Chapter 16.6 - それぞれの道 -


ノクトは、用意した食事を半分ほどしか食べられなかった。

よほど空腹を感じたのだろう。はじめはすごい勢いで食べ始めたのだが、すぐに手が止まって、イグニスに気を使ったのかゆっくりと匙を運びつつ、しかし、やがてぴたっとその手が止まった。

「超うまいのにな・・・」と自分でも悔しそうにつぶやいた後、「わりい、もう食えねえわ」と皿をプロンプトに手渡した。

「マジで?ラッキー!じゃ、オレ、もらうねっ」

プロンプトは極めて明るく振舞って、受け取った皿を自分で平らげてしまった。

「気にするな。まだ、体力が戻っていないんだ。無理をしないほうがいい」とイグニスは気遣った。

ノクトはそのままベッドに力なく横たわる。よほどしんどそうだ。グラディオはノクトのほうを見もせずに、黙々と食事を続ける。イグニスとプロンプトが食事を用意して部屋へ戻ったとき、この部屋の重苦しい雰囲気に2人は同時に気がついただろう。プロンプトがやけに明るい振る舞いをするのは、たぶんそれを察しているからだ。

イグニスは、ノクトと、グラディオの気配に交互に意識を向けながら、ゆっくりと食事を続けた。

「状況を聞いてもいいか、イグニス?」

ノクトはしんどそうに額に右手を当てながら聞いた。

「ああ・・・見ての通り、闇は払われた。昨夜は、グラディオが見て回ったが、シガイも消滅していると見て間違いないだろう」

「あれから、どのくらいたったんだ?」

「・・・俺たちが王宮の前で別れたときのことを言ってるのなら、あれは一昨日の深夜だ。まだ、2日はたっていない」

「そうか・・・まるで、また10年くらい眠ってた気分だったが・・・」

ノクトは実感がわかない、と言いたげであった。

その時、グラディオがおもむろに立ち上がったので、3人は彼のほうを見た。空になった皿をいつものように無造作に床に投げ出していた。

「さて、オレはハンマーヘッドへ行って来るぜ。車を調達してすぐに戻る。将軍とも連絡がつくだろ」

「え・・・?」

ノクトが驚いた声を出したので、他の3人は自然とまたノクトに注目していた。

「なんだよ?」グラディオの声は少し苛立っていた。

ノクトは答えずに、そして、重苦しい溜息をつく。

「なあ・・・イグニス。ここの食料は、あと、何日くらい持つんだ?」

しばし、その問いの真意を測りかねて、沈黙が横たわった。イグニスはグラディオの苛立つがさらに強くなっているのを感じながら、「そうだな・・・。3,4日であれば何の問題もない。もっと食事のレベルを落とせば・・・10日くらいは耐えられる。それにまだ、王宮の緊急用の備蓄を確認していないが、そのなかで使えるものが少しでもあれば、さらに滞在も可能かもしれない。」

「なんだよ、オレが、ハンマーヘッドへ出向くのが不満なのか?」

グラディオは溜まりかねて聞いた。

ノクトは返事をせず、ベッドに横たわったまま目を閉じていた。3人が固唾を飲んで見守った。それは、何かを考えあぐねているようにも見えるし、ただ、彼の体力がこのやりとりに追いついていないようにも感じた。

「おい・・・しんどいんじゃねえのか」

グラディオの声は、やや、和らいでいた。

「レスタルムまでいけば、まだ、マシな医療施設が残ってる。しんどいとは思うが、そこまで一気に移動してしまったほうがいい」

ノクトは、黙ったまま、しかし、ふっと笑を浮かべていた。

「わりいなぁ・・・」

さっきからそればっかりだなぁ、とプロンプトは不満に思う。なんでノクトが謝るんだ・・・。

「うまくいえねぇえんだ。・・・って、前にも同じようなことを言ったっけ?」

ノクトは、あの、死闘の前のキャンプの一夜を思い出しのだろう。変な笑い方をして、3人をドキドキさせていた。

「わりぃな・・ちょっと時間をくれないか。少なくとも・・・今日、一日くれないか。お前らに話したいことがあるんだ。だけど、まだ、考えがまとまらない。」

それから、体をゆっくり起こして、3人のほうを見た。

「4人で、4人だけで話がしたい。体を休めながら、考えをまとめるよ」

彼の表情がしっかりとしていたので、プロンプトとグラディオは少し安心して、もうそれ以上、反論もしなかった。イグニスもその口調から、ノクトの強い意志を感じ取れて、同じように安心していた。それに、他の2人の気配からも、特に異論はなさそうだった。

「では、決まったな。今日は一日、のんびりここで過ごすとするか」

イグニスの結論を持って、緊張は解かれた。4人の間に和やかな会話が戻った。

「ああ、じゃあ、オレ、ちょっと外に写真とってこようかなー」プロンプトが明るく言うと、グラディオも、

「オレも、それなら、外をぶらついてくる。体がなまるしな。なんか使え物がねえか、見てくるわ」と続けた。

「わかった。オレはノクトと留守番をする」

「ノクト!歩き回ってひっくり返りでもして、イグニスに迷惑をかけんじゃねえぞ」

「ああ、わかったよ。わりぃな、イグニス。つき合わせて」

「もう、ノクト、さっきから謝りすぎじゃない?!」

プロンプトが頬を膨らませて、不満を言った。


イグニスは皿を片付けに調理場へ、プロンプトとグラディオも外へ、3人がエレベーターに乗り込むと、また、しんとした静けさが戻った。

よかった・・・。ノクトは、自分で何に安堵しているのかよくわからず、しかし、力が抜けているのを感じていた。ベッドに再び横になって目を閉じる。少し寝たほうがいいだろうか?

しかし、目を閉じると次から次へと絶え間なく思考が溢れる。幼少のルーナとの初めての出会い、テネブラエの悲劇、グラディオとの鍛錬の日々、はじめての学校と王宮の外の世界、プロンプト、イリス、うるさくなったイグニス、高校でのプロンプトとの再会、迫る帝国の脅威、終わらない戦争、示された停戦協定、王都の陥落、歴代王の武器、神の啓示、オルティシエ、帝国の終焉、指輪の契約、恐ろしい10年の月日、死闘、父の剣、うつろいのなかで見た風景、ルナフレーナのドレス姿、ゲンティアナの最後の啓示・・・。

めまぐるしい映像や音や、体感覚や、これまでの経験が体内を駆け巡る。

ノクトは、深酒をしたあとのような気持ち悪さを覚えて、目を閉じていられなかった。

はっ、として目を開ける。

ゆっくりと体を起こして、そして、やはり足は王の間へ向いていた。何か、大事なものを見落としただろうか?

ノクトは重苦しさに立ち向かうようにして、ゆっくりと王の間へ足を進めた。どうしても、玉座に向かわねばならないような気がしていた。


プロンプトは、久しぶりに光の中で清清しい空気を吸って、レンズを向ける喜びに満たされていた。映し出されるのは無残な廃墟ばかりだが、それでも、光に照らされると、何がしかの希望を感じるから不思議だ。まさか思ったが、その瓦礫の上を、1匹の蝶がふらふらと風に乗っていくのを見たとき、プロンプトの目から静かな涙が流れた。王都の植物は、ひどく限られた光のなかで、ほとんどが白く変色し、死滅していた。しかし、幸運なのか不吉なのか、これまでほとんど育つことなかった新しい植物が、そのわずかな光の中で繁茂した。光に照らされて、その異様な植物の姿が、ようやくわかった。青黒い、あの、瘴気を吸ってそだったような艶かしい葉の色。それが、廃墟の中で這うように広がっている。背丈があまり高くなく、ひたすら地に這うようにしているのは、光をほとんど必要としないからか。

光にさらされたそれらは、早くもしなだれて弱り始めているように見える。

やっぱり、死滅しちゃうのかな。

日の下で露になった不気味な姿にぞっとしながら、また一方で、プロンプトは不思議な郷愁を覚えた。この10年人が生き延びられたのは、この強靭な植物たちのおかげだろう。でなければ、到底、メテオの動力だけでどうやって必要な食料を確保できたろうか。大型の野生動物たちは、はじめの一年で大方死に絶えた。特に肉食獣だ。残った動物たちの多くもよほど数を減らした。この新しい植物群の研究がなければ、それを転用して家畜を養うことは難しかっただろうし、調理法が見つかって食料にすることができたときは、本当に奇跡だと思った。愛おしいチョコボたちも、この10年を生き残れなかったかもしれない。もっとも、悲しいことにこの10年の間で、チョコボは愛玩動物というよりは、食料として認識されてしまったのだが。

野生のチョコボが、どこかで生き残ってるはずだ。それを、写真に収めたい・・・。

プロンプトの中に静かな情熱が湧き上がる。

すっかり充足されて、プロンプトが部屋に戻ってきたとき、イグニスが一人で椅子に腰掛けて、本を読んでいた。これも繰り返し読まれている小説で、イリスだったか誰だか、イグニスのために手製で用意した点字の本だ。

「あれ、ノクトは?」

「王の間にいる。」

「またぁ?」

プロンプトはなんとなく嫌な気分が蘇って、王の間のほうを振り返っていた。

「何度か様子は見に行ってるから、大丈夫だ。一人でいたいようなので、そっとしている」

イグニスは顔を上げてプロンプトのほうへ向けた。彼の落ち着かない気持ちを感じて、安心させるように微笑んで見せた。

「それより、何か面白い写真は取れたか?」

「うん!なかなか、いいと思うよ。廃墟ばっかりだけど、光が当たって、これから目覚めるんだって感じ」

プロンプトはイグニスの配慮に応じるように、明るさを取り戻して答えた。見えないイグニスに、いつものように写真を広げてみせる。

「これなんかさ、奇跡の一枚だね。倒壊したビルの上を、白い蝶が飛んでたんだ。ちょうど光が差し込んで、羽が光っているみたいに写ってる」

「そうか・・・それは、すごい写真だな」

「それはそうと、そろそろお腹すかない?グラディオも遅いね?」

「メシにするか」

イグニスは立ち上がった。

「手伝うよ」

「いや、大丈夫だ。昼は簡単に済ませる。それより、ノクトに声をかけてきてくれないか。食欲があるのかどうか・・・それに、あんまり思いつめられても困るしな。」

「わかった!」

プロンプトはイグニスの暗い声を聞いていたのかいないのか、なぜか、お使いを頼まれたこどものように無邪気に王の間へ向かっていた。それは、自分自身へを励ますためだったのかもしれない。その証拠に、王の間の手前の部屋に入るや否や、プロンプトはわざと大きな声を張り上げながら王の間へ進んだ。

「ノークートー!そろそろご飯だよ~!お腹すいてる~?」

王の間から一歩踏み込むと、ノクトは顔上げて、ちょうど笑顔をこちらに向けているところだった。プロンプトはほっとして、玉座のほうへ少し近寄った。

「降りといでよ、イグニスがご飯にするって」

「ああ、わかった。もう少ししたら、行く」

と、言い終えた途端に、ノクトはまた、下を向いて、考え込むように目を閉じてしまった。プロンプトはしばし、立ち尽くして友人の姿に見入る。それ以上、近づくのは憚れたが、しかし、離れるのも怖い気がした。

ノクトはまるで、プロンプトの存在を忘れているみたいに、そのままじっと、考えに耽っていた。イグニスが戻らぬ二人を探しに王の間に来たときも、プロンプトは王の間の入り口に立ち尽くしたままだった。声をかけられずにノクトを見守るプロンプトに代わって、イグニスが声をかけた。

「2人で・・・何をしているんだ?メシができたぞ?」

「ああ・・・」とノクトがようやく我に返る。

ノクトが階段を下りる音を確かめて、イグニスは先に部屋へ戻っていった。プロンプトはそのまま、王の間の入り口で、ノクトが降りてくるのを待っていた。

「なんだよ、ずっとここにいたのか」

「そうだよ。気がつかなかったの?」プロンプトはからかうように笑ってみせた。


グラディオが戻ったのは、もう夕暮れ近い時間だ。

昼食後、くつろいでプロンプトが広げる写真を見ていたので、ノクトもベッドに腰掛けたり、時々横になったりしながら、一緒に過ごしていた。特に心配もしていなかったが、グラディオが入ってくると、3人は一斉に顔を上げてそちらを見た。

「おう。遅くなった」

「どこへ行ってたんだ?」ノクトが写真を片手にニヤニヤしながら、グラディオを見る。

「ああ、実は東ゲートまで出て、外の様子を見てきたんだ。ん?何だよ、その写真」

あ、という顔をして、グラディオは、苦笑いをした。

「それか」

「それそれ!」プロンプトは、くくくくく、と笑う。

ノクトがグラディオに見せ付けるように右手高く持ち上げている写真には、グラディオが満面の笑みで幼い女の子の頬に口付けしている様子が写っている。女の子は、くすぐったそうに笑っている。

ベッドの上には他にも、グラディオが、暗闇の中でケープをかぶった女性の手を引いている様子や、赤ん坊を抱きかかえて鼻の下を伸ばしている写真が、所狭しと並んでいた。

「随分遅くなったが、祝わせてくれ。おめでとう!」

「よせよ、おい。」

グラディオはノクトから写真をひったくって、しかし、その写真の娘の愛らしい姿に見入って、どうしても頬がゆるむ。

「グラディオ、また、鼻の下伸びてる~!!」

プロンプトがからかうと、

「相変わらず、親ばかだな」

イグニスも鼻で笑った。

「っせーな。親ばかじゃねえよ。マリアは、本当に可愛いの!!お前も目が見えたら、真実がわかるぜ」

グラディオが真剣に言うので、3人は爆笑する。

「しかし、驚いた。まあ、10年か・・・驚くこともないか。いや、でも驚くな。グラディオが父親になるなんてな」

「実はな・・・、今、二人目が腹の中にいる」

え!!と、これには、イグニスとプロンプトも驚いたようだった。

「聞いてないよ、それ!」

「ああ、話す暇、なかったな」

グラディオはこともなげにいうが、言い出せない状況だったのは確かだ。ノクトはしばし、言葉を失っていた。

「それは・・・わるかった。はやく安否を知らせに行くべきだった・・・」

「ばーか」とグラディオは、ノクトの額をこつんとつっついた。「生きていりゃあ、連絡なんぞ数日遅れても何も問題ねえよ」

「それに、これでようやく、安心して生ませてやれるからな」

それが、ノクトへの感謝の気持ちだった。


しばし、4人は、グラディオの結婚にまつわる写真を回して見ながら、話に花を咲かせた。5年前の結婚式の写真には、暗がりの中で、普段の衣服だがケープだけをまとってそれっぽく演出された花嫁と、やや薄汚れた警護隊の服を着込んだグラディオが、かしこまって写っている。イリスが造花のブーケを受け取ってはしゃいでいる写真もあったし、参列者のなかに、見知った顔がいくつかあった。コル将軍やアラネアもいる。見たことのない、穏やかな表情で彼らは写っていた。この結婚が、きっと、闇に閉ざされた世界にあって人々にどれだけ希望と笑顔をもたらしたのだろうか。

そして、赤ん坊が生まれたときの写真。感極まって、号泣しているグラディオの様子も一枚混じっていた。

ノクトは、ほっとしていた。なぜか、よくわからない。いや、なんとなくわかる・・・。

「なあ」

ノクトは、友人たちに語りかけた。その時、外は暗くなり始めていた。

「プロンプト、お前、この後、どうしたい?」

突然のことに、プロンプトはきょとんとして、ノクトを見た。

「どうしたいって、急に言われても・・・」

「シガイも消えて、帝国もなくなって、およそ平和になったこの世界でさ。もう、めんどくせぇ使命もないし、なんでも好きなことをできるとしたら、って話だよ。やっぱり、写真か?前に、そんなこと、言ってたよな?」

プロンプトはにっこりと笑って、しかし、その目は真剣だった。

「うん、やっぱり写真かな」

「今日さ、外で撮ってきて思ったんだけど・・・、やっぱり撮りたいと思って。それもね、もっともっと、行った事のないところや、会ったことのない人や、見たこともない動物なんかをね、世界中回って撮りまくるの。これから、どんどん、世界が変わるんだと思うんだよね。・・・元に戻るっていうより、新しい世界になるっていうか・・・。そんな、変化していく様子も、残していきたいな。」

思いのほか、プロンプトが真剣に、そして具体的に語ったので、ノクトは圧倒されるような気持ちがした。

「・・・いいじゃねえか、それ。やれよ。絶対」

「うん!やるよ!」

プロンプトは、力強く答えた。

「ノクトもさ、あるんじゃないの。やりたいこと」

核心をつかれて、ノクトは押し黙った。しばし、目を伏せているのは、プロンプトのまっすぐな目を受け止められないのか、それとも、後2人の視線を避けようとしているのか。

さすがだな、親友。

ノクトは心の中で苦笑する。

「実は・・・、目が覚める前なんだが・・・ゲンティアナに会った」

部屋の中に少し緊張が漂う。

「夢なのかもしれない。ゲンティアナが、オレに語りかけてきた。”最後の啓示だ”と言って」

その時、ガタン!!と、大きな音を立てて、椅子が倒れた。プロンプトが怖い顔をして、急に立ちあがったのだ。見る見る血の気がうせて、体が小刻みに震えているのが分かった。

「なにそれ」

プロンプトの声は、いつになく低かった。

「まだ、何かあるっていうの。もう、十分でしょ、そういうの。これ以上、ノクトに何をやらせようっていうの」

ノクトは、プロンプトの普段は見せたことのない激しい怒りを、驚いてみていた。

「プロンプト・・・」

「やめてよ!!オレ、絶対に認めないよ!!」

彼はノクトの声を掻き消すように、声を張り上げた。

「オレは、何度も、何度も、止めようと思った・・・10年生き延びたんだよ。あと10年だって、ノクトと一緒に生き延びられるって思った。何でだよ、ノクトが命を捧げるって、意味わかんなかったよ。何度も言おうと思ったんだ・・・でも、言えなかった・・・。今、止めたら、ノクトが余計苦しい思いをするだけかもって。言うのも怖かったんだ・・・。でも・・・日が昇ったときに・・・オレは・・・ほんとに、胸張ってこの後生きていけるのかって・・・。本当に怖かった。ノクトがどうなっているか確かめるのが・・・でも、それが、オレがおわなきゃなんないことなんだって。」

プロンプトは、溜め込んでいたものをすべて吐き出すように、体をよじって搾り出すように、それらのことを一気にまくしたてていた。

「こんなこと間違っている。神様だろうがなんだろうか、オレはもう認めない!!」

プロンプトの激しい感情に触れて、グラディオもイグニスも、うつむいて押し黙るより他になかった。ノクトは、泣き出したいような、慰めたいような、妙な気持ちが入り乱れて、何度も口を開いてはためらっていたが、やっと切り出した。

「違うんだ、プロンプト。わるい、心配させて・・・」

プロンプトは納得のいかない表情で、それでも、ノクトの言うことを待った。

「違うんだ。そういう話じゃない。啓示、っていうほどの話じゃない。ゲンティアナは、つまり、こういったんだ。オレにオレの命を生きろ、と。」

プロンプトが、ふっと、大きな溜息をついて、力が抜けてへなへなと座り込もうとした。隣にいたイグニスが気配を感じ取って、すかさず、倒れた椅子を建て直し、そこへプロンプトを座らせた。

ノクトは自分もつられて感情が高ぶるのを感じて、次に口を開くのに、何度か深呼吸しなければならなかった。

「あのさ、うまく言えねぇんだが・・・いったい、送るほうと、送られるほうと、どっちが辛いんだって」

それから、意を決したように、あの別れのときのように、まっすぐに友人たちの顔を見た。

「お前らがしゃんとして送り出してくれなかったら、もっと苦しんだに違いないよ。オレがお前らだったら、そんなことが本当にできたかどうか。・・・オレは、自分が一番辛かったなんて、思わない。これは、本心だ。本当に、辛い思いをさせしまったと思っている」

プロンプトは啜り泣きを始めていた。イグニスとグラディオは、黙ったままだったが、グラディオのほうは小刻みに震えているのを、こらえているように見える。ノクトは続けた。

「それに、ルシスを守るため、王家の指輪を守るため、いや、それでなくともこの長い戦争の間に、いったいどれだけの人間が命を落としているんだ・・・。自分だけが、こうして戻ってくる権利があったとは到底思えない・・・」

「あほか、お前は」

今度声を出したのはグラディオだ。そこにも怒りに似た感情が、込められているように聞こえた。

「誰が生き残るか、そんなのに権利も何もねえ。誰が生き残るべくして残ったか、そんなことあるもんか。ただ、生き残ったやつが、生き抜けるだけ生き抜くしかねえんだよ。それ以外に、死んだやつがうかばれる方法なんてねぇよ」

「ノクト」イグニスが被せるように発した声は、ほとんど震えて途切れそうだった。「生きてくれ、ノクト・・・」

ノクトは、あっ、と目を伏せた。ようやく、友人たちが、今日一日、不安げに自分の様子を見守っていたことが理解できた。彼らにとっては、自分は幽霊か、今にも消えてなくなりそうな幻に思えただろう。

くくくくく・・・・少しずつ、おかしさがこみ上げてきて、それから、最後には、ノクトは大きな声で笑っていた。3人はぽかんと、あっけに取られていた。

「わるい、笑うつもりじゃなかったんだが・・・まるで葬式みたいだったからさ。オレは、死ぬつもりはねぇよ、老いぼれるまではな」

そして、ようやく肩に力が抜けたの感じていた。

「本題に戻すぞ。で、もう、みんな分かっていると思うが、オレにはもう、ルシスの力はない。オレには、というより、ルシスの力は永遠に失われたんだ。指輪と一緒にな。もう障壁で国を守ることも、魔法で敵に立ち向かうこともできない。だから、イグニスとグラディオにも、聞きたいんだ。この後どうしたいのか。これまで、ルシスに命を懸けてつくしてきてくれたことを、オレは本当に感謝している・・・」

「どういう意味だ、それは?」

グラディオは声を荒げた。

「王であることにはかわんねえだろ」

もう、ごまかせないな。ノクトは腹をくくった。

「オレは、ここを去る」

ノクトの声には迷いがなく、決意に満ちていた。

「・・・去る?」

「実は、ゲンティアナが他にも言い残したことがある。ルーナを、今度こそ迎えに行けと。」

はっ、と、聞いていた3人は同時に息を呑んだ。

「ルーナは、おそらくオレと同じように神凪の力を使い果たしているだろうが・・・生きているかもしれない」

「ゲンティアナが生きていると言ったのか?」

グラディオはノクトに迫った。

「いや、そうは言わなかった」

「では、なぜ生きていると分かる?単に、骨を拾いにいけってことかもしれねえぜ。」

「・・・そうだな。そうかもしれない」

ノクトは、静かに微笑んでいた。

「それでもいい。オレは、迎えに行く。そう決めた。それがオレのこの命の使い方だ」

「バカか!これから復興というときに・・・」

グラディオが激しく食って掛かろうとしたその時、おもむろに立ち上がったのはイグニスだった。イグニスの見えない目が、まっすぐにグラディオを見る。

「グラディオ」

そして、彼は体を折り曲げるように頭を下げた。

「頼む。行かせてやってくれ。・・・頼む!!」

聞いたことのないような、イグニスの、懇願する声。力むあまり、体が震えているのがわかる。グラディオは、見たくないものを見た、というように、顔を背けて、それから、おもむろに壁に向かって、激しいく頭を突いた。

ドン!!・・・と低い音が響き、壁が振動する。

「チクショウっ・・・」

苦しそうな叫びだった。

しかし、その後、ほとんど蚊の泣くような声で、「わかったよ・・・」とつぶやいていた。






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