな・・・ ノクトは少しの寂しさを覚えた。とは言っても、思い出せば、これまでの人生を通じて、グラディオとはぶつかり合うことが多かった。ぶつかっては信頼を得、また失望されてはぶつかり・・・自分をようやく認めてくれたと感じたのは、本当に、ついこの間のお別れのときくらいじゃないか?

見ると、イグニスも複雑な表情をグラディオに向けている。目が見えないと言うのに、本当に見えていないか?と思うほどに、人の表情の変化に敏感に反応している。

残りの食事をかっこんだグラディオが、さっと立ち上がった。

「片付けは手伝う。イグニス、行くぞ」というと、ノクトとプロンプトの空になった皿も雑に取り上げて、さっさと部屋を出て行った。イグニスは苦笑しながら自分も立ち上がって、その後を追った。部屋を出る間際、ノクトのほうを振り返りながら、「なるべく、意向に沿えるようにする」と言い残した。その顔は、穏やかな笑顔だった。


「おい、何だって・・・」

と、エレベーターに乗り込んだ途端、グラディオが口火を切る。

「あいつ、まるでコソコソ逃げるようにルシスを去るつもりか」

それから、ギリギリと歯軋りをして、「まさか、もう戻らねぇつもりか」と、苦しそうに呟いた。

「本人も、本当のところはまだよくわかっていないんだろう」

待ってやってくれないか・・・ 沈黙の中でイグニスの声にならない声が、グラディオにも伝わっていた。

もちろん、わかってるさ。オレらは、重すぎるものをアイツに押し付けてきた。もともと失う覚悟でいたものが、ただ、命がある、ってそれだけで、オレは何が不満なんだ・・・。

「・・・どうしても、期待しちまうんだよ・・・」

グラディオは大きく溜息をついて、

「わるいな、情けない泣き言ばかり聞かせて」

と、イグニスのほうを振り向く。泣きたいような、妙にゆがんだ笑いが、浮かんでいた。イグニスは、受け止めるように静かに笑っている。

「無理もないさ。オレも、諦めていた。ルシスは永遠に失われるだろうと」

しかし、王家の血筋は生き残ったのだ。彼らにとって、この長い歴史を誇るルシスという国家は、彼らの人生の目的そのものだった。そのために生きよと教えられ、そして、その使命に誇りを感じていた。そのためなら命を捧げることも厭わないと、心底思い続けていた。

しかし不思議なものだ。死は恐れないくせに、あの、キャンプでの恐ろしい告白を聞いたとき、二人に同時に降りてきた絶望感。親友を死に向かわせるという苦悩はもちろんだが、それとともに、ルシスそのものを失うという空虚が恐ろしかったのではなかったか?

しかし、ノクティスという血筋がかろうじて生き延びたとしても、ルシスの魔力が失われては、それは、やはりルシスそのものが滅んだことに等しいはず・・・その現実を受け入れられないのは、ノクトではなく・・・。

エレベータが1階に降り立って、2人は沈黙したまま、左翼の調理場へ向かった。手伝うと言っていたグラディオは、汚れた皿をイグニスに預けると、自分は食料庫に入って、まだ食べられそうなものを物色しては、調理台の上に並べていった。イグニスは、音を聞くだけで、彼が何をしているかわかった。自分は、置かれた皿の汚れを黙ってペーパーナフキンでふき取る。

「多少、調理器具も持たせたほうがいいかもしれないな」

グラディオの背中に言う。

「あいつら、料理なんてできるのか?」

「プロンプトは、それなりにできる。オレは何度かご馳走になった」

「ホントか?!」

「ああ。もともと、手先が器用なんだろう。機械いじりだけじゃない。彼はたいしたものだ。この苦しい時代に、生きるために必要な力はなんでも身につけていった。だから、オレは安心しているんだ」

そして・・・それは技術だけの話じゃない、とイグニスは思う。精神性においても、彼は目覚しい成長を遂げた。面倒を見るだけの可愛い弟分であったのは、はるか昔だ。彼がいるだけで、場が明るくなり、心強くなる。その強さは、おそらく、彼が自由であるからだろう。いや、彼は自由を勝ち取ったはずだ。あの、苦しい生い立ちの中で。

なにものにも縛られない、というものは、使命を負うものとは違う、強さがあるのだろうな。

「こいつは食えるのかな・・・」

グラディオは奥のほうから引っ張り出してきた缶詰を、しげしげと手にとって見た。

「缶であれば、中身が膨張していなければ大丈夫だ。うまいかどうかは別だが」

「おおっと、いいものを見つけたぜ」

グラディオがなにやら背の高い位置にある棚に手を伸ばしているようだった。そして、ほどなくスッポン!と栓を抜いたような音がする。すぐに芳しい匂いがただよってきた。

「生きてるぜ!」

それをグラディオがイグニスの顔のそばまで持ってきた。

「わかるか?」

「ああ・・・これは、上物だな。あてようか?」

ん。。としばらくビンの口に鼻を寄せて匂いを嗅いで見る。

「・・・ランバルタ・・・10年物、で、どうだ?」

「おしいいっ」

と、グラディオは大はしゃぎする。

「なんと、ランバルタの"レガシー”だ!!」

えっ と、イグニスは驚きの声を上げる。それは、王の即位式か葬式でしか目にしない、ルシスの最高級ブランデー、その中でも、”レガシー”は、レギス陛下即位のときに特別に仕立てられた幻のブランドだ。

「しかも、未開封であと4本あるぜ・・・」

グラディオが相当ニヤけているのがわかる。

「じゃあ・・・山分けだな」

イグニスも自分の顔が緩んでいるのがわかった。


ギコンギコンギコン・・・

異音をたてながら、ゆっくりと車のルーフが動き始めた。プロンプトはゴクっとつばを飲み込んで、車の天井を見つめた。

とまるな、とまるなよ!!

ギコンギコンギコン・・・ギギ

一瞬、動きが止まって、ドキッとしたが、しかし、まだすぐに動き始めた。よし、いける!

ギコンギコンギコン・・・シューーーー と、最後は急に滑らかな動きになり、ルーフは見事、後方部に納まった。

「やったー!!!」

プロンプトは両手をあげて、ひとり万歳をしながら喜んだ。

「やったーーー!ぜったい、後方のコネクタの錆だと思ったんだよね!!一回開いたら、問題なし!!」

ふふん。これからすぐにでもドライブに行く気分で、カーラジオを付けて見た。

ジジ・・・ジジ・・・は・・のに、・・・したが・・・ジジ・・・

ノイズに混じってわずかに声らしきものが聞こえるが、ここではやはり電波が弱いのだろう。

中にディスクでも入ってないかな・・・と、おもむろに再生ボタンを押して見ると、果たして音楽が始まった。しかも、10年前にちょうど流行ってた、ハイテンポかつ重低音のメタルロック。

うわあ。これって、王の剣の趣味?それとも警護隊?

「ずいぶんご機嫌なのを聞いてるな」

グラディオの声がして、背後を振り返ると、イグニスとグラディオがダンボールを抱えて近づいてくるところだった。

「ちょっとー!二人とも見てよ!これ!!」

「ん?どうした?」

イグニスにはさすがに、車の形状までは感じられなかったようだ。

「やるねぇ、こりゃまた。オープンカーだってよ、イグニス」

「さっきまで、開かなかったのを、オレが整備したの♪」

イグニスは、車に近づいて、開け放たれた上部から、座席を触れて見た。

「レガリアに似てるな」

「ああ。だが、レガリアより後部座席が狭いぜ。その代わり、トランクが広めにとってある」グラディオがトランクを開けている音がした。

「おい、武器も積んでるな。小銃か。それから、簡易な救急用具と、なんだこりゃ、煙幕か?」

「緊急用だからな」

プロンプトがエンジンを切った。体に響くような低音が、ぷっ と途切れて消えた。

「なんだよ、せっかくノリノリだったのに。」

「ガソリンもったいないしなぁ。さっき他の車両から残りのガソリン抜いて詰めたんだけどさ。とりあえず今は満タンだけど、それ以上、もってく容器もないし」

「ガーディナに行くくらいなら余裕だろう」

とイグニスが言った。

「あ、聞いた?ノクトに、目的地?」

「いや、予想しただけだ」

グラディオはちょっと舌打ちして、「他にねえだろうが」と付け加えた。

グラディオは、調理場からかき集めた食材とわずかな調理器具-その中にはグラディオが愛用していた簡易コンロも混じっていた-、それから旅に使えそうな工具、寝袋、王宮に残されてまだ使えそうだった毛布、そして、この10年補修しながら使い続けていたテントが納まった。

「それ、もって行っていいの?!」

プロンプトは覗き込んで驚きの声を上げる。

「大事に使えよ」

グラディオの声には寂しさが滲み出ていた。プロンプトは、その背中をぽんっと叩いた。

「なんだよ」

「べつにー」

まったく、素直じゃないんだから。

「しかし、これだけあれば、すぐにでも出発できそうだね」

プロンプトは上機嫌に言う。

「あれ、そいや、ノクトは?大人しく部屋で待ってんの?」

「さっきのぞいたんだが、もう、寝てたよ」

「そ。だがら、ガキはほっといで、これからが大人の時間だな」

グラディオが機嫌よくいうので、プロンプトが不思議そうに2人の顔見る。イグニスも笑っていた。

「はじめるか」


「ったく、だいたいお前らが、甘やかしすぎなんだよ」

2杯を一気にあおったグラディオが、まくしたてた。後部座席にどんと腰掛けたが、窮屈なので、そのでかい足を運転席のシートの頭部に投げ出す。

「ちょっとぉ」

プロンプトは文句を言いながら、そのまま助手席に避難した。

イグニスはグラディオがふんぞりかえっているので、狭そうに左後部の座席に収まっていたが、うっすらと頬が赤くて上機嫌だった。

「ほんとによぉ、とても信じらんねぇ」

イグニスのほうに空になったカップを向けて、目が飛び出るような高級酒をなみなみと注がせる。

「もったいなくない、その飲み方?」

プロンプトは、中身の減り具合が気になって仕方ない。思わず、自分のペースも上がってしまう。

「グラディオもさぁ、もう子離れしないとね」

プロンプトも結構アルコールが回ってきたのだろうが、言うことが辛らつになる。

「子離れだぁ?」

「そ。イグニスもだよぉ」

イグニスは反論せずに笑っている。

「この10年、何度2人から、まだ、かえらねぇ、消息はどうだ?連絡はどうだ?って、ほんと、耳にたこができちゃったよ、オレ」

「なんだかんだと、プロンプトが一番行動範囲が広かったからな。情報源として、つい、頼りにしてしまったんだ」

イグニスがすまなそうに言うと、

「それにお前は親友じゃねぇか」

グラディオは拗ねるように付け加える。

「え?!何それ?!2人は違うの?!」

グラディオはイグニスの顔を思わず見た。イグニスは気配を感じて微笑み返して、グラディオの代わりに答える。

「そう願うが・・・しかし、役割ももっていたからな」

「お目付け役の?それ、カンケーねーでしょ」

プロンプトはこともなげに言って、それからコップの残りをくいっと飲み干した。

「オレも、ちょーだい、イグニス♡」

可愛げに首を傾げてみせる。見えねえのに、愛嬌を見せてどうする・・・と、グラディオは呆れた。イグニスは、酔っているんだろう。距離を読み間違えて、ビンの先が、コップからは外れたところで傾いていった。

「うわ、まって、もったいない!!」プロンプトが叫んで、それから、グラディオも、イグニスを腕を支えて惨事を防いだ。少しばかりの量が、ビンをつたって、イグニスの腕と、それから、後部座席の足元を濡らした。

「はははは・・・すまん。もう自分が信用ならないから、誰か持ってくれ」

プロンプトも手を伸ばしたのだが、グラディオがすかさずその手からビンを奪った。

「あああ!ダメだよ、グラディオに渡したら、ラッパ飲みされる!」

「しねえよ、ばあか!」

そして、仕方ねえな、というように、プロンプトの差し出すカップに注いでやる。

「もっと入れてよ!」

「いっぱい入れただろうが!!」

イグニスは、そのやりとりを聞きながら、ふふふふふ、と一人で笑っている。

はああああっと、グラディオはおもむろに溜息をついた。

「しっかしな、本当に、生きていると思うか?」

グラディオの唐突な一言に、一同はしん、と静まり、急に酔いがさめていくようだった。

「目撃者が、いたんだろ?イグニス、お前そういってたな。」

「ああ・・・」

イグニスはドアのほうにもたれかかって、遠い記憶を辿っていた。

「・・・しかし、人づてに聞いただけだ。波にさらわれるのを、見たと。確か、神殿を管理する、神官の誰か、だったと思ったが。」

「その話さ、前に聞いたとき、ちょっと不自然だと思ったんだよね」

プロンプトが、カップをちょいちょい傾けながら、口を挟む。

「なにがだよ」

「だって、とても、見えなかったよ。何がなんだか。オレ、最後まで海面が良く見えるところに粘ってたけどさ。もう、波がこう、ありえないぐらい柱にみたいに立ち上がって、空も雲が変な渦巻いて、神殿なんてどこにあるんだが検討もつかなかったよ」

「そして、そこに、ノクトだけが残された・・・」イグニスは呟く。

ふううう、と、グラディオが息を吐いたのは、少し飲みすぎたせいであったかもしれない。

イグニスは続ける。

「波に飲まれたとあれば、ご遺体を見つけるのは困難だろうが・・・もし、生きているとすれば・・・その事実を隠されていたとしても不思議ではないかもしれない」

3人は同時に、当時のあの苦しい戦いを思い出していた。空にひしめく帝国軍の飛行艇。逃げ惑う人々。荒ぶる海。煙る空。あの戦火をかろうじて生き延びた4人でさえ、あの地に、もはや、身の安全など何もないと感じた。

「ノクトがさ、信じてるならさ、それでいいんじゃない。それこそ、神様にしか分からないことだよね。この戦争で、生き別れた人って、きっと、大勢いると思うんだ」

プロンプトが、静かに言った。

「日が昇って、ようやくシガイの恐怖から解放されて、そしたらきっと、ノクトみたいに、一縷の望みにかけて家族を探したいって思っている人が、大勢いるんだよ」

グラディオとイグニスは、この弟分に諭されているような気分だった。そして、彼の言うことは、不思議な説得力があった。時代の中心にどっぷりとつかって、邁進している者たちには、決して見えない世界。二人の意識は、急に、この、ルシスの土地、から、もっと外の世界に広がって、そこに息づく人々に向けられた。

「お前、意外と大物になるぜ」

グラディオが、低く唸る。

「はああ?意外とって、余計なんですけど?」

いつもの高い声が響いて、3人にまた、陽気な空気が戻った。








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