Chapter 16.7 - 旅の支度1 -


「じゃあ、オレ、ノクトと一緒に行く・・・、あ、途中までね」

見苦しいほどに悶絶しているグラディオを横目に、プロンプトがこともなげに言った。急に部屋の空気が変わって、張り詰めていたのが、バカらしく思えるほどだった。

グラディオは、壁に向かって床に座り込んだまま、ノクト見ようとしないが、もう、落ち着いているように見える。

ノクトとイグニスは、驚いた顔をプロンプトに向ける。

「え?だって、ほら、ちょうど、オレもあちこち回って、写真撮りたかった時だし?オレもさぁ、ほとんどルシスを出た経験ってなくて、みんなと一緒に旅したあの時くらいじゃん。まあ、はじめはノクトと一緒だと安心かなぁーって。」

まるで、その辺に観光にでも行くような気軽さだ。

「いいでしょ、ノクト?」

「え。ああ・・・そりゃ、いいけど」

イグニスは笑っていたが、内心はプロンプトに救われた気持ちでいっぱいだった。

「オレは・・・たぶん、ここで何か必要とされることがあるだろう。ルシスだけではないが・・・もはや、世界中で政治が機能していない。この10年はなんとか生き延びることだけが目的だったが、これからは、どうやってこの新しい世界を作るのか、が課題になる。なんとなくだが、ここで役に立てる気がしている。」

「そうか」

もとより、想像していた通りの答えだ。

「・・・グラディオはどうだ。これから、どうする?」

ノクトは、もう何も気にしていない調子をなるべく示しながら、グラディオの背中に問いかける。

「・・・残るさ。当たり前だろ。お前のわがままにはさすがに付き合いきれねえよ」

低く、小さな声が返ってきた。しかし、その後にすぐに、

「オレは・・・ルシスを再建する」

恐ろしく力のこもった声だった。

ああ、頼んだぜ・・・ 

とても声にはできないが、ノクトはそう心の中で呼びかけていた。


「では、メシにするか」

「今夜は、オレが手伝うぜ。いいな?」

グラディオは返事を待たずに立ち上がると、背中を向けたまま部屋を出て行った。イグニスは、心配するなというように、ノクトとプロンプトに笑いかけて、それからグラディを追った。

2人がでていったことを確かめてから、プロンプトは陽気に言った。

「イグニスがいなかったら、殴られてたかもね」

「そだな」

「でもーーーー!!」

と、プロンプトはノクトの脇に腰掛けて、バシッとノクトの背中を叩く。

「やったじゃん、ノクト!!」

その顔は妙に嬉しそうで、興奮していた。そういえば、高校時代に2人で授業を抜け出したとき、そんな顔をしたもんだ。ノクトは、昔から知っている友人の懐かしい笑顔を、不思議な気持ちで眺めていた。そうか、プロンプトは昔から、待ってたんだな・・・。

「プロンプト、ありがとな」

「え?なにが?」

プロンプトはきょとんとしている。

いるよな、こういう、自分の存在感に無自覚なやつ・・・ノクトは苦笑する。

「それより、どっかで車を手に入れてさ、それで行こうよ!まずは、どこに向かう?」

「そうだな。やはり、オルティシエだな・・・。あっちはどうなっているか、知ってるか?」

「ううん、あんまり。でも、知ってるとしたらイグニスじゃない?ルナフレーナ様のときも、オレ、あんまりわかんないままで・・・イグニス、怪我してたのに、いろいろ対応してたし・・・」

「そっか。後で聞いてみるか」

「車と・・・船だよねぇ。この10年、車は相当貴重になっちゃったし。まあ、それでも、シドニーにわがままを言えば何とかできるかも。船はすぐに用意できるかどうかなぁ・・・。さすがにこの10年、海を行き来はできなくて。」

ノクトは急に王都での古い記憶が映像として脳裏に移った。それに、ガーディナに乗り捨ててきたボートのことも。

「どっちもうまくいくかもしれない」

「え、どういうこと?」

「船ならほんの10日前にガーディナに乗り捨ててきた。まだ十分動くはずだ。オレをここまで運んできたんだから。それに、車だが・・・ひょっとして、この地下に、まだ動くやつがあるかもしれない」

プロンプトの瞳が大きく開く。


壊れかけた隠し扉と、ほとんど破壊された隠しエレベーターの内部の、メンテナンス用の外れかけたはしごを下って、ふたりはようようと、王宮地下の非常用の避難経路にたどり着いた。そこは驚くほどに破壊を免れていて、外気があまり入らないせいか、とても10年の月日、放置されているとは思えないきれいな状態だった。避難経路を進むとすぐに、広い空間にでる。あった。狙い通りに、無傷の車両が数台残っている。

緊急用の車両だ。防弾かつ、馬力も当時流通していたものより格段上の特別仕様車だ。見てくれも、無駄なほど黒光りして、ルシス王家の紋章まで入っている。

しかし、そうはいっても10年放置された車。動くのか?・・・ノクトがためらっていると、プロンプトは迷わずに車に近づいていった。

「かぎなし?バッテリーなし?問題なし~♪」

プロンプトは、腰に巻きつけていたベルトから細かい工具を取りだす。それにどっから持ってきたのか大型のバッテリーらしき機械を腕に抱えている。慣れた手つきでバンパーを開けると、迷うことなくテキパキと分解したり、ケーブルをつないだり・・・ノクトはあっけにとられて見ていた。

「驚いたな」

「オレさー、数年、シドニーにくっついて、車いじってた時もあったんだよ。シドにもしごかれてさぁ。あ、これ、結構いい状態だわぁ。ちょっといじれば、全然動くんじゃない?さすが王都製!」

先ほどのグラディオの結婚といい、プロンプトの整備技術といい、ノクトにとっては空白の10年が、他の人々には、苦悩も喜びも、ともに充足した時間だったのだろう。正直、羨ましいと思う。

「・・・そいや、シドニーとは、進展あったのか?」

ノクトは悔しさをにじませながら、ちょっとプロンプトをからかってみた。

「んんんんん!!!それを聞くか!!!」

プロンプトは車の陰に隠れていたが、頬を膨らませて拗ねているのがありありと見えるようだ。

「ないよ、もう!わかっていってるでしょ?!」

「くくく、わりい、わかって聞いた」

ぷんぷん!と、プロンプトは声に出して憤慨してみせる。

「そいや、アラネアはどうなんだ?」

ノクトに思い出せるネタと言えばそのくらいだ。

「アラネア姉さん?ああー。」と言いながら、プロンプトはつまらなそうに「ないよー。もっとないよー」

「姉さんはねえ、まあ、年下にはまったく興味なしって感じ。少なくとも、自分より強くないと?それ、ハードル高すぎない?!」

ノクトは笑った。確かに。あれより強い男と言ったら、ほんとに限られてしまいそうだ。

「んー、それに、オレの勘だと、コル将軍とずっといい感じ。」

「え、マジかよ?」

「マジマジ。といっても、確証はないけどねー」

話が弾みながらも、プロンプトの手は、テキパキと止まることがない。

「といっても・・・アラネアもいい年だろ。オレらより、ずっと年上だったよな?」

まとまるなら、早くまとまればいいのに、と、ノクトは余計なお世話を思う。

「そうねぇ。でも、相変わらず、お美しいよぉ。」

「美しいと言えば、イリスもキレイになったよな。さっきの写真に写ってたけど」

「うん!イリスちゃん、キレイになったよ!!まだ、独身だし、今でも26、7だっけ??まだまだ若いから、全然いけるよな。って、あれ、ルナフレーナ様って、オレらより上だっけ?」

「ああ、4つ上だな」

「へ?!」

と、プロンプトはすっとんきょうな声を出して、バンパーの陰から顔出した。その眉間に、ひどくしわが寄っている。

「ノクト、すぐに迎えに行こう!そりゃ、すぐ行かないと!!」

「なんだよ、それ」

ノクトは呆れてみせる。

「・・・オレは別に。ばばあになって、白髪になったルーナだって構わないぜ?」

それは余裕を見せたつもりだったのが、もう!わかってないんだから!プロンプトは、ノクトの気の利かなさをなじるように言う。

「わかってないよ、乙女心を!!一番美しい時に、一番好きな人と過ごした言ってそう思うでしょ!」

ノクトは、まったく考えたこともない女心と言うものを聞かされて、無邪気に関心した。

「おまえ、すげーな。いつから、そんなに女のことが分かるようになった?」

「あのね、ノクト!」

もう一度バンパーの陰から顔出して、プロンプトはノクトをにらみつけた。

「こう見えてもね、ずっと寂しいかったわけじゃないの。ちらちらいたわけ。それなりに!今がたまたま、フリーなだけで!!」

「へえええ」

ノクトは単純に感心してみせる。恋愛はどうしたって、ノクトには未知の領域だ。ルーナに対する気持ちが、恋といえば恋だろうが、しかし2人は長い間離れすぎて、お互いの幻に恋をしていたような気もする。深い親愛の情に間違いないが、一般的な恋と言えるのかどうか・・・。

「イグニスはどうなんだ?」

「イグニス?んーー、数年前までよく一緒にいる女性がいたんだけど、最近見ないんだよなぁ。まあ、あんまり顔を合わせてなかったからわからないけど。イグニスも、そういう話、しないじゃん?」

幸せになって欲しいんだがな・・・

ノクトは、ルシスに残ると言ったイグニスが、あるいは、グラディオのように守るべきものを見つけたのではないかと、淡い期待を抱いていたのだ。

「よし、と・・・」プロンプトは、バンパーの陰からでてきて得意げな顔を向けた。それから、運転席がわに回って、車のドアの解除にかかる。

「うわ、王宮仕様って、結構、セキュリティ厳しいぃ・・・」といいながら、ニヤニヤ笑っているその顔には余裕が見えた。よくわからない、懐中電灯ほどの端末を持ち出して、レーザーを運転席に当てて、何か、信号音がしたかと思ったその時 

-ピコ。

と、車の中から反応があり、続いて、ロックが外れるガチャっと言う音が聞こえた。

「うぉ、ほんと、オレすごい!王宮仕様車、あけちゃった!!これって、平時だったら絶対ヤバイ技術だよね?!」

ノクトもこどもみたいに気持ちが踊った。プロンプトが運転席に乗り込んだのみて自分は助手席に滑り込む。

シートの本皮の匂い、若干かび臭いが・・・まだ、申し分のない張りがあり、高級感がある。レガリアより、金かかってんじゃねえか・・・、ノクトは車の内装や、プロンプトが遊び始めた装備に見入った。

「すごいね!これ、オープンカーにもなるよ!」

と言いながらポチっと押したら、天井が、やや、苦しそうにギコギコとひっかかる音を立てながら、ルーフが動いた・・・が、途中で止まってしまった。

「んー、これ、あとで整備すればなんとかなるはず!」

プロンプトは悔しそうに唸る。二人の脳裏には、オープンカーで爽やかに駆け抜ける様子がありありと浮かんで、それはとても譲れないと感じていた。

10年前のあの、4人で駆け抜けた日々が、鮮やかに蘇りそうだった。


おーい!お前ら、メシが冷めんぞ!!

階上のはるか上のほうから、グラディオの怒鳴る声が響いてきた。ノクトとプロンプトは目を見合わせて、いたずらっぽく笑った。






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