Chapter 16.3 -目覚めの前-

「ノクト・・・目が、覚めるよね?」

王の間のすぐ入り口にある執事の控え室だ。ベッドの中に横たわるノクトを、プロンプトは不安そうに覗き込んだ。彼を発見して、そして、グラディオが、「やけに軽いじゃねぇか」と、泣きながらノクトを抱きかかえてこの部屋まで来て、たぶんそこからでも数時間はたったはずだ。10年ぶりに姿を現した太陽は、今は高く上っていて、3人は目が慣れずにカーテンを引いた。暗闇での生活が、ずいぶんと体に染み付いているようだった。

グラディオは、コル将軍と連絡をとるべく、スマホの電波を受信できそうな場所を探しに外へ行っている。静かな部屋には、イグニスと、横たわるノクトと、プロンプトの3人だ。

「ノクトの顔色はどうだ?」

イグニスは医者のようにノクトの体に触れて脈を確認していた。

「すっごく疲れた顔しているけど、発見したときよりはいいよ。あの時は、苦しそうな表情だったから」

「そうか・・・」

イグニスは安堵の溜息をつく。

「心配はないだろう。強めの回復薬を使った。効果は出ているようだ」

「イグニスって、もしかして、医学の勉強もしたの?」

「いや。初歩程度だ。文献は読み漁ったが、さすがに医学部で学ぶ余裕はなかった。」

「ずっと、王宮で政治の手伝いをしてたもんね。すごいよなぁ」

イグニスは、見えない目に笑みを浮かべていた。しばし、若かりしころの自分の生活を思い出していたのだろう。王宮と、ノクトの仮住まいと、たまに戻る自分の実家と。思い出せる場所はあまり多くない。しかし、どこにも自分の居場所があった。周囲からの信望もあり、王の頭脳たる審議会ではさまざまな分析を頼まれたものである。そして、ノクトの世話。レギス国王への、ノクトについての近況報告。王宮と、ルシス王家と、ノクトと。それらとイグニスのこれまでの生活は、どうにも切り離せない。

「グラディオ、遅いね・・・やっぱり、電波が届かないのかな」

「王都の電波塔が破壊されているのだろう。アーデンが、計画意的に破壊していたのかもしれない。」

「そうだよね」

イグニスは見えない目で、プロンプトがまだ、沈んだ面持ちでノクトの表情を覗き込んでいるのを感じていた。彼の不安が、手に取るように見える。以前は鈍かった、他人の感情に対する感受性が、盲目になってから少しずつ鋭くになっているようだった。

「大丈夫だ。やがて目が覚める」

「・・・うん。そうだね。」

力強いイグニスの断言に、プロンプトが少し微笑んだようだった。

「あとで、料理を手伝ってくれるか?たぶん今夜はここに留まることになるだろう。今は、まだ、ノクトを動かしたくない。」

「もちろん。電気は来ているみたいだし、王宮の調理室も使えるんじゃない?」

「どうかな・・・ガスの供給は止まっている可能性が高いが・・・。」

簡易的なキャンプの用意ならあるから、それでも調理はできるだろう、とイグニスは計算する。材料は乏しいな。このあたりでは新鮮な食材は望めない。

そこへ、グラディオが浮かない顔で戻ってきた。

「ダメだ。"メテオビル"の屋上まで上ってみたんだが。」

王宮からほど近い、このあたりでは一番高いビルだった。

「ぜんぜん、電波がきてねえな。これは、ハンマーヘッドまで歩いていく以外に連絡のとりようがないぜ。」

「そうか。しかし、闇が払われたんだ。コル将軍になら、事態のおおよそはわかるはずだ。もしかすると、すでにこちらに向かっているかもしれない。」

「どうする?オレが、歩いていこうか?」グラディオは落ち着きがなかった。ノクトのために、すぐにでも手厚い医療が受けられるよう、医療チームか、もしくは、レスタルムまで運ぶ車両を用意したい。気持ちが焦っている。

「グラディオ、今夜はここで様子を見よう」イグニスは彼の気持ちを落ち着かせるように、優しく言い聞かせた。

「プロンプトとも話していたんだが、ノクトをしばらく安静にしたい。いまから、君一人でハンマーヘッドに向かっても、夜になるだろう。闇は完全に払われたと思いたいが、本当に夜が安全なのか様子を見る必要がある。慎重を期したい。こちらにも戦力が必要だ。今夜は、ここに留まらないか。」

グラディオは、今にも出発する心つもりだったのだろう。少しばかり、当てが外れて不満げな表情をしたが、冷静なイグニスに諭されては反論はできなかった。「わかったよ」

そして気分を変えるために、ノクトのベッドを覗き込んだ。

「いい気なもんだな・・・王様は、よく寝てやがる・・・て、指輪がねえな」

ノクトノ右手を見る。昨夜別かれたときには、たしかに中指にあったはずだ。

「ほんとだ。こっちにもないよ」と、プロンプトが反対側に回って、確かめていた。

「歴代の王の力を解放したときに、指輪は崩壊したのかもしれない。」

イグニスが見解を述べた。

「そうだな・・・しかし、念のため、玉座の周りを探してみるか。そういえば、レギス様の剣もあったな。あれも回収しておきたい」

グラディオはよほど落ち着かないのだろう。そう言うと、すぐに控え室を出て、王の間へ向かっていった。プロンプトはイグニスの顔を見た。イグニスに視力があれば、彼と顔を見合わせただろう。イグニスは、心持ちプロンプトのほうへ顔を向けて、意味ありげな表情を示していた。グラディオの気持ちを、それぞれ察していたのだろう。

グラディオは、やや日の光が傾きかけた王の間に、足を踏み入れた。一部の壁が崩落しているせいで、午後の傾いた日がまっすぐに玉座に差し込んでいる。まぶしくて、その赤い布地が良く見えないほどだ。

はあああ、と大きく深呼吸をして、それから玉座へとゆっくりと足を進める。わずか、数日ほどの間に起きたできごとが、めまぐるしく思い出されて、とても信じられない気持ちになる。長すぎる夜。諦めそうになる毎日を経ての、ノクトとの、ようやくの再会。それもつかの間だった。続けて、恐ろしい告白を聞いたキャンプ。それに続く、激しい、最後の戦い・・・。

オレも、務めを果たせたか。グラディオはしばし、父の面影を追いながら、自分に問うた。おそらく、父はこの王の間か、そうでなくとも王宮のどこかで果てたはずだ。

胸を張っていいよな?

玉座まで階段を上がって、そして、ノクトが横たわっていたちょうどその横に、静かに置かれている剣に手を伸ばした。・・・持ち上げて、差し込んだ光がその刃を鈍く照らす・・・・今は黒くなった血糊が、刃のほとんどを染めている。急に、嗅覚がするどくなって、むっとするような血の匂いが、鼻をついた。一瞬、吐き気を催すような気持ち悪さを覚えた。臭うのは剣ではない。はっとして、玉座に目を向ける。玉座は、ちょうど胸が当たる位置に深くえぐるような刺し傷があり、そこから、滴ったのだろう・・・そのくぼみから背もたれの半分が、血に黒く染まっている。

グラディオはぞっとして、息を呑んだ。そして、恐る恐る、拾い上げたレギス王の剣を、その深くえぐれたくぼみに差し込んでみた。王の剣の先は、ぴったりとくぼみに収まった。玉座に腰掛ける者を、まっすぐ射抜くような角度で。

グラディオの心臓は、急に早くなる。そこに、ノクトが、座っていたのだ。一瞬、貫かれるノクトの姿を見たような気がして、彼は、あっと、驚きの声をあげて、後ろに退いていた。

いやな汗が、額から溢れていた。

グラディオが執事の控え室に戻ると、プロンプトとイグニスは、今夜の食事の話に明るくにぎわっていたが、2人はぴたっと会話を止めて、グラディオのほうを見たのだ。

「どうしたの、グラディオ!顔色が悪いよ?!」

「いや・・・」といいかけて、グラディオは後が続けられなかった。

「どうした?」イグニスも、顔をグラディオのほうへ向けた。

「なんでもないさ。指輪は・・・やはり見つからなかった。きっと、消滅したんだな。」

イグニスは何がしかを感じ取っているようだった。しばらく押し黙って、それから、思いついたように「プロンプト、食事の準備を手伝ってくれ」と切り出した。「きっと、調理場に使えるものがあるだろう。」

イグニスが慣れ親しんだ王宮の調理場は、1階まで降り立ち、そこから連なる左翼にある。

「うん!いいよ!」プロンプトも何がしか、イグニスの意図を汲み取ったように、明るく答えた。

「では、しばらく、ノクトを頼む」

「ああ、わかった」

グラディオは、部屋をでていく2人を見送って、深い溜息をついた。

残された部屋には、ノクトの、浅い呼吸の音が響いていた。今朝、発見したときよりはいくらか状態がいいのは確かだが、しかし、まだ、苦しそうだ。グラディオは、ノクトの顔を見ないように、窓際の椅子に腰掛けて、王の剣を持っていた布で磨き始めた。血糊は、この半日でこびりついて、なかなか落ちない。失礼を承知で、つばを吹きかけた。意地になっていたのだろう。なんとしても、これ(血)を落としたい・・・。

先ほど玉座の前でかいだ、むせるような血の匂いが、急に思い出された。

う・・・。

気持ち悪さを感じて、身をかがめる・・・こらえきれなくなって、彼は、また、嗚咽をはじめていた。いろんな感情がまざりこんで、グラディオを襲う。そこには、自負も誇りもある。しかし、恥も、怒りも、ひどい罪悪感もある。

あの玉座に座らせたのは・・・オレだ。

これまで、幼少のころから、そしてこの、最後の旅にかけて、どれだけの叱責を彼に浴びせたろうか。すべては、あの玉座に座らせるために。それが、自分の務めだった。しかし、その玉座の意味を、本当は何もわかっていなかったのだ。頼りない王子よりかは、いくらか自分のほうが覚悟があると、そう思っていた・・・。

「代われるなら代わってやったさ」

張り上げた彼の声は、しかし、震えていた。

「ばかやろうっ・・・」搾り出すように言う。それは、自分に向けた言葉だろう。

グラディオは、自分を戒めるようにぐっと、嗚咽をこらえて、涙をぬぐうと、再び剣を磨きはじめた。彼の、止血にもつかえるサバイバル用のハンカチは、すぐに血に汚れて黒くなった。そして、あまり強く擦ったので、すぐに繊維が裂けた。それでも、ぼろぼろになった布を押し付けて、グラディオは剣を磨き続けていた。









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