Chapter 16.4 - 夜と星 -


いよいよ、日が傾いて、外が暗くなってきた。3人は、食べ物を黙々と口に運びながら、不安気に、窓を見つめた。イグニスの用意した料理は、棚の奥に破壊されずに残っていた晩餐会用の、金縁のお皿に盛られ、食材の乏しさを補って豪華に見えた。戦いで薄汚れた黒い戦闘服の中で、まるで現実味のないような華やかな皿が浮かぶ。

「あはははは!変な感じ!!」

プロンプトは、沈黙を破る。

「こんな格好なのに、お皿だけ王宮してる〜!」

つられて、イグニスもふっと笑った。

「賄いの皿は、剥き出しのまま放置されていたから、とても使い物にならなかったな」

「ホコリもすごかったけど、結構、風化してたよね。10年でお皿って風化するんだねぇ」

「はぁ?さすがに、それは早すぎだろ。瘴気かなにかの、影響じゃねえか?」

「そうだな。王宮は特に、アーデンの影響か、ひどい瘴気を感じた。それも、今はすっかり浄化されて清々しいが」

3人は、誰ともなしにノクトの方を見た。3人に見守られながら、彼は穏やかに寝息を立てていた。

「さて…」 グラディオは、空になった皿を床に置いて、立ち上がった。

「ちょっと外を見てくる。本当にシガイが消え失せたのが、気になるしな。」

窓から外を見ると、すっかり日は堕ちていた。

「グラディオ、あまり、遠くへは出ないでくれ。」イグニスはすかさず言った。

「万が一、シガイが出ても、遠目に見るだけにして欲しい。できれば戦闘は避けたい」

それは、誰かさんに言い聞かせるような口調だったので、グラディオは思わず苦笑した。

「やれやれ、誰に言ってるのやら。わかったよ。心配すんな」

グラディオは、大剣を軽々と背負いあげて部屋を出て行った。


部屋から出た途端、グラディオは、しん、と、静かで冷たい空気を感じた。王の間の崩れ落ちた壁から、外気が入り込んでいるのだろう。 エレベーターから一階に降り立ち、正面から外に出る。全く、シガイの気配がないので、拍子抜けする。むしろ、何がしか雑魚が残っていたら退屈しないのだが。

王宮を出ると、やはり、そこにはシガイもいなければ、生き物の気配もなかった。何もない静かな世界だ。 昨日の死闘は、ますますもって幻のように感じた。戦いのために削れた敷石や、ひん曲がった外灯の柱、それさえも、現実味がない。グラディオは、まっすぐに王宮の敷地を抜けて、しばらく、街のはずれを目指して歩いた。 大型のシガイが破壊したのであろう、倒壊した建物の数々。瓦礫を乗り越えながら、とにかく進む。はじめは、少しはあった緊張感が、すぐに消えた。全く気配がない。 やはり…闇は払われたんだ… がらんとした周囲を見渡す。

見覚えのあるこじゃれた街灯が立ち並ぶ。グラン通りだな・・・。10数年前に客寄せのために、中世の面影を再現した通りだ。今は、ガラスが破壊されて、寒々しい建物の群れは、若者を引きつける、雑貨や洋品店、カフェなんかがひしめいてた。通りの突き当たりは、ちょっとした公園だ。まだ、入り口がかろうじて分かるが、雑草が茂ってうっそうとした林に変わっていた。

グラディオはその入り口にたって、はっと、空を見上げた。

さえぎる建物のない公園の中は、うっそうとしつつも、空が広い。その空は、昨日までの闇の空ではない。雲ひとつない透き通るの様な紺に、満点の星・・・・。

なんだよ。

グラディオは舌打ちする。ここに来るまで、この空に気がつかなかった。オレは下を向いていたのか。

「顔を上げやがれ」

グラディオはぐっと、あごを突き出して強く言った。誰かを叱責するような口調だった。

-胸をはれ。

ノクトの声が思い出される。

「わかってんだよ」と、言ってみて、苦笑した。まるで誰かさんの口調そのものだった。

はあああっと、星を見上げながら大きく呼吸する。肩の力はすっかり抜けていた。シガイも、帝国もない。拍子抜けだな。と思う。それから、もう一度、瓦礫の街に目を移した。

しかし、これからが長いのだろう。復興には、よほどの時間がかかるはずだ。この瓦礫の山を、また、人の行き交う街にするには・・・。

グラディオは、新しい力が、わいてくるのを感じた。そうだ。これからだ。ルシスは、また蘇る。王が戻ったのだから。

「また、はっぱかけてやるか」

グラディオは、にやっと笑った。


「あーあ、また、グラディオ、お皿ほったらかし」

プロンプトは、笑いながらグラディオが置いていった皿を拾いあげた。

「イグニスも、お皿かして。オレ、洗ってくるよ」

「悪いな」

「悪くないよぉ、いつもイグニスがやってんだから。ボトルで残ってた飲料水は使わない方がいいよね。」

「そうだな。水はしばらく補給できない可能性が高いから、洗い物は、ペーパーでふき取るくらいにしておいてくれ」

「わかった」

プロンプトは、鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。

イグニスはこの10年でプロンプトが頼もしくなってのを、改めて感じた。年を重ねて、持ち前の明るさの他に、冷静さや鋭い洞察力が備わってきた。昨日のノクトの発見の時にも見たように、時折、グラディオよりも腹が据わっていたりする。普段は、周囲のサポートに徹し、決して目立たない位置に控えるのに、いざという時は、誰よりも冷静沈着に、周囲を導くことがあるのだ。

「プロンプトは、随分頼りになるぞ」

イグニスはノクトに言ってみた。もちろん、返事はなかった。

イグニスは、しばしノクトの呼吸に意識を向けた。規則正しく、だいぶ、楽な呼吸になっていた。目覚めるのも、そう遠くはないだろう。見えないその姿は、しかし、長い間背負わされた重責のために、疲れきっているのだろう。

幼少からこれまでにかけての、王子との記憶が、とめどなくイグニスの脳裏に流れ込んできた。いつでも、自分は、幾分か焦り、いらだち、もどかしそうにしていた。無意識か・・・いや、かなり露骨に、ノクトにプレッシャーをかけていたはずだ。それも、最後まで彼を支える覚悟があってのことだった。

しかし、最後の最後で、そばにいれたものは誰もいない。

深い溜息をついて、イグニスは立ち上がった。空気の流れを頼りに、窓に近づく。手が、冷たいガラスの表面に触れる。額を押し付けるようにして外の気配を伺った。わずかに隙間から流れ込む空気は澄んでいて、外には何の気配もしない。しかし、なんだろう、この清清しさは。上空から流れ込む、冷気か。

外は、星が見えるのに違いない。イグニスは、見えない目を上空のほうへ向けていた。


プロンプトは、調理場のあちこちの棚を調べて探り当てたペーパーナフキンをつかって、皿を丁寧にふき取っていた。鼻歌が止まらない。それは、高校時代に流行っていた陽気なメロディ。あのころ、ノクトとは、本当に普通の、ただのくだらない、だらしない学生として、この王都をあちこちブラブラしていたんだっけ。高校なんて、ほんと大昔だなぁ。この10年の暗闇の生活の中で、すっかり忘れていた記憶だった。

この暗闇の中では、自分も相当に頼られる存在として、ハンター仕事に借り出されたのだ。とても前では考えられない。ノクトもいない。イグニスも、グラディオも別々に動いて、それで平気で危ない仕事にこたえるようになったのはいつからだろうか。ノクトが、すぐには戻れないが、真の力を蓄えて必ず戻ると聞かされたとき、自分は、絶対にノクトを待つと心に誓ったのだ。あの誓いとともに、湧き上がった、不思議な落ち着き。あれは、なんだろうか。

「オレも変わったよねぇ」と、プロンプトは独り言を言った。

10年前、金魚の糞みたいに、みんなにくっついていただけだったのに。

それでも、ノクトが戻ってきたときに、ちゃんと顔向けできるようにって、そればかりを考えてすごした10年だった。なぜか、プロンプトには、ノクトが戻ることが、絶対信じられた。ゆるぎない事実として、不安を感じることは少なかった。

それに、事実、戻ってきたわけだし。

・・・

プロンプトは、ピカピカになった皿を3枚重ねて、明日も使うだろうからと手近なところに置いた。

戻ってきたよ。確かに。しかし、すぐに遠くに行ってしまいそうだった。

プロンプトは、重ねられた皿をじっと見つめた。明日はこれが4枚になるかもしれない。きっとそうなる。

それから、はああああああと、大きな呼吸をする。

気分を変えようと思って、調理場の勝手口から中庭のほうへ出てみた。そしてすぐに、あ、っと声を上げた。目に飛び込んだのは、満天の星だ。これは・・・、思わすカメラを手にするが、しかしこのカメラでは夜空の星はどこまで写るだろうか。

考えるより、やってみるか。

プロンプトはふふん、と、笑いを浮かべながら、とにかくその空に向かってカメラを構えていた。





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