Chapter 16.5 - ノクティスの目覚め -

グラディオが、ひととおり、王都の見回りを終えて部屋に戻ったとき、プロンプトもイグニスも、ノクトの眠るベッドを囲むようにして、寝袋に包まってくつろいでいた。

「シガイは見当たらなかったぜ。夜が明けたら、オレはハンマーヘッドへ向かう」

「そうか。わかった。」

イグニスは寝袋から上半身を出した状態で壁にもたれかかり、顔を向けた。手には本があり、指で点字を追っているようだ。それは、聞くところによるとタルコットがイグニスのために、既存の本に手製で穴をあけて用意したものだ。野外での生活を想定した調理本・・・、この暗闇の10年の中で、おかしな言い方だが、「重版」して大ヒットしている。

この暗闇の中で、レスタルムの動力源を中心として、経済活動が停止せずに細々と続いているのは驚くべきことだろう。ニフルハイムから戻った3人にとっても、ルシスの民の底力には驚かされたものである。もちろん、王都からの避難誘導や、周辺地域から大型都市への人民の誘導は、コル将軍はじめとする、王都ゆかりの警護隊、ハンターたちが中心に動いたことは確かだが、この暗闇の中であっても、少ない動力源を活用して、人々を飢えさせずにすんだ食糧計画を立てて運用したのは、各都市の商人が中心であったと聞く。それも、イグニスたちからの情報で、この暗闇が永きに渡ることを事前に知ることができた。

シガイの活発化で不自由を強いられても、この数年は、人々の生活は安定してきたとも言えるだろう。

もちろん・・・それでも、年々、廃墟となる都市が増え、人口そのものが減少していることは明らかだったが。

「どうする?念のため、見張りを立てるか?」とグラディオが自分の寝袋を広げながらイグニスに話しかけ、ふと見ると、すでにプロンプトは、腕を寝袋の外に投げ出したまま、眠りこんでいた。

「・・・プロンプトが寝落ちしたな」

「疲れきっているんだ、仕方ないさ」

「それは、オレもお前も、な。」

グラディオは苦笑した。

「イグニス、オレはしばらく起きているから、先に寝ろよ」

グラディオは寝袋に、体半分だけ入り込んで、そう言った。しかし、明らかに彼の顔にも疲労が見えた。

「いや、オレはまだしばらくこの本を読みたい。先に寝てくれ」

「そうか・・・?」といいつつ、グラディオはすでに眠りに落ちていた。

イグニスは、昼間のうちに仮眠を取るべきだったと思いながら、しかし、誰も興奮してなかなかそうはいかなかったと思い直した。何、自分はあと数時間であれば、本を読みながら起きていられるだろう。そのあとで、2人のどちからを起こそう。一度声をかければ、二人は気になってすぐに目を覚ましそうだ・・・。

というイグニスの思惑は、すぐに崩れた。彼も、極度の疲労の中にいて、緊張の意図がほぐれたほんの一瞬の隙に、眠りに落ちてしまったのだ。


ノクトが目を覚ましたとき、ちょうど二日目の朝の光が、部屋に差し込できた。彼には、ひさしぶりにみる朝日だった。しばし、ベッドの上から、不思議そうに、窓のカーテンの隙間から差し込む光を見ていた。見覚えがあるようでないような。しかし、懐かしい部屋の雰囲気だ。

ここは・・・王宮か?

ゆっくりと体を起こす。体は、しばらく動かしていなかったように重い。それに、わずかに、胸の傷が痛む。

静かに見渡すと、部屋の床に、所狭しと3人の友が寝袋に包まった姿で横たわっているのが見える。誰もが疲れきった表情をしていたが、しかし、特に怪我もなく無事のように見えた。

本当に・・・戻ったのか・・・

いったい、あの死闘から、そして、指輪の力を解放した夜から、どのくらいたったのだろう。友の姿を見る限り、そう何日も立っていないように見える。

とても信じられない、と、ノクトは思った。すべてを終わらすためだけに、その先など考えもせずに、この王都に来た。あの、ゲンティアナの最後の啓示は・・・ほんとうなのか?それとも、ただの夢?

ノクトは、疲れた友を気遣うようにそっとベッドを抜け出した。部屋を抜けると、それはすぐに見覚えのある廊下だった。王の間近くの、執事の控え室か。ノクトはすぐに検討がついた。

一瞬迷った後に、ノクトの足は王の間へ向かっていた。とても重く、苦しいその場所へ。しかし、ゲンティアナが最後に語りかけた場所だ。どうしても確かめたいと思った。


プロンプトが目を覚ましたとき、彼は真っ先に寝たおかけで、すっきりと回復を感じて大きな伸びをした。まだ、他の2人が寝ている気配がしたので、遠慮がちにそうっと体を起こした。

ああ、今日も、ちゃんと日が昇っているじゃん!

差し込む光のまぶしさを手でさえぎりながら、やはり喜びを感じる。と、顔をベッドのほうへ向けて、血の気がさっと引くのがわかった。

ノクトがいない。

ベッドは、毛布が跳ね除けてあって、そこから、いかにも人が抜け出したあとがある。ノクトは目を覚ましたに違いない。なのに、プロンプトは、恐ろしい不安の中に押しつぶされそうになる。ノクトは、ノクトは確かにこのベッドにいたはずなのだ・・・それは幻ではなかった・・・。

プロンプトは青ざめながら部屋を出て、すぐに王の間に向かった。王の間の扉を開くとき、ひどい汗が全身から噴出すのを感じていた。激しい鼓動ともに、汗だくの手で扉を開くと、すぐに、玉座にうなだれるように座るノクトの姿を認めた。

「ノクト!!」

その声は悲痛だった。ノクトが、さっと顔を上げてプロンプトを見ると、張り詰めた緊張の糸は切れて、プロンプトは力なくその場に座り込んだ。

「おう。どうした?」

ノクトの顔から重苦しい表情は消えて、いつもの気の抜けたような声が戻ってきた。プロンプトは泣いていた。

「バカ!!!もう・・・消えていなくなったのかと思ったよ!!!昨日、見たのが、全部幻だったんじゃないかって!!!」

ノクトはプロンプトの狼狽振りに驚いて、思わず玉座から立ち上がった。彼の友が、この数日に受けた心労を痛いほど感じた。

「わるい・・・みんな疲れて眠りこけてたから、声をかけなかったんだ。」

ノクトは、玉座からまだ重い体を引くずる用にゆっくりと降りて、プロンプトのそばまできた。ノクトが手を差し出すと、プロンプトは、涙をふき取り、ようやく笑って見せて、彼の手を取って立ち上がった。そのときちょうど、プロンプトの声に気がついたイグニスと、グラディオも、慌てた様子で王の間に駆け込んできたところだった。

「お目覚めのようだな」

強がっていたグラディオの声は、わずかだが震えていた。

「ああ、おはよ」

「ったく、何がおはようだ」

イグニスは声を聞いてすっかり安心の表情を見せていた。ノクトはすぐに彼に近寄って、その肩に手を乗せた。

「イグニスも、おはよう」

「ああ、おはよう。気分はどうだ?」

「悪くねえな」

「腹は減っているか?朝飯をすぐに用意する」

「ああ、そりゃ助かるわ。」

ノクトは、そう聞かれて、急激に空腹を覚えていた。

「オレ、手伝うよ、イグニス!」

はしゃいだプロンプトが、そのままイグニスの手を引いて調理場のほうへ向かっていったので、王の間にはグラディオとノクトが残された。急に静まった王の間で、二人は顔を見合わせていた。グラディオの目はまだうっすらと潤んでいて、彼は何かを言いたそうに、半開きの口がもぞもぞと動く。

「なんだよ」

ノクトはわざとぶっきらぼうに言う。親友たちの苦悩を感じていたから、なおさらだ。

「な・・・なんでもねえよ。」

結局グラディオは何も言うことができずに、ごまかすように後ろを向いて舌打ちした。

「まだ、ふらついてんじゃねえか。無理しないで、メシができるまで寝ていろ!」

ノクトはその背中にふっと笑いかけた。「そうだな」

歩き出そうとして案の定、ノクトが大きくふらついて倒れそうになった。グラディオは、いわんこっちゃないと渋い顔しながら、ノクトの前にかがむと、ノクトの体を軽々と右肩にしょい上げてしまった。

「おい、なんだよ、大げさだな」

「大げさなものか、バカが」

ノクトは、されるがまましょわれて、おとなしく控え室のベッドまで運ばれた。グラディオがあまりに軽々と運ぶので、なるほど、自分の体はまるで衰弱しきって紙切れのようだ。プロンプトが血相を抱えて探しにきたのもわかる気がする。

あんまり歩き回ると、こいつらに心配かけるな・・・。

ノクトをベッドにおろすと、グラディオが部屋の片隅から大事そうに布にくるんだものを取り出してきた。

「こいつを渡しておくぜ」

布を開けば、それは父王レギスの剣であった。ノクトの顔が一瞬ゆがんで、自然と右手が胸の傷に触れる。これに貫かれた時の感じを思い出したような気がして、体がこわばったが・・・いや、気のせいだ。

グラディオは怖い顔をしてその様子を見ていたが、ふとノクトが顔を上げたので、目をそらした。

「ありがとう。磨いてくれたのか」

剣の刃は、何事もなかったように、白く輝いている。

「ああ・・・」

グラディオはたまらず背中を向けた。

「鞘が必要だな」

「鞘?」

ノクトは、ひとつ深く息を吸って、そしてその剣を右手にしっかりと構えてみた。剣に意識を集中してみる。自分のやつれきった顔の中で、眼光が、鋭く光るのが刃に移りこんでいた。少しの間、息を呑む・・・。

そして、大きくため息をついて、剣をおろす。

「もう武器の召還はできない。めんどくせぇけど、背負って歩くよりないな。お前みたいに。」

その声にはもう緊張感はなかった。

「召還ができない・・・?」

グラディオは納得いかないという顔をした。

「体力が戻れば・・・」

「いや、そうじゃねえ。ルシスの力はすべて、消えたんだ。指輪と一緒にな。」

グラディオは絶句して、その場に立ち尽くしていた。

その、ありありと失望を浮かべた友の顔を見て、ノクトは、哀れむようにつぶやいた。

「わるいな・・・グラディオ・・・」









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